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4章  5話 エリアボスを追え

「それじゃあ、これから私たちはモンスターハウス対策パーティ」


 そう雪子は宣言した。

 

 多分、彼女たちとしては景一郎の合流に思うところはあるのだろう。

 それでも雪子たちは景一郎がモンスターハウスの鎮圧に参加することを承諾した。

 ――棘ナツメを通して、景一郎の実力を聞いていたからというのもあるのかもしれない。


「で、リーダーは景一郎君で」

「は?」


 雪子に視線を向けられ、思わず景一郎は声を上げた。

 確かに彼女たちと共に戦いたいとは言った。

 だがリーダーになろうとまで思っていたわけではない。


「あらあら」


 そんな彼の反応が面白かったのか、菊理は柔和に微笑む。


「なんで俺がリーダーなんだ? 実力的にはゆっこか菊理が――」

「それは無理」


 雪子が景一郎の言葉を遮った。


「私たちは、景一郎さんのパーティのことをよく知りませんから」

「そもそも【聖剣】は個人プレイ主義。あんまり戦略的な動きはしない」


 ある意味、菊理と雪子の言葉は正論であった。

 指揮をする以上、メンバーの実力の把握は必須条件。

 そして【聖剣】の2人は【面影】のメンバーと面識がほとんどない。

 所有しているスキルもまったく把握していないことだろう。


 さらに雪子の言う通り【聖剣】はほとんど連携を行わない。

 というよりも、連携のパターンを決めていない。

 【聖剣】は幼馴染だけで構成されたパーティ。

 相手の考えていることはある程度分かるし、それだけで連携を成立させられるだけの能力がある。


 各々が好きなように動けば、なんとなく息が合う。

 そんなパーティなのだ。


「だから、リーダーに最も適性があるのは景一郎さんだということです」


 半年とはいえ、パーティのリーダーを務めた。

 そして【聖剣】と【面影】の両方を知る存在。

 理屈で考えて、彼が適任であるのは明らかだった。


「…………分かった」


 景一郎のワガママはすでに受け入れてもらったのだ。

 なら、そのワガママに見合うだけの働きはするべきだろう。


「それじゃあ、俺たちはエリアボスの討伐を担うってことで良いな」


 景一郎はそう確認した。


 ここには【聖剣】の2人がいる。

 戦力的に考えて、このパーティが適任だ。

 なにせモンスターハウスの状況下では、ただエリアボスを倒せばいいというわけではないのだから。


「ゆっこ。エリアボス以外の殲滅にはどれくらいかかる?」

「今のペースで行けば、雑兵の駆逐にかかるのは30分」


 雪子がそう弾き出す。


 ダンジョン内にいる冒険者とモンスターの数、実力。

 それらを加味しての推測。

 他ならぬ彼女の見立てだ。

 おそらく大きく外れてはいないのだろう。


「菊理。式神を総動員したとして、モンスターの増加を完全に止められる時間は?」


 景一郎は菊理に問う。

 まずモンスターの増加を止めなければ、モンスターハウス現象は終わらない。


 そして絶え間なくモンスターが湧きだすエリアはもっとも危険な場所だ。

 ならば、死んでも替えの利く式神を使うべきだろう。


「完全に……となると1時間くらいでしょうか」


 菊理の式神は100体。

 その能力はBランクからAランク。

 それでAランクモンスターの氾濫を1時間抑えられるのなら充分だろう。

 モンスターハウスの鎮圧で1番難しいのは、モンスターの出現を食い止めることなのだから。


「エリアボスを倒すタイミングは30分以上、1時間未満か」


 他のモンスターの殲滅が終わる前に倒しても、再びエリアボスが湧いてしまう。

 だから30分よりも早く倒しても意味がない。


 1時間以上かかってしまえば、エリアボスを倒してもモンスターハウスが終わらない。

 そうなれば再び振り出しに戻ってしまう。


 今回の討伐は、タイミングが肝なのだ。


「まずは30分以内にエリアボスを見つけるぞ」


 まずは30分までにエリアボスを見つける。

 そしてモンスターの殲滅が終わったことを確認してから、討伐を開始する。

 それが妥当な策だ。


「ええ」「おー」「ん」「分かってるわよ」

「うん」「行きましょうか」


【面影】にも【聖剣】にも、異を唱える者はいなかった。


こうして――【面影】と【聖剣】の共同攻略が始まる。



 菊理がすべての式神を使用している以上、チームの探索能力は大きく下がっている。

 そのためエリアボスを見つけるまでにかかる時間はかなり運の要素が強かったのだが――


「あれは――」


 岩場の影から景一郎はエリアボスの姿を捉えた。


「風神・雷神。Sランクモンスター」


 雪子がモンスターの名を口にした。

 

 風神・雷神。

 袋を背負った鬼――風神と、太鼓を背負った鬼――雷神。

 あれは2体で1つのボスとされるペアモンスターだ。

 どちらも空を飛んでおり、移動速度はかなりのものである。


「他のモンスターとは風格が違いますわね」


 初めて見るSランクモンスター。

 その力強さに明乃はそう漏らした。


 AランクとSランクではその強さが大きく変わる。

 初めて見る者には衝撃的だろう。


「あれがエリアボスで間違いないと思われ」

「速いうえにコンビモンスターか。時間制限を考えると厄介だな」


 雪子の言葉に、景一郎は息を吐き出す。


「このメンツだと……逃げを選択するでしょうね」

「Sランクモンスターは賢いからな」


 彼は菊理の言葉に同意した。


 Sランクモンスターとなれば、本能ではなく知能で敵の強さを理解する。

 自分では勝てないと瞬時に悟り、逃走を選ぶことだろう。

 しかも相手はコンビ。

 別々の方向に逃げられてしまうと面倒だ。

 どちらかを取り逃した時点で、タイムリミットを越えるのは確実となる。


「って言っても、捕まえなきゃ始まんないんでしょ?」

「見てるだけってわけにはいかないからねぇ」


 香子と詞がそう言った。

 

 エリアボスを見つけるのにかかったのは40分。

 すでに他のモンスターは討ち取ったという報告を受けている。

 だからあとは、景一郎たちがエリアボスを倒すだけなのだ。


「――景一郎さん」

「?」

「最初の一発は、絶対当てますから」


 そう言ったのは透流だった。

 

 風神・雷神がいるのは平野となっているエリア。

 今でこそ岩場の影に隠れているため見つかっていないが、攻撃を仕掛けようとすればほとんど確実に発見される。


「ああ。頼む」


 だが透流は違う。

 彼女の射程なら、ここからでも風神・雷神を狙える。

 確定で先手が取れるのだ。


「それじゃあ、こうしよう」


 景一郎は提案する。

 透流の初撃を活かし、より確実に勝てる方法を。


「まずは透流が風神を狙撃する」


 攻撃が当たれば、大なり小なり動揺する。

 その隙に囲めば、逃げられることはない。


「おそらく、風神が攻撃されたら雷神は逃げるはずだ。俺とゆっこで雷神を追って討伐する」

「ん」


 しかしそれは、攻撃がヒットしたモンスターだけの話。

 逆に言えば、被弾していないほうのモンスターは敵の存在を察知し、瞬時に動き始めるはずだ。

 だから――片方のモンスターは誰かが追いかけなければならない。


「他のメンバーは、協力して風神を倒してくれ」


 ここで風神を倒すチーム。

 雷神を追いかけて討伐するチーム。

 その2つに分かれて戦うことを景一郎は提案した。


「ちなみに、なぜ風神を狙撃」

「雷神は攻撃の性質上、金属製の武器を使いづらい。――みんなには戦いやすい奴を残しておきたくてな」


 雪子の問いに景一郎はそう答えた。


 もちろん作戦の成功率を下げるつもりはない。

 しかし彼には、ここで試しておきたいことがあったのだ。


「菊理」


 そのためのカギになるのは菊理だ。

 彼女が、彼の計画のセーフティラインとなる。



「タイムリミットは20分。残り5分になるまで――極力、手を出さないでくれ」



 菊理がいれば、風神の討伐は簡単かもしれない。

 だがあえて、彼女には裏方に徹してもらう。


「つまり、アタシたちだけでやれってこと?」

「ああ。菊理がいれば滅多なことは起こらないだろうし、これ以上ないチャンスだ。【面影】の今後のためにも、俺たちだけで討伐するつもりでいて欲しい」


 香子の言葉に景一郎は頷いた。


 安全な状況でSランクモンスターと戦える機会など普通はあり得ない。

 危険が迫ったり、タイムリミットが近づけば菊理が上手く処理してくれる。

 【面影】の戦力向上のためにも、できることなら彼女たちだけで風神を討伐させたい。


「不安か?」


 そう景一郎が笑いかけると、香子が赤くなった。

 ――怒りで。


「は、はぁ……!? そっちこそ、エリアボスを見失ったとか言わないでよねっ……!」

「分かってる。お互い頑張ろうな」


 景一郎はぽんと香子の頭に手を置いた。

 彼女は【面影】のエースアタッカーだ。

 攻撃の要を担うからこそ、彼女には頑張ってもらわねばならない。


「っ~~~~~~~~~~~~~~~!?」


 そんなことを考えていると、香子がさらに赤くなった。

 ――怒り、なのだろうか……?

 

「…………あらあら。これは……」

「景一郎君のパーティメンバーじゃなかったらシメてた」

「?」


 そんなことを菊理と雪子が話している。

 しかし景一郎には、その意図を読み取ることができないのであった。



「すぅ…………」


 透流は息を吸い込む。


 すでに作戦は固まった。

 あとは実行に移すだけ。


(私が……最初)


 そして、最初の一歩を踏み出すのは透流だった。


(もし私が外せば、両方のエリアボスが逃げる)


 風神を足止めし、雷神を追う。

 それが成立するのは、透流が風神を撃ち抜けるという前提があってこそ。

 もしも外せば風神と雷神は違う方向へと逃げてしまうだろう。


(そうなったら……間に合わない)


 話によれば風神・雷神はどちらも素早いモンスターなのだそうだ。

 だから、追いつけるメンバーは限られる。

 その限られたメンバーをさらに分断し、風神と雷神を討伐するのは難しいことなど明らかだった。


(絶対に失敗は許され――)


 だから最初の一手でありながら、透流の役割は取り返しのつかないもので――



「透流」



 その時、彼女の肩に手が置かれた。

 顔を上げると、そこにいたのは景一郎。

 彼は冷静な表情で語りかけてくる。


「俺はお前の狙撃を手伝ってやることはできない。でもフォローはできる」


 そして彼は、小さく微笑んだ。


「もし最初でつまずいたら、なんて考えなくていい。最初でつまずいたなら、あとで取り返してやる」


 景一郎はそう透流に言った。


「お前の仕事はお前にしかできない。だからお前が失敗しても、誰もお前を責めたりなんて出来ないさ」


 透流のほかにその役割を果たせる人間はいない。

 だからこそ、代わりにさえなれなかった者たちに彼女を責める権利はない。

 そう景一郎は語る。


 透流しかできないから透流に任せた。

 ならば、その結果まで含めて受け入れるのだと。



「まあ……あれだ、俺たちパーティだろ? ってやつだ」



 そこまで言って、景一郎は照れくさそうに咳払いした。


 彼の言葉は――透流の心に染みる。


「…………ん」


 心は――凪いでいた。

 平穏な心で、透流は構えなおす。

 もし失敗したら――ではない。

 当てる。

 その意志で透流は射撃体勢に入った。


「私は……失敗できない」


 さっきまで心に巣食っていた言葉。

 しかし、そこに込められた気持ちは正反対だ。



「景一郎さんに『よくやった』って……言って欲しいから」



 失敗を恐れているのではない。

 成功を渇望している。


 そして確信している。


「ファイア」


 この一発が外れることはあり得ない。

 


「当たった……!」


 透流が放った氷弾が、風神の肩を撃ち抜いた。

 衝撃で風神の体が横に一回転する。


 それでもとっさの回避で額を撃ち抜かせなかったあたり、さすがはSランクというべきか。


「さすがだな透流」


 景一郎は透流の頭に手を置く。


「ありが…………んん」

 

 すると透流はくすぐったそうな声を漏らした。

 無表情を装っているようだが、口元が緩んでいる。


「それじゃあ、状況開始だ」


 透流は役目を果たした。

 ならば今度は、景一郎が役割を果たす番だ。



「じゃあ……私たちは雷神を追う」


 雪子はそうつぶやいた。

 

 予想通り、雷神は逃げ始めた。

 だが風神は作戦の通りに包囲できている。

 それならば雪子の役目は、逃げる雷神を追い、討ち取ること。


(景一郎君はユニークスキルで加速できるらしいけど、さすがに雷神を追うのは厳しいはず)


 棘ナツメから、すでに景一郎のユニークスキルの詳細は聞いている。

 彼は移動強制の【矢印】で高速移動ができるという。

 しかしスピード自慢のSランクモンスターを捕らえるのは難しいだろう。


(とりあえず、私が足止めをして景一郎君が追いつくまで――)


 ならばスピードアタッカーである雪子が先に追いつき、雷神を縫い留める必要があるだろう。

 そんなことを考えながら雪子が走り出したとき――



「ゆっこ――――先に行ってるぞ」


 

 景一郎はそう口にした。


「え……」

「【セクステット】」


 同時に、景一郎の前方に矢印が展開される。

 彼がそれに触れると――


「ッ……!?」


 雪子の隣を黒い影が通り過ぎた。

 


(私より――()()……?)



 景一郎の背中が少しずつ、それでいて確実に離れてゆく。

 障害物もない一直線という条件下ではあるが、景一郎が雪子よりも速く移動できていることの証明であった。


 そのまま景一郎は、数秒で雷神の背中に触れた。



「トラップ・セット――【矢印】+【重力】」


 見えない重力場。

 重力の流れに押し潰され、雷神は地面に叩きつけられる。


「【矢印】+【重力】+【縛】」


 景一郎の掌から撃ち出された黒縄が雷神の胴体に巻き付く。

 すると、立ち上がったばかりの雷神が尻餅をついた。


 超重力が付与された【縛】トラップ。

 それは枷となり、雷神から飛行能力を奪う。


「――拘束完了」


 景一郎は笑みを浮かべ、雷神と対峙する。


「……景一郎君」

(ナツメ先輩から聞いてはいたけど――)


 遅れて雪子は景一郎のもとへと到着した。

 1秒にも満たない時間。

 それでも、それは疑いようのない『差』だった。



(私の想定より――――数段強い)



 無論、直線の速さだけがスピードではない。

 小回り、ブレーキ性能。

 そのすべてを総合して、スピードというのだ。


 だから一概に、景一郎と雪子の速力に優劣をつけることはできない。

 しかし、一部分において雪子が敗北したのも事実。

 

「じゃ、ちょっと待っててくれ」


 景一郎は雪子の前を遮る。

 それは、彼女の援護を必要としない意思の表れだった。



「皆に言った手前、俺もゆっこの手を借りずに勝たないとな」



 リーダーとして。

 メンバーに要求をしたのなら、彼自身も成し遂げなければならない。

 そういうことなのだろう。


「ッッッッ!」


 その時、雷神の太鼓が青白く光った。

 

 雷神の主な攻撃手段は雷撃。

 重りで動きを止めたとして、遠距離攻撃を扱う雷神の戦闘力は健在だ。


「青い雷撃か」


 景一郎に迫る雷撃。

 彼はそれを――矢印で弾き飛ばす。



「悪いな雷神。俺が目指してるのは――白い雷なんだ」



 景一郎の姿に動揺はない。

 正面から、冷静に雷神と対峙している。

 Sランクモンスター相手に、まったく委縮している様子はない。


(選抜試験まであと1カ月)


 その姿を見て思う。

 

(このままのペースで景一郎君が成長したとしたのなら――)


 この半年、景一郎は成長を続けてきた。

 もしもその成長の限界がまだまだ先にあるのなら。

 このまま、彼が実力を伸ばし続けたのなら――



(景一郎君の実力は――紅に届くかもしれない)



 彼の刃は、あの最強へと届くのかもしれない。


 【面影】は自力でSランクモンスターを討伐できるのか――



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