■56 刺客
それから間もなく樹が洗った箸を持って帰ってくる。
「すまなかったな和樹」
「いや、全然いいよ。恵からも弁当分けて貰ったしな」
「お、そうなのか」
「え、……えぇそうね!」
樹は恵の方を向くと恵は少し照れつつも返答する。
「それじゃ残りの弁当でもサクッと食べるとするか」
俺が残りの弁当を食べていると、樹は園田さんからもお弁当を分けて貰っていた。
ちゃっかりしている樹なのであった。
それから程なくしてみんなのお昼ご飯も食べ終わった頃、猛烈にトイレに行きたくなった俺は皆に断ってトイレに行くことにした。
神楽耶を外に残してトイレに駆け込んだ後、急いで用を足す。
「……ふぅ……間に合った」
解放感を味わいながら手を洗い、トイレから出ようとした時――
『出てきちゃダメです! 和樹君!』
――トイレの外で待機していた神楽耶からいきなり思念で注意を促される。
『……え、何を――』
――ガンッ
「ガハッ」
俺は神楽耶からの咄嗟の忠告に反応できずにいると、後頭部に強い衝撃を受ける。
痛みと共に俺の意識は徐々に薄れていく。
…
……
………
徐々に意識が覚醒していく。
「……ここは」
窓の外からの光だけに照らされた薄暗い体育倉庫で俺は目を覚ます。
「お目覚めね、気分はどうかしら」
俺は両手が後ろで縛られている事を確認した後、声の主に視線を移す。
目の前には身に覚えのある不良女子3人が俺を見下ろしていた。
「……最悪だよ」
痛む後頭部で自分が何をされたのかをすぐに理解した俺は、目も前のリサを睨みつけて言い放つ。
「ふん、まだ元気そうじゃない」
「……何故、こんな事をする」
「そんなの当たり前じゃん。あんたが豊崎の彼氏だからよ。まさかとは思っていたけど、本当に彼氏だったなんてね」
「……前に言ってた、園田さんにやろうとしていた事を俺にもするって事か」
不敵にリサは笑う。
「理解が早いわね。あんたが自分のせいでボロボロになった事を知った豊崎はどう思うかしら?」
心底リサの思考回路が理解できない俺は思わず言葉が漏れる。
「……本当に終わってるな、お前」
おそらく、今まで恵と仲良くなった女子生徒も俺と同じように捕まえられ、危害を加えられていたんだろう。
「何とでも言えばいいわ。……いままでクラスの女子ばっかり狙ってやってきたけど、男子は今回が初めてなの」
「……だからどうした」
勿体ぶるリサに俺は問いかける。
「……だから、今回は応援を呼んだのよ」
「……応援?」
すると、うす暗い倉庫の奥から立ち上がる人影が見える。
「お、もういいのか」
うす暗い奥から男性の声が聞こえ、背の高いゴツイ金髪の男性が歩いて来る。
学生服のネクタイの色から3年の男子だという事が分かり、非常にヤバい状況なのが一瞬で理解できた。
『……ヤバい神楽耶! どうすればいい!」
『すみません。……私が付いていながらこの醜態をさらしてしまいました』
『……いや、謝る必要はないよ。神楽耶が離れるトイレで警戒をしていなかった俺も悪い』
『和樹君……』
『過ぎたことを考えてもしょうがない。今この状況をどう乗り越えるかを考えるんだ』
神楽耶と思念のやり取りをしていく中、3年男子は一歩ずつ俺に近づいてくる。
「リサ、こいつ好きに痛めつけていいんだよな?」
「えぇ、好きにしてちょうだい」
3年男子はリサに確認を取ると、俺の方へと向かってきた。
『和樹君! 消耗が激しいのであまりしたくはないですが……前みたいに私が和樹君に憑依してこの場から脱出してもいいでしょうか』
『憑依って……前にウサギと戯れる時にしたあれか?』
『えぇ、私は和樹君の周辺の事なら未来に起こることも察知できるんです!』
『……すごいな。あの3年の動きも分かるって事か』
『はい。和樹君に近づいてくるのなら!』
『それなら考えている暇はないな、お願い出来るか!』
『わかりました!』
神楽耶はそう言うと、俺の中にスッと入ってくる。
すると、前に動物園でも感じた浮遊感が全身を包み込む。
「よぉ、お前に何の恨みもないが、ちょっと痛い目にあってもらうぞ。……オラァ!」
3年男子はそう言うと思いっきり俺目掛けて殴りかかってくる。
『させません!』
神楽耶はそう叫ぶと、自由に動かせる俺の足を使ってその場から一気に後ろに飛んで後退する。
「……なっ!」
3年男子の拳は空を切り、驚きの声を発していた。
『……す、すげぇ。勝手に避けた。……やっぱ、何度経験しても慣れないな』
『すみません。ちょっと手が痛むと思いますが我慢してください』
神楽耶はそう言うと、後ろで縛られていた手を力づくで解く。
『いだだだ! か、神楽耶、ちょ……ちょっと痛いかな!』
『うぅ…すみませんっ!』
だが、神楽耶のお陰で手の拘束から解放され自由に動かせるようになった。
「なんだ……こいつは」
「わかんないわよ! ……なんなのあんた!」
俺の挙動に驚きを隠せない3年男子とリサ。
ひるんでいる相手の隙を着き、俺は体育倉庫の出口へと駆け出す。
「逃がすか!」
3年男子はいち早く俺の行動に気付き迫ってくる。
『神楽耶、また来たぞ!』
『まかせてください!』
すると、また体が勝手に相手の拳を避ける。
続けざまに3年男子は何度も殴りかかってくるが、すべての攻撃を神楽耶が避けていく。
「なんだよこいつ……全然攻撃が当たんねぇ!」
「……じゃあな!」
俺は3年男子にそう言うと、体育倉庫から飛び出す。
「待ちなさいよ!!」
「待て!!」
俺はリサ達の静止の声を無視して校舎の方へと走り出した。
「待てと言われて待つ馬鹿がどこにいる!」
俺は遠ざかる体育倉庫の方に向けて思いっきり叫ぶ。
『……でも、すごいな神楽耶。相手の攻撃を全て避けるなんて』
『ふふん! 私にとってあれぐらい造作もありません! ……でも、和樹君も守れてよかったです!』
神楽耶は俺から既に出ており、笑顔で俺についてくる。
『あぁ、ありがとう神楽耶! 恩に着る』
『えへへ……。あ、でも今回は沢山動いたので体の負担も大きいかもしれません……』
『なぁに、気合でなんとかなるだろ』
『あはは……でも、無理はしないでくださいね』
『あぁ!』
俺は神楽耶と思念でやり取りをしながら教室へと急いだ。
――ガラッ
教室に到着した俺は勢いよく扉を開ける。
「すいません! トイレに行ってたら遅くなりました!」
教室を開けると既に5限の授業は始まっており、皆の視線が俺に集中する。
「あぁ……そうか。早く席に座りなさい」
5限の授業の先生から言われる通り、自分の席に着席する。
それから普通に5限の授業を受け、休み時間になる。
「ちょっと和樹君! お昼、全然戻ってこないから心配したじゃない!」
当然ながら恵が俺の席に近づいてきて問いかけてくる。
「あはは……ちょっと腹痛がヤバくてな」
俺は恵に心配をかけない為にも本当の事は伏せておくことにした。
「……ま、まさか……私の弁当のせい……?」
「いやいやいや! 全然、そんなことないから!」
全く違う意味の心配をさせてしまったので、すぐに訂正しておく。
すると、樹と園田さんも席に近づいてくる。
「腹の具合はどうだ和樹?」
「お昼休みが終わっても帰って来なかったので心配していたんですよ?」
「2人にも心配をかけたな、おかげで腹も絶好調だ!」
俺は2人にも本当の事は伏せ、腹痛で突き通すことにした。
――恵には絶対に自分のせいで俺が捕まった事は知られてはいけない。
そう俺は強く心に誓った。
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