1章 6話 協力者
(どうしてこうなったんだ?)
景一郎は自分に問いかける。
彼がいるのは豪奢な部屋だった。
冷泉明乃を助けたのが数時間前。
彼は負傷者を治療できる施設へと連れて行った。
それが約1時間前。
気が付くと、彼は明乃とともに食事をしていた。
(まさか社長令嬢だったとは……)
彼がいるのは有名企業の支社ビル――その最上階だった。
明乃いわく、最上階から5フロアは彼女の居住空間となっているそうだ。
身なりから上流階級の人間であるとは思っていた。
だが、まさか支社の社長を任されているとまでは思わなかった。
「今回の件は、本当に助かりましたわ」
明乃がそう切り出す。
「いや。成り行きだから気にしなくていい」
明乃を見つけたのは偶然のこと。
彼女を助けるためにあそこにいたわけではない。
単純に、彼女の運が良かっただけだ。
「それにしても、どうしてあんなところに行ったんだ?」
話題を変えようと、景一郎はそう口にした。
集団――それも非戦闘員も連れて。
意味もなくあんな洞窟を訪れたとは考えにくい。
「あそこに鉱脈があるとの情報がございましたの。押さえる価値がある場所なのかを調査していたのですわ」
「社長自ら行くのか?」
支社とはいえ、この高層ビルを治める立場にいるのだ。
わざわざ現地に向かう必要があったのだろうか。
「部下の信頼を集めるには、まず指揮官が戦う姿を見せる必要がありますわ。まして若輩で、血のつながりによって得た立場であればなおさらのこと」
「なるほどな」
冒険者は実力主義の世界だ。
大体の場合、パーティリーダーも実力で選ばれる。
そんな世界で生きてきたからこそ、彼女の言い分にも納得した。
それに彼女は若い。
社長令嬢という事実も合わされば、親の七光りと言われることも多いだろう。
だから行動によって自分を認めてもらう必要があったわけだ。
――景一郎の目には、彼女は部下の信頼を得ているように見えた。
その見立てに間違いがないのなら、きっと彼女の生き方が実を結んだ結果なのだろう。
「ところで、今回はお礼だけのためにお招きしたわけではありませんわ」
明乃はまっすぐに景一郎を見据えた。
彼女の表情は真剣そのものだった。
「ビジネスのお話をしてもよろしくて?」
「ビジネス……?」
わずかに景一郎は姿勢を正す。
そして彼女の言葉を待った。
「端的に言いますわ」
「わたくしと、スポンサー契約を結びませんか?」
スポンサー契約。
その名前の通り、企業が冒険者のスポンサーとなる契約のことだ。
しかし――
「……俺はアイドルになる気はないぞ?」
スポンサー契約となれば当然、スポンサーの意向に沿った活動が必要となる。
多くの場合は、冒険者の活動を支援する代わりに、アイドルのような活動をさせて広告塔にするというもの。
冒険者は危険な職業だ。
ダンジョンに潜らなければ一銭も手元に入らない。
しかしスポンサー契約を結べば、ダンジョンに潜らなくとも一定の収入が保証される。
手に入るのは安定。
だがそれは、景一郎が求めるものではない。
幼馴染に追いつくためには、一瞬でも止まるわけにはいかない。
そういう意味で、スポンサーの意向を汲まなければならないスポンサー契約は彼にとってデメリットのほうが大きい。
(話だけ聞いて断るか)
そう彼は結論付けるが――
「こちらも、そんなつもりはありませんわ」
明乃の言葉で話の流れが変わる。
彼女は立ち上がり、身を乗り出しながら景一郎に説く。
「わたくしたちは支援をするだけで、貴方の方針に干渉することはございませんわ」
何も要求しない、と。
本来なら成立しえない契約だ。
損得が噛み合って初めて、契約は成立するのだから。
「あえて要求するとするのなら――」
「――最強になってくださいませ」
最強。
明乃が要求するのはその2文字だった。
「これは言わば投資ですわ」
明乃は胸に手を当てて微笑んだ。
さすが1つの会社を背負う女性というべきか。
自然と相手に耳を傾けさせる。
彼女にはそんな力があった。
「将来的に莫大な利益を生むと信じて、今は無償で支援をする。そんな契約ですわ」
理由を考えるのなら、先程の戦いだろう。
明乃はあの戦いを目にして、景一郎に将来性を見出した。
いずれ大きなリターンがあると考えたのだ。
「お受けくださいますか?」
明乃は手を差し伸べる。
机を挟んで向かい側。
手を伸ばせば届く距離だ。
だが景一郎は――手を伸ばさない。
「俺は――以前所属していたパーティを除籍されている」
実のところ、景一郎はすでに明乃へと好感を持ち始めてしまっている。
彼女の堂々とした在り方は魅力的だ。
だからこそ誠意を尽くす。
自分が除籍処分を受けたことを話す。
それを隠して彼女の話に乗るのは、あまりに不義理だと感じたから。
「――――除籍になった理由をうかがってもよろしくて?」
ほんのわずかに明乃の声が固くなる。
除籍処分というマイナスイメージ。
それを背負う景一郎のスポンサーになるのはリスクがある。
明乃はそれを理解しているのだ。
「俺が弱かった。それだけのことだ」
戦力不足。
除籍の理由としては軽いほうだ。
それでも明乃が求めるのが『最強』であるのなら。
景一郎は、彼女の要求に応えられないかもしれない。
明乃は手を引き、椅子に座った。
幻滅したのか。
そう思ったが、明乃が浮かべていたのは穏やかな笑みだった。
「……だとしたらきっと、その方たちの見る目がなかったのでしょう」
彼女は優雅にそう言った。
だが――
「――あいつらのことを悪く言うな」
自然と景一郎の声は低くなっていた。
明乃は彼をフォローしただけだ。
別に【聖剣】の皆を馬鹿にしたわけではない。
そう分かっていても、少しだけ声に棘が混じった。
「……失礼いたしましたわ。わたくしが勝手に語ることではありませんわね」
そんな景一郎の感情を察したのか、明乃はすぐに謝罪の言葉を述べた。
――彼女は聡い女性だ。
景一郎の反応から、彼がかつてのパーティと不仲ではないことを悟った。
だからこそすぐに謝罪を口にしたのだ。
そのほうが景一郎に好印象を与えられると理解しているのだ。
言い訳を並べなかったあたりも潔い。
少なくとも、交渉という面において彼女が景一郎より何枚も上手であることは確かだった。
「ともあれ、犯罪が理由でないのであれば構いませんわ。戦力不足も大いに結構」
明乃はそう断言した。
彼女は自信に満ちた笑みを浮かべ――
「なぜなら貴方は――これから強くなるのですから」
景一郎は少しだけ目を見開いた。
これから強くなる。
これから最強になるのだ。
そう、言ってもらえた。
強くなりたいと思った。
最強に至りたいと願った。
だがそれは彼だけの決意。
他人に言えば笑い飛ばされてしまうような誓いだ。
それを今、明乃は肯定した。
その一助になりたいのだと、手を伸ばした。
その言葉が景一郎にとってどれほど大きな意味を持っていたのか。
きっとそれは、明乃自身でさえ理解できていないことだろう。
「――分かった。さっきの契約、受けるよ」
今度は景一郎が立ち上がった。
そして、机の向こう側にいる彼女へと手を伸ばす。
一方で明乃は、少し驚いたように景一郎の手を見つめていた。
「もちろん口約束じゃなくて、書面を確認したうえでだけどな」
景一郎は笑いかける。
これはビジネスの話なのだ。
細部をおざなりにする気はない。
「わたくしが詐欺師まがいのことをするとお考えですの?」
そう言いつつも、明乃の表情に不満の色はなかった。
彼女も立ち上がり、手を伸ばす。
「思っていたら、口約束でも受けたりしないさ」
卓上で2人の手が結ばれる。
最強を追いかける道。
幼馴染と肩を並べるための戦い。
そこに協力者が現れた瞬間だった。
「そういえば、前に所属なさっていたというパーティ名をうかがってもよろしくて?」
「…………【聖剣】だ」
「ですのっ!?」
明乃が悲鳴混じりに叫んだ。
どうやら彼女も、さすがに景一郎が元【勇者パーティ】であったことは予想外だったらしい。