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4章 10話 最弱VS最強

「ここは――ダンジョンか」


 それはまるで宮殿だった。


 白雪のように曇りのない壁や天井。

 西洋風の建物の中に景一郎はいた。


 周囲にモンスターの気配はない。

 しかし状況から考えて、ここはダンジョンなのだろう。


「ここは――」


 そんなことを考えていると、床に倒れていた明乃が起き上がる。

 本来ならゲートから突入すると同時に意識を失うなどありえないのだが、今回ばかりはかなり乱暴な侵入をしたのでそうした不具合が生じたのだろうか。


「明乃。大じょ――」

「景一郎様! なんでこんなことを――!」


 景一郎が声をかけたとき、その声を遮るようにして明乃が叫んだ。

 彼女の表情から覗くのは怒りと、後悔だった。


「ここはSランクダンジョンですのよ……! 万全な状態でもないのに、こんなダンジョンに潜ってしまえば……!」


 今回の件は、彼女にとっても理不尽な出来事だった。

 しかしそんなことよりも、明乃には景一郎を巻き込んでしまったという事実のほうが大きかったのだろう。

 だから、自分を助けるために危機を冒した彼を非難するのだ。


「そうか。Sランクダンジョンだったのか」


 景一郎は天井を見上げた。


 さすがにあの状況でダンジョンのランクまで考える余裕はなかった。

 ここがSランクダンジョンであるというのなら、明乃が必死に止めようとしたのにも納得がいく。



「でも、やっぱり知っていても俺の行動は変わらなかったと思う」



 それでもきっと、景一郎はこのダンジョンに飛び込んだのだろうけれど。

 難易度が高くとも、明乃を見捨てるだけの理由にはならない。


「というわけで……2人で帰るぞ」


 景一郎は手を伸ばす。

 結局のところ、2人はこのダンジョンに入ってしまっていて、クリアしなければならないのだ。

 それならば、そのための行動を始めるしかない。


「……はい」


 明乃はゆっくりと手を伸ばし、景一郎の手を掴んだ。


「よっと」

「っ……!」


 景一郎が腕を引くと、明乃は勢いよく立ち上がる。

 ――勢いが良すぎて、そのまま彼女の体を抱きとめることになってしまったが。


「あの……景一郎様?」


 景一郎の胸板に体を押し付けたまま、明乃は彼を見上げる。

 

「そういえば俺が渡した指輪……着けてるんだな」

「それ……今頃おっしゃいますの?」


 景一郎が握った明乃の手。

 白魚のように白く細い指には指輪が着けられていた。


 それは景一郎が初めて単独クリアしたダンジョンで手に入れたもので、炎属性の攻撃を強化するというものだ。

 記念品ということでプレゼントしていたのだが、今でも律義に着けていてくれたらしい。


「【レーヴァテイン】と相性も良いので――」


 そう言って、明乃は指輪についている赤い宝石を撫でた。


「でも明乃なら、もっと性能の良い装備を持っていたんじゃないか?」


 彼女は名家――それも冒険者関係の事業を行っている一族の一員だ。

 そんな彼女なら、あの指輪の倍くらい高性能な属性強化装備を持っていそうなものなのだが。


「この指輪が一番、わたくしを強くしてくれると思っただけですわ」


 明乃はそう微笑んだ。


「?」


 景一郎はその意図が分からずに首をかしげる。

 もしかすると彼の見立てが間違っていて、あの指輪が実はかなりの逸品だったりしたのだろうか。

 などと思ったが――あまりしっくりこなかった。


「――そういえば、さっきの奴はどこだ?」


 景一郎は周囲を見回す。


 一緒に突入したはずの男――ジェイソンがいない。

 てっきり近くにいるものと思っていたのだが。


「確かに……いないようですわね」

「結構、強引な入り方をしたからな……何かエラーでも起きたのか?」

「ダンジョン内のルールは未知な面も多いですので、断言はできませんわね」


 今でもダンジョンの研究は盛んに行われている。

 だが分からないことが多いのも事実。

 たった半世紀で、ここまで謎に満ちた世界を解き明かすことなど出来るはずもないのだ。


「協力も難しそうだし、あいつとは会わないように探索するか」


 聞いていた噂と、実際に見た感想。

 両面から見て、仲良くダンジョン攻略が可能な相手とは思えない。

 ならば鉢合わせしないように探索を進めるのが利口だろう。


 そう考えていると――宮殿の壁が吹っ飛んだ。


 崩れる壁面。

 大穴が空いた壁から――ジェイソンが現れた。


『見つけたぜ糞野郎が……!』


 苛立ちを露にするジェイソン。

 彼の手には武器が握られていた。


 鈍器のようにも見える大剣。

 見ているだけで重く、そして甚大な破壊力を有していることが分かる。

 あれを軽々と震えるのは、彼が【バーサーカー】だからこそだろう。


「あー……これはヤバいな」


 景一郎はそう漏らす。


 ジェイソンの目は景一郎たちへと向けられている。

 彼にとってはモンスターもダンジョンも二の次でしかないのだろう。

 彼にとっては、苛立ちの原因である景一郎たちの排除こそが最優先事項なのだ。


 駆けだすジェイソン。

 どうやら本当にここで戦い始めるつもりらしい。

 景一郎も迎撃のために構える。


「本気でヤバいな――俺、英語分からねぇ」


 残念ながら景一郎は――【聖剣】の中で一番成績が悪かった。



 控えめに言ってもこの宮殿は広い。

 広間は言うまでもなく、廊下でさえも10人以上の人間が並べるくらいの幅だ。

 しかし、それでも。

 それでも、Sランク冒険者が全力を振るうには狭すぎる。


「これがダンジョンじゃなかったらと思うとゾッとするな」


 崩落してゆく壁へと目を向け、景一郎は息を吐く。

 あの破壊を行ったのはジェイソンだ。

 たった一撃。

 それも――直接当たっていない一撃が風圧だけで壁を砕いたのだ。


(モンスターのいない異質なダンジョンか)


 だが景一郎にはもう1つ懸念があった。


 それは一向に現れる気配のないモンスター。

 これだけの大音量で戦い。

 それこそ壁を破壊し、いくつもの部屋を渡り歩いた。

 だというのに1体さえモンスターの姿が見えない。

 これまで見たことがないタイプのダンジョンだった。


(正直、嫌な感じはするけど――今回は運が良かった)


 さすがにモンスターの溢れるダンジョンが戦場となると、ジェイソンの相手をする余裕はなかっただろう。


「【矢印】」


 景一郎は空中に矢印を展開する。

 そしてウエストポーチから抜き出した武器を――矢印に投げた。

 矢印に触れた武器は軌道を変え、ジェイソンへと襲いかかる。


(あいつは防具を着ていない)


 ジェイソンは武器を持っている。

 だが、服は普通のものだ。

 鎧を着こんでいるのならともかく、防具を着ていない彼になら――


『おらぁぁぁぁ!』

「――マジか」


 思わず景一郎はそう漏らした。


 弾丸のように射出された武器がジェイソンに当たった直後、金属音とともに弾かれたのだ。

 彼の肉体は下手な鎧よりも固いらしい。


「ほんと固いな……!」


あれでノーダメージとなると、景一郎が取れる手段は限られてくる。


「【矢印】」


 次の一手。

 景一郎が展開した矢印は――ジェイソンの武器を受け止めた。


 力任せに振り下ろされた一撃。

 その軌道はゆがみ、ジェイソンの足に叩きこまれた。

 彼が振るった刃が、彼自身の足を襲う。

 骨には到達していないようだが、ここで初めてジェイソンは傷らしい傷を受けた。


『がッ……!』

「さすがに……自分の攻撃は効くだろ」


 景一郎は笑う。


 ジェイソンは優秀なパワーアタッカー。

 その職業【バーサーカー】は最強の攻撃力と、トップクラスの防御性能を誇る。

 トップとトップクラス。

 であれば、ジェイソンの攻撃力が彼自身の防御力を上回るのは当然のことだ。


『クソがッ!』


 怒り狂ったジェイソンが左腕を振るう。

 しかし景一郎はそれを躱し、距離を取った。


(強くて速くて固い。でも、モーションはでかくて隙も多い)


 一撃で敵を倒せる攻撃力。

 攻撃が直撃しても傷つかない防御力。

 それがジェイソンの戦闘スタイルを攻撃特化へと導いたのだろう。

 威力がすべて、反撃もカウンターも怖くない。

 それが彼の強さ。


「【矢印】×2+【重力】」


 ジェイソンは回避を軽視する。

 自分の体にダメージを入れることのできる攻撃などそうそうないと自負しているから。

 ならば、その慢心を突く。


「そんだけ隙だらけなら、思い切り大技をぶち込めるッ……!」


 景一郎の手元で重力弾が生成される。

 これは彼が持つ攻撃手段の中で、もっとも高威力のものだ。

 致命傷を与えかねない攻撃だが、今回は仕方がないだろう。

 ジェイソンの無事にまで気遣う余裕はない。


 そう覚悟を決め、景一郎は重力砲を射出する。

 黒い砲弾。

 それをジェイソンは左手で受け止め――弾いた。

 弾かれた重力砲は白い壁を突き抜けてどこかへ飛んで行ってしまった。



「おいおい……マジかよ」

『…………マジかよ』



 残された両者は驚愕の声を漏らす。


 景一郎は最高威力の一撃を防がれたことに。

 ジェイソンは攻撃を防いだ反動により左手の指が何本も折れたことに。


『ひょっとしてお前――Sランクか?』

「ん? Sランク……まあ、このダンジョンはそうなんじゃないか?」


 ――とっさのことであまり聞き取れなかった。


 しかし、どうしたのだろうか。

 ほんの少し、ジェイソンの目が変わったような気がする。


 これまでが敵を見下したような目だったとするのなら。

 今の彼は――獲物を見つけた獣の目をしている。


『Sランクか……なら、手加減はいらねぇよなぁッ!』


 ジェイソンは全身の力を込めて大剣を振り上げた。

 腕だけで振るうような軽い一撃ではない。

 背筋、腹筋。

 すべてを動員した斬撃。

 それは宮殿の床をめくり上げ、景一郎へと向けて撃ち出す。


「【矢印】ッ……!」


 砂嵐のように迫る瓦礫の破片。

 その攻撃範囲は広く、躱すのは現実的ではない。

 ゆえに景一郎は大量の矢印を盾として展開する。


「【矢印】……! 【矢印】……!」


 瓦礫と剣圧。

 無数の衝撃によって矢印が大量に消費されてゆく。

 矢印を追加してゆくが、矢印はみるみるうちに減ってゆき盾としての役割を失ってゆく。


『おらぁぁッ!』


 その時、ジェイソンが景一郎に肉薄した。

 ジェイソンの斬撃により、周囲には砂埃が蔓延している。

 そのせいで彼の動向を察知するのが遅れたのだ。


「やっば……!」


 ジェイソンは近接特化。

 彼の間合いに入ってしまえば、勝ち目はない。


 ジェイソンが横薙ぎに大剣を振るう。

 あれを食らえば、腰から真っ二つ。


「…………!」


 だから景一郎は――足元の矢印を踏んだ。


 この矢印は、彼が緊急回避用にセットしておいたものだ。

 その向きは後方。

 不測の事態が起こったとき、ジェイソンから距離を取れるように展開していたのだ。


 矢印に引かれ、景一郎の体が下がってゆく。

 だが――間に合わない。

 完全にジェイソンの間合いから逃れることはできていない。


「ッ……!」


 景一郎は短剣で身を守る。

 触れたのはジェイソンの大剣の刃先。

 掠めるだけの攻撃。

 なのに景一郎の体がその衝撃で大きく吹き飛ばされた。

 

「ッッ…………!」


 大きく変わる視界。

 景一郎の体は勢いよく宮殿の壁に叩きつけられ、貫いた。

 いくつもの壁を貫き、固いものにぶつかったことでようやく景一郎の体は停止した。


「……衝撃を殺せてなかったら、死んでたな」


 景一郎は立ち上がる。

 派手に吹っ飛ばされたものの、矢印を使って下がっていたおかげで衝撃をかなり緩和できていた。

 あれのおかげで体へのダメージは少ない。


「?」


 立ち上がった景一郎は、背後に固いものがあることに気付いた。

 ほんの少し指が触れたとき、固く冷たい感触が伝わったのだ。

 彼が振り返ると――



「こいつは……ボス部屋か」



 そこにあったのは重厚な金属の扉だった。

 戦いながら移動しているうちに、彼はダンジョンの最深部に来てしまっていたらしい。


『おらぁぁぁぁぁぁぁぁッ!』


 ダンジョンに響く雄叫び。


 景一郎が声のするほうへと視線を向けた。

 叫んでいるのはジェイソン。

 彼が繰り出したのは――ドロップキック。


「! おい、ちょっと待てッ!」

 

 ジェイソンの靴裏が景一郎の顔面へと迫る。

 だが景一郎は蹴りをギリギリで躱す。

 一方で、ジェイソンはそのままの勢いでボス部屋の扉を蹴り破った。


「ぅぉ……!?」


 確かに景一郎はジェイソンの攻撃を躱した。

 躱した、はずなのに。


 まるで嵐のような暴風。

 ジェイソンのキックが起こした風圧に襲われ、景一郎の足が床から離れる。

 彼は風に自由を奪われ、そのままボス部屋へと叩き込まれた。



「ここは――」


 ダンジョンを宮殿というのなら。

 ここは王が座する場所だろう。


 これまで広いと感じていた部屋が可愛く見えるほどに広大な謁見室。

 曇りない純白の宮殿。

 それとは対照的に真っ赤なカーペットが入り口から玉座へと続いている。

 

 深紅の絨毯の向こう側にある玉座。

 そこには、このダンジョンの主と思われる者がいた。


 

「随分と――騒がしい刺客なのだな」



 そこにいたのは1人の女性であった。


 白く透き通った肌。

 眩しいほどに輝かしい金髪。

 そこにいたのは、絶世の美女であった。


 大人びた肢体を隠そうともしない純白のドレス。

 しかし彼女に恥じらいはない。

 むしろその圧倒的な美貌により、見ている側の人間が委縮してしまいそうだ。

 彼女の美しさは暴力に等しかった。



「ボスが……喋った……?」



 浮世離れした美姫。

 しかし彼女が纏う規格外はそれだけにとどまらない。


 モンスターが人間の言葉を操る。

 これまで聞いたこともない。


 確かに高ランクのモンスターは高い知能を有している。

 しかし人間――異種族の言語を操るモンスターなど聞いたことがない。


(Sランクモンスターは確かに知能が高いけど……ここまで流暢に喋れるものなのか?)


 そもそも、人間がモンスターに言葉を教えるはずがない。

 それにこのダンジョンは発生してから、景一郎たちしか入っていない。

 なら――なぜだ。


 なぜ彼女は――初めて聞いたはずの人間の言葉を使えているのだ。


「我はグリゼルダ・ローザイア」


 女性は名乗る。

 自らの『名前』を。

 種族名ではなく、自分だけの名前を名乗った。



「ちょうど良い。我も、決起の時まで退屈しておった」



 景一郎とジェイソン。

 2人の冒険者を前にして、彼女――グリゼルダは立ち上がることさえしない。

 むしろ深く玉座に腰かけ、脚を組む。


 グリゼルダは嗤う。

 美しく、それでいて残酷に。


「余興の1つや2つ、あるのだろう?」


 ダンジョンボスの登場――



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