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5章 13話 百鬼夜行

 ――忍足雪子、脱落。

 ――冷泉明乃、脱落。

 ――碓氷透流、脱落。


 そんなアナウンスが景一郎の耳に届いた。


「あっちは決着がついたみたいだな……」


 あの場に残った4人中2人。

 決して少ない犠牲ではないが、【聖剣】の1人を落としたのだから最小限の被害で抑えたといっていいだろう。


(ゆっこ相手に犠牲なしっていうのは現実的じゃないし、かなり上手くいったほうだろうな)


 雪子は即死スキルを持ち、それらは手足を失っても問題なく発動する。

 敗北の直前――場合によっては直後でさえも敵を道連れにすることだろう。


「それにしてもグリゼルダはどこだ?」


 景一郎は周囲を見回す。

 なんとか矢印で迫る式神を弾き、式神に圧殺されるのは防いだ。

 それでもかなり戦場から流されてしまっている。


「グリゼルダも菊理も戦い方が派手だし、戦い始めたらすぐに場所が分かると思ったんだけどな」


 もう雪子との戦いが終わっている以上、今のところ合流するべきはグリゼルダだ。

 

 もし菊理が雪子とともに戦っていたのなら、雪子が落とされることはあり得ない。

 そして、菊理は景一郎のところにも来ていない。

 消去法ではあるが、菊理はグリゼルダのいる場所を目指したと考えるのが自然だ。


「とりあえず【隠密】で隠れつつ、グリゼルダが菊理と戦い始めたら暗殺狙いって感じか」


 景一郎は【隠密】で景色に溶け込み、移動を始めた。



「ゆっこさんはどうしているんでしょうか?」


 菊理はふと気になってそう漏らした。


「この結界の中って電波が飛んでこないので、連絡が取れないんですよね」


 現在、菊理たちの周囲には4つの鳥居がある。

 それらを側面とした立方体が彼女の作った結界。

 この中では姿や声だけではなく、魔力や電波を使用した通信さえも阻害される。

 ゆえに試験の状況が聞こえてこないのだ。


「この結界って、式神を半分も出せないくらい狭いのであまり使わないのですが……こういう時は便利なんですね」


 攻撃範囲の広い魔法。

 100もの式神を使った包囲攻撃。

 元来、菊理は周囲を気にせず広範囲を巻き込むような戦いを得意とする。

 だからこういった結界で限定された空間を使って戦うのは専門外だ。


 とはいえ、各個撃破をするうえでこういった結界が便利なのも事実。



「おかげで誰にも邪魔されずに戦えましたね。グリゼルダさん」



 菊理は、目の前の女性に微笑んだ。

 膝をつき、俯いている金髪の女性を見下ろして。


「ぬ……ぅ」

 

 グリゼルダの呼吸が聞こえる。

 少し荒れた呼吸。

 一方で菊理は無傷。

 すでに戦況は傾いていた。


「それではそろそろ――」


 菊理はグリゼルダに指先を向ける。

 指へと収束するのは魔法の光。

 

 グリゼルダが高い戦闘力を持っていることは分かった。

 意味もなく長引かせては逆転のチャンスを与えてしまう。

 ゆえに貫通力の高い一撃で心臓を撃ち抜く。

 そのつもりだったのだが――


「まだ油断は早いのではないか?」


 彼女が魔法を撃つよりも早く、グリゼルダが立ち上がった。

 立ち上がるタイミングで彼女は腕を振り上げる。

 そうして射出されたのは大量の氷弾だ。


 氷弾――とはいったものの、むしろこれは氷塊だろうか。

 1つ1つがバレーボールくらいの大きさはある。

 形状も弾丸状ではなく球状。

 あれでは弾速がかなり落ちるはずだが、威力を重視したのだろうか。


「まさか油断だなんて」


 菊理は敵の抵抗を楽しむ。

 そして――自身の魔法をキャンセルした。


 このまま相打ちを狙われては面白くない。

 それは1番つまらない。

 どちらが()()なるのかはともかく、戦いには明確な勝者がいたほうが面白い。


「グリゼルダさんが強いのは分かりましたから。最後の一瞬まで楽しませていただきますよ?」


 彼女に菊理を討つ算段があるならそれでもいい。

 そのまま押し切ればグリゼルダの勝ち。

 防いで殺し返せば菊理の勝ち。

 ノーガードで撃ち合って共倒れなんて結末にはしない。


「【弱体付与・魔法】【強化付与・魔法】【結界・対魔法】」


 素早く菊理は3つのスキルを行使する。

 敵の魔法攻撃力を下げ、自身の魔法攻撃力を上げ、魔法に特化した防御壁を展開する。


 六角形のシールドが菊理の前面を守る。

 氷弾が着弾しても、そのガードは揺らがない。


「その程度では終わらぬぞ!」


 とはいえこれは、さっきまでも続けてきたやり取り。

 今更ここで打ち止めということもないだろう。

 さらに踏み込んだ策があると菊理は確信する。


 その予感に間違いはなかった。


 直後――氷塊が破裂した。

 シールドに当たった氷が反動で砕けたのではない。

 シールドに触れていない――最初から菊理に当たるはずもない氷が砕けたのだ。


 シールドの横を通過したタイミングで炸裂することで、盾を回り込むように氷の破片が菊理を襲う。

 ――ある程度広めに弾丸をばらまいたのはこれが狙いだったようだ。

 てっきり回避をさせないためだとばかり思っていたのだが。


「【耐性付与・氷】」


 迫る氷の破片。

 しかし菊理はそれを躱さない。

 ただ――舞った。


 手を広げ、その場で体を回転させる。

 すると氷の破片は巫女服の袖に弾かれて消えた。


 糸見菊理はSランク冒険者。

 ゆえに、当然のように身に纏う装備も相応のものだ。

 スキルで属性への耐性を上げてしまえば、この程度の小粒の攻撃は素手で弾ける。


「撃った後で変化を起こす魔法ですか……。撃つ時点で飛び散るのではなく、おそらく任意のタイミングで……かなり高度な技術ですね」


 とはいえ、感心すべき技能であることに疑いはない。


「すでに手元から離れた魔法にこんな形で干渉できる方は初めて見ました。一度カーブさせるだけでもかなりの高等技術のはずですが」


 魔法は基本的に直進しかできない。

 だから魔法使いは、状況に合わせて拡散するように魔法を撃つのだ。

 威力重視で範囲を絞るか、命中率重視で範囲を広げるか。

 その見極めが魔法使いのセンスといってもいい。


 曲がる魔法というのはかなりの技術を必要とする。

 少なくとも、それができた冒険者は全員がAランクだ。

 今回のように放った魔法が途中で炸裂――攻撃の質そのものが変化するような魔法は見たことがない。


「名残惜しくはありますけれど、漫然と戦い続けて台無しにしてしまうのは不本意。楽しいからこそ、遊びなく終わらせましょうか」


 威力や規模だけではない。

 どうやらグリゼルダは細やかな魔法制御能力も併せ持った冒険者らしい。

 多少ながら立ち回りに拙さを感じるものの、潜在能力としてはSランク冒険者にも劣らないだろう。


「そう易々と我を倒せると思うでない!」


 グリゼルダは次の手を打つ。


 ――当然だ。

 先程は攻撃を防いだだけで何の反撃もしていない。

 彼女の魔力量を思えば、痛手にもならないはずだ。


「申し訳ありませんが」


 だが、勝負は見えた。

 いや、そもそも見え透いた勝負だったのだ。


 別にグリゼルダが弱いわけではない。

 ただ――



「――――()()使()()()()()()()()()()()()()



 そもそも、糸見菊理に対して魔法使いはあまりに相性が悪い。


「――【スキル封印】」



「魔法が……撃てぬのか……?」


 グリゼルダは自身の手を見下ろす。


 確かに、魔法を発動させたはずだ。

 なのに冷気さえ出てこない。


 魔力がないわけではない。

 魔法という形にならなかっただけ。

 奇妙な現象に彼女が戸惑っていると――


「珍しいスキルですので、見るのは初めてでしょうか」


 菊理はそう言って微笑んだ。

 ――やはり、彼女の仕掛けだったのだろう。




「【スキル封印】は、術者の保有スキルと同じスキルの使用を禁じるスキルです」




 菊理はそう言った。

 

 相手のスキルを封じる。

 そういえば強力に聞こえるだろう。


 しかし実際は違う。

 対峙した敵とスキルが一致する確率などそれほど多くはないし、あっても1つか2つ。

 嵌まる時は嵌まるが、嵌まらないときはとことん嵌まらない。

 そんなスキルだ。



「つまり貴女は、私が持つ89のスキルの使用を禁じられています」



 しかし、ここに例外が1人。


 糸見菊理。

 100の式神を持ち、そのすべてのスキルを保有する彼女が使えば【スキル封印】は猛威を振るう。

 

「私は現在判明しているスキルの8割近くを習得しています。残り2割に分類され、なおかつ私を倒せる可能性のあるスキルとなるとほぼ存在いたしません」


 1人の冒険者とスキルが一致する確率はそれほど高くない。

 だが、100人の冒険者と一切スキルが重ならない確率は?

 ――ほぼ不可能だ。

 運が良くても1つは――大抵は大半のスキルを封印されてしまうだろう。


「当然、氷魔法も封印されています。まあ、氷に限らず全属性封印しているんですけど」


 そして、グリゼルダのスキルもほとんど封じられていた。

 彼女の氷魔法は強力だが、反面スキルの数はそれほど多くないのだ。


「氷属性の魔法――とはいっても、ゆっこさんがしていたゲームなんかでは数多くの種類が存在していました。たとえば『アイシクル』『ブリザード』のように」


 ゆったりと菊理は語る。


「でも、冒険者が使う魔法スキルはそこまで細分化されていません。使える属性が決まっているだけで、その使い方は術者のイメージに委ねられます」


 魔法は自由な想像力で鍛えてゆくものだ。

 自分なりのイメージに沿って、自分の使いやすい形に落とし込んでゆく。

 決められた型というものは存在しない。


「だからこそ、氷魔法を封印されるだけで貴女は氷に関する魔法を一切使用できなくなってしまいます」

 

 菊理はそう告げる。


「氷の魔法も。魔法剣術も」


 周囲を凍らせるのも、氷の塊を射出するのも――すべて『氷魔法』という枠の中。

 氷魔法そのものを封じられてしまえば、連鎖してすべての攻撃が使えなくなる。



「――氷でできた剣そのものも」



 ――グリゼルダの手からは、武器さえも失われていた。


「ここは狭いから……圧縮しないと使えないんですよね。――【式神融合】」


 丸腰となったグリゼルダをよそに、菊理は呑気にそう言った。

 そして菊理の目が怪しく輝き――式神が召喚される。

 


「私は100の式神を操れるからSランクなわけなんですけど……実際にSランクと戦うと圧倒的な個の力に押し負けてしまうんですよね」



 糸見菊理はSランク冒険者。

 しかし、操る式神は強いものでもAランク。

 であれば他のSランク――たとえば忍足雪子が相手なら苦も無く処理されてしまうことだろう。


 糸見菊理がSランクと評されたのはあくまで万能性と、数による制圧力。

 軍隊としての力なのだ。


「だからこうやって、究極の個にも対抗できるようにしているんです。それに、別々に呼び出すよりもスペースが抑えられて便利なんですよ?」


 そしてこれが、彼女の答えなのだろう。

 最強の個への対抗策。

 それが――目の前にいる巨大な式神なのだろう。


「ご主人様の召喚獣にも似ておるな。……気持ち悪さはこちらが相当勝っておるのだが」


 グリゼルダは眉をひそめた。

 仕方のないことだろう。

 あれを見て不快に思わない人間は、まともな感性をしていないと断言できる。


 それはあまりに不気味だった。


 一言で言えば――肉塊。

 ぶよぶよとした肉の塊から50もの上半身が生えている。

 その姿はあまりにグロテスクで、熟練の冒険者でも吐き気を催してしまいそうな化物だった。


「半数ですけど――私の百鬼夜行を堪能してくださいね」


 菊理の号令の下、醜悪な化物がグリゼルダを襲った。


 雪子が『【隠密】チート』『即死チート』であるとするのなら

 菊理は『大量スキル』『大量召喚』『ユニークスキル以外無効』というチート具合です。


 ちなみにグリゼルダは記憶を改竄される過程で戦闘経験をかなり失っており、スペックは同じでも4章で景一郎と戦った時よりも少し弱体化しています。




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