4章 4話 再会
「明乃、詞、透流、香子。一旦退こう」
景一郎はそう告げた。
現在、彼らの周りには30以上のモンスターがいる。
狩っても狩っても、周囲のモンスターは減らない。
理由はどうあれ、合流するモンスターの数に討伐速度が追いついていない。
「――は? もう根を上げたわけ?」
「いや、根を上げる前に対応しようって話だ」
「?」
景一郎の言葉に香子が疑問符を出した。
「さすがにモンスターの湧き方が異常だ。多分、モンスターハウス現象が起きてる」
モンスターハウス現象。
それが景一郎の出した結論だった。
そして、その予想に間違いはないと確信していた。
「こうなった場合、監督官への連絡のために出口に向かうのが鉄則だ。監督官なら、ダンジョン内にいる冒険者を把握できているはずだからな」
モンスターハウスは1人、あるいは1つのパーティで解決できるものではない。
ダンジョン内にいる冒険者が連携する必要がある。
「当然、一部の例外を除いてほとんどの冒険者も同じように動く。戦力と合流する意味でも出口を目指すべきだ」
すでにモンスターハウスの発生に気が付いた冒険者は動き始めているはず。
同じ場所を目指すのだ。
自然と他のパーティと合流できるだろう。
「ん……一部の例外……?」
景一郎の言葉が引っかかったのか、透流が首をかしげる。
「まあ……モンスターハウスの発生にそもそも気付いていなかったり、負傷して動けなかったり、あとはモンスターに囲まれて退路がなかったりだな」
「……ねぇねぇお兄ちゃぁん?」
そう口にしたのは詞だ。
彼の表情は――曇っている。
それも仕方がないことだろう。
なぜなら――
「もしかしてぇ……ボクたちもそうなってなぁい?」
景一郎の言葉は、そのまま【面影】の現状と重なっているのだから。
「――だな」
景一郎は息を吐きだす。
そしてすぐに思考をまとめてゆく。
「やっぱり出口を目指すのはナシだ。とりあえず安全確保を優先する」
増えてゆくモンスター。
もう定石通りの動きが通じる段階ではないだろう。
あくまでメンバーに犠牲者を出さないのが景一郎の役目。
ならば事態の早期解決より、パーティの安全を優先する。
「俺が道を開く。まずは囲まれにくい場所を目指そう」
探索直後は草原が広がっていたダンジョン。
しかし奥に進めば岩場も散見された。
ならば狭く、敵に囲まれにくい地形は存在するはずだ。
「【矢印】×2+【重力】」
そのために、退路を確保しなければならない。
景一郎は掌を叩き合わせる。
1つの矢印が渦巻いた。
矢印の先端と先端がつながり、輪廻をなぞる。
【重力】トラップが付与されていた矢印は球体となり、黒い重力の塊となった。
そしてそれを、もう1つの矢印で射出する――。
「これはモーゼ」
撃ち出された重力砲。
その結果は、まさに透流の言う通りだろう。
モンスターたちが重力に潰され、一直線の道が現れる。
割れるモンスターの海。
しかしその隙間もすぐにモンスターが修復してゆく――
「アタシ先に行くから」
最初に跳び出したのは香子だった。
彼女は真っ先にモンスターのいない道を駆ける。
「それじゃあ明乃――ちょっと我慢してくれ」
そう言うと、景一郎は明乃をお姫様抱っこした。
【面影】の中でも、景一郎、詞、香子はスピードアタッカーであり高い速力を有している。
しかし一方で、パワー寄りの明乃、魔法系の透流はスピードが鈍い。
彼女たちは単身でこのモンスターの群れを振り切ることは難しい。
だから――
「【矢印】」
「ひゃっ……!?」
景一郎は明乃を抱え、矢印に乗って離脱する。
「じゃあ透流ちゃんはボクと行こうかぁ」
「ん、ん…………」
後方では、詞が透流を抱え上げていた。
「退きなさい、よねっ!」
先陣を切っていた香子。
彼女の役割は――『道』の維持だ。
香子は蛇腹剣と鎖鎌を手に、体を回転させる。
回転に合わせて振り回される刃たち。
正確さよりも勢いを優先した斬撃はモンスターが道をふさごうと流れ込むのを阻止していた。
あらかじめ香子が保持してくれていた退路。
景一郎たちはそれを駆け抜ける。
「退避成功~」
「でも……出口は遠くなった」
喜ぶ詞。
しかし透流は眉を寄せた。
景一郎たちが走ったのは出口とは正反対の方向。
安全の確保のためとはいえ、目指すべき場所から離れてしまったのだ。
「安全な場所で数を削り、気長に待つしかありませんわね」
そう言うと、明乃は岩場に背中を預けて一息ついていた。
景一郎たちがいるのは岩場の隙間。
幸いそこはかなり狭く、モンスターも思うように攻め込めない。
とはいえ、狭すぎてこちらも迎撃が難しい。
このままいけば、膠着状態は続くことだろう。
「あれ? モンスターかな?」
どうしたものか。
そんなことを景一郎が考えていると、詞が上空へと指を向けた。
ここは岩場だ。
上空からの攻撃を防ぐ屋根はない。
あまり飛行タイプのモンスターが合流するのは好ましくないのだが――
「いや――違う」
景一郎はモンスターの姿を確認しようとして――気付いた。
影は2つ。
よく見ればそれは――人間だった。
1人は濡れ羽色の髪をした女性。
彼女は巫女服を纏い、空を飛んでいた。
もう1人は銀髪の少女だ。
マントの下からは肌に張り付くような黒のボディスーツが覗いていた。
彼女は白い鳥のような生物に乗ってこちらへと向かっている。
「――まさか、あいつらもこのダンジョンにいたのか」
糸見菊理。
忍足雪子。
2つの小さな人影は、どちらも景一郎にとって馴染み深いものだった。
「あ、降りてきた」
詞の言葉通り、雪子が鳥から飛び降りた。
彼女は小さな体で、正確に景一郎たちのいる場所へと落ちてくる。
「ん――」
数十メートルくらいの高度からの降下。
それでも雪子は危なげなく着地して見せた。
――モンスターの群れの中心へ。
「まずは数を減らす」
雪子は息を吸う。
そして――言葉を紡ぎ出す。
「――――――【死んで】」
敵の死を望む言葉を。
【殺害予告】スキル。
彼女の殺害予告は、死の未来へと収束する。
――モンスターが倒れた。
雪子が視線さえ向けていないというのに、モンスターは血を吐き、討ち滅ぼされてゆく。
ばたり、ばたり。
次々にモンスターが倒れている。
【殺害予告】スキル。
雪子が敵と認識し、殺意を伝える。
それだけで敵は心臓を潰されて死んでゆく。
声というあらゆる方向へ波及するものが武器だからこそ、どんな包囲網でも彼女のスキルから逃れられない。
弱点があるとすれば、敵の強さと数に応じて負担が増えてゆくことだろう。
「ん…………」
死屍累々の戦場の中心で、雪子が膝をつく。
Aランクモンスターを数十体だ。
さすがの雪子でも負荷が強すぎたのだろう。
「大丈夫ですか、ゆっこさん」
少し遅れて、菊理が雪子の隣に着陸する。
菊理が問いかければ、雪子は舌を出した。
「ぉぇ……数が多かった」
雪子の舌には――無数の穴が開いていた。
喉も潰れかけているのか、口から血がこぼれている。
「治療しますね」
「ん」
菊理が手をかざすと、雪子は顎を上げて首を差し出す。
雪子の喉元を柔らかな光が包んだ。
糸見菊理は【陰陽師】だ。
召喚系の職業の上位職であるため、彼女の主要スキルは【式神召喚】である。
しかし、菊理が操る式神は様々なスキルを有している。
攻撃スキル。防御スキル。そして回復スキル。
菊理は式神のスキルを吸い上げて、行使する。
ゆえに彼女は召喚系の職業でありながら、マジックアタッカー並みの攻撃力、タンク並みの防御力、ヒーラー並みの治癒力を発揮する。
チームバランスの悪い【聖剣】がパーティとして成り立つのは、彼女のオールマイティな性能があってこそともいえるだろう。
「ゆっこ。菊理」
モンスターの死骸を踏み越え、景一郎は声をかけた。
――かつての仲間へと。
振り返る2人の幼馴染。
詳細は違えど、2人が示した感情は――驚き。
「ん……偶然」
「疑っていたわけではありませんでしたが、ゆっこさんが言っていた通りだったんですね――景一郎さん」
運命か偶然か。
影浦景一郎は、Sランクダンジョンで幼馴染との再会を果たすこととなった。
☆
「ッ! ッ、ッ~~~~~~!」
一方、透流は声にならない声を上げていた。
無表情はすでに微塵に砕け散っていた。
「2回目でもそんな感じなんだねぇ」
2度目でも変わらないリアクションに、詞は苦笑する。
「……こんな感じの性格だったわけ?」
「熱烈なファンなんだよぉ」
「…………ふぅん」
香子はそう言うとよそを向いてしまった。
彼女は魔都で暮らしていた冒険者だからこそ【聖剣】という存在にそれほど熱烈な感情を抱いていないのだろう。
「ゆっこ。菊理。現状だけど――」
ともあれ、再会を喜んでいる暇はない。
景一郎は話を切り出す。
「第1層全体で、モンスターハウスが起こっていますね」
「やっぱりか」
景一郎は予想通りの流れに眉を寄せる。
100の式神を操る菊理は探索能力も高い。
彼女ならすでにモンスターが出現するポイントは見つけ出していることだろう。
「一応、今は菊理の式神でモンスターが増えるのは抑えてる」
「周知はどれくらい進んでるんだ?」
「ここが最後」
どうやら、すでに雪子たちが掴んだ情報は共有されているらしい。
「それじゃあ、これから沈静化に向けて動いていくわけだな」
「ん」
雪子が頷いた。
「それにしてもここでモンスターハウスか……最悪のパターンだな」
「え?」
景一郎の言葉に反応したのは詞だった。
すると雪子が一歩進んで、説明を始める。
「解説。モンスターハウスは、同じ階層のモンスターを殲滅するまで終わらない」
モンスターハウス現象を終わらせるには、ダンジョン内の状況を一度リセットする必要がある。
それこそが、ダンジョン内にいるすべてのモンスターの討伐。
そうすることで、モンスターが湧くスピードを正常に戻すことができるのだ。
「ちなみに、ボス部屋は例外」
そして、モンスターハウス現象はその階層だけが対象。
ここ以外の階層や、扉で区切られたボス部屋はモンスターハウス現象の対象外となるのだ。
しかし――
「そしてエリアボスには……ボス部屋がない」
「えっと……どういう意味ですか」
わずかに表情がゆがむ詞。
おそらく、薄々ながらも気付いているのだろう。
「――エリアボスも無限湧きの対象」
区切るものがないからこそ、モンスターハウスの影響はエリアボスにも適用される。
とはいえエリアボスは階層ごとに1体までと決まっている。
ゆえに数百体のエリアボスが待ち構えていることはない。
――倒しても、10秒とかからずに復活するだけで。
最悪というには充分だった。
「そういうわけなので、帰り道は私が作ります」
そう宣言したのは菊理だった。
彼女は胸に手を当て、景一郎たちに微笑みかける。
「……どういう意味だ」
景一郎は問い返す。
菊理の言葉。
それはつまり――
「どういう意味、といいましても……。ここから先の攻略は、難度が上がりますから――」
――影浦景一郎たちを『守らなければならない存在』として見ているということだ。
「………………」
(初めてのSランクダンジョン。パーティのことを考えると、このまま退却するのが利口な判断だ)
事実、溢れてゆくモンスターに押されかけていた。
そのまま押し切られることこそなかったが、あのまま戦えば消耗戦になることは明らかだった。
だからここから先の戦いを『安全な攻略』と呼ぶことはできない。
幸い、ここには雪子と菊理がいる。
退却はスムーズに終えられるだろう。
(だけど俺は――)
2人の幼馴染と一緒に戦いたい。
そう思ってしまう。
そして理性は、そうするべきではないのだと理解していた。
「はぁい。攻略続行したい人ぉ~」
そんな時だった、詞が声を上げたのは。
彼は呑気な声とともに手を挙げる。
突然行われる多数決。
「「「……………………」」」
その答えは、挙げられた4本の腕が示していた。
「そういうわけでお兄ちゃんっ! ボクたちメンバーは満場一致で事態の収拾に尽力したいんだけどぉ…………リーダーの判断はどぉなのかな?」
詞は問う。
自分たちを気遣う必要がないとして、景一郎はどうしたいのだと。
彼自身の望みを口にするのだと。
「…………」
景一郎は目を閉じた。
そして笑う。
「悪い。ゆっこ。菊理」
景一郎は幼馴染と対峙する。
彼女たちが、彼の身を案じているのは重々承知。
それでも、この気持ちを曲げられない。
「俺たちも参加させてくれないか?」
彼女たちと一緒に戦うことこそが、彼の夢なのだから。
4章前半は、【聖剣】と協力してモンスターハウス現象の解決です。




