5章 1話 【ダンジョン顕象】
「この6人を、俺たち【面影】の最終メンバーにする」
景一郎は【面影】のメンバーの前でそう宣言した。
影浦景一郎。
冷泉明乃。
月ヶ瀬詞。
碓氷透流。
花咲里香子。
グリゼルダ・ローザイア。
この6人が【面影】であり、これ以上の追加はしないという方針を示した。
「ま……別に良いんじゃない?」
「一般的に、それくらいがパーティとして機能する最大人数といわれていますわね」
香子と明乃がそう答えた。
ルール上、パーティに人数制限はない。
パーティとしての恩恵を受けるためだけに登録するも普段はソロで活動している冒険者。
逆に、10人以上の大所帯となっているパーティ。
そこには上限も下限もない。
とはいえそれはあくまでルール上の話。
一般論において、パーティがもっとも上手く機能するのは4~6人だと言われている。
それくらいが役割分担もスムーズで、指揮官の指示も行き渡るからだ。
「あんまり多いと、味方の攻撃に巻き込まれちゃいそうになるもんねぇ」
「ん……良いと、思います」
「我はご主人様の思うがままで構わぬ」
残る面々も同意する。
これ以上メンバーが増えてしまえば、かえってパーティの動きが悪くなると理解しているのだ。
「選抜試験まであと1週間だ」
来週に迫ったオリジンゲート攻略メンバー選抜試験。
それこそが、先程の宣言の理由だった。
この6人が、試験に臨むメンバーとなるという宣言だったのだ。
「まだ詳しいルールの説明はないけど、パーティとして戦う以上は連携強化をしておいて損はない」
まだ選抜試験のルールは語られていない。
おそらく試験の前日にあるという説明会で明らかにされるのだろう。
「特にグリゼルダとの連携はまだ実戦で試したことがないからな。今日は全員でダンジョンに潜りたい」
成り行きとはいえ、【面影】はグリゼルダという戦力を獲得した。
とはいえ、単騎で強くともパーティの動きを乱すのでは意味がない。
それでは、総合的にはパーティの弱体化となってしまう。
だからこそ、選抜試験までにグリゼルダを本当の意味で【面影】として動けるようにする必要があったのだ。
「異議なーし」
「ん」
「わたくしもそうしたほうが良いと思いますわ」
「まあ、それで良いんじゃないの?」
これまでパーティとして活動してきているのだ。
だから皆、連携の重要性は理解している。
景一郎の言葉に反対する者はいなかった。
「ねぇねぇ、どこのダンジョンに行くの? ランクは?」
そう詞が問いかけてきた。
「いや。どこにも行かない。ここでダンジョンに潜る」
だが景一郎の答えは決まっていた。
連携の確認をする以上、あまり人のいないダンジョンが良い。
見られたくないというより、単純に他のパーティがいると好きなペースで攻略ができないからだ。
とはいえ昨日の今日でダンジョン――それも魔都のダンジョンを独占契約するなど無茶だ。
「それって――」
しかし景一郎ならこれらの問題をすべて解決できる。
「ああ。ここにダンジョンを作る」
彼には、ダンジョンを用意する術があるのだから。
☆
「これって、前と雰囲気違う気がするなぁ」
詞がそう漏らす。
景一郎たちは桐生院ジェシカに用意された拠点――その中でも広場となっている場所にいた。
広い芝生となっており、スキルを使った訓練もできる空間。
その中央に――重厚な扉が顕現していた。
トラップ【ダンジョン】というスキルによって、景一郎はダンジョンを自分の意思で作ることができる。
しかし、そうして出現するゲートは普通のダンジョンと変わらない。
青く、空間が波紋のように揺れるゲートだ。
だが今の彼らの目の前にあるのは、巨大な金属性の扉。
どちらかといえば、ボス部屋の門に近い造りだ。
「実はこの前、スキル名が変わっていてな」
景一郎にはこの変化に確信というほどではないが心当たりはあった。
「今は【ダンジョン顕象】ってスキルになってるんだ」
(ちょっと複雑な気分になるネーミングだけどな)
【ダンジョン顕象】と【魔界顕象】。
この2つの名前の類似のせいで手放しに喜ぶことはできなかった。
とはいえ、スキル名の変化自体は起こりえることだ。
それはいわゆる、スキルの進化と呼ばれる現象である。
元のスキルが消え、上位互換のスキルを習得する。
珍しくはあるが、魔都に来るようなレベルの冒険者なら半数ほどが経験しているはずだ。
「感覚的にだけど、Sランクっぽい感じもするな」
景一郎は扉に手をかざす。
計測機器はないため、正確なランクは分からない。
しかし感覚的に、Aランクダンジョンの域にはとどまらないような気がした。
「前より難易度が上がってるんだね」
詞は唇に指を当ててそう言った。
これまでの景一郎たちは、彼が作ったダンジョンを周回することでレベルの底上げを行ってきた。
そのたびにダンジョンの内部は変化し、ランクも変動していた。
その振り幅はC~Aランク。
ちなみに景一郎が強くなるたびにダンジョンランクは上振れすることが増え、最近では8割ほどがAランクダンジョンとなっていた。
(本来ならパーティ1つでSランクの攻略は難しいけど――グリゼルダがいるわけだし)
これまでSランクダンジョンを作ったのは初めてのことだ。
今の状態で探索してしまって良いのか。
むしろ他のダンジョンで連携を確認し、それから探索するべきなのではないか。
そういった考えがよぎる。
(いや……このメンバーなら問題はないか)
景一郎はそう結論を下した。
「とりあえず入ってみるか。無茶そうだったら、ボスは今度の機会にすればいいだけだからな」
今の【面影】は強い。
おそらくSランクダンジョンであってもクリアできるくらいに。
少なくとも、道中の敵に後れを取るようなことはない。
「無償で独占探索できるダンジョンが作れるだなんて夢のような話ですわね。景一郎様がいなくても入れるのなら、使い道はもっと多いのでしょうけれど」
明乃はしみじみとそう言った。
自由探索のダンジョンでは競争率が高いため多くのリターンは望めない。
競売で独占探索権を得るには元手が必要だ。
元手は不要で独占できるダンジョン。
冒険者関係の商売をしている明乃にとって、それは夢のような存在なのだろう。
「ダンジョン作れるとか、モンスター扱いされそうよね」
「……正直、このスキルだけは絶対に知られるわけにいかないよな」
景一郎はできる限りユニークスキルを隠して活動している。
それはユニークスキルが貴重で、やっかみの対象となるからだ。
しかしトラップ【ダンジョン】だけは違う。
これは彼の平和を保つために隠すべきスキルだ。
もしバレたのなら、運が良くて金のなる木として国益のために利用され――最悪の場合はモンスターとして迫害される。
同じパーティの仲間だからこそ香子は冗談めかして言うが、一般人は冗談ではなく心から景一郎をモンスター扱いすることだろう。
「ご主人様は我のご主人様。だから、ご主人様が人であろうとモンスターであろうと構わぬのだ」
(……本来のグリゼルダは何か知っていそうだったんだけどな)
グリゼルダ・ローザイア。
本当の彼女と言葉を交わしたのは短い時間だけ。
それでも、彼女が何かを知っていることは明らかだった。
(とはいえ――【光と影】の効果が切れたところで教えてもらえるわけでもないか)
天眼来見が言う通り【光と影】で支配されている間に起こったすべての出来事をグリゼルダが記憶していたのなら――彼女が景一郎に協力するはずがない。
いや、記憶していなかったとしても都合よくすべての事情を教えてはくれないだろう。
「で? もうそろそろ行かないの?」
「…………ああ。そうだな。行くか」
香子に促され、景一郎は思考を打ち切った。
どうなるか分からない未来のことを考えても仕方がない。
今の景一郎が考えるべきことは、これからどうなるか分かっている未来を打ち砕くことなのだから。
☆
「――廊下」
透流がつぶやく。
廊下。
彼女の言う通り、そこにあるのはまさに廊下だ。
あえて付け加えるのなら、グリゼルダがいたダンジョンのように西洋風の構造となっていた。
「なんか……寂しい場所だね」
詞は周囲を見回してそう言った。
黒と白。
この世界はモノクロだった。
景一郎たちを除いたすべてが無彩色で形作られている。
壁も、柱も、天井も。
そこから見える草木も。
すべてが彩りとは無縁だった。
時の流れも、生気も感じさせない無彩色の世界。
そこでは、景一郎たちの乾いた靴音だけが鳴る。
「――なんか出て来たわよ」
最初に声を発したのは香子だった。
彼女が立ち止まった先には――黒い水たまりがあった。
否――あれは影だ。
床に影だけが存在している。
そして、影は形を変え人の姿となる。
気がつけば、廊下には10を越える影のモンスターが待機していた。
「影のモンスターですわね。初めて見ますわ」
「ボクもぉ。お兄ちゃんは?」
「……俺も初めてだ」
景一郎は実力こそなかったが、以前は【聖剣】の一員だったのだ。
力がないからこそ、高ランクのモンスターは調べ上げた。
ゆえに、魔都の冒険者の中でもモンスターに関する知識は豊富であるという自負があったのだが――
「影に潜むモンスターはいるけど、体そのものが影っていうモンスターは聞いた記憶がない」
【潜影】スキルを持っており、影の中から襲いかかってくるモンスターはいる。
しかしそれは木陰など――他の物体が作り出した影に潜んでいるのだ。
自身が影となり、肉体が影そのものであるモンスターは聞いたことがなかった。
「ふぅん」
景一郎の言葉を聞いていた香子が興味なさげにそう漏らす。
そして彼女は、太腿のホルスターからチャクラムを振り抜いた。
腕を振り上げた勢いで投擲されるチャクラム。
それは影のモンスターの首を一撃で落とした。
影のモンスターはそのまま消失してゆく。
それこそ、影さえ残すことなく。
「ま、首を落とせば倒せるみたいだし? 変にビビるほどのことないでしょ」
香子は首だけで振り返る。
「そうだな。ちゃんと物理攻撃も効くみたいだ」
確かに、彼女が言うことが正しい。
景一郎たちは別に研究者ではないのだ。
あのモンスターが何かなんて関係がない。
あのモンスターは対処可能か。問題はそれだけだ。
そしてその答えは、香子が示した。
「相手は初めて見るモンスター。気は抜けないけど、必要以上に臆する必要はない。いつも通りで行こう」
☆
「それじゃあ、まずはグリゼルダに頼むか」
「うぬ?」
景一郎はグリゼルダにそう伝えた。
「まだ皆にはグリゼルダの魔法は見せてないからな。まずはそこからだろ」
今回の目的はあくまでグリゼルダとの連携。
彼女の魔法を見せないことには始まらない。
「――どれくらいの出力の魔法が見たいのだ?」
「そうだな……じゃあ、思いっきり」
最大値を知らなければ、彼女を最適に運用できない。
だから彼女の要求するのは最大出力だ。
「うぬ」
頷くグリゼルダ。
そして彼女は――影を冷たく睨む。
その目は、まるで初めて彼女と出会ったときのようだった。
景一郎は初めて理解した。
【光と影】は洗脳こそするが、精神構造まで捻じ曲げるわけではない。
主従関係を強要するが、主とどう向き合うのかは彼女の性格に依存するのだ。
初めて出会ったとき、景一郎は彼女の『敵』だった。
そして今、景一郎は彼女の『仲間』だ。
グリゼルダの冷徹な視線は――敵だけに向けられる。
「食らうがよい」
グリゼルダの声に呼応し、彼女の指先から氷撃が放たれた。
それはまさに暴力。
大量の氷が噴き出し、瀑布となり影を襲う。
「ほぇぇ……」
「ん…………」
「うっわ……威力ヤバ」
「あんな相手と戦ったんですのね……」
先が見えないほどに長かった廊下。
それらすべてを押し流す勢いで氷は進撃してゆく。
その様子を目にした【面影】の面々は度肝を抜かれた様子だった。
ほんの数秒。
ほんの1発。
それだけで廊下からは敵の気配が消えてしまった。
新たに影が湧き上がる様子もない。
「す……すまぬご主人様。攻略が終わってしまったかもしれぬのだ……」
ぎこちない動作でグリゼルダが振り返った。
どうやら、ここまで敵を徹底的に一掃してしまうことは彼女にとっても予想外だったらしい。
「いや。俺もちょっと甘く見すぎてた」
――ちなみに、このあと影のモンスターと出会うことはなかった。
5章前半の舞台は、景一郎のダンジョンとなります。




