6章 3話 終わりへと続くゲート
魔都。
かつて東京という名で日本の中心を担っていた都市。
その中でもっとも高くそびえるタワーの頂上にオリジンゲートはある。
「ん………大きい」
空中に浮かぶ黒いゲートを見上げ、透流がつぶやいた。
景一郎たちがいるのはまさに空中庭園だった。
タワーの先端部に突き刺さるようにして広がる岩の足場。
そこには蔦が絡みついており、古い遺跡のようにも見える。
これは人間が作った空間ではない。
オリジンゲートが現れると同時に出現したものだ。
オリジンゲートへと飛び込むための足場のようにも思える空中庭園。
それはまるで、ダンジョン自身が挑戦状を叩きつけてきているかのようだ。
攻略できるものならやってみろ、と。
「まさに最後のダンジョンって感じだね」
詞は感慨深げな声を漏らす。
オリジンゲートの大きさは他のダンジョンの比にならない。
それこそ上空数百メートルの位置にありながら、地上からでもはっきりと目視できるのだ。
空間を円形に揺らす黒い波紋。
そんなオリジンゲートの直径は100メートルを優に超えている。
「一応、歴史的には最初のダンジョンなんだけどな」
「最初からある場所がラストダンジョンっていうのがゲームっぽいんでしょ?」
景一郎がぼやくと、詞がそう返してくる。
序盤のマップにラストダンジョンが現れる。
確かにゲームなんかではありがちかもしれない。
「であれば、ゲームのようにクリアしてハッピーエンドで締めくくりたいものですわね」
「ん……物語はハッピーエンドが王道」
明乃の言葉に透流は同意を示した。
そしてそれは景一郎も同じこと。
勝って、成功して、幸せな結末を。
そんなシンプルな結果を目指してここに立っているのだ。
「で、昨日の話がホントなら、あの中はモンスターがうじゃうじゃいるのよね」
香子がつぶやく。
先日、ナツメが教えてくれたオリジンゲートの性質。
それがこのダンジョンにも当てはまるのならば、この中でも大規模なモンスターハウス現象が起こっているはずだ。
「殲滅まで、休む暇はないと思っておくべきだろうな」
モンスターハウス――際限ないモンスターの増殖。
10年の蓄積を前にして、かつてのレイドチームは全滅した。
そして今回は――50年。
50年間増え続けたモンスターと刃を交えるのだ。
かなりのスピードで処理していかなければこちらが押し潰されるだろう。
「――モンスターハウスの件は共有されてるんだよな?」
景一郎は明乃に視線を向ける。
オリジンゲートの情報。
それは他のレイドチームにも共有しておくべきものだ。
普段のダンジョン攻略なら、利益のために情報を独占することは珍しくない。
しかし今回はそういう低次元の問題ではない。
己の利益ではなく、レイドチーム全体の利益を。
そのためにも情報は周知しておかなければならない。
「ええ。事態に動揺して初動が遅れては、勝てるものも勝てませんから」
「なら良かった」
景一郎は口元を緩める。
明乃のことだから心配はしていなかったが、やはり対応してくれていたらしい。
いくら熟練の冒険者でも、モンスターハウスと出くわせば少なからず動揺する。
今回はその隙さえも致命的になりうるのだ。
「ん――――とりあえず、柔軟かつ臨機応変な感じでってことで」
景一郎たちが最後の確認を行っていると、少し離れた位置で雪子の声が聞こえた。
突入の直前に、レイドメンバー全体に向けて声をかけているのだ。
「超適当な作戦だな……」
――すさまじくテキトーな説明だったけれど。
「戦力はパーティ単位で動かすようですし、それぞれのリーダーに判断は任せるということでしょう」
明乃は雪子の言葉をそう分析する。
そしてそれは正しいだろう。
「これくらいのランクになると、パーティ独自の戦術があるからな。1つのチームとして考えないほうが好都合な場面もあるってことだな」
レイドでは基本的に、チーム全体で1つのパーティとして戦略を立てる。
しかし弱点として、普段はともに行動していない冒険者同士で連携を取らなければならないという不安が存在する。
だから今回はあくまで、チームを1つのグループとしてではなくパーティ単位で動かしてゆく。
ここにいるのはトップクラスの冒険者のみ。
そうなれば必然的に、すべてのパーティに優秀な司令塔がいる。
彼らなら、他のパーティの動きも見ながら最適な判断が下せる。
だからこそ指揮系統をまとめなくともチームとして機能するのだ。
本来ならバラバラな指示で戦場が混乱してもおかしくない作戦。
全パーティが確かな戦術眼を持っていて、示し合わせることなく正しい指示を出せることが前提となる――トップ層だけで作られたチームだからこそ選べる戦略といっていい。
「で、アタシたちはどうすんのよ」
「そりゃあ――柔軟で臨機応変にだろ」
「お兄ちゃんも同じこと言ってるー」
香子には半眼を向けられ、詞には茶化された。
「強いて言うなら、レイドチームの安全優先。ヤバそうなら、率先して退却を主張するってくらいだな」
「ん……生きていれば、何度でも攻略できる」
「そういうことだ」
正直、景一郎にとってオリジンゲートの攻略は二の次だ。
【聖剣】あるいは【面影】に危機が迫れば、すぐに撤退を視野に入れる。
それこそ場合によっては、すべてを投げ捨てて撤退を強行するくらいには。
――その結果、国家主導のプロジェクトに泥を塗ったという汚名をかぶったとしても構わない。
それくらいの汚名で運命が変わるのなら安いものだ。
☆
事前に決めていた攻略開始時刻の5分前。
そんなタイミングで、景一郎たちに歩み寄ってくる冒険者がいた。
「おい」
冒険者は乱暴にそう声をかけてくる。
顔くらいは知っているが関わった記憶はない。
そんな男だった。
彼は不機嫌そうな表情で――
「お荷――」
「「「「「………………」」」」」
――口を開いたものの【面影】のメンバーに封殺されていた。
少女たちの白い目にさらされ、男が舌打ちを漏らした。
「おに……おにいちゃん」
「今回に関して言えば、お荷物係って呼ばれたほうがダメージが少なかったな」
景一郎は遠い目でつぶやいた。
正直、初対面のむさい男にお兄ちゃん呼びされても嬉しくない。
――別に、相手が詞だったら嬉しいというわけでもないのだけれど。
「ちっ……ったく、そんなことより突入順――お前らは最後から2番目だ」
一方的にそう吐き捨てる男。
彼はそのまま背を向けて立ち去ろうとしている。
「どうしてだ?」
とはいえ、一方的に言われて「はい分かりました」とはいかない。
こちらだって命を懸けてここにいるのだ。
理由くらいは説明されなければ納得がいかない。
「は? 分からねぇのかよ」
男は振り返り、あからさまに不機嫌な様子を見せた。
「今回の俺たちは露払い――護衛対象は【聖剣】だろうが」
――確かに【聖剣】はこの場における最高戦力。
だがそれを道中で消耗するわけにいかない。
彼女たちを万全な状態でボス戦に送り出す。
それが景一郎たちの役目
だから【聖剣】はあくまで『護衛対象』なのだ。
「なら――分かるだろ」
男が言いよどむ。
彼の視線が左右に逃げてゆく。
少しの間の後、彼は口元を尖らせて渋々続きを口にした。
「……護衛対象に1番近いパーティは――チームで1番強い奴がやるってのが常識だろうが…………分かれよ」
彼が口にしたのは暗黙の了解。
こういったレイドにおいて、護衛対象を傷つけるわけにはいかない。
だから護衛対象の1番近い位置――最終防衛ラインには、動かせる中で最強のメンバーを置く。
それが常識だ。
そしてそれを他のパーティが【面影】に任せると決めたということは――
「お、おう……」
少し照れながら景一郎はそう返す。
知らぬ間に景一郎たちは――【面影】は魔都の冒険者からも認められていたのだろう。
だから彼らは、もっとも重要な立ち位置に【面影】を指名したのだ。
「ちっ……先行ってんぞ」
以前は景一郎を『お荷物係』と蔑んでいた手前、居心地が悪いのだろう。
男はさらに不機嫌そうな空気を振りまいてこの場を離れてゆく。
――だが、不思議と不快感はなかった。
「そ、それじゃあ行くか」
「んー。お兄ちゃん嬉しそう☆」
「…………」
詞に図星を突かれ、黙り込む景一郎であった。
☆
「こりゃあ……事前情報がなかったらパニック確定だな」
そして始まったオリジンゲート攻略。
一言で言えば――唐突。
覚悟を決めて飛び込んだゲート。
その直後に――景一郎たちは数えきれないモンスターの群れと邂逅していた。
「あははぁ……」
詞が渇いた笑みをこぼす。
景一郎たちの眼下に広がっているのは、まるで湖だった。
だがそこに清浄な空気など微塵も存在しない。
蠢き、啼き、飛び散る。
そこにあるのは――モンスターで作られた湖だった。
「50年放置したモンスターハウスって――こんなことになるんだねぇ」
詞の声もうわずっている。
だがそれも仕方のないことだろう。
100を軽く超えるモンスター。
それが――共食いをしている。
誰彼構わずモンスターを食い荒らし、自らの血肉にしてゆく。
そうして成長したモンスターの大きさは本来の倍近いサイズとなっていた。
「これは――なかなかにハードなダンジョンだな」
本来よりも巨大――ボスサイズのモンスターが100以上。
それが景一郎たちの前に立ちふさがっていたのだから。
どこかで書いたかもしれませんが、同じ種類のモンスターでも、雑魚モンスターとボスモンスターでは体の大きさが違います。
ボスモンスターは基本的に、その種族に許される最強の個体が選出されるため、大きさも戦闘力も通常モンスターよりもかなり強くなっています。




