6章 1話 ミーティング
「それでは、僭越ながら私からオリジンゲートについてご説明をさせていただきます」
オリジンゲート攻略を前日に控えた昼。
ナツメは【面影】の前でそう宣言した。
「――ありがたいことに間違いはないんだけど……どうしたんだ?」
景一郎はソファに腰かけたまま問う。
オリジンゲートは未知な部分が多い。
情報はあればあるほど良い。
「皆様が魔都で活躍なさっている間、私も遊んでいたわけではないということです」
ナツメはどこか誇らしげにそう語る。
(遊ぶどころか会社を動かしていたはずなんだけどな……)
棘ナツメは冷泉明乃が不在の間、社長代行として経営を行っていたという。
当然ながら多忙だったはずなのだが――
「とはいえ、オリジンゲートに関する情報はあまり多くありません。ですので、狭く深く調べてあります」
ナツメはそう言うと、どこからか指示棒を取り出した。
彼女はメイド服を着ているのだが、その姿はまるで教師だ。
「歴史上、オリジンゲート攻略が行われたのは1回だけです」
ナツメが説明を始めた。
「確か……アフリカ大陸に存在するダンジョンでしたわね」
「はい。40年前に探索し――以後、オリジンゲートに手を出してはならないという教訓を示した事故です」
明乃の言葉をナツメは肯定する。
現在、オリジンゲートはLランク――国家の承認なしに探索できないダンジョンとなっている。
その原因は、アフリカ大陸で行われた初めてのオリジンゲート攻略。
当時はランク制度がなかったため正確なところは分からないが、Aランク相当の冒険者がかなりの人数亡くなったという。
「あー……ボクも教科書で見たけど、正直あんまり詳しくないんだよねぇ」
「ん……私も」
「ええ。私もかなり色々なツテを使って情報を集めたくらいなので、普通に知られている情報はほとんどないかと」
詞と透流はあまり事情に詳しくないらしい。
とはいえ、ナツメの言う通りあの攻略はかなり情報が制限されている。
2人がよく知らないのも無理はない。
そういう景一郎も、知っていることは噂ばかりで本当のところは分からないのだ。
「当時はランク制度も確立されていなかったし、準備不足な側面が大きかったって話もあるけどな」
「そうですね。むしろ、この件をキッカケに冒険者を強さで区分けするべきという意見が大きくなったと言っていいでしょう」
ダンジョンの難易度。
そして、そこに挑む冒険者。
それらを実力ごとに区分けして、冒険者が無駄死にすることを避ける。
冒険者ランク制度は、オリジンゲート攻略の失敗を受けて生まれた制度ともいえる。
「それでは、私の調査結果をお伝えいたします」
ナツメは一度息を吸った。
「まず、オリジンダンジョンには最低でも3つのルールがあると予想されています」
「ルール?」
景一郎は問い返す。
ダンジョンの中は別世界だ。
それこそ環境もそれぞれだし、特殊なギミックが存在していることもある。
だが、ナツメはあえてルールという表現をした。
つまり通常のダンジョンとはまったく違う決まりごとがあるということだ。
「はい。最初のルールは『70レベル以下の冒険者は入れない』というものです」
「レベル制限かぁ」
「死んでもいいなら1レベルでもSランクダンジョンに入れるわよね?」
詞がぼやくと、香子は怪訝な表情を見せる。
「ああ。入ることそのものを拒絶されるパターンは聞いたことがないな」
確かに、身の丈に合わないランクのダンジョンに入ることは許されない。
しかしそれはダンジョンの監督官によるもの――つまるところ人間側が作った規則だ。
ダンジョン自体の効力として入場を拒まれるなど聞いたこともない。
「ですが日本のオリジンゲートにおいても、事前調査の際に同様の現象が確認されたそうです」
「弱ければ入ることさえ許されないダンジョン、か」
入場制限くらいなら、冒険者を数人用意したのなら確かめられる。
どうやらそのあたりの調査はすでに行われていたらしい。
ともあれ【面影】は全員が規定レベルを超えている。
それほどこのルールが重くのしかかることはないだろう。
「そして問題はここからです」
実際、ナツメもこの件はそれほど重く見ていないのだろう。
彼女はさらりと次の話題に移る。
「2つ目のルールは一定以上の戦力――おそらく『レイドチームの総レベルが一定以下であるとダンジョンが起動しない』というものです」
「起動しない? どういう意味なんだ?」
「なんでも、モンスターも出現せず、目の前にあるボス部屋に何時間かけても到達できない状況となるそうです」
「それは――妙だな」
景一郎は思案する。
当然ながら、ダンジョンはモンスターが存在する。
それは中に冒険者がいない間でも同じことだ。
なのに、冒険者が現れるまでモンスターが存在しないというのは奇妙だ。
(そういえば、グリゼルダがいたダンジョンはモンスターがいなかったな)
ふと景一郎は思い出す。
初めてグリゼルダと対面したダンジョン。
あそこは確かモンスターがいなかったはずだ。
1体さえも。
似たような現象なのだろうか。
「じゃあー? 一定以上の戦力、っていうのを集めたらどうなるの?」
「それは分かりません」
「ぇぇ……」
詞はナツメからの思わぬ返答に微妙な表情を見せた。
「その探索で、レイドチームは全滅いたしましたので」
だが、ナツメの返答は重い意味を持つものだった。
「……そういうことですのね」
明乃が険しい表情で紅茶を飲む。
起動したダンジョンで何が起こるのかは分からない。
――生存者がいないから。
「つまりあれか……少人数での事前調査はできないから、ぶっつけ本番での攻略しかできないと」
「……はい」
ナツメは重くうなずく。
ダンジョンは情報が命だ。
高難易度であればあるほど、念入りに準備する。
安全マージンが取れているダンジョンならともかく、オリジンゲートのような超高難度ダンジョンに挑むのならば事前に情報が欲しい。
オリジンゲートとなれば最悪、見たこともないモンスターが現れる可能性もある。
初見で対応するのは骨が折れるだろう。
「ただ、レイドチームとの通信履歴が残っていたため、多少は状況が分かっています」
「通信……? そうか、あのレイドは国家主導だったからな。外部との通信手段は用意されていたのか」
景一郎は納得した。
ナツメがオリジンゲートについて調べられた理由も、通信記録が残っていたからだ。
生存者はいなくとも、ダンジョン内にいる冒険者が死ぬ前に情報を残したのだ。
「オリジンゲートの中では――Sランクモンスターを含む大規模なモンスターハウスが発生していたそうです」
モンスターハウス。
それはダンジョン内でモンスターが際限なく湧き続ける現象だ。
その終息には、現れているモンスターすべてを一旦掃討するしかない。
「Sランクモンスターは1体なのか?」
「いえ。10は越えていたようですね」
「……結構な戦力だな。前情報なしにそんなことになれば全滅するだろうな。40年前のレイドチームも」
すでに1度【面影】はモンスターハウスを経験している。
その際に戦ったSランクモンスターは風神・雷神だけだった。
Sランクモンスターが一体紛れているだけで、モンスターハウスの中でも危険度の高い部類となる。
だがそれが複数体であったなら。
次のSランクモンスターが出現するまでの数分間で、10以上のSランクモンスターを倒さねばならない。
かなり効率よくモンスターを狩らなければ数に押しつぶされることだろう。
「影浦様は【聖剣】の露払い。【聖剣】の3人の力を一切借りることなく、モンスターハウスを鎮圧しなければならないわけですね」
それに、前回のモンスターハウスの鎮圧には雪子と菊理が参戦していた。
だが、今度のモンスターハウスはSランク冒険者の力を借りられない。
Aランクの中でも特に精鋭が集められているとはいえ、かなり厳しい戦いとなるだろう。
「そして3つ目のルールなのですが……」
「……まだあるのか」
景一郎はうんざりとした。
覚悟はしていたが、実際に話を聞いてみれば困難だらけだ。
「とはいえ……実を言うと、ここでレイドチームが全滅したのでよく分からないままです」
「なら、なんで3つ目のルールがあると分かったんですの?」
力及ばずといった様子で首を振るナツメ。
だが、明乃は問う。
ナツメが3つ目のルールがあると主張する理由。
彼女が根拠もなくそんなことを言うわけがないと。
そう明乃は考えているのだ。
「――通信中、レイドメンバーの1人が言ったそうです」
「『ボス部屋の扉が開かない』と」
ナツメは真剣な表情でそう言った。
ボス部屋が開かない。
扉を開けるためにも、何らかの条件が必要となると。
「……普通に考えると、モンスターハウスを完全に抑え込むまで開かないって感じかなぁ」
「ん……1番ありそう」
詞の言葉に透流は同意を示す。
「でも、そうじゃなかったときが最悪ね」
「ですわね。もしも何らかの条件がほかにあった場合――」
「攻略難度が跳ね上がるかもしれない、か」
香子と明乃の懸念。
それは景一郎としても見過ごせない。
「どんなモンスターが出てくるか事前に調べられないし、まだ何らかのギミックが隠されている可能性がある」
世界最高峰のLランク。
そこに情報不足という枷が加わったのなら――
(確かにこれなら、立ち回り次第で紅たちが危うくなるのも分かるな)
最悪を想定しても、完全には想定しきれない。
いくら紅たちが国内最強の冒険者とはいえ、もしもは――ありえる。
「想像以上に難儀な攻略になりそうだな」
だからこそ景一郎は今一度気を引き締める。
【聖剣】の死亡。
そんな未来をねじ伏せるために。
今回はオリジンゲートの概要説明回です。
あと1話くらい挟んだ後に、攻略が始まる予定となっております。




