表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/275

4章  4話 再会

「明乃、詞、透流、香子。一旦退こう」


 景一郎はそう告げた。


 現在、彼らの周りには30以上のモンスターがいる。

 狩っても狩っても、周囲のモンスターは減らない。

 理由はどうあれ、合流するモンスターの数に討伐速度が追いついていない。


「――は? もう根を上げたわけ?」

「いや、根を上げる前に対応しようって話だ」

「?」


 景一郎の言葉に香子が疑問符を出した。


「さすがにモンスターの湧き方が異常だ。多分、モンスターハウス現象が起きてる」


 モンスターハウス現象。

 それが景一郎の出した結論だった。

 そして、その予想に間違いはないと確信していた。


「こうなった場合、監督官への連絡のために出口に向かうのが鉄則だ。監督官なら、ダンジョン内にいる冒険者を把握できているはずだからな」


 モンスターハウスは1人、あるいは1つのパーティで解決できるものではない。

 ダンジョン内にいる冒険者が連携する必要がある。


「当然、一部の例外を除いてほとんどの冒険者も同じように動く。戦力と合流する意味でも出口を目指すべきだ」


 すでにモンスターハウスの発生に気が付いた冒険者は動き始めているはず。

 同じ場所を目指すのだ。

 自然と他のパーティと合流できるだろう。


「ん……一部の例外……?」


 景一郎の言葉が引っかかったのか、透流が首をかしげる。

 

「まあ……モンスターハウスの発生にそもそも気付いていなかったり、負傷して動けなかったり、あとはモンスターに囲まれて退路がなかったりだな」

「……ねぇねぇお兄ちゃぁん?」


 そう口にしたのは詞だ。

 彼の表情は――曇っている。

 それも仕方がないことだろう。

 なぜなら――



「もしかしてぇ……ボクたちもそうなってなぁい?」



 景一郎の言葉は、そのまま【面影】の現状と重なっているのだから。


「――だな」


 景一郎は息を吐きだす。

 そしてすぐに思考をまとめてゆく。


「やっぱり出口を目指すのはナシだ。とりあえず安全確保を優先する」


 増えてゆくモンスター。

 もう定石通りの動きが通じる段階ではないだろう。


 あくまでメンバーに犠牲者を出さないのが景一郎の役目。

 ならば事態の早期解決より、パーティの安全を優先する。


「俺が道を開く。まずは囲まれにくい場所を目指そう」


 探索直後は草原が広がっていたダンジョン。

 しかし奥に進めば岩場も散見された。

 ならば狭く、敵に囲まれにくい地形は存在するはずだ。



「【矢印】×2+【重力】」



 そのために、退路を確保しなければならない。


 景一郎は掌を叩き合わせる。

 1つの矢印が渦巻いた。

 矢印の先端と先端がつながり、輪廻をなぞる。

 【重力】トラップが付与されていた矢印は球体となり、黒い重力の塊となった。

 そしてそれを、もう1つの矢印で射出する――。


「これはモーゼ」


 撃ち出された重力砲。

 その結果は、まさに透流の言う通りだろう。


 モンスターたちが重力に潰され、一直線の道が現れる。

 割れるモンスターの海。

 しかしその隙間もすぐにモンスターが修復してゆく――


「アタシ先に行くから」


 最初に跳び出したのは香子だった。

 彼女は真っ先にモンスターのいない道を駆ける。


「それじゃあ明乃――ちょっと我慢してくれ」


 そう言うと、景一郎は明乃をお姫様抱っこした。


 【面影】の中でも、景一郎、詞、香子はスピードアタッカーであり高い速力を有している。

 しかし一方で、パワー寄りの明乃、魔法系の透流はスピードが鈍い。

 彼女たちは単身でこのモンスターの群れを振り切ることは難しい。

 だから――


「【矢印】」

「ひゃっ……!?」


 景一郎は明乃を抱え、矢印に乗って離脱する。


「じゃあ透流ちゃんはボクと行こうかぁ」

「ん、ん…………」


 後方では、詞が透流を抱え上げていた。


「退きなさい、よねっ!」


 先陣を切っていた香子。

 彼女の役割は――『道』の維持だ。


 香子は蛇腹剣と鎖鎌を手に、体を回転させる。

 回転に合わせて振り回される刃たち。

 正確さよりも勢いを優先した斬撃はモンスターが道をふさごうと流れ込むのを阻止していた。


 あらかじめ香子が保持してくれていた退路。

 景一郎たちはそれを駆け抜ける。


「退避成功~」

「でも……出口は遠くなった」


 喜ぶ詞。

 しかし透流は眉を寄せた。


 景一郎たちが走ったのは出口とは正反対の方向。

 安全の確保のためとはいえ、目指すべき場所から離れてしまったのだ。


「安全な場所で数を削り、気長に待つしかありませんわね」


 そう言うと、明乃は岩場に背中を預けて一息ついていた。


 景一郎たちがいるのは岩場の隙間。

 幸いそこはかなり狭く、モンスターも思うように攻め込めない。

 

 とはいえ、狭すぎてこちらも迎撃が難しい。

 このままいけば、膠着状態は続くことだろう。


「あれ? モンスターかな?」


 どうしたものか。

 そんなことを景一郎が考えていると、詞が上空へと指を向けた。


 ここは岩場だ。

 上空からの攻撃を防ぐ屋根はない。

 あまり飛行タイプのモンスターが合流するのは好ましくないのだが――


「いや――違う」


 景一郎はモンスターの姿を確認しようとして――気付いた。

 

 影は2つ。

 よく見ればそれは――()()()()()


 1人は濡れ羽色の髪をした女性。

 彼女は巫女服を纏い、空を飛んでいた。


 もう1人は銀髪の少女だ。

 マントの下からは肌に張り付くような黒のボディスーツが覗いていた。

 彼女は白い鳥のような生物に乗ってこちらへと向かっている。



「――まさか、あいつらもこのダンジョンにいたのか」



 糸見菊理。

 忍足雪子。


 2つの小さな人影は、どちらも景一郎にとって馴染み深いものだった。


「あ、降りてきた」


 詞の言葉通り、雪子が鳥から飛び降りた。

 彼女は小さな体で、正確に景一郎たちのいる場所へと落ちてくる。


「ん――」


 数十メートルくらいの高度からの降下。

 それでも雪子は危なげなく着地して見せた。


 ――モンスターの群れの中心へ。


「まずは数を減らす」


 雪子は息を吸う。

 そして――言葉を紡ぎ出す。



「――――――【死んで】」



 敵の死を望む言葉を。

 【殺害予告】スキル。

 彼女の殺害予告は、死の未来へと収束する。

 

 ――モンスターが倒れた。

 雪子が視線さえ向けていないというのに、モンスターは血を吐き、討ち滅ぼされてゆく。

 ばたり、ばたり。

 次々にモンスターが倒れている。


 【殺害予告】スキル。

 雪子が敵と認識し、殺意を伝える。

 それだけで敵は心臓を潰されて死んでゆく。

 声というあらゆる方向へ波及するものが武器だからこそ、どんな包囲網でも彼女のスキルから逃れられない。


 弱点があるとすれば、敵の強さと数に応じて負担が増えてゆくことだろう。


「ん…………」

 

 死屍累々の戦場の中心で、雪子が膝をつく。

 Aランクモンスターを数十体だ。

 さすがの雪子でも負荷が強すぎたのだろう。


「大丈夫ですか、ゆっこさん」


 少し遅れて、菊理が雪子の隣に着陸する。

 菊理が問いかければ、雪子は舌を出した。

 

「ぉぇ……数が多かった」


 雪子の舌には――無数の穴が開いていた。

 喉も潰れかけているのか、口から血がこぼれている。


「治療しますね」

「ん」


 菊理が手をかざすと、雪子は顎を上げて首を差し出す。

 雪子の喉元を柔らかな光が包んだ。


 糸見菊理は【陰陽師】だ。

 召喚系の職業の上位職であるため、彼女の主要スキルは【式神召喚】である。

 しかし、菊理が操る式神は様々なスキルを有している。

 攻撃スキル。防御スキル。そして回復スキル。


 菊理は式神のスキルを吸い上げて、行使する。

 ゆえに彼女は召喚系の職業でありながら、マジックアタッカー並みの攻撃力、タンク並みの防御力、ヒーラー並みの治癒力を発揮する。

 チームバランスの悪い【聖剣】がパーティとして成り立つのは、彼女のオールマイティな性能があってこそともいえるだろう。



「ゆっこ。菊理」



 モンスターの死骸を踏み越え、景一郎は声をかけた。

 ――かつての仲間へと。


 振り返る2人の幼馴染。

 詳細は違えど、2人が示した感情は――驚き。


「ん……偶然」

「疑っていたわけではありませんでしたが、ゆっこさんが言っていた通りだったんですね――景一郎さん」


 運命か偶然か。

 

 影浦景一郎は、Sランクダンジョンで幼馴染との再会を果たすこととなった。



「ッ! ッ、ッ~~~~~~!」


 一方、透流は声にならない声を上げていた。

 無表情はすでに微塵に砕け散っていた。


「2回目でもそんな感じなんだねぇ」


 2度目でも変わらないリアクションに、詞は苦笑する。

 

「……こんな感じの性格だったわけ?」

「熱烈なファンなんだよぉ」

「…………ふぅん」


 香子はそう言うとよそを向いてしまった。

 彼女は魔都で暮らしていた冒険者だからこそ【聖剣】という存在にそれほど熱烈な感情を抱いていないのだろう。


「ゆっこ。菊理。現状だけど――」


 ともあれ、再会を喜んでいる暇はない。

 景一郎は話を切り出す。


「第1層全体で、モンスターハウスが起こっていますね」

「やっぱりか」


 景一郎は予想通りの流れに眉を寄せる。


 100の式神を操る菊理は探索能力も高い。

 彼女ならすでにモンスターが出現するポイントは見つけ出していることだろう。


「一応、今は菊理の式神でモンスターが増えるのは抑えてる」

「周知はどれくらい進んでるんだ?」

「ここが最後」


 どうやら、すでに雪子たちが掴んだ情報は共有されているらしい。


「それじゃあ、これから沈静化に向けて動いていくわけだな」

「ん」


 雪子が頷いた。


「それにしてもここでモンスターハウスか……最悪のパターンだな」

「え?」


 景一郎の言葉に反応したのは詞だった。

 すると雪子が一歩進んで、説明を始める。


「解説。モンスターハウスは、同じ階層のモンスターを殲滅するまで終わらない」


 モンスターハウス現象を終わらせるには、ダンジョン内の状況を一度リセットする必要がある。

 それこそが、ダンジョン内にいるすべてのモンスターの討伐。

 そうすることで、モンスターが湧くスピードを正常に戻すことができるのだ。


「ちなみに、ボス部屋は例外」


 そして、モンスターハウス現象はその階層だけが対象。

 ここ以外の階層や、扉で区切られたボス部屋はモンスターハウス現象の対象外となるのだ。

 しかし――


「そしてエリアボスには……()()()()()()()

「えっと……どういう意味ですか」


 わずかに表情がゆがむ詞。

 おそらく、薄々ながらも気付いているのだろう。



「――()()()()()()()()()()()()()



 区切るものがないからこそ、モンスターハウスの影響はエリアボスにも適用される。

 とはいえエリアボスは階層ごとに1体までと決まっている。

 ゆえに数百体のエリアボスが待ち構えていることはない。

 ――倒しても、10秒とかからずに復活するだけで。

 最悪というには充分だった。



「そういうわけなので、帰り道は私が作ります」



 そう宣言したのは菊理だった。

 彼女は胸に手を当て、景一郎たちに微笑みかける。


「……どういう意味だ」


 景一郎は問い返す。


 菊理の言葉。

 それはつまり――


「どういう意味、といいましても……。ここから先の攻略は、難度が上がりますから――」


 ――影浦景一郎たちを『守らなければならない存在』として見ているということだ。


「………………」

(初めてのSランクダンジョン。パーティのことを考えると、このまま退却するのが利口な判断だ)


 事実、溢れてゆくモンスターに押されかけていた。

 そのまま押し切られることこそなかったが、あのまま戦えば消耗戦になることは明らかだった。

 だからここから先の戦いを『安全な攻略』と呼ぶことはできない。


 幸い、ここには雪子と菊理がいる。

 退却はスムーズに終えられるだろう。

 

(だけど俺は――)


 2人の幼馴染と一緒に戦いたい。

 そう思ってしまう。

 そして理性は、そうするべきではないのだと理解していた。



「はぁい。攻略続行したい人ぉ~」



 そんな時だった、詞が声を上げたのは。

 彼は呑気な声とともに手を挙げる。

 突然行われる多数決。


「「「……………………」」」


 その答えは、挙げられた4本の腕が示していた。


「そういうわけでお兄ちゃんっ! ボクたちメンバーは満場一致で事態の収拾に尽力したいんだけどぉ…………リーダーの判断はどぉなのかな?」


 詞は問う。

 自分たちを気遣う必要がないとして、景一郎はどうしたいのだと。

 彼自身の望みを口にするのだと。



「…………」



 景一郎は目を閉じた。

 そして笑う。


「悪い。ゆっこ。菊理」


 景一郎は幼馴染と対峙する。

 彼女たちが、彼の身を案じているのは重々承知。

 それでも、この気持ちを曲げられない。



「俺たちも参加させてくれないか?」



 彼女たちと一緒に戦うことこそが、彼の夢なのだから。


 4章前半は、【聖剣】と協力してモンスターハウス現象の解決です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ