表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

71/275

4章 エピローグ 絶望の景色

「そういえば、ちょっと私の雑談に付き合ってくれるかい?」


 唐突に来見はそう言った。

 本当に何の脈絡もないタイミングで。


「いや、話題を変えられるテンションじゃないんだけど」


 景一郎は半眼で彼女を見る。

 来見は両手を合わせ、にこやかな笑みを浮かべていた。


 たった今グリゼルダからすさまじい殺意を向けられる未来が見えたのだ。

 来見のテンションについていける気分ではなかった。

 

「そう言わないでおくれよ。私だって、君に話したいことがあって君を呼んだんだから」

「?」


 景一郎は首を傾げた。

 今回、来見との面会を望んだのは彼だ。

 なのに彼女も話があるという。

 はたして、どういうことなのか。



「――オリジンゲート攻略戦の話さ」



「っ!」


 来見の言葉に息を呑む。


 偶然か必然か。

 彼女が口にしたのは、景一郎にとって一番の関心事だった。


「私はもう、あの攻略の未来が見えている」


 来見は笑みを深めた。


 【天眼】は未来が視える。

 それは有名な話だ。

 

「【天眼】による未来視ってやつか――」

「見えるのはある景色だ。攻略を終え、オリジンゲートから冒険者たちが出てくる景色だよ」


 そう彼女は語る。


 ――天眼家の人間が未来に言及することは珍しい。


 未来というものは、知っている人間が多いほど不安定になる。

 未来を知った人間は、どうあっても未来を意識して行動してしまうからだ。

 だからこそ、本来するはずだった行動からズレが生じてしまう。


 だから天眼家の人間は未来を語らない。

 未来をコントロール下に置くために。

 そのはずなのに――




「――――――――そこに【聖剣】の3人は()()()()()




「ッ……!?」


 来見は告げた。

 ――最悪の未来を。


「出てくる冒険者たちの表情は暗く、ゲートは消えるどころか暴走を始めて高ランクのモンスターを吐き出し続ける。それは、まさに世界の終わりさ」


 彼女は薄笑いを浮かべ、両手を広げる。

 不謹慎ともいえる行動。

 しかしそれを咎める余裕などなかった。


(あいつらが……戻って来ない……?)


 足元が崩れるような感覚。

 頭を殴りつけられたかのように思考が乱れる。

 

 影浦景一郎にとって【聖剣】は特別な存在だ。

 憧れであり、絶対的存在だった。

 そんな彼女たちが――


「【聖剣】はオリジンゲートのボスと対峙する。それは確定事項だ」


 そんな彼を無視して来見は語り続ける。


「そんな彼女たちが帰還メンバーにいない。その意味が分かるかな?」


 幾何学の瞳が、景一郎を貫いた。




「オリジンゲート攻略は失敗して……()()()()()()()()()()()()()()()?」




 景一郎は顔を歪め、言葉を絞り出す。

 

 握った拳が震える。

 それほどに、こんな言葉を口にするのは苦痛だった。

 

「どうだろうねぇ。私が見たのはその場面だけだから、前後の様子までは分からないんだよ」


 それでも彼女は飄々とした態度を崩さない。

 足を引きずりながら、畳を舞うように歩いてゆく。


「ならッ! 見てくれよッ……! そうすれば対策のやりようだって――」


 そんな彼女が苛立たしくて、景一郎はそう怒鳴った。

 ぴたりと来見の動きが止まる。


 そして、彼女の首が傾いた。

 壊れたブリキ人形のようにぎこちない動作で。



「良いのかい? 見ても」



「は…………?」


 深い闇を宿した瞳が景一郎を見据えた。

 目が合った。

 それだけで景一郎の激情が鎮まってゆく。

 彼女の目が、あまりに不気味だったから。


「1度見た未来はもう変えられない。なのに、見ても良いのかい?」


 来見はそう言った。


「今度はもっと――決定的な場面を見てしまうかもしれないよ?」


 未来が変わらない。

 そんな【天眼】でもしも【聖剣】の誰かが死ぬ瞬間を見てしまったら。

 もうどうあっても取り返しがつかない。

 そう暗に彼女は語っていた。


 しかし逆に言うのなら――



「それはつまり――まだ未来を変える余地があるってことか?」



 一縷の希望にすがるように景一郎は問う。

 

 まだ【聖剣】の死は確定していないのか。

 避ける余地のある未来なのか。

 そう問いかけた。



「ないさ。私の見た未来は絶対だよ。でも、解釈は変わるかもしれない」



 来見の返答は、どこか迂遠なものだった。


「あの光景に【聖剣】がいなかったとしても、死とイコールではないからね。遅れてダンジョンから出てくるのかもしれないし、実はもう離脱していたのかもしれない。そこにはまだ、介入できる」


 見た事実は変わらない。

 だが、見ていない部分は確定していない。

 見ていない部分を変えることで、見えた景色の意味を変える。

 その可能性を来見は提示した。


「……………………1つ、聞いてもいいか?」

「もちろんだとも」


 景一郎の言葉に、来見は優しく頷いた。




「見えた未来に――俺はいたのか?」




 ある意味で、これは景一郎にとってもっとも重要なところだ。

 彼は【聖剣】の未来に介入できる位置にいたのか。

 それとも――


「…………」


 来見は動かない。

 表情も変わらず、声も発さない。


 そして数秒後、彼女は口を動かし始めた。



「いなかったよ」



「――その未来で俺は選抜試験を通らなかったのか……あるいは、死んだのか」


 景一郎は思案する。

 考えられる可能性は3つ。


 そもそもオリジンゲートに参加できず【聖剣】の未来に介入できる立ち位置にいなかったか。

 オリジンゲートに突入する前に死んだせいで介入できなかったのか。

 オリジンゲートに突入し、介入はしたものの【聖剣】を救うには至らずに死亡したのか。


 どの可能性であっても、景一郎は大切な人を護れなかったという事実に変わりはない。

 

「そうか」


 景一郎は大きく息を吐き出した。


「――いきなり訪ねてきて悪かった」


 そして彼は来見に背を向けた。


「おや。もう帰るのかい。まだ10分経っていないよ?」

「俺はもっと強くならないといけない。時間が惜しい」


 景一郎は振り返ることなくそう答えた。


 ――未来を嘆いても仕方がない。

 まだオリジンゲート攻略まで1カ月以上の猶予がある。

 まだ――力を蓄えることはできる。


 なら嘆いている暇はない。

 嘆くよりも、すべてを投げ打ってでも大切な人たちを護れる力を。

 そうやって歩むしかないのだ。


「――そうかい。いやはや、頑張る男の子は格好良いねぇ」


 そんな景一郎の背中を見て、来見はそうぼやいていた。



「運命は絶対、ネェ」


 来見だけになった和室。

 そこに1人の少女が現れる。


 影を吸い込む黒髪。

 美しくも不気味な少女。

 彼女は来見の背後に立っていた。


「おやリリスちゃん。彼と感動の再会はしなくてよかったのかい?」


 来見は首だけで振り返ると、少女――リリスに問いかけた。


 一方でリリスは興味がないようで肩をすくめるだけだった。



「運命は調整できるんじゃなかったワケ?」



 リリスはそう問う。


 運命の調整。

 確かに、そんな話を彼女にした覚えがある。

 あれは特に意味のない、ほんの気まぐれだったけれど。



「できるさ。だから――こうなるように調整したんじゃないか」


 

 見えた未来は変わらない。

 確かに、そうかもしれない。


 だが未来は無数にある。

 砂浜の砂のように。


 見えた未来が1つなどと来見は言っていない。

 そこら中に散乱した未来の1つを摘み上げ、教えただけのこと。

 未来は変わらない。

 新しい未来など生まれない。

 未来という砂浜に、新たな砂が流れ着くことはない。

 ただ、そこら中にぶちまけられた可能性の中から選び取るだけだ。


 もっとも、そんなことは【天眼】を持たない人間に関係ないことなのだろうけれど。




「私が語って聞かせたのは()()()()()()()()()()()()()()()()()。だから運命は変わらない。彼が最善の未来を目指して頑張る限りね」




 多く人間にとって未来とは、来見が整えた一本道のことを言うのだから。

 未来を選べない人間にとって、未来は1つでしかない。

 選ぶ権利があるのは【天眼】を持つ者だけなのだ。


「…………そういうことネ」


 リリスは嘆息する。

 とはいえ彼女は怒っているわけでも同情しているわけでもない。

 強いて言うなら、呆れているというべきか。

 

「頑張ってね景一郎君」


 来見はここにいない青年に語りかける。



「君の頑張りが――――世界を滅ぼすトリガーになるんだから」



 絶望へと全力疾走する青年にそう言った。


 彼は主人公だ。

 【聖剣】――そして【面影】。

 運命に導かれた天才。

 そんな天才たち全員と偶然知り合える可能性を持っていただけの非才な青年。

 だからこそ都合がよかった。


 彼に才能を与えた。

 そうして、天才たちと知り合う機会を与えた。


 彼は頑張った。

 そうやって皆の信頼を勝ち取った。

 

 順調に――ストーリーを進めてくれた。


 【聖剣】という規格外の天才が冒険者になるキッカケとなった。

 不幸な出来事で死ぬはずだった不世出の天才【面影】を束ね、魔都へと導いてくれた。

 おかげで今、来見が望んだ景色へとつながるピースが揃いつつあった。

 

 

「頑張って頑張って、幼馴染も仲間もみんなみんな壊しちゃってくれたまえよ」



 来見は笑う。

 愛おしさを込めて。


「最悪の未来を避けるため、最悪の選択肢を選び続けてね」


 愛おしくないわけがない。

 だって彼は――影浦景一郎の人生は――



「――――私の主人公」


 

 子供のころからずっと彼女が導いてきたのだから。


 次回からは5章になります。


 面白かった! 続きが気になる!

 そう思ってくださった方は、ぜひブクマ、評価、感想をお願いいたします。

 皆様の応援は影浦景一郎の経験値となり、彼のレベルアップの一助となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ