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5章  8話 試験当日

 選抜試験当日の朝。

 冒険者協会に設けられた来賓用の一室。

 そこに【聖剣】の3人は集合していた。


「作戦会議――といいたいところですが」


 鋼紅はそう切り出す。


 彼女は立ち、高価なソファーに身を沈める2人の仲間を見つめた。

 糸見菊理。

 忍足雪子。

 彼女たちは同じパーティの仲間であり、10年以上前からの親友だ。


「特に気にする必要はありませんね。いつも通りでいきます」

「ん、知ってた」


 ゆえに紅は作戦など不要だと判断する。

 そんなものなどなくとも【聖剣】は機能不全に陥ることはない。


 そもそも、普段から作戦なんてまともに考えないのだ。

 無駄に入れ込みすぎても効果は薄いだろう。


「ただ今回は戦場が広いので、ゲリラ戦をされると面倒といったくらいでしょうか。敵を見つけ次第、確実に倒しましょう」


 紅はただそれだけを警告する。


 今回の戦場は広くて建物が多い。

 それはつまり敵の見落としが起こりやすいということ。

 身を隠しての奇襲を狙う敵が多いことは容易に想像できた。


「必要なら、私が信号を上げて合流地点を指定することもできますけど」


 そう提案するのは菊理だった。

 

 彼女は多様な魔法を使用できる。

 あらかじめ決めておいた魔法を上空に打ち上げれば、合図として運用することもできる。

 そうなれば菊理を中心としての合流は可能なはずだ。


「ん……でも、多分だけど合流は面倒」


 しかし、それを否定したのは雪子だった。

 彼女は呑気にテーブルの洋菓子を食しながら話す。


「開始位置はランダムなんて言ってるけど、多分私たち3人はできる限り離れた位置に置かれるはず。じゃないと試験が成り立たない」


 彼女の意見は、試験を運営する側に立ったものだった。


「なるほど。あくまで試験ですからね」


 それに菊理も納得を示す。


 今回の戦いはあくまで試験。

 【聖剣】が一方的に蹂躙するだけでは意味がない。

 目的は参加パーティの選抜なのだから。

 ゆえに【聖剣】はあえて不利な状況から始められる。

 そう雪子は予想しているのだ。


「ん……そういえば、景一郎君のパーティを見つけたらどうする? 後回し?」


 さらに雪子はそう尋ねてきた。


 影浦景一郎。

 【聖剣】の3人にとって特別な意味を持つ男性。

 彼が率いている【面影】に対してどう立ち回るのか。


 あえて結果を残しやすいように【面影】討伐は後回しにするか。

 むしろ厳しく狙い撃ち、試験に落ちるよう誘導するか。


 【面影】の――影浦景一郎に対し、【聖剣】がどういうスタンスで動くのか。

 雪子はそれを問う。


「いえ――自己判断に任せます」


 紅はあえて何も言わない。

 ただ、確信していた。


 きっと雪子も菊理も、手を抜くことはないのだろう。

 見逃すことも、必要以上に深追いすることもしない。

 戦術的合理性に従い戦うのだろう。


 手を抜いたとして、本当の意味で彼のためにはならないと分かっているから。


「ん」

「分かりました」


 雪子と菊理は特に不満そうな様子もなくうなずいた。


「今回はSランクとあたる心配もないし。わりとチョロゲー感」


 雪子はソファーの背もたれに寄りかかる。


 ――今回のオリジンゲート攻略に参加するSランク冒険者は紅たち3人だけ。


 助っ人に来ていたはずのジェイソン・D・カッパーは消息不明。

 国内にいる他のSランクへの協力要請は政府側が渋った。

 そのため、今回の試験にSランク冒険者は参加していない。


「景一郎さんはどうなんでしょうか?」

「前に見たときから予測して――ワンチャンSランク相当。でも、パーティ全員で囲んでも私たちのうち1人を落とすのがギリくらい」


 菊理の問いに雪子は答えた。

 雪子は【聖剣】の情報収集を担当する。

 それには情報を集める能力の高さも必要だが、得た情報を分析する能力も必須となる。

 そんな彼女の観察眼がそう判断したのだ。

 紅たちはそこに疑いを挟まない。


「ただ、これまでの成長速度を加味するとなんとも。ん……あとパーティメンバーが増えてた」


 とはいえ景一郎の成長に関する異常性は計り知れない。

 なにせ半年で、最前線である魔都で戦えるほどに強い冒険者となったのだから。

 さすがに雪子も、そればかりは読み切る自信がないようだった。


 ただ――それよりも気になる話があった。


「新しいメンバー、ですか?」

「ん。何日か前に冒険者になったばっかりの」


 菊理の疑問に雪子は答えた。


 ――新人。それも数日前に冒険者登録したばかりの。

 普通では考えられない。


 登録直後にAランクパーティに入るだけでも珍しい。

 しかも景一郎が率いるパーティなのだ。

 ――彼がこれまでオリジンゲート攻略戦への参加を念頭に活動してきたと仮定して。

 ここで新人の加入を許す理由が見えない。

 最悪、パーティ全体の動きを妨げる可能性もあるというのに。

 

「ゆっこ。その冒険者の特徴は?」


 紅は問う。


 異例の抜擢。

 そこには秘密があると彼女は確信していた。


「ん。金髪の超エロい体した美女」

「「………………」」


 ――ただ、もしかすると紅たちにとっては不都合な『秘密』なのかもしれない。



「協会貸し切りだぁ」


 人の姿がほとんどない冒険者協会。

 詞は両手を広げてはしゃいでいた。


「ん……負けても、あのモニターで試験の行方が見られる」


 透流は訓練室に設置された巨大なモニターを眺めていた。


 ――今日は試験のため、冒険者協会は貸し切り状態となっていた。

 試験と関係のない冒険者がいてしまえば、情報漏洩は避けられないからだろう。


「最初の1人になったら泣いちゃいそうだよぉ」


 詞は空笑いを浮かべる。


 試験の状況はスクリーンで確認できる。

 たとえ敗北しても、他のパーティや仲間たちの戦いを見届けられるようになっている。

 ――だが彼の言う通り、1人でぽつんと試験を鑑賞する羽目になった冒険者は心に深い傷を負うことになるだろう。


「結局のところ、あの3人を倒せばよいのだな?」

「まあ……3人じゃなくても、1人でも倒せたなら確実に合格だろうな」


 グリゼルダの言葉を景一郎は肯定する。

 

 【聖剣】は3人。

 合格パーティは5つ。

 ならば1人でも【聖剣】を倒せたパーティはほぼ無条件で合格だと考えて良いはずだ。


「うぬ。ご主人様の目標、我が叶えてみせよう」

「ああ、期待してる。実力もだけど、何よりグリゼルダは情報がないからな」

「通常のダンジョンに一切潜らなかった成果ですわね」


 明乃がそう微笑む。


 ――今日までグリゼルダを通常のダンジョンへと潜らせなかった。

 彼女の魔法は大規模で目立つ。

 他の冒険者がいるところで戦えば、その情報はほぼ確実に雪子のもとへと届くはずだ。


 グリゼルダは【聖剣】への切り札となりうる。

 だから彼女の情報は隠しておきたかったのだ。


「ああ。場合によっては、冒険者登録の時の情報だけはゆっこが集めているかもしれないけど、あれくらいなら問題ない」


 とはいえ、最初に冒険者協会の壁を魔法でぶち抜いてしまった事件――あればかりは隠しようがない。

 だがグリゼルダも本気で魔法を撃ったわけではない。

 まだ彼女の実力は知られていないと考えて良いはずだ。


「グリゼルダはもちろん。俺たちも前回のダンジョンでかなりレベルアップしてる。おそらく向こうが想定している戦闘力を大きく上回っているはずだ。勝ち目は充分にある」


 極めつけは前回の【ダンジョン顕象】での大量レベルアップ。

 あれで景一郎たちは新たなステージに踏み出している。

 【面影】の動向を調べているであろう雪子の予測を上回っていることはほぼ確実だ。


 ――勝ち目は、ある。


「景一郎様」

「?」


 そんなことを考えていると、景一郎の隣で明乃が声をかけてきた。

 小さく、彼だけに聞こえるような声で。


「あの日、わたくしが感じた気持ちに変わりはありませんわ」


 そう彼女は告げる。

 景一郎がその意味を理解するよりも早く――


「景一郎様は、最強に至ることのできる方であると――今でも確信していますの」


 彼女はそう断言した。


 景一郎は最強への道を駆けあがり、明乃は歩みを手伝う。

 冒険者と、そのスポンサー。

 発展途上にある景一郎を、明乃が見出した。

 2人の関係はそこから始まったのだ。


「勝ちましょう」


 そんな彼女が、今でも景一郎を信じていると語る。

 彼ならば最強になれる。

 その直感を今でも信じているのだと言ってくれる。


「――ああ」


 なら――応えるしかないだろう。


 景一郎はあらかじめ指定されていた訓練室へと向かうのであった。



「おー、ホントに再現率高いねぇ」


 詞の言葉を否定する者はいない。


 もはや幻術とは思えないほど、ここは『魔都』だった。

 立ち並ぶビルも。

 アスファルトの道路に走るヒビも。

 そのすべてが本物の魔都と重なって見えた。


「こっちだ――行くぞ」


 とはいえ、感慨にふけっている暇はない。

 この戦場に踏み入れた時点で、試験は始まっているのだから。


 景一郎は仲間を率いて移動を開始した。

 ここからの動きは迅速であれば迅速であるほど良い。


「ねぇねぇお兄ちゃん。どうしてこっち?」

「ここは魔都の南端だ。中央を目指す」


 景一郎は詞からの問いに答えた。


 魔都は大きく5つに区分けされている。

 東西南北、そして中央だ。


 彼も魔都で活動していた冒険者。

 景色から、ここが魔都の南区に位置していることはすぐに分かった。

 ゆえに移動先もすぐに決まった。


「敵の場所も分からない。そうなれば中央を目指すパーティは多いはずだ」


 ――今回、パーティ内で通話するためのインカムが支給されている。


 だが他のパーティと連絡を取る手段は与えられていない。

 直接顔を合わせなければ、状況を確認できないのだ。


 ならば必然的に『まずは魔都の中央を目指してみよう』と考えるパーティは一定数出てくる。

 だから景一郎たちも魔都の中央エリアを目指す。


「中央で他のパーティと合流して、協力するってこと?」

「いや――」


 景一郎は詞の言葉を否定した。

 

「他のパーティが壊滅している隙を突く」

「ははは……壊滅してる前提」


 そんな会話を交わしつつも彼らは中央区を目指して駆けてゆく。


「ん。雪子さんたちなら――パーティ単体くらいは簡単に倒せる」


 ファンゆえだろうか。

 透流は景一郎の言葉を何度も首肯する。


「だから急ぐぞ。もちろん、途中で見つからないように大通りは避けながらな」


 隊列が崩れないように。

 周囲への警戒が疎かにならないように。

 そう注意しつつも景一郎たちはできるだけ速く走る。


「ええ。もし遭遇戦となると不利なのはわたくしたちですわ」


 個々の力では【聖剣】のほうが勝っているはず。

 だからこそ【面影】は万全以上――準備を整えた戦場で戦う必要がある。

 出会い頭の衝突となれば連携が崩れやすく、個人で強い【聖剣】が優位となるからだ。


「中央区に陣取るよりも前に、あいつらと遭わなければいいけどな」


 景一郎たちと同じ南区に【聖剣】の誰かが転送されていないことを祈った。



「みんなは何処に飛ばされてるの?」


 とあるビルの中。

 雪子はそう問いかける。

 インカムの向こうからは、別の地区に飛ばされた仲間の声が聞こえてくる。


 彼女の予想通り、【聖剣】は全員が別の地区に飛ばされていた。


「ん……私は()()。これから中央を目指す予定」


 忍足雪子は南区。

 糸見菊理は東区。

 鋼紅は北区。


 見事に散らばっている。


 試験に参加しているパーティの多くが迎撃・合流のポイントとするであろう中央区。

 そこには【聖剣】の誰も配置されなかったあたり、やはり試験の開始位置は作為的なものだったのだろう。


「あ。思い出した」


 傷ついたコンクリートの壁を見て、雪子は思い出す。

 別に雑談をするために仲間と通信をつないだわけではないのだ。



「さっき【炎龍】がいたから――全員殺しといた」



 先程、出会ったAランクパーティを皆殺しにしたという報告があったのだ。


 選抜試験開始より()()

 現在、残りAランクパーティは――9。


 選抜試験、現在の動向

 【面影】:南区(中央区へと移動中)

 忍足雪子:南区(中央区へと移動中)

 糸見菊理:東区(???)

 鋼紅  :北区(???)



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