1章 7話 スキル検証
「すごいな……」
景一郎はそう声を漏らした。
彼の周囲に広がるのは草原。
景一郎がいるのは明乃が用意した訓練場だ。
彼女が個人で所有している土地らしく、外部の人間の目に映る心配はない。
「仕事が早い」
スポンサー契約を結ぶにあたり、景一郎は明乃に2つの依頼をしていた。
そのうちの1つが、訓練場の確保だ。
誰にも邪魔されず、誰にも見られない。
そんな訓練場を確保してほしかったのだ。
明乃自身も彼の『鮮烈な活躍』を期待していたこともあり、この要求は簡単に受け入れられた。
とはいえ1日で準備するあたり彼女の手腕がうかがえる。
「それじゃあ、少し試してみるか」
昨日は感覚で使ってしまったが、スキルというものは本来きちんと性能を把握してから使用するものだ。
威力。間合い。
それらを正確に理解していなければ、どこかで致命的なミスをする。
「トラップ・セット――【矢印】」
景一郎は腕を振るう。
できるだけ遠くにトラップを設置するよう意識して。
「……1メートルか」
矢印が現れたのは、彼を中心とした半径1メートル地点。
これ以上に離れた場所へと【矢印】のトラップを貼り付けることはできないようだ。
「次はトラップの融合か」
トラップの融合。
前回は、勘に従って行った荒業だ。
本来ならトラップ同士が干渉することなどありえない。
だが、ユニークスキルに目覚めたことで景一郎の何かが変わったのなら――
「トラップ・セット――【斬】+【炎】」
景一郎は両掌を地面へと押し付ける。
しかし――何も起こらない。
「なら次は――【矢印】+【斬】」
再び、同様の動作で地面に触れた。
すると斬撃の嵐が巻き起こる。
三日月型の刃に刈り取られて芝が舞う。
「……【矢印】のトラップそのものに『他のトラップと融合できる』っていう性質があると考えるべきか」
そう景一郎は結論付けた。
矢印同士。
矢印と他のトラップ。
その2種類の組み合わせのみ実現したことを考えると、この仮説に間違いはないだろう。
「次に行くか」
景一郎は広場の端へと歩いてゆく。
そこにはマネキンのようなものが並んでいた。
これは冒険者が訓練に使用する的だ。
簡単には壊れないほど頑丈で、自動修復機能があるため便利な道具である。
――本当に準備が良い。
(本来、【罠士】はすべての職業の中でも特に身体能力が低い)
現在の景一郎のレベルはオーガとの戦闘のおかげもあって77。
それでもレベル30の戦士系にパワーで劣る。
(【矢印】は、俺の身体能力を補完できる可能性を持っている)
景一郎は宵闇の双剣を取り出した。
そして、人形の前で構える。
左手の短剣を逆手に持ち、脇腹のあたりで構える。
さらに右手も左脇腹へと回す。
鞘はないが、疑似的な抜刀術の構えだ。
「トラップ・セット――――【カルテット】」
(せっかくの訓練なんだ、少しくらい大袈裟に試すべきだ)
能力の限界値を見るため、一気に4つの矢印を展開した。
矢印が設置されたのは――左手の短剣。
「はぁッ!」
そして右手の短剣で――左手の短剣に触れた。
矢印の強制移動に従い、右手がすさまじいペースで加速する。
「ぅお……!?」
――景一郎の感覚さえ置き去りにして。
一気に視界が回った。
右手のスピードに体が追い付かず、景一郎の体が引っ張られる。
(やば――)
踏ん張りが利かず、ついに景一郎の足が地面から離れた。
足が離れてしまえば勢いに抵抗する術はない。
彼は空中で乱回転をしながら地面に落ちた。
「…………矢印の重ね掛けで身体能力を補助するのは無謀か」
景一郎は溜息を吐いた。
矢印に乗って移動するだけならば良い。
しかし今回のように腕だけを加速させたのなら話が変わる。
加速した部位に引っ張られず、踏みとどまるだけの身体能力が必要だ。
そしてそれは、【罠士】には欠けているものだった。
「やっぱり近距離は想定しないほうが良い……か……?」
立ち上がった景一郎は――絶句した。
「……………………」
彼の手前にあるのは人形だ。
人形は――胴体から千切れ飛んでいた。
斬り落とされたのではない。
短剣の横っ腹が当たって、人形の胴体が吹っ飛んだのだ。
「…………」
圧倒的なパワー。
それもオーガにも負けないようなパワーだ。
(もしもこれを使いこなせたのなら、絶対に俺の武器になる)
無謀だと諦めるのはまだ早い。
向いていないと割り切るにはもったいないほど魅力的な力だ。
(【矢印】による身体強化を身に着けたら、戦士系の職業と近接戦で渡り合える)
近づかれたら終わり。
そんな弱点が消える。
「…………?」
景一郎が接近戦の訓練に移ろうと考えたとき、懐から電子音が鳴った。
彼は訓練を中止し、スマホを取り出した。
そこに映し出された名前は――冷泉明乃。
「どうしたんだ?」
時刻は昼。
彼女はまだオフィスにいる時間だ。
「……もしもし」
何か問題があったのだろうか。
そんなことを思いながら景一郎は明乃の言葉を待つ。
「影浦様。訓練場は気に入っていただけまして?」
聞こえたのはそんな声だった。
特に深刻そうな響きはない。
「ああ。正直、思っていたよりかなり良い」
「それは良かったですわ」
電話の向こうで明乃が微笑んだような気がした。
「申し訳ありませんが、まだ用事が詰まっていまして。本題だけをお伝えしてよろしくて?」
「ああ」
やはり多忙なようで、明乃は世間話もそこそこに本題へと切り込んだ。
「先日頼まれていたDランクダンジョン――確保できましたわ」
スポンサー契約を結ぶにあたり、景一郎が依頼したのは2つ。
1つは訓練場。
そして2つ目は――ダンジョン。
冒険者はダンジョンを探索する。
しかしその方法は2種類。
1つは自由探索。
誰にも占有権はなく、ダンジョン内のすべてが早い者勝ちとなる方法だ。
メリットは、誰でも何時でもダンジョンに潜れるという点。
デメリットは、リソースの奪い合いになり、得られる利益が少なくなったり、他の冒険者との揉め事の原因となりうること。
そして2つ目が競売。
競売を行い、ダンジョンの占有権をあらかじめ購入しておく方法だ。
メリットは、ダンジョン内のすべてに所有権を主張できること。そして、他の冒険者と揉める心配がないこと。
デメリットは、競売には大金が必要であり、個人では難しいという点。
景一郎は、後者の競売を依頼していたのだ。
「手続きは終了していますので、明日には潜れると思いますわ」
「分かった。ありがとう」
「支援をすると言ったのはわたくしですわ。それに、いずれ出世払いで返していただきますので問題ありませんわ」
「――善処する」
どんどん借りが膨れ上がっている気がする。
【聖剣】と肩を並べるころには、彼女に頭が上がらなくなっていそうだ。
「それじゃあ、さっそく明日ダンジョンに潜ることにする」
「――幸運をお祈りしていますわ」
☆
「景一郎君。元気かなー」
少女は無感情な瞳で天井を仰ぐ。
彼女の動作に合わせ、銀髪が肩をくすぐった。
少女はモンスターの死体の上に座り、足を揺らす。
低い身長に、華奢な手足。
容姿から想像される年齢は、小学生から中学生だろう。
だが彼女はすでに成人した女性であり、第一線で戦う冒険者だ。
【聖剣】の1人。
【死神】の忍足雪子。
それが彼女の名だ。
「きっと……これで良かったんだと思います。私たちのワガママで、影浦さんを危険なダンジョンに連れ回すわけにはいきませんから……」
雪子の言葉に応えたのは巫女服の女性だった。
腰あたりまで伸びた濡れ羽色の髪。
雪子とは対照的に、その肢体は女性的な豊かな起伏を描いている。
目元にある小さな泣きほくろが大人の女性としての色香を醸していた。
【百鬼夜行】の糸見菊理。
彼女もまた【聖剣】に所属する冒険者だ。
「だから、紅ちゃんもそこまで思いつめなくて良いと思うけど」
雪子はその場にいるもう1人へとそう言った。
金糸のような美しい髪。
雪のように白い肌。
白銀の鎧を纏う姿はまさに戦乙女だ。
【聖剣】のリーダーにして、国内最強の冒険者。
【白雷】の鋼紅。
彼女はモンスターの死骸に囲まれるようにして立っていた。
血生臭い光景のはずなのに、彼女の輝きに一切の陰りはない。
血や臓物の臭気も、彼女を穢すことはかなわない。
もし彼女の存在に影を落とせる者がいるとしたら――それは、もうここにはいない幼馴染の存在だけだろう。
「確かに、相談なしっていうのはどうかと思うけど。私たちも多分、紅と同じ判断をしたと思う」
「……ゆっこ。別に私は……思いつめていません」
紅は雪子に背を向け、部屋の外へと歩いてゆく。
彼女たちがいるのはAランクダンジョンのボス部屋だった。
そして倒れているのは――本日30体目のキングオーガだ。
「景一郎君も別に怒ってないはず。今度会ったときに謝れば、すぐ普通に話せるようになる」
「私は、景一郎に赦してほしいわけではありません」
「……重症ですね」
話を聞いていた菊理が息を吐く。
どうにも紅は『景一郎に恨まれているだろう』という認識から抜け出せずにいるらしい。
「私は、景一郎の冒険者生命を絶ちました。だから最初から、赦してもらうつもりなんてありません」
「いや。だから……んー」
雪子は唸る。
紅の思い込みはしぶとかった。
確かに、除籍処分を受けた冒険者は他のパーティにも入りづらい。
まして彼の職業は不人気な【罠士】。
事実上、冒険者として生きていく道は絶たれてしまった。
それを考えれば、彼から恨まれていると思ってしまうのも仕方がないのかもしれない。
「いっそ、同時にプロポーズしておけば問題なかった説」
「……!?」
紅の足が止まった。
凍りついたように一瞬で。
「力不足とか適当なこと言わないで『景一郎が死んだら私も死ぬ~』って面倒臭い女ムーブしてれば、意外と上手くゴールインできた可能性あり」
「そんなこと――」
「なお現実は『好意を隠すくせに気付いて欲しがりの超メンドい女』だった模様」
「ぅ…………」
紅の口から声が漏れた。
雪子の言葉が効いたらしい。
――【聖剣】には秘密がある。
影浦景一郎さえ知らなかった秘密が。
「……どうしてこうなってしまった。ひどく虚しい」
「あはは……」
菊理は苦笑いを漏らす。
【聖剣】の秘密。
それは結成理由にある。
かつて景一郎は【聖剣】を仲良しグループと評していたが間違いだ。
【聖剣】は、3人の少女が景一郎を独占するために結成されたものだった。
影浦景一郎と結ばれたい。
たとえ自分が無理だったとしても、親友の2人なら我慢できる。
だけど他の女には絶対に渡したくない。
そんな意図で一致した彼女たちが『大人になったらパーティを組む』という約束で景一郎を縛りつけようとしたものだ。
「景一郎君のいない【聖剣】は、控えめに言って本末転倒」
強いモンスターを倒せば景一郎が褒めてくれた。
ダンジョンをクリアして景一郎とお祝いパーティをした。
ダンジョンという閉鎖空間で、景一郎と寝食を共にした。
力不足に悩む景一郎と、2人きりでレベリングと称したデートをした。
そうするうちに、気が付くと【聖剣】は景一郎以外Sランクになっていた。
【勇者パーティ】などと呼ばれ、難易度の高いダンジョンに挑むことを求められた。
結果として【聖剣】は、当初の目的を外れることとなった。
【聖剣】は本来、適当なダンジョンで景一郎とイチャイチャするのが目的だったというのに。
「そういえば紅」
「どうしたんですか、ゆっこ」
雪子は紅の隣に跳んだ。
「第1次オリジンゲート攻略戦の話が来てるって本当?」
雪子は【聖剣】で1番の情報通だ。
そんな彼女の情報網にかかった情報があった。
――第1次オリジンゲート攻略戦。
半世紀もの間、実現しなかった人類の最終目標。
ついに日本がその実行へと乗り出したという噂。
そして――有力なパーティに声をかけていると。
「――はい。先日、何人かのパーティリーダーに限定して伝えられました」
「時期は?」
「今年の12月です」
紅から伝えられた情報に、雪子は無表情で口笛を吹く。
「そんなことになっていたんですか……?」
驚いた様子で菊理がそう言った。
いつかは来ると分かっていた。
それでもいざ時期が明確になると平静ではいられない。
無表情だが、雪子も心が波立つのを感じていた。
「はい。秋に選別試験を行って、オリジンゲートを攻略するのに充分だと判断されたら――公に発表される予定だそうです」
「まだ開催が見送られる可能性があったから、私たちにも言えなかったわけですね」
菊理はそう言った。
もし基準に届かなければ、秘密裏に計画は『なかったこと』にされる。
オリジンゲート攻略を断念したという事実さえ残さない。
だからパーティリーダーにだけしか情報が回らなかったのだ。
「ふむ」
雪子は思案する。
オリジンゲート攻略となれば間違いなく国家主導の一大プロジェクトだ。
そしておそらく、その中心に立つのは【聖剣】となる。
「紅」
「?」
「オリジンゲートを攻略したら、冒険者辞めよう」
「「!?」」
雪子の提案に、紅と菊理が息を呑んだ。
「そしたら景一郎君と一緒に――重婚できる国に移住したい」
「「それは――」」
戸惑った様子の紅と菊理。
しかし――まんざらでもなさそうだった。
ついに【聖剣】のメンバー全員の顔出しができました。
好きな男の子を他の女に取られないためパーティで囲い込む。
地味にヤンデレ適性がありそうな3人です。