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1章  8話 Dランクダンジョン

「本日、監督官をさせていただく(とが)ナツメと申します」


 スーツ姿の女性はそう言って頭を下げた。

 それに合わせ、まっすぐに切りそろえられた黒髪が揺れる。


 監督官というのは、ダンジョンの入り口を管理し、冒険者の出入りを管理する仕事である。

 ダンジョンでは死体も残らずに死んでゆく冒険者がいる。

 クリアするとダンジョンは消滅してしまうため、死亡確認のできる品が残らないことも多い。


 ゆえに監督官が必要となる。

 冒険者の出入りすべてを把握することで、帰ってこなかった冒険者――死んだ冒険者を見落とさずに済むのだ。


 ちなみに監督官は、ダンジョンの警察とも呼ばれる。

 ダンジョンにかかわる違法行為を予防・解決する必要もあるため、監督官は冒険者として活動していたことが前提条件とされる。

 きっと目の前の女性――棘ナツメもかつては冒険者としてダンジョンを探索していたのだろう。


「これが今回のダンジョンで間違いありませんか?」


 景一郎は前方を指で示す。

 青い波紋で虚空が波立っている。

 楕円形に歪んだこの空間はゲートだ。

 この世界とダンジョンをつなぐ境界線なのだ。


 ゲートの色は青。

 ノーマルゲートと呼ばれる、もっとも不確定要素の少ないゲートである。


「はい。当ダンジョンは、冷泉お嬢様より影浦様へと権利が譲渡されております」


 ナツメはそう言って一歩下がった。


(まさかお抱えの監督官までいるなんてな)


 景一郎は冷泉家の力に内心で舌を巻く。


 棘ナツメは冷泉家専属の監督官だ。


 本来、監督官は協会に所属しており、協会を通して仕事を受けている。

 ダンジョンが現れると、協会によって担当する監督官が選出されるのだ。

 一方で、競売によって独占探索を行う場合は、冒険者が協会を通して監督官を雇う必要がある。


 冷泉家のように、協会を通すことなく監督官個人と契約を結んでいるケースはめったにない。

 

「私はゲートの監視を行っているため、基本的に救援に来ることはできません」

「ええ。分かっています」


 監督官の仕事はあくまで、探索権を持たない冒険者を中に入れないこと、何も知らない一般人が近づきすぎないようにすること

 中に入った冒険者の生死は業務に関係がない。

 ダンジョンに入ってしまえば、生きるか死ぬかは自己責任だ。

 景一郎の探索権が害されないように協力してくれるが、探索を成功させられるかは彼次第。


「それでは、幸運をお祈りしています」


 ナツメに見送られるまま、景一郎はダンジョンに踏み込んだ。



 Dランクダンジョンとは最低難易度のダンジョンだ。

 原則として、出てくるモンスターとダンジョンのランクは一致する。

 ゆえにここはDランクのモンスターまでしか出てこない。


 例外として、ダンジョンボスだけはダンジョンのランクより1つ上のランクのモンスターが現れることがある。

 通常のモンスターはDランク。

 ボスでもCランクが上限。


 C+ランクのオーガを倒せた景一郎なら、苦戦するようなモンスターは少ない。

 ではなぜ、彼が最初のダンジョンをDランクにしたのか。

 理由は単純だ。


「トラップ・セット」


 景一郎は左手を振り、目も向けずに後方へと矢印を展開した。


「ぎがっ……!?」


 背後からゴブリンの悲鳴が聞こえた。

 矢印に吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられたようだ。


 このダンジョンに巣食っていたのはゴブリンだった。

 洞窟型のダンジョンではオーソドックスなモンスターといえるだろう。


 ゴブリンたちは5匹。

 狭い通路を利用し、景一郎を挟み撃ちにしていた。


 ――これこそがダンジョンの脅威だ。

 ダンジョンはそれぞれに大きく異なる特色を持つ。

 洞窟に平野。水場や毒沼が存在することもある。

 潜るたびに環境が違うため、ダンジョンの外に比べて実力を発揮しづらくなっている。


 今回は――少し狭めの洞窟。

 それにより大きな武器は振るえなくなる。

 パーティメンバーがいたとしても、うまく陣形が取れない。

 景一郎はソロで探索しているため影響が少ないが、新人冒険者のパーティだったら戸惑うことだろう。


 あくまで冒険者は侵入者。

 ダンジョンは冒険者を歓迎しない。

 アウェーの戦場でモンスターと戦う。

 だからこそダンジョンは気が抜けない。


 先日ゴブリンと戦ったのはダンジョンの外だ。

 対等な戦場でならゴブリンの群れも一掃できた。

 だがダンジョンという地形の恩恵を受けたゴブリンは、昨日のゴブリンとは比べ物にならないほど厄介だ。


 だからこそ、戦力的に余裕のあるダンジョンで慣れておきたかった。


「トラップ・セット――【矢印】+【縛】」


 拍手の音が洞窟に反響する。


 景一郎の掌から光の縄が伸びた。

 それは空中を蛇行しながらもゴブリンを狙い、縛り上げる。

 捕えたのは後方にいた2体。

 1対5が1対3へと変わる。


「【矢印】」

 

 景一郎は足元の矢印を踏みつけた。

 【縛】のトラップの効果時間は数秒。

 その間に戦況を決定づける。


「はぁっ」


 矢印に乗った彼の体が加速し――黒い風となる。

 彼はゴブリンたちの隙間をすり抜けた。

 ――すれ違いざまに短剣で斬りつけながら。


 斬殺された3体のゴブリンが崩れ落ちていった。


「【矢印】1つなら、近接戦闘も問題なさそうだな」


 景一郎はまだ新たなスキルへの熟練度が足りていない。

 だからマージンを多くとったこのダンジョンで、スキルの使用方法に慣れたかったのだ。

 

 結果として、【矢印】トラップ1つによる加速状態でなら問題なく近接戦闘が行えるようになっていた。

 とはいえ、重ねがけしてしまえばまだ体が追いつかないのだが。


「仕上げだ」


 景一郎は双剣を投擲する。

 同時に、後方にいたゴブリンの束縛が解かれた。

 だが、逃げるにはもう遅い。

 予定調和のように短剣はゴブリンたちの額へと突き立てられた。


「大分、ユニークスキルの使い方にも慣れてきたな」


 景一郎は5体の死骸を見下ろした。

 特に危ういと思う場面はなかった。

 むしろ最後あたりは物足りなさがあったようにも思う。


「次はCランクダンジョンでも問題なさそうだな」


 もう一段階くらい難易度を上げたとしても構わなさそうだ。

 景一郎は思案しながらもダンジョンを進んでゆく。


「……レイド戦も良いかもしれないな」


 レイド戦。

 それは複数のパーティが協力して行うボス討伐だ。

 10人以上で戦うような相手ということもあり、ボスは強力なものが多い。


 とはいえ大概の冒険者は、利益の分散を避けるために他の冒険者に協力を仰ぐことは少ない。

 仮に助力を求めたとしても、個人的なツテを利用する。

 だからレイド戦というのは年に数回しかない貴重なイベントだ。

 ――明乃に依頼しても、すぐには見つからないだろう。


 今の景一郎はCランク冒険者だが、戦闘力はすでにBランクの域に達し始めている。

 大人数が参加するレイドならAランクのボスモンスターとも戦える。

 リターンの大きさを思えば、頼むだけ頼んでみたほうがいいかもしれない。


「おっと。考え事をしていたら――」


 景一郎は足を止める。

 彼がいるのは洞窟の終着点。

 広がった通路の先にあるのは――巨大な扉。


「――ボス部屋のお出ましだ」


 ダンジョンには最低でも1体のボスがいる。

 ボスはダンジョン内で最強の存在で、ダンジョンを支配する存在だ。

 そのボスを倒すことで、ダンジョンを攻略したこととなり――ダンジョンは消滅することとなる。


 ダンジョンをクリアすれば大量の経験値とアイテムが手に入る。

 冒険者が強くなるうえで、いくつものダンジョンをクリアすることが最短ルートなのだ。


「1人で挑む初めてのボス戦……」


 景一郎は扉を見上げる。

 巨大で、重厚な扉。

 それを前にして景一郎は――尻込みなどしない。

 むしろ一歩を踏み出してみせた。


「紅。菊理。ゆっこ。俺はこれから強くなる」


 景一郎は両手で扉を押す。


「――待っていてくれなんて言わない」


 扉が軋みながらも動いてゆく。


「どんどん強くなってくれ。皆は今でも、俺の憧れなんだ」


 開いてゆく扉の先には、1体のモンスターが鎮座していた。

 その姿はゴブリン。

 だが大きさが違う。

 おそらく、あれはゴブリンの進化種。


 ――ゴブリンジェネラルだ。


「すぐ――お前たちに追いついてみせる」


 だから、待たないでほしい。

 景一郎が、憧れの背中を掴むまで。


 景一郎が覚醒してから、初めてのダンジョン攻略となります。



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