4章 6話 雷より迅く
「っと」
景一郎が横に跳ぶと、直後に脇を雷撃が通り過ぎてゆく。
雷撃は厄介だ。
雷系の攻撃に耐性がある武器や防具でなければ、攻撃をガードしても電流が体まで流れ込んでしまう。
そして、よほどの理由がない限り、わざわざ雷撃に耐性のある装備で身を固めることはない。
ダンジョンの脅威は雷だけではないのだから。
となれば必然、雷撃に対するもっとも一般的な対策は『回避』だ。
「さすがに速いな」
当然といえば当然なのだが、雷撃の射出速度は速い。
さすがに本物の雷には劣るはずだが、一般人――いや、冒険者であっても半数ほどの人間は目視できないほどのスピードを叩き出す。
「それにしてもキッチリ狙ってくるな……」
景一郎は笑みをこぼす。
これまで【聖剣】の皆が戦うところは何度も見てきた。
だが自分が直接刃を交えたことで、敵の高度な技術を痛感する。
モンスターという言葉のイメージからは想像しづらいが、等級の高いモンスターは知能や技能においても一流。
ただ漫然と標的を狙うだけなどという二流止まりの振る舞いはしない。
相手を誘導するため、あえて当てない捨ての一撃。
そうやって景一郎の退路を少しずつ潰してゆく。
このまま続けていれば、いずれ回避不能の一撃が飛んでくることだろう。
「矢印」
――景一郎のスキルが、雷神にとって最悪の相性でさえなければ。
景一郎は眼前に大量の矢印を展開する。
いわば【矢印の盾】だ。
「やっぱり足を止めておけたのが大きいな」
迫る雷撃が矢印の盾に衝突する。
しかし、雷撃は矢印によって軌道を捻じ曲げられ、はるか彼方へと外れていった。
現在、雷神は重力トラップで拘束されている。
ゆえに雷撃がいくら速くとも、飛んでくる方向はいつも一定。
ならばその方向へと常に矢印を待機させておけば、攻撃を弾くのは容易い。
「時間制限がないなら、じっくり撃ち合いたいところだけど――」
景一郎は矢印を壁にして駆けだす。
雷神討伐までのリミットは、あと15分程度。
遠くで地道に削れば安全に倒せるが、15分に間に合うかは微妙だ。
ならば、近づいて致命打を叩き込むしかない。
迫る雷撃。
しかしそれは、すべて景一郎の前方で散り散りに外れてゆく。
その間に景一郎は雷神へと迫った。
距離は5メートル。
攻撃まで1秒と必要ない間合い。
しかし――
「っ……!」
――雷神の太鼓がヒビ割れた。
直後、雷神を中心として青い爆発が起こる。
「無差別に放電したのかッ……!」
光の正体は雷撃。
全方向へと、なんの調節もなく全力で雷を放ったのだ。
技術の欠片もない暴力。
ゆえにその数と威力だけは、先程までの比ではない。
「矢印が……!」
景一郎の盾となっていた矢印が急激に減ってゆく。
矢印が軌道を変えられるのは、1つの矢印につき1つだけ。
ゆえにその弱点は――連射攻撃。
どんな高威力の攻撃でも弾けるが、どんな低威力の一撃でも一定回数しか弾けない。
それが矢印の盾の欠点だ。
そして、今回の攻撃はその急所に刺さってしまった。
「矢印!」
景一郎は足元に矢印を展開し、急いでその場を離脱した。
彼が距離を取った直後、矢印の盾の損耗は限界を超え、雷撃が盾を貫く。
――判断が遅れていれば直撃を食らうところだった。
「とはいえ……無駄な攻撃ではなかったみたいだな」
景一郎は雷神の背へと視線を向ける。
そこにある太鼓は――すべて破損していた。
「さっきの感じからすると、あの放電を使うと太鼓が壊れて雷撃が撃てなくなるのか」
とはいえ太鼓は少しずつ再生を始めている。
時間にして約10秒か。
高出力と引き換えに、10秒間だけ雷神は無防備になる。
――動くことができたのなら、雷神はスピード任せに時間を稼いだことだろう。
しかし重力に拘束されている今なら、一発の放電をやりすごせばそのまま狩れる。
「――――」
(分かってる。選抜試験のことを思えば、ゆっこに手の内を見せるわけにはいかない)
来月、景一郎たちはオリジンゲート攻略チームに入るための選抜試験を受けなければならない。
そしてその内容は、【聖剣】との直接対決。
試験について細部が不明とはいえ、スキルは隠しておいたほうが有利であることは明らか。
(でも――見せたい。ここまで強くなれたんだって、1秒でも早く知って欲しい)
そう思ってしまう。
【面影】のスキルアップのため、力を借りずにエリアボスを倒す。
そうはいったものの、それはきっと建前だ。
景一郎は知って欲しかったのだ。
自分の、仲間の強さを。
それを証明しなければ【聖剣】は納得しないから。
試験を通っても、彼女たちが心の底から納得していなければ意味がない。
そうでなければ『肩を並べる』とはいえない。
だから、早く知って欲しい。
出し惜しみなく、景一郎の力を。
「【操影・異形】」
景一郎が唱えると、彼の影が異形へと変貌する。
サンショウウオのような漆黒のモンスター。
それは彼のスキルで呼び出された使い魔だ。
「【矢印】」
景一郎は異形に矢印を貼り付ける。
そうすれば、多少の雷撃は弾けるはずだ。
「行け」
彼の号令で、異形が雷神へと走り出す。
ただただ単純な突進。
(前より……強くなってる?)
だが、その力強さが以前とは違う。
ナツメと戦った際よりも、速く、重い。
最初は気のせいかとも思ったが、サイズも増しているように見えた。
(こいつ、俺の成長に合わせて強くなるのか)
何もおかしなことはない。
本人が成長すればスキルも強くなる。
菊理の式神も、最初はあそこまで強くなかった。
ならが、影の異形が景一郎の成長に合わせて強化されるのも当然だった。
「【矢印】×2」
景一郎は異形の後方に立ち、異形へと矢印を撃ち込んだ。
前方へと向けられた矢印。
それは異形の巨体を加速させる。
巨体をそのまま武器にした突進。
雷神は雷撃でそれを迎撃するも、効果は薄い。
「まあ――そうなるよな」
となれば――放電で対抗するしかなくなる。
Sランクモンスターがリスクを承知で行う大技。
さすがにそれは異形にも耐えがたかったようで、影の体が消失してゆく。
しかし――その代償はあまりに大きい。
「こうやって敵の攻撃を利用すれば――2つのトラップだけでも」
空気中を漂う放電の残滓。
それに景一郎は――触れた。
「【矢印】×2」
景一郎の手元で雷撃が収束し、球体となる。
原理そのものは【重力砲】と変わらない。
重力砲に必要なトラップは3つ。
攻撃の性質を決めるトラップ。
トラップを球形に押し固めるための矢印。
そして、射出のための矢印。
ゆえに必然的に3つのトラップを融合させることとなり体の負担が大きい。
しかし今回は違う。
敵の攻撃を利用し、攻撃の収束・射出のためだけにトラップを使う。
だからこそ体への負担が少なく、重力砲と同等の攻撃ができるのだ。
――――いわばこれは【雷撃砲】だ。
景一郎の手元から青白い光が射出される。
一方で雷神は動くこともできず、放電の影響で雷撃を撃つこともできない。
ただ、雷球が着弾するのを受け入れることしかできない。
――【雷撃砲】は雷神の攻撃に由来するものだ。
だからこそ雷神はある程度の耐性を有しているはず。
しかし――凝縮された一撃を耐え抜くには至らなかった。
雷撃砲の熱量が雷神の体を穿つ。
胸板を突き抜ける光の砲弾。
残されたのは、ぽっかりと風穴のあいた雷神の死体だった。
「――討伐完了」
☆
(お兄ちゃんがいないとやりづらいなぁ)
詞はふとそんなことを思った。
(いつも、お兄ちゃんはこんなに考えて戦ってたんだねぇ)
なんとなく上手くいかない。
いまいち、最後の詰めが甘い。
いつもなら勝負が決していたはずのタイミングで倒せない。
それはきっと、景一郎がいないからなのだろう。
(じゃあ一歩下がってぇ)
いつもより後方に位置取って、視野を広げる。
――香子が鎖鎌を投げた。
風神は回避動作に入りながらも、迎撃の準備を整えている。
狙いは香子だ。
「香子ちゃん、はい」
だから詞はナイフを投げる。
――香子に向かって。
ゆるい放物線を描くナイフ。
それは狙い通りのタイミングで香子の軌道上に落ちてゆく。
――風神が風の刃を放った。
三日月形の刃は半透明で見えづらい。
しかしそれを香子は、掴んだナイフで危なげなく弾いた。
「返すわよ」
「はぁい」
香子はナイフを投げ返してきた。
そのまま彼女は、戻ってきた鎌を空いたほうの手でキャッチする。
詞はナイフを受け取ると、再び戦場を俯瞰する。
(あの攻撃は当たらないけど、右側の攻撃は透流ちゃんの進路の邪魔になるなぁ)
続く風神の攻撃。
牽制なのか、放たれた3つの風の刃はどれも味方に当たらない。
しかし狙撃ポイントへと移動している透流にとってあの軌道の攻撃は邪魔になる。
さらに、少し動けば攻撃に割り込める場所に明乃がいた。
「明乃ちゃん。右の攻撃を止めて」
「分かりましたわ」
明乃は横に跳んだ。
彼女は盾を構え、横合いから風の刃を弾き飛ばす。
「透流ちゃんはレッツファイア」
「ん」
そのおかげで、透流は効率よく位置につけた。
――そこは風神の斜め後方。
透流の狙撃が風神の脇腹を撃つ。
(狙撃でヘイトを集めたらぁ)
いくら【隠密】で隠れていても、攻撃の直後は気配が見つかりやすい。
すぐさま風神は透流を見つけ出すと、彼女に向けて突っ込んできた。
「――包囲網のできあがりぃ」
――作戦通りとは気付かずに。
前方には透流。
後方には明乃。
左方には詞。
右方には香子。
風神は包囲網へと自ら踏み込んでいたのだ。
「ん」
透流はその場で風神を撃つ。
風神は風の壁で狙撃を通さない。
だが、動きが止まった。
「はぁッ!」
風神が動きを止めたことで、後方にいた明乃が風神の背中に追いついた。
彼女は盾を構えて風神の背中に突進する。
再び進もうとしていたタイミングでいきなり背中を押されたのだ。
風神はあっさりと体勢を崩される。
「終わらせてやるわっ」
体勢が崩れた風神を襲撃するのは香子。
彼女はより確実にダメージを与えるためなのか、武器を両手剣へと持ち替えている。
振り下ろされる刃。
しかし――
「「「ッ……!?」」」
風神が背負っていた袋が破裂した。
同時に吹き荒れる爆風。
暴力的な風は、その風圧で香子たちの体を吹き飛ばす。
風神はたった一撃で、絶体絶命の状況を覆したのだ。
――破裂した背負い袋が修復されている。
あれは1度使えば、再使用に時間が必要な大技だったのだろう。
もっとも――2度目を見る機会はないのだけれど。
「はい。時間差」
詞は【隠密】を解除する。
そのまま彼は空中でくるりと回転し――風神の首を斬り落とした。
☆
「あらあら。優秀なパーティなんですね」
それは菊理の率直な気持ちだった。
実際、彼女が手を貸す必要はなかったのだから。
「全員が高い能力を持ち、まだ伸びしろもある」
現在強いだけではない、これからもっと強くなる。
しかも聞いた話では、彼女たちはそれぞれ別の場所で活動していた冒険者だという。
にもかかわらずたった半年で、これほどの才能が景一郎の場所に集まった。
まるで奇跡のような偶然だ。
「それに、指揮官が2人いるというのも面白いですね」
戦闘開始直後、【面影】の動きは少し悪かった。
――おそらく、普段の指揮は景一郎が行っていたのだろう。
そのまま瓦解するようでは助けに入らなければならないと思っていたが、それは杞憂だった。
ごく自然な形で、詞が指揮をし始めたのだ。
少しぎこちなさはあれど、戦いが進むにつれて洗練されてゆく指揮。
間違いなく、彼は人間を率いる才能を持つ側の人間だった。
なにより、彼が指揮に慣れていなかった――つまり、景一郎がいる間はパーティの動きに口を出していなかったという事実が良い。
指揮官が複数いれば、指揮を受ける側は混乱する。
だが【面影】にその心配はない。
普段は景一郎が絶対的なリーダーとして君臨。
彼が不在の時にだけ、詞が指揮をする。
あくまで自分は代理なのだと、詞自身が弁えている。
おそらく、詞は景一郎に絶対的な信頼を抱いているのだろう。
2人の指揮官。
その間に明確な上下関係が存在しているからこそ、指揮系統が混乱しない。
地味だが、そういう『弁えた副官』は貴重だ。
「ゆっこさんの話では、選抜試験を目指しているということでしたが――」
景一郎たちの目的はオリジンゲート攻略戦のメンバーだという。
ゆえに彼らは来月の選抜試験で、菊理たちと対峙することとなる。
「ぅふふ……面白そうですねぇ」
そう思うと――愉しみになってきた。
菊理は唇を舐める。
大切で、愛おしい人。
そんな人が常識さえ覆して追いかけて来てくれている。
まして、自分を討ち倒そうとしているのだ。
嬉しくて、体が熱くなるのは必然のことだった。
「ともあれダンジョン内のモンスターの掃討は終わりましたしね」
とはいえ、まだ【面影】は未熟だ。
今の彼らが戦っても【聖剣】の一角を堕とすことさえ叶わない。
でも、まだこのパーティは伸びる。
あと1カ月。
それまでにいくつかの壁を越えたのなら――全力で潰し合える。
「共同ミッション達成、ですね」
――【面影】との戦いは、面白くなりそうだ。
次の話で4章前半終了です。




