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5章 17話 閃光の剣

「――――――」


 紅が腰を落とす。

 彼女は腰元に剣を構え、詞たちへと目を向けている。


「ッ! 跳べッ!」


 次に起こることを察知したのか、景一郎が叫ぶ。

 その言葉に従い、詞たちは跳んだ。

 直後のことだった。


 ――魔都が斬り裂かれた。


 横一閃。

 紅が繰り出した抜刀術は、魔都のビル群を切断したのだ。


「うへぇ……味方を巻き込む心配がないとああいう戦い方になるんだねぇ」


 崩壊してゆくビル群。

 ビルはただのコンクリート片へと変わり、砂煙が巻き上がる。


 たった一撃で崩れてゆく街。

 その光景を空中から見下ろし、詞は冷や汗を流した。


 神速の抜刀術。

 そして光魔法による斬撃の延長。

 それによる破壊規模は数キロにも及んでいた。


「まだですよ」


 そして、紅はさらなる追撃を繰り出した。


 それは片手剣での連続突き。

 刺突に合わせ、光の斬撃が詞たちを狙う。

 連続突きということもあって精密さは多少落ちていたのだろう。

 光の刃は詞たちの肌を掠めるだけに終わる。

 だが、あと数センチ攻撃がズレていたら脱落している可能性も充分にあった一撃だった。


「攻撃が速すぎて、距離を取ってもあんまり意味がないかなぁ」


 詞は着地して再び紅と対峙する。


 確かに紅の武器は剣だ。

 しかしそのリーチは狙撃に匹敵する。

 間合いを取るメリットはないだろう。


(【聖剣】で1番速いはずのこの人が1番遅くにここまで来た……。つまり、戦闘開始時点では北区にいた可能性が高いってことだよね)


 国内最強最速。

 それが鋼紅の肩書だ。


 にもかかわらず、彼女が南区に現れたのは最後。

 単純に考えれば、ここからもっとも遠い北区にいたはずだ。


(つまり南区に来るまでの道中――中央区で待ち構えていたパーティとも一戦を交えてる)


 そして北区から南区へと最短距離で向かえば、そこには中央区がある。

 景一郎の読みでは、中央区が【聖剣】へと対抗する拠点になっていたという。

 ならば紅は、今回の試験参加者の主力部隊と刃を交えている。


 ――となれば、すでに鋼紅は何度か【時間停止】を使用している可能性が高い。


(推測多めだけど、【時間停止】はあと2~3回ってところかな?)


 根拠はない。

 だが、Aランクパーティが何もできずに敗退したとは思えない。

 1度か2度くらいは、紅でも【時間停止】を使わざるを得ない状況があったはずだ。


「とりゃ!」

「――――――」


 詞が振るったナイフ。

 紅はそれを軽く受け止める。


 鍔迫り合いをする2人。

 ふと紅が横へと視線を向ける。

 そちらにいるのは――景一郎だ。


「お兄ちゃんのこと警戒してるんだ?」

「……あまり見たことのない攻撃でしたから」


 詞が問いかけると、紅は表情を変えずにそう言った。

 最初の攻防で、景一郎の矢印トラップに簡単にかかったあたりそこに嘘はないのだろう。


「でも他の【聖剣】から聞いてないの? 2人とも知ってたと思うけど」


 詞は疑問の声を漏らす。


 彼が知る限り、忍足雪子も糸見菊理も矢印トラップについて知っていたはずだ。

 であれば試験の前に情報共有されているのが普通だと思うのだが――


「……ゆっこに聞いたら『続きは君の目で確かめてくれ』と」

「攻略本かな?」


 ――すさまじく雑な理由で教えてもらえていなかった。


「?」


 詞の言葉の意味がよく分からなかったようで、紅の目に疑問の色が宿る。

 ……あまりそういった娯楽には詳しくないのだろうか。


 そんなことを考えていると、紅によって詞の体は後方へと押し出される。

 無理に踏みとどまっても、ここから有効打へとつなげる術はない。

 詞は抵抗することなく距離を取った。


「……お兄ちゃん」


 詞は跳んだ先にいた景一郎に問いかけた。

 それはこの場において関係のないこと。

 しかし、看過できる内容ではなかった。



「大丈夫なのこの人!? パーティメンバーに若干イジられてない!?」



 鋼紅はパーティリーダーだ。

 にもかかわらず重要なはずの情報を共有されていない。

 しかも共有していない理由がすさまじく雑。

 さらにいえば、リーダーであるはずの本人があまり気にしていない。

 

 端的に言うと、他のメンバーに舐められているのではないか。

 そう思っても仕方のない現状だ。


「いや。紅なら大丈夫だ」


 しかし、景一郎は詞の言葉を否定する。

 彼は紅たちとは小学生からの幼馴染だという。

 彼の目から見れば――



「――昔から割とこんな感じだった」



 どうやら、紅は以前からあんな扱いだったらしい。


「えぇ……リーダー扱いされてなさそうだよぉ?」

「でも、あいつらは誰が一番強いかを理解してる。ふざけていても、リーダーを軽視しているわけじゃない」


 それは――信頼なのだろう。

 

 気安く、リーダーへの敬意は見えない。

 だが、一線をわきまえていないわけではない。

 関係が破綻しているわけではない。

 そういうことなのかもしれない。


「おおかた、ハンデってことでしょ?」


 詞の隣に現れた香子がそう言った。


「完全に対等条件だったら【白雷】を倒すのは難しいから、こっちのスキルの情報は隠しておいたってこと」

「なるほどねぇ」


 鋼紅は強い。

 確かに、彼女が『最強』と呼ばれるのも分かる。


 忍足雪子も糸見菊理も強かった。

 ――だが、最強は鋼紅だ。

 それは少し対峙しただけの詞でも分かった。


 【面影】では、策を弄したとしても万全な紅を倒せない。

 そう思ったからこそ、あえて雪子も菊理も紅に【面影】の情報を教えなかった。

 スキル情報を知らない彼女が相手なら、少しは勝機もあるだろうと考えて。


 少し悔しい。

 だが――その見立てに間違いはなかった。

 もし紅がこちらの戦闘スタイルを知っていたのなら――すでに勝負が決していてもおかしくなかった。


「――――」


 刀を構える紅。

 彼女は再び抜刀術の体勢に入っていた。

 そして――剣を抜き放つ。


 詞たちはそれを跳んで避けた。

 だが――


「2連撃ッ……!?」


 詞は驚愕の声を上げた。


 なぜなら――紅がその場でもう1回転していたから。


 あえて跳んで躱させ、空中で動けない敵を仕留めるために追撃の一閃を放つ。

 あれを食らえば、一撃で脱落だ。


「にょわぁ……!」


 詞は【操影】。

 香子は【空中歩行】。

 景一郎は【矢印】。

 それぞれのスキルを駆使して光の斬撃を躱した。


(これは――むしろチャンス……!)

 

 さらに崩れてゆくビル。

 崩壊で噴き上がる砂煙。

 それが――太陽を遮った。


 薄暗くなる戦場。

 それはつまり――戦場一帯が影に包まれたということ。


「【潜影】」


 詞は着地――しない。


 彼は飛び込みの選手のように地面へと潜った。

 地面に生まれた影に潜った詞。

 影の奥に存在する暗い空間。

 彼女はそこを泳いで移動する。


「せやッ!」


 そのまま紅の足元に移動すると、詞は影から勢いよく跳び上がる。

 詞はナイフを突き上げ、紅の腹を狙った。


「貴女の攻撃パターンは大体把握しました」


 だが、紅には届かない。

 彼女は左手で詞の手首を掴む。

 利き腕さえ使うことなく、詞の攻撃を止めた。


「こっちだっての……!」


 だが、そのタイミングに合わせて香子が紅の背後に回る。

 そのまま香子は短剣を振り下ろした。


 とはいえ、紅も彼女の奇襲は予想していたのだろう。

 だからあえて剣を握った右手は自由にしておいたのだ。


 紅は香子の剣を受け止める。

 奇襲は失敗。

 鍔迫り合いへと持ち込まれた。

 そうなれば上級職であり、レベルでも勝っている紅が優位。


 しかし、それでいい。

 この状況が――狙いだったから。


「………………?」


 わずかに紅の表情が動く。

 気付いたのだろう。

 香子が振るう短剣の奇妙なデザインに。


 香子の短剣――その峰。


 鍔の部分から、峰に沿って切っ先まで細い管のような膨らみが伸びている。

 そしてその膨らみの先には、小さな穴があった。


 初見では何なのか判断しづらいだろう。

 だが詞は知っている。



 あれは――――()()()



「終わりよ」


 香子はそう宣言した。


 カチリ、と音がした。

 それは香子が柄にあるスイッチ――トリガーを押した音だ。

 それにともない、短剣の先端から魔力が噴出する。


 魔力製の弾丸が散弾銃のように広く射出された。

 味方を巻き込まないよう射程距離は1メートルと短い。

 だが、鍔迫り合いの最中に魔弾を浴びせられたら打つ手がないだろう。


 実際、顔面に散弾を食らった紅は――



「――なるほど。それはいわゆるガンソードというわけですね」



 ――香子の背後にいた。


「っ!?」


 香子は弾かれるように跳び退いて紅から離れる。


 追撃することもなく立ったままの紅。

 彼女の顔に傷はない。

 あの状況から、魔弾の雨を回避したのだ。


(これでやっと1回……)


 だが、悲観することではない。

 先程の光景から考えるに、紅は【時間停止】を使用した。

 たった1回だが、彼女の処理能力を上回れたのだ。


 もっとも、こうも上手くいくのは最初だけだろうけれど。


「それは扱いが難しい武器ですね。繊細なつくりだから、安易に受け太刀をしてしまえば銃身が歪んで使い物にならなくなる」


 紅は興味深そうに香子の手元へと視線を向けている。


「剣術と射撃。そして、銃身を壊さないように振るえるだけのセンスが要求されることでしょう。私がそれを振るったとしても、上手く性能を引き出せるかは怪しい代物ですね」


 紅の見立ては正しい。


 景一郎が香子へとプレゼントしたのはガンソード。

 そしてそれは、構造が複雑なため壊れやすい。

 

 受け止める角度。

 受け止めた反動の殺し方。

 一歩間違えれば、一度斬りあっただけで内部構造が歪んでしまう。

 そうなればもう魔弾は放てない。


 特殊な仕込みがあり、繊細で壊れやすい。

 どんな武器でも器用に扱える香子でなければ、真価を発揮できない武器というわけだ。


「なにそれ。褒めてくれてありがとうとでも言えばいいわけ?」

「純粋な感想です」


 紅は香子の言葉にそう返す。

 そして、紅の雰囲気がわずかに変化した。

 これまでも強者の風格を纏ってはいた。

 だが、さらに空気が鋭くなる。


 

「だから――もう1発も撃たせません」

 


 声だけで冷や汗が噴き出す。

 分かる。

 ――次の攻撃は、詞たちの領域でさばける程度のものではない。


「【潜影】ッ……!」


 だから、回避は諦めた。


「がッ……!?」


 直後、香子の腹に3つの穴が穿たれた。

 それは見えない速度での刺突だ。


 重い傷。

 だが、即死には至らない。


「ごめんね、まだ香子ちゃんを倒されるのは困るかな?」


 詞は微笑んだ。

 

 分かっていたことだ。

 紅が本気を出せば、詞も香子も反応さえできずに殺される。

 分かっていたから――紅の足を影に沈めた。

 そうすることで、致命傷だけは避けたのだ。


「なるほど……足が沈んだせいで狙いが外れたわけですね」

「そっちが本気を出したら躱すのなんて無理だから……死ななかっただけマシだよね?」


 回避不能。

 ならば延命を。


 詞が紅の足を【潜影】で沈めたことで攻撃が下へとズレて、香子の心臓を貫くはずだった突きは彼女の胴体を撃ち抜くにとどまった。

 もう長くはもたない。

 だが即死さえしなければ――もう一手くらいは打てる。


「はぁぁぁ!」


 詞は地を蹴った。

 最後の攻めに希望を託して。

 だが――


「遅いです」



「ぁ……ぇ…………?」


 直後、光の刃が横切った。

 少しだけ遅れて、詞と香子の胴体が切断される。

 詞たちは躱すどころか斬撃を察知する間もなく、致命傷を受けていた。


「ッ……! ま、だぁ……!」


 致命傷を負ったことで崩れてゆく仮初の肉体。

 最後の力を振り絞り詞は手を伸ばす。


 彼が掴んだのは紅の足だ。

 全霊を込め、縋りつくようにして紅の足へと抱き着いた。


 後方では香子はガンソードを構えている。

 詞ごと紅を撃つような位置取り。

 だが構わない。


 詞も香子も、すでに致命傷を受けている。

 味方に撃たれることが、味方を撃つことが仲間のためになるのなら。

 そこに躊躇いはない。



「――仕方がありませんね」



 紅がため息を吐き出した。

 彼女は肩をすくめ、目を閉じる。


「不本意ですが、その思惑に応じることにします」


 次の瞬間、紅の姿が消えた。

 決して離さないようにと抱き締めたはずの彼女の感触が消失する。

 直後、散弾が詞の背中を撃ち抜いた。


「2回……かぁ。きっついなぁ……」


 消えゆく意識の中。

 力なく詞はそう漏らした。


 相手は最強。

 倒せるなどと思っていたわけではない。


 でも、命を懸けた戦いの果てに手札をたった2秒分消耗させただけ。

 理不尽なまでの実力差に、変な笑いが漏れる。



「ボクたちは……ここまでだから。頑張ってね――お兄ちゃん」



 ――月ヶ瀬詞、脱落。

 ――花咲里香子、脱落。


 香子の新武器はガンソードでした。

 スペツナズナイフと迷いましたが、さすがに扱い辛すぎるので……。


 そしてここからは、景一郎と紅の一騎打ちとなる予定です。




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