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4章  7話 収束

「ん。これで一件落着」


 雪子がそうつぶやいた。

 

 すでに景一郎たちはゲートの外へと離脱している。

 本来の目的であったエリアボスの討伐も達成したため、一度探索を切り上げたのだ。


「大変な攻略になったな」


 景一郎は息を吐き出す。

 初めてのSランクダンジョンでモンスターハウスが発生するなんて限りなく低い確率の出来事だ。

 結果こそ良かったものの、心臓には悪い。


「気付いた時点で、解決に必要な戦力が揃っていたのは幸運でしたね」


 ある意味、菊理が口にしたことがすべてだろう。

 

 モンスターハウス現象が発生したダンジョン。

 偶然にも、そこに【聖剣】の2人が居合わせた。


 だからこそ、ここまで効率よく事態を収束させられたのだ。

 本来、モンスターハウス現象を止めるのは最低でも一日がかり、場合によっては数日を要する。

 発見から半日足らずで鎮圧したのは異常といってもいい手際だ。


「ああ。2人がいてくれて良かった」

「景一郎さんも、ですよ?」

「……………………そう、か」


 きょとんとした菊理が発した言葉。

 嘘偽りを感じさせないその声は、景一郎の心に沁み込んだ。


 おそらく、景一郎たちがいなくとも今回の件は解決しただろう。

 きっと彼の影響なんて、鎮圧までにかかる時間が多少縮まったくらいのこと。


 彼自身がそう思っているのに、菊理は彼の存在を認めてくれた。


 認めて欲しい人に、肯定してもらえた。

 そのことに感動を覚えないはずがなかった。



「…………んんぅ」


 詞は頬を膨らませてうなる。

 彼の視線の先にいるのは景一郎と――【聖剣】の2人だ。


(お兄ちゃんのああいう表情……初めて見たかもなぁ)


 半年。

 それが景一郎と知り合ってからの時間。

 確かに、長いとは言えない期間かもしれない。

 それでも濃密な関係を築いてきたという自負があった。

 あったのだが――


「どうなさいましたの?」

「お兄ちゃんがボクたち以外のパーティの人と仲良くしているのってフクザツな気分だよぅ」


 明乃の問いに、詞はそう吐露した。


 前を歩く景一郎の横顔は――嬉しそうだった。

 

 もちろん彼は詞たちと一緒にいても笑うことはある。

 だが【聖剣】の2人と談笑して見せる笑顔は――何かが違うのだ。

 

 【聖剣】は景一郎が小学生だったころからの幼馴染だという。

 だから彼女たちといるときは、景一郎は詞たちに見せないような笑顔を浮かべる。


 大切な人が、自分には見せてくれない笑顔を誰かに見せている。

 それはとても――寂しいことだ。


「ですが、仕方がないことですわ」


 そう言って、明乃は景一郎の背中を見つめている。

 彼女の瞳に宿るものは、詞とそれほど変わらない感情に思えた。


「あの方々は、わたくしたちよりも長く景一郎様と一緒にいて――」


 明乃は微笑む。

 だがその笑顔は彼女らしからぬ、分かりやすい作り笑顔だった。



「――景一郎様自身が、そこにいたいと思っている場所なのですから」



 最初から分かっていたこと。

 【面影】は景一郎の夢のための踏み台。

 そして彼が目指す着地点は【聖剣】なのだ。


 【面影】と【聖剣】――比べるまでもなかった。

 最初から結末の分かっているストーリーでしかない。


「いつか……景一郎さんは【面影】からいなくなってしまう」


 透流がそう漏らした。


 いつになるのかは分からない。

 それでも景一郎が【聖剣】に復帰することを認められた時には、【面影】というパーティは終わってしまう。

 少なくとも元の形を取り戻すことはない。

【面影】はある意味で、景一郎を慕う感情を基盤として生まれたパーティだから。



「……別に本人がそう望んでるならそれで良いでしょ?」

「夢の応援をするって言ったけど……ちょっと寂しいなぁ」


 きっと香子の言葉は正しい。


 すべてを決めるのは景一郎。

 大切な人が、大切な夢を掴む。

 それはきっと詞にとっても、嬉しいことでなければならないはずなのだ。


 ただ景一郎と【聖剣】の2人が語らうのを見ていると感じてしまうだけ。

 ――彼の夢が叶う日が、そう遠くはないことを。


「それでも。――応援するのでしょう?」


 明乃はそう問いかける。

 だから詞は――屈託なく笑った。



「もちろんっ。お兄ちゃんのことが大好きだからね」



 寂しさを紛らわせるように笑った。


「それにパーティが変わっても、ボクたちの関係は変わらないって分かってるから」


 いつか景一郎が【聖剣】に返り咲く日が来たとして。

 それが【面影】にとって最後の日だったとして。

 それで関係が途絶えるわけではない。


 パーティメンバーでなくとも友達のままで。

 最強のパーティで活躍をする景一郎の噂を聞いて『あれはボクたちのパーティリーダーだったんだ』だなんて自慢気な気持ちを抱いて。

 そういう日々が続いていくはずだ。


「――何があっても、変わらないって信じてるから」


 それくらいは、運命も許してくれるだろう。



「景一郎君。今回の件で分かった」


 談笑の最中、雪子はそう切り出した。

 ほんの少しの声音の違い。

 それだけで、彼女の話題がこれまでの雑談とは違うことが分かった。


「景一郎君は、ここで生きていけるくらい――強くなった」


 雪子が口にしたのは、景一郎の実力を認める言葉。

 彼が魔都に挑む資格があるのかを念入りに試そうとした雪子。

 その結果、彼女は景一郎の力を認めたのだ。


「でも、だからこそ忠告」

「――――あの方、ですね」


 雪子の言葉に菊理が顔を曇らせる。


「?」


 話の流れから、別に景一郎を魔都から退けようという話ではないだろう。

 彼の実力不足を指摘するものでないとして、彼女たちは何を忠告しようというのか。


「今、オリジンゲート攻略のためにアメリカから助っ人が来てる。名前はジェイソン・D・カッパー」


 雪子が切り出したのは、とある冒険者の話だった。


「正直、素行は最悪。すでにかなりの数の問題行動を起こしてる」


 海外からわざわざ派遣された冒険者。

 素行の悪い冒険者は一定数存在するが、雪子がわざわざその冒険者について忠告してきた理由。

それは――


「というと――」

「いくら海外からの助っ人とはいえ、もうそろそろ監督官も動かなければならないほどです」

「……それは相当だな」


 景一郎は眉を寄せる。


 監督官は、冒険者の警察だ。

 順々に上司を辿っていけば、最後は政府にいきつく。


 ゆえに国家の思惑にその行動は制限される。

 国家主導の計画遂行ために呼び寄せられた冒険者となれば、監督官はかなり甘い目で見なければならなかったはず。

 政府の意向に従い、最大限見て見ぬふりをしてきたはずだ。


 それでも看過できないとなれば、その行動がどれほどのものか考えたくもない。

 ――最悪、法に触れかねないことを繰り返しているというわけだ。


「暴力沙汰は当たり前。しかもSランクだから手が付けられない」



「あいつの職業は【バーサーカー】――()()()()()()()()()()



 雪子が告げたのは、件の冒険者の職業。


 【バーサーカー】というのはパワーアタッカーに分類される職業だ。

 全職業最強のパワー。

 魔法もスキルも少ないが、肉体強度はタンク向きとされる上級職よりも高い。


 最強の攻撃力、最高クラスの防御力。

 それを兼ね備えるからこそ【バーサーカー】はアタッカー最強の職業と呼ばれるのだ。


「あいつと揉め事を起こしても、損しかしない」


 雪子の語る人物像に誤りがないのなら、平和的な話し合いが通じる相手ではない。

 しかも実力はトップクラス。

 雪子の言う通り、関わるだけこちらが損をする相手だ。


「だから気を付けておいて欲しい」

「私たちでも、彼を止めるのは一苦労ですので」

「そんなに強いのか?」

「ええ」


 菊理は頷く。



「――殺しても良いなら話は別ですが」



 ――くすっ……。

 菊理はほの暗い笑みを浮かべてそう漏らした。

 どうやら、ジェイソンという冒険者にはかなり手を焼かされているらしい。


「ま、まあ……話は分かった。気を付けておく」

「ん。あんなのに景一郎君の道が邪魔されるのは不愉快。だから頑張って」

「おう」


 夢の邪魔をされたくないのは景一郎も同じこと。

 ありがたく忠告を受け入れる。


「ゆっこ。菊理」


 景一郎が呼びかけると、雪子と菊理が振り返る。

 憧れの人であり、幼馴染。

 そんな2人に、景一郎は笑いかけた。



「絶対に俺も、オリジンゲート攻略に行くからな」




「ごろにゃーん」


 縁側で白い少女はそう鳴いた。


 白い少女――天眼来見の視線の先にいるのは猫だった。

 猫は和風の庭園――いわゆる枯山水を我が物顔で闊歩している。


 来見は猫じゃらしを揺らし、猫の注意を引きつけた。


「おっと」


 猫の注意を十分に引いたと思えるタイミング。

 そこで来見は――猫に飛びかかった。


 とはいえ、来見に冒険者としての身体能力はない。

 それどころか片足に障害があり、歩行には杖が必要な身。

 そんな彼女の瞬発力では、猫を捕えることなどできなかった。



「君は素早いかもしれないけれど、運命の掌からは逃げられないのさ」



 とはいえ、跳んで逃げた猫の着地地点を予測し、見事に捕まえて見せたのだけれど。

 速さ比べでは勝ち目がなくとも、来見が誰かに先読みで負けることなどありえないのだ。


「ぁぅ……」


 その時、来見の顔面に痛みが走った。

 それは捕えられた猫の反撃。

 爪による一撃が、来見の顔に炸裂したのだ。


 可能性として察知していても、痛みに体が反応してしまうのは本能だ。

 反射的に身を引こうとした来見は、踏ん張り切れずにその場でひっくり返る。

 とっさに身を守ろうと受け身を取ったことで、猫は彼女の手中から逃れてしまった。


「ふむ。暴力か。策謀に対してもっとも有効なカウンターだね」


 暴力は即物的で、時に低劣とされる。

 だが知力や権力に対して有効なカードでもある。

 知力も権力も、眼前に迫る拳を受け止めてはくれないのだから。


 来見は縁側に倒れ込んだまま、そんなことを思っていた。



「――何やってるワケ?」



 そんな彼女に声をかける存在が現れた。


 黒髪に、幾何学の瞳。

 美しいはずなのに、それよりも不気味さが先んじてしまう不穏な少女。

 彼女はリリスと名乗っていた。


 彼女は来見のお友達。

 友達ではなく、お友達。

 お友達ごっこと言い換えても良いかもしれない。


「おや。リリスちゃんじゃないか」


 来見は寝そべったままリリスを見上げた。



「簡単なことだよ。運命を調整していたのさ」



 そう言って、来見は笑う。

 そんな彼女に対するリリスの反応は――ため息だった。


「猫とじゃれているようにしか見えなかったんだケド」


 リリスの言葉は正しい。

 しかし、正しいが満点の回答とは言えない。

 いわば歴史上の人物の名前を問われ『生物』と答える程度の正しさだ。


「うん。それだけさ。しかし結果として、君はここで足を10秒止める。それによって、君はあそこの廊下で出会うはずだった執事と出会わない」


 来見は廊下を指で示した。

 廊下がちょうど十字に交差している部分。

 そこを初老の男性が横切った。


「これが、運命を調整するってことさ」


 もし来見がいなければ、あのままリリスは歩き続けていた。

 そしてあの交差路で、あの男性と面識を持っただろう。

 ――そこに意味があるのかはともかくとして。


「出会いは偶然、別れは必然。であれば、出会いを操ることは簡単なのさ」


 いわば意図的なバタフライエフェクト。

 蝶の羽ばたきによって、地球の裏側で竜巻が起こるのではない。

 地球の裏で竜巻を起こすため、目の前にいる蝶を完璧なタイミングで羽ばたかせるのだ。

 天眼来見にはそれができる。


「運命の2人を引き裂くことも、出会うべきではない宿敵と鉢合わせさせるのも。すべて私の胸先三寸というわけなんだ」

「…………」


 寝転がったまま来見は両手を広げる。

 呆れた視線で見下ろすリリス。

 それを無視して、来見は演説を続けた。


「さぁて、景一郎君。君は、次はどんな子と出会いたいかな?」




「今度会える子が――――いい子だと良いね?」


 次回から4章も後編に。



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