5章 エピローグ1 祝勝
それはまさに祝宴だった。
景一郎たち【面影】はテーブルを囲み、各々に料理を食している。
テーブルもかなり大きいはずなのだが、それを覆い隠すほどに大量の料理が並べられている。
大食いの傾向が強い冒険者でなければ、半分も食べきれない量だろう。
「うーん。意外だったなぁ。香子ちゃんが料理できる系だったなんて」
詞は料理を口にしながらしみじみとそう言った。
何を隠そう、この料理の3分の1ほどを作ったのは香子なのだ。
実を言うと、最初にそれを聞いたとき景一郎は少し不安を覚えていたのだが、ふたを開けてみれば想像の数段上を行く出来栄えだった。
「ん……ずっとインスタントばかり食べてるから出来ないと思ってた」
透流も静かにうなずく。
景一郎たちが見ている香子といえば、適当に冷蔵庫のジュースを飲んだり、インスタント麺で適当に食事を済ませたり。
だから、てっきり香子は料理に興味などないと思っていたのだが――
「は、はぁぁ!? 自分のためだけに料理とかメンドいからしないだけだし! まかないとか普通に作ってるんだけど!? いや、作らされるんだけど!?」
景一郎がそんな会話をしていると、ちょうど皿を運んでいた香子が抗議する。
――言われてみれば、彼女の実家は旅館だ。
家の手伝いもさせられていたようなので、嫌でも学ぶ機会はあったのだろう。
普段の生活から予想がつかないだけで。
「ねえねえ透流ちゃん聞いた? 自分のためだけに作るのは面倒だけど、『誰か』のためには作っちゃうんだってぇ」
「ん……これは」
中学生組が顔を見合わせる。
「「ガチ恋勢」」
「はぁぁぁあ!?」
2人の言い分に香子は叫び声をあげる。
どうやら不満だったらしい。
もっとも、こういった話の流れで香子が嬉しそうな反応を見せた記憶は皆無だけれど。
「ええ。調理技術、味付け共に料理上手と自称して恥ずかしくないかと」
香子が不快感を隠すことなく歯ぎしりしていると、背後から女性が現れた。
メイド服を着た黒髪の女性――棘ナツメだ。
冷泉家の支社を任されている明乃が魔都にいる間、ナツメは明乃の代わりを務めていたという。
そのためナツメ自身は魔都に来ていなかったのだが、今回はお祝いとして駆けつけてくれたそうだ。
「あら。ナツメも高評価のようですわね」
そう口にすると、明乃は上品な所作で食事を続ける。
メイド長を任されていることもあり、ナツメの料理は美味しく、しかも次々に完成してゆく。
そんな彼女が認めている以上、香子の技術が高水準なものであることに疑いの余地はないだろう。
「んんぅ。家事とか一切しなさそうに見えて、旅館仕込みの家事テク持ち。これは前面に押し出していくべきかもだよ」
「は、はぁぁ!? 誰によ!」
「え? 言っていいの?」
「は、ふざ……この……! んぎぎッ……!」
一方で、当の本人はまだ詞にからかわれていた。
からかわれている――のだと思う。
正直なところ、香子関連の会話は不明瞭でところどころ分からないところがあるのだ。
どうにも詞や透流は分かっているようなのだが――これがジェネレーションギャップなのだろうか。
10歳も違わないのだが、それでこうも意思疎通が難しくなるものなのか。
景一郎が少し孤独感を覚えていると――
「ん……味が薄いざます。景一郎君はぶっちゃけ舌がアホだから、ダシの味とか分からないしこの努力は無駄ざます」
――聞き慣れた声が聞こえた。
景一郎が視線を横へと動かすと、そこには小柄な少女がいた。
いやー―彼女は少女という年齢ではないのだが。
「……ゆっこ?」
「ん。お邪魔します」
景一郎の隣には、料理を口に運ぶ雪子がいた。
忍足雪子。
つい数時間前まで死闘を繰り広げていたはずの人物がいた。
――彼女が声を発するまで気付けなかったあたり【隠密】を使って侵入してきたのだろう。
わりと普通に不法侵入であった。
「一応、これ【面影】の祝勝会のはずなんだけどな……。ってか、どんなキャラだ?」
「景一郎君に卑しく纏わりつく小娘をいびる姑」
そう言い切ると、雪子は料理に手を伸ばす。
そして口に運び咀嚼して、うなずいた。
――雪子はナツメと面識がある。
案外、彼女の料理を食べるのも初めてではないのかもしれない。
「そして祝勝会であることは理解してる。今日の私は酒の肴。景一郎君――敗者を見ながら飲むお酒は美味しい?」
「それに同意したら性格悪すぎだろ」
景一郎は嘆息する。
そこまで意地の悪い性格はしていないつもりだ。
「で……本当にどうしたんだ?」
景一郎はもう一度問いかける。
確かに雪子は神出鬼没だが、何の意味もなくここを訪れたとは考えにくい。
――彼女の場合、3割くらいはその可能性もあるのだが。
「ん……紅から伝言。後で会いたいって」
景一郎にだけ聞こえるように雪子がささやく。
どうやら今日の彼女はメッセンジャーだったらしい。
「待ち合わせ場所は、今から私がこっそり『イケそうメール』を送ったら数分後に偶然を装ってお誘いメールしてくる」
「事情バラしてやるなよ」
「多分、今頃ケータイを握って待ってる。あえて1時間くらい焦らすのもアリ」
「ドSかお前は」
多分それは、紅としては知られたくない事情なのではないだろうか。
「ちなみに、本当は伝言についてもそれとなく伝えるように頼まれた。ちゃんと突然の誘いに驚いたふりをしておいて欲しい」
やはりそうだった。
「分かった。お前にだけは絶対に伝言を頼まない」
すさまじく信頼できないメッセンジャーだった。
「ってか、そんな回りくどいことする必要あるのか?」
「ん。紅はプチコミュ障だから。絶対成功する確信がないと誘えない」
「言っとくけど【聖剣】にまともなコミュニケーションができる奴なんていないからな」
景一郎は半眼で雪子を見る。
【聖剣】は排他的なパーティだ。
Sランクダンジョンにおいてさえ彼女たちは、基本的に他のパーティと協力しない。
それは彼女たちが圧倒的に強いから。
しかしそれと同じくらい、パーティの外側にいる人間を信頼していないことの裏返しでもある。
彼女たちにとって【聖剣】は聖域なのだ。
彼女たちが心から信頼できる人間で作られた最小の世界なのだ。
だから仲間を大切にするし、その外側にいる人間への関心は驚くほど薄い。
「強くは否定しない。ただ、そんな私たちに声をかけた景一郎君も大概」
雪子はズズズとお茶を飲む。
「――ぼっちにも分け隔てなく声をかけるから、3人も不幸な勘違い女を生んでしまった」
「?」
景一郎は首を傾げた。
確かに雪子も紅も菊理も、小学校では目立たない少女だった。
だが小学生であれば男女が混ざって遊ぶのも珍しくないし、男子である景一郎が声をかけることもそうおかしくはないと思うのだが。
「たいしたことじゃない。ただ――教室の隅っこにいた寂しがりが、持ち前のチョロさと不器用さと独占欲で重い女に変身した話」
「まったくわけが分からん」
残念ながら、景一郎の疑問が解決することはないのであった。
☆
「――そろそろ時間か」
景一郎は時計を確認する。
あれから雪子が言っていた通り、紅からメールが届いた。
とはいえパーティリーダーである景一郎が祝勝会をすぐに退席するわけにもいかないので、彼女と会うのは深夜となっていた。
そして約束の時間30分前。
景一郎の予想通り、戦いの疲れからか【面影】の面々は全員が眠りに落ちていた。
ナツメは後片付けをしているため景一郎の外出にも気付くはずだが、子供ならともかく成人した男が勝手に出歩いたくらいのことをいちいち気にしたりはしないだろう。
そう結論付け、景一郎は足音を消して外へと向かう。
すると――
「やっほー」
――出口に詞がいた。
玄関には暖房の風が届かないからだろうか。
彼は少し寒そうに身を縮めながら片手を上げる。
どうやら少し前から待っていたらしい。
「……詞か。そういえば、いつの間にかいなかったな」
思い返せば、床で寝落ちしたメンバーの中に詞がいなかったような気もする。
さすがに男子として、少女たちと折り重なって寝るわけにはいかなかったからだと思っていたのだが。
「ひどいなぁ……気付いてなかったのぉ?」
「ちゃんと気付いただろ。今さっき」
景一郎がそう答えると、詞が少し困ったような微妙な表情を浮かべる。
煮え切らないというか。
思うところがあるというか。
詞の態度はいまいちはっきりしていない。
「お出かけ?」
「ああ」
「何をするの? 誰かと会うの? いつ帰ってくるの?」
「束縛厳しめのカノジョみたいになってるぞ」
そう景一郎が言い返すと、期待通りの答えだったのか詞はにやりと笑った。
「えへへ。お兄ちゃんのカノジョかぁ。そんなことになったら近親相姦だね?」
「前提にだいぶ難ありだろ」
兄妹じゃないし、兄弟ですらない。
「越える壁が多いほうが燃えるかもだよぉ?」
「ノーコメントで」
特に偏見はないつもりだが、恋愛はできるだけ普通が良い景一郎であった。
「で――会うのは【聖剣】……多分、鋼さんかなぁ?」
「……よく分かったな」
妙な鋭さに景一郎は少し驚く。
「このタイミングで会う人って他にないかなぁって」
――そもそも、誰かと会うと言った覚えさえないのだが。
「………………戻れると良いね?」
「………………」
景一郎は黙ってしまった。
【面影】は『影浦景一郎が【聖剣】に戻るための手段』だ。
彼が効率よく強くなるため都合がよかった。
そういう成り立ちだったはずだ。
景一郎は得心が行った。
そういう事情を知っているからこそ、詞はこのタイミングで景一郎が外出することの意味を察したのだろう。
その相手が、景一郎の除籍処分を解除できる唯一の人物――鋼紅であることも。
「お兄ちゃんの目標だったんでしょ?」
詞はそう微笑んだ。
「詞は、構わないのか?」
景一郎は問う。
紅がどういう話をするつもりなのかは分からない。
案外、完全な別件かもしれない。
それでも――そういう話になる可能性はある。
そのことを詞はどう捉えているのか。
それが聞きたかった。
「うんっ。仲間の『卒業』は応援しなくちゃね」
「――卒業、か」
脱退でも、離別でもなく。
詞は卒業と表した。
それはきっと、景一郎の背中を押すためにと彼が選びに選んだ言葉だったのだろう。
「だって俺たち、立場が変わってもずっと仲間だぜっ――なんちゃって」
詞は親指を立てて快活に笑った。
そのまま彼は返事を待たずに景一郎に背を向ける。
――返事を待つ余裕はなかったのかもしれない。
景一郎は、足早に立ち去ってゆく詞の背中を見送った。
鼻をすするような音を聞きながら。
5章はあと1話で終了となる予定です。
そして続く6章『始まりのダンジョン』。
魔都を舞台とした第2部の最終章にあたる章となります。
はたして景一郎たちのオリジンゲート攻略の行方は――




