5章 6話 選抜試験説明会
「……国内トップクラスのパーティばかりだな」
景一郎は講堂を歩く。
並んだ席には、すでに20人近い冒険者が座っている。
彼がいるのは、かつて大学だった施設だ。
とはいえ、今やダンジョン攻略の最前線となった魔都にある学校に通いたがる一般人がいるはずもなく、10年以上前に廃校となってしまったそうだが。
(すごいな……。この部屋にいる全員がAランク以上の実力者か)
見るだけで分かる。
ただ座っているだけ。
しかしその姿勢や重心の位置、それだけで彼らの実力を察することができる。
実際のランクはともかく、この場にいる全員がAランク相当の冒険者だ。
「ええ。元々、選抜試験の情報そのものが一部のパーティにしか伝えられていませんわ。……わたくしたちは裏口で知ったわけですけれど」
景一郎の後ろにいた明乃が小声でそう言った。
「――だな」
――彼らが訪れているのは第1次オリジンゲート攻略メンバー選抜戦の説明会だ。
現時点において、第1次オリジンゲート攻略は世間に秘されている。
万全の準備が整ったと判断して初めて、広く公開することになるらしい。
だから、ここにいるのは真に選ばれた冒険者。
実力、素行ともに国家の一大プロジェクトを担うにふさわしいとされた者だけなのだ。
「一応、冷泉家と桐生院家の力で【面影】を選抜試験に割り込ませることはできましたが――ここからは完全な実力勝負ですわ」
本来、オリジンゲートの攻略は政府からの要請があったパーティのみが参加できる。
そして【面影】はAランクパーティという最低条件こそ満たしているものの、政府から声がかかるには無名すぎた。
そのあたりの問題は、明乃たちが裏から手を回すことで解決してくれたらしい。
「……ジェシカも協力してくれたのか」
「ええ。オリジンゲート攻略は国家の一大プロジェクト。そこに無名のパーティを入れさせるとなれば、わたくしのコネクションだけでは難しかったので」
桐生院ジェシカ。
かつてレイドバトルをキッカケに出会った少女であり、今や明乃に並ぶ景一郎のスポンサーだ。
「……ジェシカにも感謝、だな」
彼女たちの協力がなければ、挑戦権さえ手に入らなかったのだ。
景一郎だけではどうにもならない部分をカバーしてくれたのだ。
彼に出来ることは、このチャンスを全力で掴むことだけだろう。
「――――――――」
「どうなさいましたの?」
景一郎が立ち止まると、明乃がそう尋ねてきた。
「いや……Sランクがいないなと思って」
「? 【聖剣】でしたらあちらにいらっしゃいますわよ?」
明乃は部屋の一角へと視線を向ける。
すべての席が向いた先にある檀上。
そこには3人の女性が座っていた。
小柄な銀髪の少女――忍足雪子。
巫女服を纏う淑やかな女性――糸見菊理。
どこかアンニュイな雰囲気を醸す金髪の女性――鋼紅。
景一郎にとっては見慣れた3人がそこにいた。
彼の視線に気が付いたのか、雪子と菊理が小さく手を振ってくる。
自然の彼の目は紅へと向けられるが――彼女は目を逸らした。
――どうやら、わだかまりは自然消滅してくれていないらしい。
「いや、他のSランクだ」
ともあれ、景一郎が気にしていたのは【聖剣】のことではなかった。
「日本には今、5人のSランクがいる。あと2人は参加しないのかと思ってな」
「確かに、どこにもいらっしゃいませんわね」
席にも檀上にも他のSランク冒険者の姿はない。
Sランク冒険者となれば国内――国外にも顔が知られている。
さすがに見落とすことはないはずなのだが。
(――天眼来見は『オリジンゲート攻略は失敗する』未来を見ている)
景一郎は思い出す。
天眼来見。
未来視を持つ少女が語った未来を。
(なのにSランクを出し惜しむのか?)
天眼来見が無力な少女だというのならそれもあるのかもしれない。
だが、違う。
天眼家の未来視――【天眼】の力は国家も理解している。
ゆえに天眼家は政府の方針に口を挟める特別な家系だ。
――彼女の忠告があれば、政府は間違いなくそれを考慮する。
それほどに未来を見ることができるという事実は重い。
(Sランクが全滅するような危険は冒せないのか――)
であれば、最悪のさらに最悪――【聖剣】の3人どころが、国内のSランク冒険者全員を失うというリスクを避けたかったのか。
しかし、それならオリジンゲート攻略そのものを中止にしても良いはず。
世間に知られていない今なら『失敗した』という評価は免れる。
そうしないのはまるで――
(失敗そのものがあいつにとって望む――)
不穏な考えを景一郎は振り払う。
もし来見の目的が『オリジンゲートの攻略の失敗』であるのなら、景一郎に事情を話す必要はないはず。
(いや……さすが疑いすぎか)
忠告してきた相手を疑うというのは、少し疑心暗鬼が過ぎるだろう。
「まあ……分からないことを気にしても仕方がないか」
景一郎は最後列の席に座る。
――彼は悪い意味で有名だ。
あまり目につく場所に行きたくなかった。
『ん…………時間』
彼が座るのを待っていたかのように声が聞こえる。
声の主は雪子だ。
彼女はマイクを片手に、黒板の前へと歩いてゆく。
――部屋中の視線が彼女へと集まった。
「ゆっこか」
【聖剣】における交渉などの対外的な役割は基本的に雪子が担当している。
紅や菊理はあまり交流を好まない性格であり、景一郎は実力の低さゆえに相手に侮られやすかったからだ。
【面影】でいうのなら、雪子は明乃のようなポジションだろうか。
『今日は、明日の試験について説明』
抑揚のない声で説明が始まった。
『試験内容は――パーティウォー』
『大幻想陣を使って――私たち【聖剣】と戦ってもらうことになる』
雪子の宣言。
それを聞いた冒険者たちがざわめく。
パーティウォー。
それは名前の通り、パーティ対抗のバトルのことだ。
そして雪子は大幻想陣を使うと言った。
大幻想陣。
それは冒険者協会にのみ存在する施設で、幻術魔法を応用したものだ。
幻術アバターを使い、仮想空間での戦いを行うための設備といったところか。
死の危険もなく、周囲を破壊する心配もない。
様々な面から考えても、確かに合理的だろう。
『ステージは魔都全域』
仮想空間での戦い。
ゆえに戦場は自由に設定できる。
どうやら今回は、オリジナルの舞台が用意されているようだ。
魔都全域。
その言葉に偽りがないのなら、かなり広域にわたる戦場となるだろう。
『戦いの内容を見て、5つのパーティを選出することになる』
景一郎は周囲を見る。
今回、出席が許されているのはパーティのリーダーとサブリーダーの2人だけ。
つまり出席者20人の半分――約10のパーティからさらに半分――5つのパーティにまで絞られるのだ。
レイドバトルにおいてあまりに参加パーティが多ければ互いに動きを阻害しあい、かえって総合的な戦力が落ちてしまう。
5つのパーティというのが、ダンジョン内で協力するのに最適な数字だと弾き出されたのだろう。
『試験に参加する他のパーティと協力しても良いし――』
そこで雪子が言葉を区切る。
彼女の視線が――景一郎へと向けられた。
『――――あくまで自分たちの力だけで勝つことにこだわっても構わない』
好きに挑むと良い。
そう言われているような気がした。
☆
説明会はそれほど長くは続かなかった。
元々、冒険者には癖の強い人物が多い。
行儀よく親睦を深めましょう――とはならない。
さっさと説明を聞いて、さっさと次の行動に移る。
すでに講堂に残っている冒険者はほとんどいなかった。
「すまん。先に帰っておいてくれ」
大学の校舎を出たとき、景一郎はそう切り出した。
すると明乃が首をかしげる。
「どうなさいましたの? 用事があるのなら、お付き合いいたしますわよ?」
「いや……いい」
景一郎は首を横に振った。
「ただの――野暮用だからな」
1人が良い。
言外にそう伝えた。
「分かりましたわ」
彼の心中を察し、明乃は微笑む。
そして彼女は一礼すると、その場を歩き去っていった。
「――――ふぅ」
景一郎は息を吐く。
そして――口を開いた。
「――――――紅。いるんだろ?」
彼は首だけで背後を振り返る。
――彼女は【隠密】スキルを持っていない。
技術で気配を消せたとしても、スキルを持った専門家には劣る。
だから気付くことができた。
「………………景一郎」
声とともに、建物の影から女性が現れる。
さらりと揺れる金糸の髪。
静かな雰囲気を纏う女性は、景一郎にとって特に縁深い人物だった。
「本当に……こちらに来ていたんですね」
ゆっくりと女性――鋼紅はそう言った。
「ゆっこから昨日聞きました」
「昨日聞いたのかよ。わりと前からここにいたぞ」
「……すみません」
紅が目を伏せる。
彼女は両手で体を抱き、景一郎と目を合わせようとしない。
鋼紅はどちらかといえば物静かな女性だ。
だが、ここまで会話が滞ることはなかった。
やはり除籍の件が尾を引いているのだろうか。
「ったく……なんて顔してるんだよ」
「………………」
景一郎は頭を掻く。
紅は――何も答えない。
「なあ。紅――」
「ッ……!」
景一郎が一歩前に出た。
すると紅が半歩下がる。
それでも彼が距離を詰めようとしたとき――紅は表情を歪め、姿を消した。
「な――おい……!」
消えた紅。
しかし、景一郎の目は彼女の行方を捉えていた。
彼女は足元のコンクリートを砕きそうな勢いでこの場を離脱していた。
彼女は建物を足場にして宙を舞い、景一郎から離れてゆく。
「ったく――――矢印」
急速に離れてゆく紅の背中。
景一郎は彼女を追いかける。
空中に展開した矢印を踏み、彼は加速する。
だが追いつけない。
彼女の背中が離れてゆく。
「――【セクステット】」
ゆえに景一郎は矢印を重ね掛ける。
6つの矢印が重なり、彼はさらにスピードを増してゆく。
しかし――
「マジかよッ……! 【セクステット】で追いつけないのか」
景一郎はそう漏らした。
紅は【空中歩行】スキルを持たないため、建物を足場にしてジグザグに逃げている。
一方で、景一郎は空中に矢印を設置することで直線的に移動している。
常識的に考えたのなら、最短距離を駆けている景一郎が有利なはず。
なのに距離が縮まらない。
「それどころか――離されてる……! あっちは本気じゃないってのに――」
6つの矢印の重ね掛け。
それは景一郎が制御できる限界のスピード。
これ以上多くの矢印を踏んでしまえばカーブに対応できない。
一方で、まだ紅は最高速を出していない。
足場にした建物を壊さないよう、絶妙に力を逃がしつつ走っている。
(これが鋼紅――国内最強最速の冒険者)
景一郎はあらためて理解した。
自分が目指す冒険者の強さを。
「仕方ないか――トラップ・セット」
だが、彼も引き下がらない。
まだ言いたいことを言えていないから。
「【オクテット】」
ゆえに――多少の無理は許容する。
8つの矢印に乗る景一郎。
すると彼の体はこれまで以上のスピードを叩き出す。
まだ動体視力はギリギリ追いついている。
だが、すでに姿勢を制御するためのパワーが不足していた。
加速したことによる風圧に負け、体勢が整えられない。
しかし――紅のスピードを越えることはできた。
景一郎は紅の逃走ルートを予測し――その道中を遮るように飛び込んだ。
――勢いよくビルに突っ込む羽目になってしまったが。
「きゃっ……!?」
超速で逃走経路を遮り――ビルに衝突した景一郎。
その姿に紅は短い悲鳴を上げた。
彼女は壁を蹴ると、向かい側にあったビルの屋上へと着地する。
さすがに景一郎が心配になったのか、すでに逃亡の意思はないようだ。
「痛ってぇ……打ちどころ悪いと死ぬぞこれ」
景一郎は頭を振る。
冒険者といえど、あの勢いでコンクリートに突っ込んでいては脳震盪を起こしかねない。
――やはり無茶な矢印の重ね掛けは危険が伴うようだ。
「ともかく――」
景一郎は壁を蹴る。
そして紅がいるビルの屋上へと着地した。
再び2人は対峙する。
「っ!?」
「逃げるなよ」
身を引く紅を、景一郎は落下防止用のフェンスへと追い詰めた。
背中をフェンスに。
左右は景一郎の腕に。
四方を塞がれ、紅は視線をさまよわせた。
「あの日からずっと、紅に伝えたい言葉があったんだ」
景一郎は彼女の目を見つめる。
――目が合った。
彼女の目は、不安に揺れていた。
「言葉……」
紅は目を閉じる。
そして、彼女の全身から力が抜けた。
彼女は観念したように息を吐くと、言葉を続ける。
「――分かり、ました……。聞きます……どんな言葉でも。私には――その責任がある」
紅は唇を噛み、顔を伏せる。
断罪を待つかのような彼女の姿。
「じゃあ、言わせてもらう」
彼女は待っているのだろう。
恨み言を。
糾弾の言葉を。
しかし――
「俺は紅に勝つ。そして――紅を護る」
景一郎がそんな言葉を吐くわけがない。
確かに鋼紅は景一郎に除籍を宣告した。
しかしそれをエゴだったとは思わない。
むしろ、あれは彼の安全を確保するための措置であったことくらい理解している。
苦しくなかったわけではない。
不甲斐なく思わなかったはずがない。
それでも、彼女を責める気になどなれなかった。
景一郎は、彼女たちとの友情を疑ったことはない。
「っ……!」
しかし紅にとっては、彼の言葉は意外なものだったのだろう。
彼女のことだ。
除籍に関しても相当の覚悟を――それこそ憎まれることも覚悟していたはず。
それくらい分かる。
幼馴染なのだから。
「紅だけじゃない。菊理も、ゆっこも。ずっと俺を護ってくれたみんなを、今度は俺に護らせてくれ」
――そのために、身につけた力だ。
「みんな……大事な友達だから」
もしも未来が悲劇だったとしても。
それを塗り替えて見せる。
「ずっと言いたくて――やっと、言えるだけの力を手に入れた」
絶望の未来は――語れない。
このままでは紅たちは死ぬかもしれない。
本人たちにそう告げる勇気はなかった。
だから、代わりに誓う。
そんな未来は叩き潰して見せると。
「まだ……信じてくれなくてもいい」
とはいえ、これはまだ第1歩ですらない。
やっとスタートラインに辿り着いただけなのだ。
「この言葉は、これからの行動で示していく」
影浦景一郎にとっての最初の1歩は――これから始まるのだ。
というわけで、選抜試験は『【聖剣】VSAランクパーティ×10』となりました。




