5章 14話 1VS50
式神同士をただつなぎ合わせた合成獣。
そんな肉塊から生えた上半身のいくつかがグリゼルダへと掌を向けた。
「ぬ……!」
直後、式神たちが炎を放つ。
どうやら式神個々としてのスキルも使えるらしい。
「やはり魔法は使えぬか」
グリゼルダは氷壁でガードしようとするも、魔法は不発に終わる。
とはいえ動揺はない。
彼女は横に跳んで炎を躱した。
1つ1つは中堅冒険者相当かそれより少し強いくらいの炎魔法。
しかし数人分の魔法を一斉に撃てば総合的にはかなりの威力になる。
魔法が使えない状態で食らえばかなりのダメージとなるだろう。
「本当に不思議な方ですね。新人とは思えない魔法の技術。装備も見たことがない物ですし。なにより、身体能力が高い」
興味深そうに菊理はグリゼルダを見下ろす。
彼女はあくまで式神に戦闘を任せ、離れた位置から戦闘を見守るつもりのようだ。
空を飛んでいるのは、グリゼルダが魔法を使えないと確信しているからだろう。
「魔法の出力から考えると、魔法に特化した職業だと思うのですけれど」
冒険者には各々生まれ持った職業がある。
特殊な例を除き、基本的に職業間で優劣はない。
ただ適性があるだけだ。
直接戦闘が得意だが魔力が乏しい職業。
魔力が潤沢だが身体能力が低い職業。
だからこそ、パズルのように冒険者たちは集まってパーティを作る。
だがグリゼルダは違う。
圧倒的な魔力を有していながら、近接戦闘能力もある程度の水準に達している。
それは異常なことだろう。
「答える、義務はない……!」
グリゼルダは攻撃を回避しながらそう返す。
――あまり状況は良くない。
動けるとはいっても、さすがにグリゼルダも【フェンサー】や【アサシン】のような身軽さを持つわけではない。
魔法も使わずに、50の上半身から絶え間なく放たれる攻撃を躱し続けるのは無理がある。
「ぬ――」
そして限界はついに訪れる。
ミスがあったわけではない。
ただ、どうしようもなかった。
詰め将棋のように、彼女の逃げ場は失われていた。
回避の余地のないタイミングで、グリゼルダに魔弾が迫っていた。
魔弾はそのまま彼女へと着弾し――
「あら……タイミングがよろしいのですね」
――魔弾は氷の壁に阻まれた。
「先程の【スキル封印】は時間制限があるようだな」
パラパラと氷が崩れてゆく。
その奥では、グリゼルダが無傷で立っていた。
ただの賭けだった。
どうせ躱せないのなら、イチかバチかで魔法を使ってみよう。
そんな思いつき。
それが幸運を引き寄せたのだ。
グリゼルダの魔法は起動し、魔弾をすべて防いだ。
今回に限って魔法が発動した理由。
推測の域を出ないが、おそらく【スキル封印】の効果時間が経過したのだろう。
「はい。せいぜい1分ほどでしょうか」
菊理は特に隠すこともなくそう告げた。
彼女は無数の手段を持つ冒険者。
だからこそ、1つの手札にそれほど執着がないのかもしれない。
「我に対しほぼ無条件で使用できたことから考えるに、再使用まで時間が必要なスキルなのではないか?」
グリゼルダはそう問う。
相手に触れる。スキルを指定する。
そんな特定の行動さえ必要なく敵のスキルを封印する。
それはあまりにリスクとリターンが釣り合わない。
理不尽がすぎる。
ならば、連続で使用できないなどの欠点が存在すると考えるのが自然だ。
無条件でスキルを封印できるわけではないため、【スキル封印】にはそれほど大きなリスクはないかもしれない。
それでも1分や2分で再使用できるような類のスキルではないはずだ。
「………………」
「図星であったか?」
沈黙した菊理にグリゼルダは笑みを向ける。
笑みとはいっても冷笑だったが。
「さて、どうでしょうか」
菊理は目を閉じ、肩をすくめる。
空中に退避する意味がないと判断したのか、彼女はその場で高度を落として地面へと降りた。
「……まあ良い」
グリゼルダは息を吐く。
彼女もこれで菊理を出し抜いたとは思っていない。
それこそ80以上のスキルを持っていると豪語したのだ。
手詰まりなどありえないだろう。
まだまだ手札は持っている。
そう思っておくべきだ。
「ッ……!」
とはいえ、魔法が戻れば勝ち筋は充分にある。
グリゼルダは巨大式神へと駆けだした。
そして、途中で直角に方向転換する。
(異なる属性の攻撃が相殺しあってしまうのを防ぐためなのだろうが、融合した式神の配置には偏りがある)
彼女は一定の距離を保ち、巨大式神を周回するように走る。
――あの式神はあらゆる属性の魔法を撃ってくる。
一見無作為に見える式神の上半身。
しかし、その配置は属性ごとにまとめられていた。
炎魔法を使う式神。氷魔法を使う式神。風魔法を使う式神。
それらはそれぞれ固まって配置されている。
おそらく相性の悪い魔法――たとえば水と炎――を同時に撃ってしまい、近くの式神同士で魔法の威力を殺してしまわないための工夫だ。
逆に言えば、グリゼルダが操る氷魔法と相性の良い魔法――炎魔法を使う式神が固まっている場所とは正反対の位置から攻め込めばいい。
さっきまでの戦いで、どの式神がどの属性を扱うのかはあらかた把握している。
グリゼルダは巨大式神の後方へと回り込むと――距離を詰める。
あの巨大式神は鈍重だ。
あれが反転するよりも早く彼女なら魔法を叩き込める。
「食らうのだ」
グリゼルダの手に冷気が収束する。
――確か、彼女へと向いている式神は水魔法を扱う。
ならば構わない。
迎撃しようとも、その水ごと凍結させられる。
「――確かに、【スキル封印】は1日に1度しか使えません」
そんな光景を前にしても菊理は微笑む。
「ですが――」
むしろその笑みは深まっていた。
「私は【スキル封印】を13個持っているので構わないのですけれど」
直後――グリゼルダの手元に収束していた冷気が霧散した。
魔法が、起動しない。
「な――」
グリゼルダに動揺が走る。
確認するまでもない。
再び【スキル封印】を食らったのだ。
最初に受けたのとは別の【スキル封印】を。
13個の内、2つ目の【スキル封印】を。
「しま――!」
貴重な一手を潰された。
そのロスは大きい。
菊理がどんな防御をしたとしても上回れるようにと出力の高い魔法を展開したのが裏目に出た。
威力に比例した溜め時間。
その間に巨大式神はグリゼルダとの距離を詰めていた。
そのまま氷漬けにしていれば何も問題はなかったのだが――
「このッ……!」
式神の手がグリゼルダを捕らえる。
最初は手首を。
そうして逃げを封じられると、すぐに他の手が殺到してくる。
10近い手がグリゼルダを引っ張る。
両手。
両脚。
髪。
脇腹。
次々と手が彼女の体を掴む。
そうなれば踏みとどまることさえ困難で、彼女の体は肉塊に抱き寄せられた。
「これで捕まえましたね」
菊理が微笑みかけてくる。
今のグリゼルダは両腕を羽交い絞めにされ、両膝を抱え上げるようにして拘束されている。
魔法を封じられ、体の自由も奪われた。
状況は最悪に近い。
そして、最悪になるのはここからだった。
「ぬ……ぁぁ……力が……」
すさまじい虚脱感にグリゼルダは声を漏らす。
まるで背骨のような――生きるうえで不可欠な何かを引きずり出されている感覚が彼女の体を襲う。
「【魔力吸収】スキル……か?」
「よくお分かりに」
グリゼルダの推測を聞き、嬉しそうに菊理はそれを肯定した。
とはいえ、彼女にも明確な根拠があったわけではない。
なにせ――強すぎるのだ。
この喪失感は本来【魔力吸収】程度で感じるようなものではないはずなのだ。
「私が保有している【魔力吸収】スキルは22……23……だったかもしれません。ともかく、通常であれば同時に受けるはずのないほどの数です」
だが、菊理の場合はその例外を引き起こせる。
多重に弱体化のスキルをかけることで、普通ではありえないほどの速度で獲物を弱らせる。
「貴女がどんなに優れた冒険者でも、あっという間に搾り取られてしまいますよ?」
本来なら、魔力を回復するついでとして嫌がらせ程度に相手の魔力を減らす【魔力吸収】スキル。
鬱陶しいが、それ自体が致命打になることは少ないスキル。
しかし今のグリゼルダは、急激な魔力の低下に耐えかねて失神しかけていた。
身の丈に合わない大魔法を使えば似たような症状があらわれるが、菊理はそれを【魔力吸収】で強制的に引き起こしたのだ。
「ぬ……ぁぁ……!」
底が抜けたように魔力が減ってゆく。
逃れようにも無数の手が彼女の体を縛りつける。
彼女の肌に触れる手が増えるたび、魔力の減少速度も増してゆく。
そしてさらに彼女は力を失い、拘束を解く術が消えていった。
そんな悪循環。
その中で彼女は――1つの可能性に至る。
「そういえば……【スキル封印】とやらで封印できるのは、おぬしが持つスキルだけであったな」
グリゼルダはぽつりと呟いた。
最初に菊理から聞いた言葉。
【スキル封印】で封じることのできるのは、菊理が持つスキルだけ。
逆に言えば、菊理が持つはずのないスキル――ユニークスキルやそれに準ずるスキルであれば彼女に封じられないということ。
「ならば――見せてやろう」
そんなスキルなら――1つだけ持っている。
「人間には決して使えないスキルを」
糸見菊理。
どんなに化物じみた力を持っていても、人間である以上は決して至れない領域のスキルがあった。
なぜならこのスキルは――
「【魔界顕象】――――【白い聖域】」
――純然たる人間でないことが習得条件だから。
次回でVS菊理は終わりとなる予定です。




