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4章 11話 白の皇女

 そこにいたのは白い女性だった。

 黄金のような髪に、雪のように白いドレス。

 顔立ちも美しく、間違いなく絶世の美女というべき女性。


 だが、何よりも彼女は――冷たい。


 表情が。

 視線が。

 纏う空気そのものが。

 彼女に見つめられているだけで体が芯から冷えてゆく。


「よもや、余興の用意もなく我の部屋を訪れたわけではあるまいな?」

『あ? なんだあの女』


 ジェイソンが舌打ちを漏らす。


 高所より景一郎たちを見下ろす女性――グリゼルダ。

 その態度が、ジェイソンは気に食わなかったようだ。



「――口の利き方も知らない下民か」



 グリゼルダは息を吐く。

 それは怒りのため息ではなく、呆れによるもののようだった。


「お前……モンスターなのか?」


 景一郎は思わずそう問いかける。

 グリゼルダという存在は、彼の知っている常識とあまりに食い違っていた。

 ダンジョンの最奥にいるのだからモンスター以外に考えられない。

 しかし彼女はどうにもただのモンスターとは思えないのだ。


「そもそもモンスターなどという枠組みはお前たちが勝手に考え出したものだろうに。例外が現れたくらいで驚く必要があるのか? まあ確かに、お前たちの定義するモンスターと我の間には隔たりがあるかもしれないがな」


 グリゼルダは面倒そうに答えた。


 彼女が言うことも正論だ。

 人類にとってモンスターやダンジョンは未知の領域。

 信じていた常識と違ったとして、驚く権利はないのかもしれない。

 驚いて良いほど、人類はまだ彼女たちを理解していないのだ。


「…………?」


 しかし景一郎には別の疑問が浮かんでいた。


(言葉が……通じてる?)


 グリゼルダの言葉は、景一郎にもジェイソンにも通じていた。

 景一郎には、彼女の言葉が日本語として聞こえている。

 しかし、それならばジェイソンには言葉が通じないはずなのだ。


 自動翻訳。

 あるいはテレパシーのような能力なのだろうか。



『ったく、うだうだうっせぇ女だな』



 ジェイソンが歩み出た。


 彼は思うがままに暴れまわる。

 すでに彼の暴力性の矛先はグリゼルダへと向けられていた。


「――やめておけ。争うつもりはない」


 好戦的に笑うジェイソン。

 一方で、グリゼルダの視線は冷めていた。

 依然として足を組み、立ち上がる気配さえない。


『そりゃ良いサンドバッグになりそうだぜッ!』


 戦意の見えない彼女の振る舞い。

 それが余計に癪に障ったようで、ジェイソンが地を蹴った。

 宮殿の床を抉り、彼はあっさりとグリゼルダとの距離を詰める。


 彼女は身じろぎもしない。

 何の抵抗もなく、ジェイソンの接近を許した。

 

 反応できなかったのか。

 きっと違うのだろう。

 彼女の目は――正確にジェイソンの動きを捉えていたのだから。



「我は争うつもりなどない。――争えるなどと思ってもいない」



 それは氷だった。

 グリゼルダが玉座を指先で叩くと、床から一気に氷柱が伸びたのだ。

 そしてそれは――


『がッ……!?』


 容易くジェイソンを串刺しにした。



「故に、これはただの処刑だ」



 同じステージで争ってなどいない。

 そう彼女は語る。


「頭が高いぞ。地を舐めろ」

 

 グリゼルダが指を鳴らすと、さらに大量の氷柱がジェイソンを貫く。

 前後左右。

 彼の全身をめった刺しにしてゆく。


『この――クソ女……がぁ……!』


 赤い絨毯に鮮血が染みてゆく。

 ほんの数秒で、ジェイソンの命は飛び散った。


「――嘘だろ。一撃で殺すのかよ……」


 景一郎の頬を汗が流れた。

 

(俺がこれまで見てきたどんな魔法よりも強い)


 彼も以前は魔都で多くの冒険者を見てきた。

 優秀な【ウィザード】も知っている。

 それでも、それと比べてもグリゼルダの氷魔法は規格外であった。


(こいつの実力は――Sランクにさえ収まらないかもしれない)



「次はお前で構わんな?」


 グリゼルダの視線が景一郎へと向けられる。

 彼女はすでに、足元の死体への興味を完全に失っていた。


「ッ…………!」


 ほんの少し彼女の腕が動いた。

 それに気付くと同時に景一郎は大きく後退する。

 過剰といえるほどに彼はグリゼルダと距離を取る。

 結果的にそれは――正解だった。


「なんて規模の氷魔法だよッ……!」


 景一郎の視界を氷が覆う。

 ほんの一瞬で、彼がさっきまでいた場所に氷の結晶が作り出されたのだ。

 少しでも対応が遅れていたら、あるいはもう少しでも近くにいたら。

 すでに景一郎は氷の中で眠っていたことだろう。


 氷魔法そのものはオーソドックスなスキルだ。

 しかしグリゼルダの魔法はそのクオリティが違う。

 威力も、攻撃範囲も、発動スピードも。

 そのすべてが規格外。

 彼女を魔法使いという枠に当てはめて考えてしまえば一瞬で殺されることだろう。



「【矢印】×2+【炎】」



 景一郎の手中で火炎が渦巻く。

 氷には炎。

 幸いにも、景一郎は氷魔法に対して相性の良い攻撃手段を有している。


「行けッ……!」


 景一郎の号令と共に、圧縮された火球が射出される。

 バレーボールサイズにまで凝縮された炎。

 その熱量が人体に触れたのなら――焼けるのではなく()()()


「…………ほう」


 火球がグリゼルダの氷魔法と衝突する。


 直後、周囲に白い霧が広がった。

 一気に氷が溶けたことで、大量の水蒸気が発生したのだ。



「――なるほど」



 グリゼルダの声が聞こえた。


 水蒸気が生み出した濃霧。

 その先に、彼女の姿が浮き彫りになってゆく。


「いくら威力を集中させていたとはいえ――魔法の撃ち合いで出し抜かれたのは久方ぶりだな」


 グリゼルダは玉座の上でそう称えた。

 彼女の前方には氷の防御壁が形成されており、当然のように無傷だ。


「――防御も固いのかよ」


 景一郎の火炎弾は、グリゼルダとの魔法の撃ち合いを制した。

 だが、彼女自身には届かなかった。

 氷の壁に阻まれてしまった。


(玉座から立つ必要さえないってわけか)


 グリゼルダは玉座を立つこともない。

 それは絶対の自信の表れ。

 どんな攻撃も氷の防壁を破れないと自負しているからこそ、回避行動に移る必要性を感じていないのだ。


「景一郎様っ!」

「明乃――!?」


 ボス部屋の入り口から明乃の声が響いた。

 ジェイソンとの戦いの中で、景一郎は彼女を置き去りにしてしまっていた。

 それでも彼女はどうにか景一郎を追ってきたのだ。


(ついてきていたのか……!? いや――だけどこの状況ならむしろ)


 ここは危ない。

 そう警告しようとしたが、思い直す。

 彼女の存在は、グリゼルダの魔法を攻略する糸口となりえるからだ。


「【レーヴァテイン】ッ!」


 明乃を無視して景一郎へと向かう氷魔法。

 それを彼女は――炎剣で薙ぎ払った。


「――――良い剣だな」


 宙を舞う氷の破片。


 それを眺めているグリゼルダ。

 追撃は、ない。


 彼女は何をするでもなく、ただ明乃の炎剣を見ていた。

 グリゼルダから見ても、彼女の【レーヴァテイン】は業物らしい。


 炎属性の最上級武器。

 ある意味で、グリゼルダに対してもっとも有効なカード。

 明乃はそれを持っていた。


「景一郎様! この隙に――!」

「ああ――――【矢印】×2+【重力】」


 現在、すべての氷は蒸発している。

 仕掛けるなら今しかない。


「なるほど。先程とは違う攻撃か」


 グリゼルダは重力砲を見てそう呟いた。

 そしてこれまで通り、氷で壁を作って防ぐ。


「っ……!」


 違いがあるとするのなら、圧縮された重力が容易く氷を削り取ったことだろう。

 

 景一郎の重力砲が氷壁に穴を穿った。

 黒い重力の砲弾は、そのままグリゼルダを狙う。


 重力砲はすでにグリゼルダのすぐ前方に迫っている。

 そこまで追い込まれて初めて、彼女は動いた。

 グリゼルダは跳び、玉座を離れた。

 重力砲が玉座を呑み込む。


 一方で、グリゼルダはその場を離れ、階段下に着地する。


「――皇女である我と同じ目線で物を見るか」

「そっちが降りて来たんだろ?」


 そのおかげで、景一郎とグリゼルダは同じ目線で対峙することとなる。

 これまでの彼女は、座して魔法を撃つだけだった。

 玉座を破壊された彼女がどう動くのかは、まだ予想しきれない。


「不遜な輩め」


 そう口にするグリゼルダ。

 しかし怒り狂う様子はない。

 玉座を破壊してなお、まだ彼女の心を芯から揺らすことはできていない。


「まあよい。傲慢の対価は、我が直接取り立ててやろう」

 

 ただ冷静に、彼女は次の一手を打つ。


 グリゼルダの手元に収束する冷気。

 それは形を成し――剣となる。

 細身の剣、いわゆるサーベルだ。


「!」


 グリゼルダが地を蹴る。

 縮まる間合い。

 彼女の動きは――速い。


(こいつ……接近戦もできるのか)


 景一郎は氷剣を受け止める。


 グリゼルダを通常の魔法使いと同一視していては痛い目に遭う。

 そう思っていたのに、それさえも楽観論だった。

 

(スピードアタッカー並みに速い攻撃――なにより、巧い)


 魔法型とは思えない速力。

 なにより彼女の剣からは――剣術の存在を感じる。


 本能や勘で振るっているのではない。

 彼女の剣は、経験と鍛錬に裏打ちされたものだ。

 だからこそ彼女の攻撃は、実際の速度以上に鋭く感じてしまう。


「モンスターってのは、誰かから剣術を習ったりするのか?」

「どうだろうな」


 景一郎の問いを、グリゼルダは受け流す。


 武器を使うモンスターは存在する。

 しかしそのほとんどは力任せに振るうだけ。

 上級のモンスターでも、グリゼルダほど緻密な剣さばきは不可能だ。

 ましてフェイントを織り交ぜた立ち回りなどさらにありえない。


 しかしグリゼルダは、それを当然のように行っていた。


「魔法戦は論外。剣比べもちょっと旗色が悪いな」


 本格的な撃ち合いになれば、規模・速度ともに優れたグリゼルダが勝つ。

 剣術勝負でも、わずかに彼女の手腕のほうが優れている。

 

(狙うとしたら、剣にも魔法にも適さない中距離)


 剣と魔法。

 どちらでも勝てないのならその中間――どちらを使うのか判断を迷うような間合いで勝負する。

 どちらの分野でも勝てないのなら、とっさに戦術を切り替えられるかの判断力で争えばいい。


「【矢印】」

「もう見飽きたぞ」


 直後、グリゼルダが氷剣を横一線に振るう。

 どう考えても景一郎は間合いの外。


 だが彼女の攻撃は無意味などではない。

 剣の残像をなぞるようにして、扇状に氷撃が放たれた。


「魔法剣術も使えるのか――!」


 景一郎を覆い隠すように氷魔法が襲い来る。


「トラップ【炎】!」


 迫る氷の津波からは逃げられないと判断した景一郎。

 彼は展開したトラップを殴りつけ――爆発を起こした。

 自分の足では逃げられなくとも、爆風の反動でなら離れられる。

 景一郎は炎トラップの反動を使い、グリゼルダの有効射程から抜け出した。


「景一郎様。大丈夫ですの?」

「今のところはな」


 駆け寄ってきた明乃にそう返す。


 ほとんど捨て身のトラップ発動だったこともあり、腕には火傷が広がっている。

 さっきのような強引な回避は、何度も使えるものではない。


(どの間合いも超一流。どう立ち回っても優位を取れない)


 非の打ちどころのない魔法の性能。

 接近戦に持ち込んでも、高い技術で迎撃してくる。


 あらゆる状況にも柔軟に対応できるオールラウンダー。

 それがグリゼルダの強みだ。


(突破口が――見えない)


 グリゼルダ。

 彼女は間違いなく、これまで戦った誰よりも――強い。


 これまでのモンスターの常識が通じないグリゼルダ。

 彼女の能力はすでにSランクの領域にさえ収まらないほどで――



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