■42 動物園③
女性陣が動物と戯れている光景を見ながら、俺は近くの一匹狼のウサギに細長くカットした人参を食べさせる。
すると、次第に俺自身のお腹もすき始めてきた事に気付く。
「……お前ばっかりずるいな」
別に生野菜が食べたい訳ではないが、ウサギに対して何となく呟いた。
愛花や恵たちに視線を向けても未だにウサギ達と戯れている。
「……さて、どうしたものか」
『和樹君和樹君! 私もウサギさんと戯れたいです!』
『……そもそも、神楽耶にそんな事が出来るのか?』
『はい! ちょっと和樹君の体をお借りすることになりますが』
『借りるって……まぁいいか。俺も空腹を紛らわせたいから神楽耶の好きなようにしてくれ』
『それでは、お邪魔させてもらいますね!』
すると神楽耶は俺の中に入ってくると同時に浮遊感を感じる。
『それじゃ少しお借りしますね!』
『……不思議な感覚だが、任せた』
すると、俺の意志とは関係なく体が動き始める。
『……うぉ、マジか。これ神楽耶が動かしてるのか?』
『え、はい! そうですよ』
『すごいな。この状態で俺の意志では動けないのか?』
『いえ、和樹君の意志でも動かす事は出来るので安心してください』
俺は試しに手を動かそうとしてみるが、問題なく動かせる。
『へぇ……ちょっと面白いな。それじゃ神楽耶の気が済むまでウサギと戯れると良いよ』
『はい!』
それから神楽耶は持っていた餌を使ってウサギを誘導し、フリーのウサギを片っ端から集め始める。
『うふふ~、可愛いですねぇ!』
『それには同感だが。……神楽耶にも可愛いって感じる感情があるんだな』
『失礼な! 私だって元土地神ですが女の子なんです!』
『そういう存在に性別の概念がある事に俺は驚きだよ』
しばらく神楽耶はウサギと戯れていたが、俺はある事を提案する。
『……ここにいるウサギを恵のいる場所に持っていったらどうなると思う?』
『そ、そんなことしたら恵ちゃん驚いてしまいますよ?』
『だろうな。だが、面白そうだ、やってみよう!』
俺は神楽耶に任せていた体の制御を取り戻す。
「へぇ、本当にすぐ動かせるもんなんだな」
俺は両手が動くことを確認すると足元のウサギに視線を移す。
「何匹いるんだ? え~っと……8、9、10匹か。結構いるな」
俺はすぐさま恵の集団へウサギを誘導し始めた。
恵は先ほどと同様に3、4匹のウサギと戯れていた。
「恵ー、沢山連れてきたぞー!」
「……ちょ、和樹君。そんなにウサギを集めてどうするの?」
「もちろん、恵と一緒に戯れるのさ!」
俺は恵にグッドサインを送り、恵の近くにいたウサギと合流させる。
「あぁ……何、この空間は……もふもふして可愛いわねぇ……」
恵は初めは驚いていたが、次第にリラックスしきった顔でウサギと触れ合っている。
俺はそんな脱力した恵の隙を逃さなかった。
「はいピース!」
「……ふぇ?」
カシャ――
緩み切っていた恵の貴重な一枚を撮ることができた。
「ちょ、和樹君。いきなり撮らないでよ」
「バッチリ可愛く取れてるぞ! あとで送っておくな」
「そ……そぅ?」
恵は少し照れながらウサギと戯れていた。
うん。ウサギ達もカメラ目線でとても可愛い1枚に仕上がったな。
「せっかくだし、梓ちゃんの貴重な一面も写真に残してくるよ!」
俺は恵にそう伝えた後、梓ちゃんのいる空間へと足を向ける。
「梓ちゃ~ん! はいピース!」
「ふにゃ……ウサギさぁん……よしよし」
カシャッ――
梓ちゃんは先ほどと同様にウサギの集団と戯れていて俺の声に気付いていない。
写真を撮り終えた俺はウサギを抱えている愛花の隣に座る。
「よし。梓ちゃんの貴重なお戯れシーンが撮れたよ」
「ふふ……後で写真を見た梓ちゃんの反応が楽しみですね」
「だな」
俺は返答しながら愛花が抱えているウサギに嫉妬ビームを送っておく。
送り終えた後、俺は神崎さん達がいる方へ視線を移す。
「神崎さん達も楽しそうだな」
「はい! 梓ちゃん程ではないですが……あはは」
神崎さんとアリサちゃんも梓ちゃんと少し離れた場所でウサギ5,6匹と戯れていた。
「うん、2人ともいい笑顔だ」
「本当ですね! ……麗子ちゃんと出会った時は、こんな笑顔を見せてくれるなんて思いもしませんでした」
「そうだよな。最初はビックリするぐらい不愛想だったもん」
俺達は互いに笑い合う。
「あはは……これも兄さんのお陰ですね」
「そうかな? 愛花が神崎さんに声を掛けなかったら俺と知り合う事もなかった訳だし、愛花が行動した結果だと思うぞ」
「……そうでしょうか?」
「あぁ。それに……昨日、アリサちゃんから聞いたんだけど、アメリカから転校してきたアリサちゃんがクラスに馴染めない時も愛花から話しかけて仲良くなったんだってね。……今のアリサちゃんからは想像できないけど」
「……懐かしいですね。確か当時、クラスでは転校して間もないアリサちゃんをクラスで腫れ物のように扱っていたので私から話かけた記憶があります」
「そっか。だとしたら今のアリサちゃんの元気よさも愛花のお陰なんだなって思うよ」
「……そうだと嬉しいです」
ニコっと微笑む愛花。
愛花にとってそれは無意識にしていた行動なんだろう。
俺たちが芳樹おじさんと出会う前はお互いの心は凍り切っており他人に全く興味がない状態だった。
だが、芳樹おじさんと出会い人の温もりを知ってからは180度他人に対しての態度が変わったんだ。
「ま、愛花はこれからも思うまま行動すればいいと思うよ。何かあれば俺がフォローするし」
「はい! その時はお願いしますね」
愛花と軽く約束を交わすと俺は神崎さんの近くへと移動する。
「神崎さん、楽しんでる?」
「あ、はい! ウサギさん可愛いです!!」
「本当だよねぇ! 梓が豹変するのもわかる気がするなぁ!」
「あはは、いいね! ……それじゃ2人ともこっちを見てくれ」
2人は俺の方を見る。
「はい、ピース!」
すると2人は笑顔を浮かべてピースサインをする。
カシャッ――
2人のとびっきりの笑顔も写真に収める事が出来た。
「よし、あとで2人にも送っておくね!」
「わかりました和樹さん!」
「りょーかい!」
それからしばらく俺達はウサギとのふれあい時間を楽しんだ。
程なくして、動物のふれあい広場から出た俺達は休憩スペースへと移動し、お昼のランチを食べようという話になる。
「え~っと、お昼ご飯が食える場所はっと……お、ここだな」
近くにある園内マップからご飯が食べられる場所を探しだす。
「それじゃみんな、ここから近くにお店があるからそこでお昼を食べよう」
「はい兄さん!」
愛花以外の女性陣はウサギと戯れて放心状態なのか、気の抜けた返事が返ってくる。
店に移動した俺達はそれぞれ思い思いのメニューを注文し、出てくるのを待つ。
「……でも、ウサギがあんなに可愛いなんて思わなかったわ」
注文を待っている間、隣で座っている恵はふとそんなことを呟く。
「本当だよな。俺は皆の良い写真が撮れて大満足だ」
「あ、そうだ! 和樹君、さっき撮ってた写真送りなさいよ」
「……あれ? 豊崎先輩って愛花のお兄さんの事名前で呼んでましたっけ?」
アリサちゃんが気付かなくても良い事に気付く。
「ふぇっ! ……え、え~っと」
思ってた通り、恵はめちゃくちゃ動揺していたので俺が代わりに説明する。
「そうだな。愛花達が飲み物買いに行ってた時に恵とはお互い名前で呼ぶようにしたんだよ。な?」
「……えぇそうね! その通りよ!」
すると、1年生組は昨日の風呂上りに見せたようなニヤニヤ顔をしてくる。
変な雰囲気になる前に、俺は話を元に戻す。
「それはそうと、俺がいままで撮った写真をグループに送っておくね」
俺はそう言うとNINEアプリ上に撮った写真を次々とアップロードしていく。
それぞれが保存したり梓ちゃんが写真を見て驚愕しているのを横目に隣で顔を赤くして俯いている恵に視線を向ける。
「……恥ずかしいなら苗字に戻すか?」
「……うるさい」
うん。女心はよくわからん。
しばらくすると、注文した料理が出てきたので俺達は空腹になったお腹に収める。
みんなが食べ終わったタイミングを見て次の予定を確認する。
「さて、飯の後はどうする?」
「……そうですね。お昼以降になると動物があまり動かなくなるので、その為にも午前中に一通り動物を堪能できたと思います。……あと見ておきたいのはイルカショーなどでしょうか」
「……へぇ、そんなのあるんだ」
「イルカショー……確か、水族館によくあるやつよね。ここの動物園にもあるのね」
恵は既に復活しており、しみじみと話す。
「イルカ! いいねいいね! 私もイルカ見たい!」
「私もあまりイルカ見たことないから興味あるかも!」
アリサちゃんと神崎さんも興味深々だ。
「……はい! 先ほど園内マップで場所を確認しておいたので、後で向かいましょう!」
「ありがとうございます梓ちゃん!」
「よし。話は決まったようだし、行くとしますか」
俺達は店から出た後、梓ちゃんに案内されてイルカショーが開催されている場所へと向かった。
イルカショーの入り口に到着すると結構人がいた。
「さすがにお昼時になると人がいるな。開催時間もすぐみたいだし、俺達も入ろう」
俺達は他の人と同様にイルカショーの受付列に並び、席の番号がプリントされた札を貰う。
「この番号の席に座る感じ?」
「……はい! イルカショーが終わった後は受付に返す必要があるので無くさない様にしてくださいね」
「わかった!」
俺達は横一列に並ぶように席が割り振られていた。
「……なんかワクワクするんだが!」
「そうね。私もちょっとドキドキしてきたかも」
「ふふ、そうですね! 私も兄さんもイルカショーなんて初めてですから」
愛花の言う通り、こういったイベントにはあまり行かないのですべてが新鮮だ。
「ねね! もうイルカがスタンバイしてるよ!」
「ほんとだ! 何するんだろう?」
アリサちゃんと神崎さんも興奮気味で話す。
「……ふふ、それは見てからのお楽しみです」
梓ちゃんはニヤニヤしながら俺たちの反応を楽しんでいるようだった。
まもなくしてイルカショーが始まり、すぐに俺達は圧倒され、食い入るように見続けた。
「……すげぇ」
イルカショーはあっという間に終わり、開いた口が塞がらない状態で俺は放心状態となっていた。
パフォーマーがお辞儀をすると同時に観客席からは拍手喝采で俺達も釣られて拍手をし始める。
「……凄すぎるな」
「……えぇ、イルカってあんなに動けるのね。輪っかを回したりくぐったり、人を乗せて大ジャンプしたり……凄かったわ」
「本当ですね!! ね、兄さん!」
「だな。……あっという間に終わったな」
愛花も興奮気味で話しかけてくる。
「凄い凄い! イルカって人と意思疎通できるものなの? 人とイルカが意気投合してるように見えたけど」
「……ふふ、イルカは耳が良くて超音波で周りと意思疎通をしているんです! 人の感情も感じ取れるみたいですよ」
「へぇ……それで、あんなに女性の人と連携を取れていたんだね!」
梓ちゃんのマメ知識にアリサちゃんと神崎さんも興奮気味に頷いていた。
それからイルカショーの会場から退場し、席番号がプリントされた札を返却した俺達は放心状態で立ち尽くす。
「堪能した……っ! 予想以上によかったなイルカショー」
「そうね。……もう、これで帰ってもいいぐらいの満足感なんだけど」
「ですね……あ、そうだ兄さん! この後、麗子ちゃんの服を皆で見にいく予定なんですが、問題ないでしょうか?」
俺は放心状態ながらも、昨日そんな事言ってた事を思い出す。
「あぁ、何か言ってたな。俺は全然問題ないぞ」
俺は梓ちゃんに視線を移す。
「梓ちゃん、動物園めちゃくちゃ楽しかったよ。提案してくれてありがとう!」
「……いえ! 私も、皆さんと動物園に来れて楽しかったです!」
「こちらこそ、梓ちゃんの面白い一面が見れて楽しかったよ!」
「……は、恥ずかしいです。……でも、楽しんで貰えてなによりです!」
梓ちゃんと共に微笑み合った後、俺達は動物園の出口付近へと移動する。
「神崎さん。俺あまり服詳しくないけど、一緒に行ってもいいのかな?」
「全然良いです! むしろ、和樹さんに選んでほしいくらいですよ!」
「そんなに?」
「私も麗子をいい感じにコーディネートしてあげるね!」
アリサちゃんも乗り気なようだ。俺も流れに身を任せると心に決めて動物園から出る。
「それではこれから麗子ちゃんの服選びにいきましょう!」
愛花はスマホで予め検索していた服が買えるショッピングモールの位置を確認しながら、俺達を誘導していくのだった。
「面白かった! 続きが見たい!」
「今後どうなるの!?」
と思っていただけましたら
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率直に思って頂いた感想でいいので1~5で応援をお願いいたします。
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