5章 7話 決戦前夜
「ついに明日が選抜試験だ」
景一郎はそう宣言した。
現在、景一郎たち【面影】はとある一室に集合していた。
ここは魔都の外にあるホテル。
明日の試験は大幻想陣――冒険者協会で行われる。
ゆえに景一郎たちも魔都を出て、前日のうちに現場入りしたのだ。
「ってわけで、ルールを確認する」
明日の昼には選抜試験が行われる。
だからこれは最後のミーティングだ。
「戦場は魔都全域。かなり広いから、どこに敵がいるのか分かりづらい。接敵したとき、どっちが先に気付くのかが大きな要素になる」
魔都。
それはかつて東京と呼ばれ、日本の首都であった場所だ。
とはいえ東京全体がそのまま魔都と呼ばれているわけではない。
ダンジョンが頻発し、一般人が住むことは不可能に近いと判断された東京の一部が『魔都』と呼ばれているのだ。
それでも魔都の広さはかなりのもの。
スピード自慢の冒険者でも、横断するのに数時間は必要だろう。
しかも元首都ということもあってビルが多く、死角がそこら中にある。
広く、それでいて常に奇襲のリスクがつきまとう。
なかなかに面倒な戦場だ。
「そして戦闘開始位置だけど、俺たちはパーティ単位でランダムな位置に飛ばされるらしい」
「『俺たち』…………?」
景一郎の言葉に透流が反応する。
彼女の反応は当然のものだ。
「ああ。【聖剣】の3人はバラバラの位置から戦闘開始となる」
【面影】たち選抜パーティ候補はパーティ単位で行動できる。
一方で、試験管側である【聖剣】は単独行動から始まる。
説明会ではそう聞いている。
「つまり、あいつらを合流させないことが今回の戦いでは重要だ。正直、全員を各個撃破するしか勝ち筋がない」
「なるほどなるほど」
詞は何度も頷く。
今回はルール上、【聖剣】は孤立した状態から始まる。
そのまま彼女たちが合流するよりも早く接敵できたのなら、各個撃破も可能だ。
逆に言えば、合流させてしまえば勝つことは困難となる。
【聖剣】は誰もがまさに一騎当千。
連携による相乗効果が加われば、もはや参加者全員で囲んでも勝てないだろう。
「で――あと確認しておきたいのは【聖剣】のスペックか」
景一郎はそう切り出す。
彼もかつて【聖剣】だった冒険者。
しかも、彼女たちが冒険者となる前の姿も知っている。
スキルも、思考も。
他の誰より理解していると自負していた。
「まずは糸見菊理。一応【聖剣】のマジックアタッカー。ただ菊理の場合は万能選手――というより全能選手だな。Aランクのアタッカーとタンクとヒーラーを足して割らなかったって感じの能力だ」
彼は説明した。
【聖剣】は、小学校の友人で作ったパーティ。
盾役や攻撃役なんて役割をまったく理解していない状態で作ったチーム。
ゆえに【聖剣】内でのポジションはかなり歪なものとなっている。
糸見菊理は【聖剣】全体のバランサーだ。
その多様なスキルによって、パーティに足りない要素を補う。
彼女は1人ですべてのポジションを兼任できる『1人パーティ』といってもいい冒険者なのだ。
「スキルは【式神召喚】――ただ式神が持つスキルのすべてを使えるから、実際に使用するスキルは軽く20以上になる」
魔法も、治療も、結界も。
おそらく、彼女以上に使用スキルが多い冒険者はいないだろう。
「うわぁ…………えげつないねぇ」
詞が眉を下げる。
冒険者は得手不得手を理解し、それを補完するためにパーティを組む。
菊理の存在は、その原則をあまりに無視している。
一流の冒険者にとっても異次元の存在なのだ。
「俺の知る限り、菊理はとりあえず敵の出方を見る傾向にある。あいつのエンジンがかかるより前に致命打を与えられたら勝ち目はあるはずだ」
景一郎はそう語る。
糸見菊理はその容姿や物腰もあいまって大和撫子といった印象が強い。
しかし実際のところ、彼女はかなり好戦的――というよりも戦いを楽しむタイプだ。
相手の実力を発揮させてから勝つ。
それが彼女の基本スタイル。
菊理が様子見をしているタイミングで倒せたのなら理想的だ。
「次がゆっこ――忍足雪子だ」
「んっ……」
透流の肩が跳ねる。
彼女は雪子のファンを公言している。
戦いのためとはいえ、彼女の情報には興味津々のようだ。
「ゆっこのスキルはスピードアタッカーに多い【空中歩行】【操影】【潜影】――即死効果を持つ【殺害予告】と【死神の手】――そしてユニークスキルの【隠密・無縫】だ」
雪子の職業は【凶手】――【アサシン】から派生した上級職だ。
そのため戦闘スタイルも【アサシン】時代の系譜を継いでいる。
「あいつの【隠密】は、敵の記憶からも身を隠す。――でも、今の俺たちには完全な効果は発揮しないはずだ。レベル差もだいぶ縮まったからな」
記憶から姿を消す。
姿も、音も、匂いも分からない。
そもそも忍足雪子という存在を思い出せない。
そんな究極の隠密が【隠密・無縫】だ。
しかし【隠密】は実力差があるほど効果が大きくなるという絶対原則に逆らうことはできない。
雪子のレベルが約250と仮定して、彼女の存在を認識できなくなるのは170レベル以下。
運の良いことに【面影】は全員がそのボーダーをクリアしている。
一応のところ、すさまじく強力な【隠密】くらいの効果にとどまるはずだ。
「即死攻撃があるってことは、致命傷を与えてからも油断できないねぇ」
同じ【アサシン】ゆえか、詞は神妙な表情を浮かべていた。
雪子のスタイルは【アサシン】時代から変わらない。
だが当然【凶手】となったことで得た力もある。
――即死スキル。
彼女の持つ攻撃スキルはその大半が即死効果を内包しているのだ。
「倒しても、道連れを狙われる可能性は……高い」
透流も真剣な表情でそう口にした。
触れれば即死。
ならば雪子が絶命するまでは、反撃が掠ることさえ許されない。
少なくとも彼女は、最期の一瞬まで勝ちのための一手を模索し続ける。
景一郎はそう確信していた。
「そして最後は鋼紅」
「例の日本最強――ね」
香子が口を開いた。
彼女としても意識せざるを得ない相手だからだろう。
花咲里香子は速度重視の職業【フェンサー】。
そして――鋼紅の職業である【ヴァルキリー】は【フェンサー】から進化したものなのだから。
「ああ。だけど紅の戦闘スタイルは光の魔法剣術を主軸にした白兵戦。ただ――それをあいつのスピードでやられると手が付けられない」
100もの軍勢を率いたりはしない。
相手の記憶から姿を消すことなんてできない。
2本の刀で戦うスピードアタッカー。
しかし彼女自身の性能が、常識的な戦術を規格外に変える。
彼女がまぎれもなく【聖剣】のリーダーであると、見た者に刻み込む。
「それに、紅にはユニークスキルである【時間停止】がある」
【時間停止】。
それは紅が有する切り札。
世界の摂理さえも歪めるスキルだ。
「時間停止は1日に決まった時間しか止められない。だからあいつは基本的に、緊急回避のためにしか時間停止は使わない。1秒未満の停止を何回にも分けて――って感じだな」
とはいえ紅が攻撃のために時間を止めることはあまりない。
あくまであれは『緊急回避』なのだ。
特に今回は連戦に次ぐ連戦。
限られた時間停止は最後の砦となる。
防御にしか使わないという傾向はより顕著になることだろう。
もっとも――
「それはつまり、最低5回は必殺のタイミングを躱されるというわけなのだな」
――グリゼルダの言う通りなのだが。
1度に1秒止めるとしても5回、紅は時間を止める。
最低でも6回は致命打を与えなければ彼女を倒すことはできない。
「あるいは、どうあっても避けられないほど完璧なタイミングを作り出すしかないわけですわね」
もしくは時間停止ではひっくり返せないほど完璧な一手を用意するか。
そう明乃は語る。
とはいえ、紅はただの冒険者ではない。
国内最速最強。
彼女にとってほとんどの攻撃は愚鈍でしかない。
1度追い詰めるだけでも困難。
そして紅が同じ手に引っかかることはないだろう。
多様かつ高度な攻撃を仕掛けなければ勝機はない。
「分かっていると思うけど、1対1じゃほとんど勝ち目はない。囲んで、確実に倒していこう」
1対1での打倒は不可能に近い。
人数で勝って初めてイーブン。
【聖剣】とは、そんな相手なのだ。
☆
「ああ――そうだ」
ミーティングが終わったとき、景一郎は思い出す。
それは彼の手元にある布で包まれた何か。
「香子。渡しておきたいものがある」
「は?」
彼はそれを香子へと向ける。
「昼に完成したばっかりでな。渡すのがギリギリになったけど」
「これ――武器?」
香子は布で包まれた物を手に取った。
重さ、形状。
それらの要素から彼女は中身が何かを察したらしい。
武器。
長さとしては40センチほどで、形状は細身。
それは景一郎が香子のために作ったオーダーメイドの武器だ。
明乃に頼み、腕の良い職人を紹介してもらったのだ。
「ああ。前にレイドバトルでデスマンティスの素材を手に入れていたからな。せっかくだし、香子の武器を作ることにしたんだ」
そして、彼が持ち込んだのはデスマンティスから手に入れた素材だ。
武器を作るのに適した素材であり、Aランクの冒険者も好んで使用するほどに質が良い。
重くないため、彼女の身軽さを損なう心配もないだろう。
「――アタシ、そのレイドの話なんて知らないんだけど」
香子が微妙な表情を浮かべる。
「【面影】を結成して間もないころだったからな」
景一郎がデスマンティスと戦ったのは、香子が加入するよりも前のことだ。
そして、透流と出会うキッカケになった戦いでもある。
「懐かしいですわね」
「大変だったなぁ」
「景一郎さんがいて……良かった」
明乃、詞、透流。
あのレイドに参加していた3人は感慨深げにそう漏らした。
死闘と呼ぶにふさわしい戦いだっただけに、良くも悪くも思い出深い。
「…………ムリ。受け取れない。アタシ、何にもしてないじゃん」
そんな空気を察したのか、香子が武器を突き返してくる。
自分の貢献で得たわけでもない素材で作られた武器。
それを自分が使うのは道理に合わない。
そう考えているのだろう。
「関係ないだろ」
だが、景一郎はそれを否定する。
「勘違いするなよ。俺たちはパーティなんだ。そんな気を回す必要はない」
確かに、この素材を手に入れたのは香子がいる前のこと。
でも彼女は今、まぎれもなく【面影】なのだ。
「それに、どんな武器でもすぐに使いこなせる香子のために新しい武器を作ったほうが有意義――ってだけの話なんだからな。別に贔屓しているわけじゃない」
「ええ。道具は、有効活用できる人が使うべきですわ」
「そうそう。遠慮せず使ってくれたほうが嬉しいかなぁ」
「ん……」
明乃たちも香子にそう言った。
――あの武器は特殊なものだ。
使いどころは難しいし、かなりのセンスを要求する。
それこそ香子でなければ上手く使えないだろう。
「――――じゃあ、もらっとくわよ」
少しの逡巡の後、香子は武器を返そうとしていた手を引いた。
どうやら使ってくれるつもりになったようだ。
そして香子は景一郎に背を向ける。
「……ありがと」
聞こえたのは消えそうなほどか細い声。
しかし不思議と、景一郎の耳には鮮明に届いていた。
――その言葉が聞けただけでも、渡した甲斐があるというものだ。
「ほわわわぁ……。香子ちゃんがお兄ちゃんからのプレゼントを見て嬉しさを噛み締めてるよぉ。ラブしちゃってるよぉ」
「ん――これは。うん」
「は、はぁぁぁっ!? なんでそういう解釈になるわけ!?」
――当の本人は、1秒後には怒鳴り声をあげていたけれど。
次回から選抜試験が始まる予定です。
香子の新武器もそのタイミングでお披露目できるかと。




