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5章  9話 不意の遭遇

「もっと急がないわけ?」


 魔都――その中央区へと向けて駆ける【面影】。

 しかしその速度は全力に程遠い。

 そのことが引っかかったのか、香子が後方からそう聞いてくる。


「これ以上急ぐと、いざという時に対応できないからな」


 とはいえ、景一郎も思惑がないわけではない。

 確かに、1秒でも早く中央へとたどり着き、迎撃のための準備を整えたいという考えにも一理ある。


 だが、そこにはデメリットがある。

 それはパーティ内での走力格差。

 パワー寄りの【パラディン】である明乃。

 そして後衛職である【ウィザード】の透流。

 2人は移動速度を上げたときに集団から遅れる可能性がある。

 あるいは走ることに集中するあまり敵を見落とすかもしれない。

 それらのリスクを避けるため、あえて行軍速度を落としているのだ。


「それより、周囲の警戒は怠らないようにしてくれ」


 景一郎は走りながら香子にそう促すと、再び前を向く。


 ――香子は戦闘に関するセンスに長けている。

 それは反射速度であり、直感。

 そういった才能は、索敵でも役に立つはずだ。


「紅は【隠密】を持っていないけど、菊理とゆっこは多分【隠密】を使って移動しているはずだ」


 雪子は【アサシン】時代から【隠密】を使えるし、その上位互換のユニークスキルも有している。

 そして、菊理の式神にも【隠密】使いがいたと記憶している。

 ほぼ確実に2人は姿を消して移動しているはずだ。


「戦闘中ならともかく、【隠密】を使って移動しているところに出くわすのは――」


 景一郎がそう言いかけたとき――見えた。


 彼らが走っているのは路地裏。

 一定間隔で存在する横道は大通りへとつながっている。


 その大通りを――走っていた。

 銀髪の少女が。

 黒いマントを羽織った、ボディスーツ姿の少女。

 彼女は間違いなく――


 ――忍足雪子だった。

 

「「――――――――!」」


 ほんの一瞬の交錯。

 しかし、確実に2人の目が合った。

 だがすぐに彼女の姿は建物の影に隠れてしまう。

 

「ッ――――! いたッ! ゆっこだッ……!」


 初めての戦闘。

 奇しくもそれは、景一郎がもっとも避けたかった遭遇戦となった。



「んっ――」


 雪子は両足でブレーキをかけつつ、後方を振り返る。


(景一郎君だった)


 一瞬だが見間違うはずもない。

 彼女のいる大通りとつながった路地を彼が走っていた。

 どうやら彼も中央区を目指していたようだ。


「迎撃か無視か――」


 偶然の遭遇。

 この場で決着をつけるか、他の敵の処理を優先するか。

 一概にどちらが正解とは言い切れない。


 わずかに逡巡する雪子。

 先に決断したのは――【面影】だった。


「――ファイア」


 氷弾が路地から飛んでくる。

 あれは確か【面影】の魔導スナイパー――碓氷透流の魔法だ。

 どうやら、あちらは開戦を選んだらしい。


「ん」


 雪子は魔弾の行方を目で追う。

 ――路地から撃たれた魔弾は雪子とは全く関係のない方向に飛ぶ。

 

 当然だ。

 路地から見て、雪子の姿は完全に建物の陰に隠れている。

 弾丸が曲がらない以上、どうあがいても当たるわけがない。


 それともその弾丸は――曲がるのか。


「跳弾――それも見えない相手狙い。これはすごい」


 意味のないはずだった魔弾。

 それが街灯のポールにヒットした。

 ひしゃげる街灯。

 一方で魔弾は――雪子のいる方向へと進路を変えた。

 跳弾で彼女を狙ったのだ。


 言うまでもない高等技術。

 それをほぼノータイムで撃ってみせた技量には称賛しかない。

 しかし――


「【操影】」


 雪子の影がうごめく。

 影は円盤状に形を成し、彼女を守るシールドとなる。


 【操影】の影は強度こそ頼りないが、雪子くらいのレベルとなれば魔弾を一発防ぐくらいは可能だ。

 可能な――はずだった。


「んっ…………!?」


 着弾と同時に影のシールドが破砕する。

 魔弾そのものは逸れ、どこかへと消えた。

 しかし砕けた影の破片が雪子の頬を裂く。


(ん――想定外の威力)


 以前に見た透流の狙撃。

 その威力を読み違えたか。

 あるいは、この短期間で彼女のレベルが大きく向上したのか。

 ともあれ、透流の狙撃は想定以上の貫通力を秘めていた。


「矢印」

 

 路地裏から影が飛び出してきた。

 矢印に乗って影――景一郎が斬りかかってくる。


 狙撃で敵の動きを止め、アタッカーが一気に距離を詰める。

 【面影】の基本戦術の1つだ。

 ――それくらい、ちゃんと調べている。


「ん」


 雪子は逆手に持ったナイフで景一郎の一撃を止める。


「はぁッ!」


 声が聞こえたのは上から。

 目だけを上に向けると、赤髪の少女――花咲里香子が頭上から迫っていた。

 おそらく【空中歩行】で建物の上を飛び越えてきたのだろう。

 そうやって生物の死角である上方を取った。


「ん……これくらいの奇襲が効くと思われるのは心外」


 だが、それも知ってる。

 雪子はもう一方の手に持ったナイフで香子の攻撃も防いだ。


「思ってないよぉ」


 だが【面影】の攻勢は終わらない。

 飛びかかってきた香子――彼女の影から1人の暗殺者が現れる。


 月ヶ瀬詞。

 ゴスロリ服を纏う暗殺者は、味方の影に隠れて雪子の懐へと近づいていた。


「【操影】」

「っ……!」


 詞のナイフが雪子の胸に迫る。

 しかし――雪子の影が彼の手首を掴んだ。

 彼の刺突はそこで止まる。


「3対1。それでも――」

「まだ油断するのは早いのではないか?」


 そこに4人目の刺客が現れる。


 グリゼルダ・ローザイア。

 最近【面影】に加入したという冒険者はサーベルを手に雪子の背後を狙っていた。


 雪子はとっさに【操影】を枝分かれさせ、太腿にあるホルスタータイプのアイテムボックスからナイフを取り出す。

 そして影は手のような形となり、握りしめたナイフでグリゼルダの斬撃を受け止める。


「4対1でも――簡単には崩れぬというわけか」

「ん――事前情報では魔法型だったはず」


 鍔迫り合い。

 押しているのは――グリゼルダ。


 確かに【操影】の腕は少し強度に不安がある。

 しかし並みの冒険者――それも魔法主体の冒険者が押し返せるようなものではないはずだ。

 あまり魔法使いという偏見は持たないほうが良いのかもしれない。


「とりあえず――退いて」


 雪子は腰をひねり、その場で体を回転させる。

 両腕と、さらに影の腕が2本。

 回転に合わせた4重の斬撃は彼女を包む結界となり、景一郎たちを間合いの外に弾き出す。


「確かに私は【凶手】――だけど、正面対決で勝てないとは言ってない」


 【アサシン】はその名の通り暗殺者。

 気付かれずに近づき、一撃で殺す。

 一方で、正面からのチャンバラでは他の職業に劣る。

 それが原則。


 しかし、雪子にその常識は通用しない。

 4本の腕とナイフで、斬り合いでも優位を取れる。

 しかも――


「――いいの? 距離を取って」



 しかも距離を取ったら――即死スキルが猛威を振るう。



「あれは――!」


 景一郎の表情が変わる。

 息を吸う雪子の仕草で、次の一手を読んだのだ。


 だが遅い。

 彼女の【殺害予告】は全方位に音速で届く。

 彼女の宣告を聞くと同時に、心臓が破裂するのだ。


「こちらですわッ!」


 そこに割り込む影が1つ。


 【面影】のタンクである明乃だ。

 とはいえ恐れるに値しない。


 明乃では即死スキルが発動するより早く雪子を殺すのは不可能。

 むしろ明乃まで即死スキルの圏内に入ってくれてラッキーなくらいだ。


「――――【死んで】」


 ゆえに躊躇いなく、雪子は唱えた。

 死の宣告を。


「【エリアシールド】!」


 同時に、明乃を中心として結界が編み上げられる。

 結界は半球状に広がり――死の言霊を弾いた。

 気が付けば、景一郎たちは全員が明乃の【エリアシールド】に入っている。

 そのため雪子の【殺害予告】は空振りに終わった。


「……これは」

「貴女の即死スキルは物理的な干渉力に乏しく、結界などであれば容易く防ぐことができる――でしたわね」

「ああ」


 得意げに語る明乃。そして景一郎は頷く。

 どうやら彼が即死スキルを無効にする方法を教えていたらしい。

 

「なるほど。さすが景一郎君。私のスキルの性質もよく知ってる」


 即死スキルは魔力の結界を通過できない。

 それを知っているのは【聖剣】だけ。

 逆に言えば――景一郎は知っている。


「ん――」


(それなら――次の一手)



「――?」


 景一郎は眉を寄せる。


 彼の前では、雪子が立っている。

 彼女は耳元に手を当て、何か呟いていた。


(他のメンバーと通信してるのか?)


 おそらく、雪子はインカムで他の【聖剣】のメンバーと通信している。


 だとしたら――なぜだ。

 4人に囲まれた状況で、わざわざ他のメンバーとなぜ話さねばならない。


 ――もしかすると、近くに他のメンバーが来ているのか。

 そう考えつつも、すぐに否定する。

 わざわざ【聖剣】はバラバラに配置すると説明会で明言されているのだ。

 同じ区域に2人も【聖剣】がいるとは思えない。

 そして別の区域にいるのなら、この数分で合流できるわけがない。


「――――おっけぇ。そこから東京タワーの方向に」


 雪子の声が聞こえた。

 よく分からない指示。


 しかし、直後だった。

 光の刃がビルを貫き――()()()()()()()()()()()()()()()


「なんですのッ……!?」


 突然の負傷に動揺する明乃。

 

「光の斬撃……? まさか――紅、なのか……!?」


 帯のように一直線に伸びた光の刃。

 それはまるで、紅が使用する魔法剣術のようだった。


「うっそ……もうここまで来てるの!?」

「ん……違う。紅は魔都の最北端。ここからは何十キロも離れてる」


 動揺する詞の言葉を雪子は否定した。


 紅が転送されたのは【面影】たちと正反対。

 いくら彼女のスピードでも、すぐには駆けつけられないはずだ。


「それなら――」

「鋼紅は最速の冒険者」


 景一郎の言葉を遮り、雪子は語る。

 最速。

 鋼紅という冒険者を語るうえで、絶対に使われる単語を。



「それは――誰よりも速く動けるという意味じゃない」



 そして、その本質を。



「鋼紅は――誰よりも速く彼方の敵を斬れる冒険者」



 最速。

 それは決して、鋼紅の移動速度だけを指すのではない。


 最速。

 それは――()()()()()()()


 最速最長。

 それこそが、彼女が最速の冒険者と呼ばれる所以。

 そう雪子は言っているのだ。



「紅は最強のアタッカーで――()()()()()()()



 数十キロ先から、指示された位置へと魔法を当てる。

 攻撃速度。

 射程。

 精密性。

 それらが揃っているから、鋼紅は最速なのだ。


「紅の射程は――魔都全域」



「私たちの連携には――合流する必要さえない」



 【聖剣】を合流させない。

 そんな目論見には、最初から意味などなかったのだ。


 【面影】VS【死神】忍足雪子、開幕――



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