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4章 12話 皇女は条理を踏みにじる

「一旦、この部屋を出よう」


 それが景一郎の結論だった。


「どういうことですの?」


 明乃がそう尋ねてくる。

 ボスを攻略せずにダンジョンを脱出することはできない。

 なら、離脱は後回しでしかないのか。

 そう思うのも仕方がないだろう。


「理由は分からないけどこのダンジョンにはアイツ以外のモンスターがいない。そして部屋を出てしまえば、ボスであるアイツは追うことができない」


 このダンジョンは例外だらけ。

 ダンジョンにいるモンスターはボスであるグリゼルダだけ。


「つまり、完全な安全地帯だ。一度、体勢を立て直す」


 言い換えるのなら、ボス部屋の外は安全圏。

 数日程度なら滞在できないこともない。


「ここがミミックダンジョンである以上、アイツを倒さなければダンジョンを出られない。だけどこのまま戦っても勝ち目が薄い」


 ジェイソンをたった数秒で殺した実力。

 彼に苦戦を強いられていた景一郎では勝ち目が薄い。


「相手の戦力を一度整理し、戦略を立てるわけですのね」

「ああ。このまま特攻するよりはマシなはずだ。最悪、援軍が来るまで待つという手もあるし」


 グリゼルダを打倒するには策が必要だ。

 正攻法で討ち取れる相手ではない。


「ですわね」


 明乃も先程までの攻防で実力差を感じているのだろう。

 彼女は景一郎の判断に同意した。


「それじゃあ――行くか」

「――行かせると思うのか」


 しかし、離脱というのも容易ではない。

 前提として、グリゼルダの隙を突かねばならないのだから。


 彼女は景一郎と出口の間に陣取る。


「おとなしく止まると思うか?」


 確かに離脱は簡単ではない。

 しかし、彼女をこの場で仕留めるよりはるかに簡単だ。


「【レーヴァテイン】!」


 明乃が炎剣を振るう。

 ――景一郎に向かって。


「【矢印】×2」


 景一郎は手をかざし、炎剣の炎を掠め取る。

 炎が矢印によって圧縮されてゆく。


 景一郎のトラップ【炎】と比べ、明乃の【レーヴァテイン】の火力は数倍。

 押し固めてしまえば、その差はさらに大きくなる。


「行けッ……!」


 景一郎の両手から火球が射出される。

 それはまるで小さな太陽。

 これまでにない威力が内包されていることは明らかだった。


「――――――」


 さすがのグリゼルダも迫る攻撃の威力を警戒したのだろう。

 彼女の前方に氷の壁が出現する。


 それも1枚ではない。

 10枚以上の氷壁が重ねられてゆく。

 氷の防壁はグリゼルダを完全に包囲しており、不意打ちにも完璧な対策が施されている。

 ――火球と氷壁が衝突した際に、水蒸気で視界が潰れることを警戒したのだろう。


 あれほどの防御を一瞬で完成させる手腕。

 それは感嘆に値する。

 きっとあの氷壁はすさまじく堅牢なのだろう。



「悪いな――【矢印】」



 ――確かめる機会はないけれど。


 景一郎は矢印を展開する。

 放った火球の進路上に――上向きの矢印を。


「なに……!?」


 そこで初めて、グリゼルダが驚きの表情を見せた。

 それはあまりにも景一郎の行動が突飛であったから。


「え、え……!?」


 明乃も動揺した声を漏らす。


 なぜなら――矢印によって火球は誰もいない方向へと飛んで行ったのだから。

 そのまま火球は遠くの壁へとぶつかった。

 ――当然、何も起こらない。


「「………………」」


 明乃もグリゼルダもここから何かが起こると思っていたのだろう。

 だから、2人は動くことも口を開くこともなかった。



「じゃ、行くか」



 景一郎は明乃を抱え上げた。


「ちょ、え、アレはなんだったんですのッ……!?」

「……なんだったんだろうな」

「ですの!?」


 困惑した様子の明乃。

 景一郎はそれを無視して、矢印を踏む。


「誰が行かせると――」


 グリゼルダのすぐ隣を通過する最短ルート。

 ゆえに彼女は迎撃しようとして――気付く。



「せっかくの防御が仇になったな」

「ッ……!」



 現在、グリゼルダは自分で作った氷に包まれている。

 あるいは――()()()()()()()

 全方位を塞ぐ防御は、裏を返せば彼女を捕らえる檻となる。

 それも、何層にも重ねた分厚い結界だ。

 ――解除は一瞬で終わらない。


 景一郎が放った火球はブラフ。

 グリゼルダを氷に閉じ込めるための。

 そうやって自分自身の手で、機動力を完全に失わせるためのハッタリだ。


 彼女のすぐ隣を通ろうとしたのも、彼女に魔法ではなく剣術での迎撃を選ばせるため。

 それらの思惑に誘導され、グリゼルダは貴重な一手を浪費した。


「しかしこれでは我の魔法を――」

「もう遅い――――【斬】+【矢印】」


 景一郎の手から斬撃が放たれる。


「そんな攻撃で我を斬り裂けるなどと」

「思ってない」


 それは――グリゼルダの氷壁の表面を削った。

 もちろん防壁を斬り裂くような威力はない。

 ただ氷壁に引っかき傷のような跡を無数に残し――氷壁を白く染め上げた。


「…………!」


 グリゼルダが魔法で生み出す氷は透明で、視界を遮らない。

 しかしそれは傷がなければの話。

 表面を削られ、氷全体に白く細かいヒビが広がってしまえば――


「これで魔法も撃てないだろ」


 グリゼルダの視界は奪われ、狙いが定められなくなる。


「っ……!」


 氷の結界が解除されてゆく。

 このままでは景一郎を殺せないと判断したのだろう。

 だが、間に合わない。

 多重層の防壁が解除されるまでには数秒の時間を要する。


 景一郎たちは、その数秒でボス部屋を飛び出した。



「上手く逃げられたな」

「まさか全力の連携攻撃をあんなふうに使われるとは思いませんでしたわ……」


 明乃が肩をすくめる。

 とっさに通じ合った連携攻撃。

 それをブラフに使われたのが不満だったらしい。


「でも、あれだけ迫真の一撃だからアイツは警戒したわけだしな」

「……分かっていますわ」


 明乃は腕を組み、拗ねたような表情を見せる。

 わりと珍しい反応だった。


 ともあれボス部屋からの離脱には成功した。

 

 グリゼルダがあそこから出られない以上、景一郎たちは常に仕掛ける側でいられる。

 いつ来るか分からない。

 そう思わせることで、精神的な消耗戦に持ち込めたのなら勝機はある。


「とりあえずどこかで休も――」


 景一郎がそう言いかけたとき――ボス部屋が爆発した。

 大量の氷が噴き出し、扉よりも一回り大きな穴ができあがっている。



「油断だな」



 女性の声が聞こえた。

 

「「ッ!」」


 氷で彩られた花道を金髪の女性が歩む。

 女性――グリゼルダは冷たい視線を景一郎たちへと向けた。


「なぜ我を、お前ごときの常識に当てはめて考えるのだ」


 心底分からない。

 そう言わんばかりに彼女は問う。


「そんな……」


 明乃は愕然とした様子でグリゼルダを見ている。

 だが、それは景一郎も同じこと。

 なにせ――

 


「ボスが……()()()()()()()……?」


 

 グリゼルダの足は、ボス部屋を出ているのだから。


(おかしい……。こいつには、これまでの常識が通じない)


 ゲートに入った人間が別々の場所に転送される。

 ボス以外のモンスターがいない。

 ボスが――ボス部屋を出ることができる。


 これまで景一郎たちが信じてきた常識を彼女は次々を踏みにじってゆく。

 傲慢に、理不尽に。


「お前たちが信じて良い常識は『お前たちでは我に勝てない』という現実だけだ」


 グリゼルダが腕を持ち上げ、景一郎たちへと向けた。


「この狭い通路で、あいつの氷魔法はマズい……! 逃げるぞ!」

「ですわね……!」


 グリゼルダの氷魔法は驚異的な規模を誇る。

 狭い通路となれば、躱せるスペースはない。

 

「凍てつけ」


 グリゼルダの号令と共に大量の氷が景一郎たちを襲う。

 それはまるで氷の津波。

 氷の魔法は通路を完全に埋め尽くしながら迫ってくる。


「【レーヴァテイン】!」

「【矢印】」


 場所を変える前にまずは目の前の氷撃に対応する必要がある。

 景一郎たちが選択したのは――迎撃。


 明乃が炎熱を放ち、景一郎が加速させる。

 熱風と氷撃が衝突し――撃ち勝った。


 熱風が氷撃を押し、通路を吹き抜ける。

 さすがにグリゼルダ自身には届かなかったが、確実に押し勝っていた。


「――あいつの魔法。さっきに比べると弱くないか……?」


 想定していたグリゼルダの魔法の威力。

 それをさっきの一撃は大きく下回っていた。



「そうか。ボス部屋はボスのための戦場。ボス部屋を出てしまうと能力が落ちるのか」



 同じ種類でも、通常のモンスターとボスモンスターでは戦闘力が違う。

 体の大きさにも違いがあるが、一番はその能力値。

 能力やスキル効果がプラス補正を受けるのだ。


 ボス部屋はボスモンスターに有利な地形であり、ボスの能力値を強化する。

 であればボスがボス部屋を出てしまったのなら。

 これまでは現実としてあり得ない仮説だったが――


「追いかけてきたのは誤算だったけど……むしろこれはチャンスだ。ここで迎え撃と――」


 今のグリゼルダの能力はスケールダウンしている。

 ならば打って出ない手はない。

 そう考えた景一郎だが――



 現れたのは100近い氷柱だった。



 大量の氷柱が空中に展開され、射出の時を待っている。

 確かにグリゼルダの能力は大きく落ちている。


 それでも――この場における最強を譲らない。


「――やっぱ逃げよう」

「ですわね」


 景一郎たちはグリゼルダに背を向けて駆けだした。

 一本道であんな魔法を受け続けていては簡単に押し切られる。

 背後を警戒する暇があったら、1秒でも早く戦場を変えるべきだ。


「彼女の魔法を躱せるほどのスペースとなると、かなり広い空間が必要になりますわよ……!」

「戦いながら移動してたせいで、内部構造なんてほとんど頭に入ってないんだよな……!」

「わたくしも、戦いの余波で壊れた壁を何度も通りましたし……ナビゲートできるほど道を把握していませんわね」


 景一郎は歯噛みする。


 ジェイソンと戦いながらということもあり、周囲を観察する余裕はなかった。

 そのせいでダンジョンの構造を全く覚えていない。

 

「それじゃあテキトーにやるしか……って」


 いくつかの曲がり角を通過した景一郎。

 そこで彼は立ち止まった。

 立ち止まるしか、なかった。



「マジか」

「行き止まり……ですわね」



 景一郎たちが走った先。

 そこは行き止まりであった。


「日頃の行いは、そんなに悪いほうじゃないと思ってたんだけどな」


 しかも彼が行きついた部屋は狭い。

 戦場として選ぶにも不適格だ。

 逃げ場はなく、留まるわけにもいかない。

 どうしたものかと考えていると――


「あそこに……ゲートがありますわ」


 明乃が部屋の隅を指で示した。

 そこには黄色のゲートがあった。

 それは間違いなくダンジョンのゲートだ。


「……どういうことだ? 俺たちが入ってきたゲートとは別物だよな?」

「――あの男性は、わたくしたちと違う場所に転送されていましたわ。もしかすると、ここがそうなのではないでしょうか」


 明乃の言葉にも一理あった。


 ジェイソンは最初、景一郎たちとは違う場所にいた。

 ならば景一郎が通ったゲートとは別の場所にゲートがあるのは必然ともいえる。

 それがここだったというだけのことだ。


「ミミックゲートは入ることはできても、出られない。それが常識だけど……」


 景一郎は言いよどむ。

 口にするには、それはあまりに希望的観測だったから。


「試す価値はあると思いますわ」


 それを察したのか、明乃は彼が言いたかったであろう言葉に同意した。


 ミミックゲートはクリアするまで出られない。

 その常識が、ここでは通用しない可能性を肯定した。


「……だな。このダンジョンはすでに定石から外れすぎてる。1つくらい、俺たちに都合が良い常識外れがあっても許されるだろ」


 景一郎は手を伸ばす。

 確証なんてない。

 何も起こらなければマシなほうだ。

 場合によっては、事態が悪くなる可能性もある。

 だが景一郎は、この偶然に賭けることが一番勝率が高いと判断した。


「――行ける」


 そして彼は、賭けに勝った。

 彼の体は、手首までゲートに沈み込んでいる。

 このゲートは――通ることができる。


「景一郎様! 氷が!」

 

 明乃が声を上げる。

 すでに2人の背後には氷が迫ってきていた。

 この部屋の広さなら一発で氷に覆われる。

 考えている時間はないらしい。


「行くぞ!」

「分かりましたわ!」


 2人はゲートに飛び込んだ。



「ここは――――」

「出られましたの?」


 ゲートの向こう側。

 景一郎たちが着地したのは固い地面だった。

 今回は意識を失うことなくゲートを越えられたようだ。


「アンタ。もう倒してきたわけ?」


 景一郎たちが周囲を確認しようとしていると、声をかけてくる人物がいた。

 少女――香子は少し呆れた様子で景一郎を見ている。

 ――もしかすると、あまり心配されていなかったのだろうか。


「香子か……やっぱり、出られたみたいだな」

「……助かりましたわ」


 明乃が安堵の息を吐く。


 香子はあのダンジョンには入っていない。

 彼女がここにいるということは、景一郎たちがダンジョンから出たということだ。

 妙な場所に飛ばされたらどうしようかと思っていたが杞憂だったらしい。


「だな……」


 これでグリゼルダと戦う必要性がなくなった。

 あの状況から逆転することは難しいと思っていただけに、戦いを避けられたのは幸運だった。


「あいつの攻略は他の冒険者に任せるか。あいつは強いけどダンジョンに雑魚モンスターはいないから、ボスにだけ合わせた編成で挑めばなんとかなるだろう」


 ダンジョンにでは多様な備えが必要となる。

 ボスだけではなく他のモンスターもいるし、場合によっては様々な仕掛けがあるからだ。

 だが今回はボスであるグリゼルダしか倒すべき敵がいない。


 彼女は強い。

 だが徹底的に氷魔法の対策を施してしまえば、勝ち目は充分にあるはずだ。



「――――――なるほど」



 そう思ったとき、声が聞こえた。

 もう聞かなくてもいいと思っていた声が。


「ここが、お前たちの世界か」


 黄色のゲートから腕が伸びる。

 白雪のように美しい腕が。


 ゲートから女性が現れる。

 きらめく金髪を揺らし、妖しい美貌に冷たい空気を纏って。


「なんというか――――息苦しいな」


 女性――グリゼルダは不快そうに眉を寄せた。

 この世界の空気は馴染まない。

 そう言わんばかりに。


 しかし当然だ。

 Bランク以上のモンスターはこの世界で生きられない。

 それもまた、常識なのだから。

 景一郎たちが信じ、グリゼルダが打ち崩してきた常識の1つなのだから。



「――染めるか」



 グリゼルダは誰に聞かせるわけでもなくそう呟いた。

 同時に、彼女の体から強力な魔力が漏れだした。

 これまで彼女は一度も本気を出していなかった。

 そう思い知らされるほどに強大な魔力を彼女は纏う。




「【魔界顕象】――――【白の聖域(スノウ・ディセンバー)】」




 瞬間、世界が変質した。



「これは――」



 現れたのは白の宮殿。

 純白の床。

 しかし、そこには壁も天井も存在しない。


 氷の柱がそびえ立ち、グリゼルダを中心として円形状に氷の床が広がっている。

 その光景は景一郎にとって見覚えがあるもので――




「――――ダンジョンを……作った?」




 ――まぎれもなく、彼女と最初に出会ったボス部屋だった。


景一郎「――――ダンジョンを……作った……?」

【面影】((((トラップ【ダンジョン】は……?))))



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