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4章  3話 ダンジョン第1階層

 ゲートの先。

 そこは草原だった。

 どこまでも芝生が広がり果てが見えない。

 ここがダンジョンでなければ、呑気にピクニックを楽しみたくなるような景色である。


「やっほー!」


 そんな牧歌的な世界だったからだろうか。

 詞は草原に向かってそう叫んだ。


「いや、地平線に叫んでも何も返って来ないだろ」


 もっとも、音を反響させるための山がなければ、木霊(こだま)となって声が返ってくることもないのだけれど。

 景一郎が冷静にツッコミを入れると、詞は頬を膨らませる。

 しかしすぐに彼はへらりと笑い――


「嫌だなぁ。雰囲気だってばぁ。まったくお兄ちゃんは、いつから報酬がなければ動かない子になっちゃったのぉ?」


 そう言って指先で小突いてきた。

 そして詞は明乃へと視線を向ける。


「ね? 明乃ちゃんっ。生きるって、損得勘定だけじゃないよねっ。報酬だけを求めて生きるのって、ちょっと違うと思うでしょっ」

「ノーコメントですわ。わたくしの場合、その発言をした時点でブラック上司になりますので」


 経営者として、その問いには答えられなかったらしい。


「わぁいサービス残業ぅ♪」

「本当にやめてくださいませっ……!」


 ――労働法には敏感だった。


「で? エリアボス狙いってことは1層だけ攻略するってこと?」


 そんな2人の会話には目もくれず、香子が景一郎に問う。


「ああ」


 景一郎は彼女の言葉を肯定した。

 魔都で活動していたこともあり、香子はちゃんとこのダンジョンの構造を理解しているようだ。


 しかしここで魔都のダンジョンを経験しているのは景一郎と彼女だけ。

 冒険者を対象にした事業を行っている明乃はともかく、詞と透流はあまり事情に詳しくない。

 だから詞が挙手をしたのは仕方がないことなのだが――


「しぇんしぇー。エリアボスってなんですかぁー?」

「小学生みたいな質問の仕方やめろ」


 なぜか妙に舌足らずな喋り方だった。

 見た目だけなら可愛らしい美少女なのだろうけれど、詞は男である。


「そもそも魔都のダンジョンは構造から違う」

「ふむふむ」


 詞は真剣なのか微妙に判別がつかない動作で頷く。


「簡単にいうと魔都のダンジョンは複数の階層に分かれていて、階層ごとの番人がエリアボスって感じだ」

「ほへぇ」


 そのあたりはゲームのダンジョンに似ているかもしれない。

 魔都のダンジョンには地下、あるいは上層につながる階段が存在する。

 その階段を進むには権利が必要であり、その階層にいるエリアボスを倒した冒険者でなければ弾かれる。

 ここではそういうシステムになっているのだ。


「ん。景一郎さん」


 景一郎がそんな説明をしていると、透流が声をかけてきた。


「――出てきた」


 透流の視線の先。

 そこには大量のモンスターがいた。

 いくつかの種類のモンスターによる混成部隊。

 群れの規模として、20体は越えていそうだ。


「おー。さすがSランクダンジョン。Aランクモンスターが群れで来てるよぉ」


 詞は興味深そうに群れを見ている。

 Sランクダンジョンでも、普段出現するモンスターはAランク。

 しかし数が違う。

 複数体、複数種類のモンスターが徒党を組んで襲ってくるのだ。


「透流。接敵までに数を削ってくれ」

「ん」


 景一郎は透流に指示を出す。


 碓氷透流は魔導スナイパー。

 貫通力のある魔法で超遠距離から敵を撃てる。

 彼女なら、接敵までにそれなりの数を処理できるはずだ。


 透流は遠くを狙うため、高所となっている岩の上に跳んだ。 

 そこで彼女は膝をつき、指でピストルを作る。

 彼女の指先に収束する氷の弾丸。

 

「――ファイア」


 透流が放った氷弾は、空を飛ぶモンスターのうち一体を撃ち抜いた。

 脱力し、墜落するモンスター。

 ここから300メートルは離れている敵を、彼女は正確に撃ち落としたのだ。


「それじゃ、【面影】の魔都デビューといくか」


 こうして【面影】のダンジョン攻略が始まった。



 景一郎たちが対峙する群れは、2種類のモンスターで構成されていた。

 空を飛んで地上を狙ってくる蜘蛛のような生物――スパイダークラウド。

 地上を跳ねているカエル型のモンスターはブロウフロッグ。

 どちらもAランクモンスターだ。


「空中戦か」


 戦場に雨が降る。

 ただしそれは、触れれば体に刺さる雨の針だ。


 空中から地上を襲撃するスパイダークラウド。

 地上にも敵がいる以上、上方という生物の死角を狙ってくる彼らは真っ先に処理しなければならない相手だろう。


「それなら――【矢印】」


 景一郎は腕を振り、周囲に矢印を展開する。

 矢印が指し示すのは――上。


「とぉりゃぁ!」


 詞が矢印に飛び込む。

 すると彼の体は、勢いよく空中へと放り出された。


 スパイダークラウドが陣取っているのは、跳躍だけでは届きにくい高所。

 ならば、そこに届かせるための足がかりは景一郎が用意すればいい。


「てやッ!」


 詞は空中で腰をひねり、体を回転させる。

 振り抜かれるナイフ。

 黒い斬撃は、あっさりとスパイダークラウドを両断した。


「はぁッ!」


 香子は矢印に乗ることなく跳躍する。

 スパイダークラウドがいるのはジャンプしても届かない場所。

 しかし花咲里香子は例外だ。


 【空中歩行】――空を足場にできる能力を持つ彼女なら、多段に跳び上がることでスパイダークラウドのいる高度に到達できる。


 香子は素早い動きでスパイダークラウドよりもさらに高く飛ぶ。

 スパイダークラウドは空中からの爆撃を得意とするモンスター。

 自分より上を取れる敵など想定していない。


「すっとろいのよ」


 ゆえに上に乗られてしまえば、容易く討ち取られてしまう。


 香子はそのあともスパイダークラウドの上を順々に跳び、効率よく処理していった。


「おっとっと……!」

 

 しかし【空中歩行】を持たない詞は、一定のタイミングで地面に降りなければならない。

 重力に従った自由落下。

 そこを狙われてしまえば、躱す術はない。


「――【矢印】×2」


 ――景一郎というアシスト役が存在しなければ。


 景一郎は考えていた。

 矢印を展開できるのは、自分を中心とした半径1メートル。

 しかし、思ったのだ。


 矢印でトラップを飛ばせるのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そしてそれは――実現できた。

 景一郎の掌から射出される矢印。

 それは詞へと撃ち込まれ、彼の体を再び空へと撃ち上げる。


 矢印の重ね掛けとはまったく違う技術。

 【矢印】トラップに指向性を与え、遠距離へと飛ばす技。

 新しく手にした技能は、パーティの戦術の幅を広げていた。


「わわわっ……! ほんと便利だねぇ」


 落下のタイミングを狙われていたはずの詞が急浮上。

 スパイダークラウドはそれに対応できず、詞によって切り刻まれた。


 だが戦場は空中だけではない。

 空を舞う詞と香子。

 2人に向かって、地上のブロウフロッグが大口を開けた。


 破裂音と共に射出されるのは空気砲。

 見えない空気の塊。

 しかしそれは、直撃してしまえば肉を抉られるほどに高威力だ。


「――あら。下から狙ったりなんてさせませんわよ?」


 空中で戦う味方への砲撃。

 ――そんなこと許すわけがない。


 透明の砲丸が、炎の剣によって両断される。


「今回は、攻撃に回らせていただきますわ」


 そう告げたのは明乃だ。

 彼女の手には、冷泉家の人間しか扱えない宝具【レーヴァテイン】が握られている。


「地上の敵は、こちらで処理いたしますわ」


 明乃が炎剣を横薙ぎに振るう。


 彼女の職業【パラディン】はパワー寄りの職業。

 そして最高クラスの性能を持つ大剣【レーヴァテイン】が合わされば、彼女の攻撃力はタンクでありながらアタッカーに匹敵する。


「まずは1体ですわね」


 明乃がブロウフロッグを横一線に斬り捨てた。

 その事実は群れの中ですぐに認識され、ブロウフロッグの狙いが彼女へと集中する。

 

 空気砲が明乃の体に直撃した。

 彼女の体が大きく吹き飛ぶ。

 ――無傷で。


 【パラディン】の真骨頂はあくまで打たれ強さ。

 ある程度の攻撃なら、体で受け止めても問題ない。

 自分から吹き飛ぶことで衝撃を緩和したのならなおさらだ。


「これで――」


 危なげなく着地する明乃。

 しかし、直後に彼女の表情が変わる。

 地面に触れた足が――()()()()()()()()()()


「マッドハンド……!」


 不自然なほど流動的な泥の地面。

 そこから伸びた腕が明乃の体を捕える。


 この群れは2種類のモンスターによるものではない。

 ――3種類のモンスターで構成された群れだったのだ。


「普段なら地面と見分けがつくはず……。地面がぬかるんでいるせいで気付けなかったのか……!」


 景一郎も想定していないモンスターの存在に声を漏らす。

 

 見逃した原因はスパイダークラウドの攻撃だ。

 あのモンスターが地面へと雨のような攻撃を降らすことで、マッドハンドを目視できなくなっていた。

 そのため明乃も、踏むまでは敵の存在に気が付かなかったのだ。


 ――Sランクダンジョン。

 それは――モンスターが連携するダンジョン。

 一つでも見落とせば、モンスターが仕掛けた罠に絡め捕られる。

 そんな魔境なのだ。


「透流さんっ」


 景一郎は透流へと指示を飛ばす。


 現在、明乃の体は巨大な手によって両腕ごと捕らえられている。

 さらに小さな腕が、彼女の両足首を掴んでおり身動きがほとんど取れない状態だ。


 しかも全方位を囲むようにブロウフロッグが構えている。

 体を固定され衝撃が逃がせない状況での、全方位からの圧殺。

 そうなれば【パラディン】であっても負傷は避けられない。


「ん……問題なし――ファイア」


 だが、連携するのはモンスターだけではない。

 

 景一郎の指示に応え、透流は2発の氷弾を撃つ。

 冷静に放たれた2発の狙撃。

 それは正確に――明乃の両足の拘束を破壊した。


「助かりましたわ」


 明乃は微笑む。

 まだ彼女の体は大きな泥の手に掴まれている。

 両腕の自由は奪われ、地面に縫いつけられている状況。

 だが――


「あとは、こちらで充分対応できますわ」


 そう言うと明乃は――炎剣を手放した。


 落ちてゆく炎剣。

 それは諦めの動作――ではない。


「レディの体を乱暴に扱うのはあまり――感心いたしませんわ……よっ!」


 自由になった両足。

 明乃は踵で、炎剣を蹴り上げた。


 蹴りの勢いで回転する炎の刃。

 それは容易く泥の腕を斬り捨てる。


「はぁっ……!」


 体の自由を取り戻した明乃は、素早く炎剣を手に取る。

 そしてそのまま地面に炎剣を突き立て、足元の泥沼を焼き払う。

 残ったのは乾いた地面。

 マッドハンドの姿はなかった。



「……多いな」


 景一郎は少し引いた場所で戦況を眺める。

 

「そりゃ、Sランクダンジョンなら多いに決まってるわよ……!」

 

 休憩を兼ねて地面に降りてきた香子がそう吐き出す。

 彼女の言うことも間違ってはいない。


(確かに、Sランクダンジョンは無限にAランクモンスターが沸き続ける。だから討伐速度が遅ければ、すぐに敵に囲まれ――撤退さえできなくなる)


 火力の足りないパーティは敵を処理できず、数の暴力で押し潰される。

 それがSランクダンジョン。


(でも、俺たちの討伐速度に問題はないはず――)


 経験者だからこそ思う。

 【面影】は充分な火力を有しているパーティだ。

 本来、ここまで対応に追われる必要はないはず。


「だとすると……異常なのはモンスターの数か……?」


 モンスターを減らす速度に問題がない。

 だとしたら――



 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()




「これは――」


 ダンジョンの探索中。

 あるものを見つけた雪子が立ち止まる。


 彼女たちがいるのはダンジョンの端。

 見えない空気の壁に阻まれた、ダンジョンの果てだ。


「妙にモンスターが多いとは思っていましたが……」


 ある一点を見つめ、菊理は納得したようにそう漏らした。


 草原が終わった先にあったのは、鬱屈とした樹林。

 光の届かない森の中にあったのは、モンスターが湧き出すエリア。


 特別な何かがあるわけではない。

 ただ何もない湿った地面から――止まることなくモンスターが沸いている。



「――モンスターハウス」



 雪子がそうつぶやいた。


 モンスターハウス現象。

 それはダンジョンでまれに発生する事象だ。


 単純にいえば、ダンジョン内のモンスターが異常な速さで増えてゆく現象。

 他のランクならともかく、モンスターの出現数に上限のないSランクダンジョンでこれが起きてしまえば悲惨な事故になる。

 対応が遅れてしまえば遅れるほど、際限なくモンスターが増えてしまうのだから。


「どうやらここが発生源のようですね」


 菊理が一歩踏み出した。


 最初から、雪子たちはモンスターハウスの発生を疑っていた。

 だからこそ、モンスターが湧き出すポイントを探していたのだ。


「発生源も比較的早めに見つかりましたし、留まってモンスターの増殖を止めましょうか」

「ん。でも、すでにかなりの数のモンスターが散らばってる」


 ここに来るまでもかなりのモンスターと出会った。

 

 このダンジョンが発生してから丸1日。

 その間、モンスターを吐き出し続けていたのだろう。

 すでにかなりの数がダンジョン中を徘徊していることが予想される。


「私たちだけで対処するより、他の冒険者に周知しておいたほうが良い。並みのパーティじゃ、現時点の数でも脅威になる」


 【聖剣】の2人なら問題がない。

 だが他のパーティはそうもいかない。


 通常のSランクダンジョンならともかく、モンスターハウス化してしまったSランクダンジョンは死地だ。

 撤退のタイミングを失えば、それは命を失うことと同義。


「モンスターハウスに対応できそうなパーティには残ってもらい、危うそうなパーティには退避していただく……というわけですね」

「ん」


 菊理の言葉を雪子は首肯する。


 生半可な実力者では、被害者が増えるだけ。

 少数であっても精鋭を。

 Aランクの群れをものともしない冒険者の選別が必要だ。


「冒険者は死と隣り合わせ。でも、隣人と仲良くする義務はない。避けられるなら避けるべき」


 幸いにしてここには雪子たちがいる。

 冒険者を保護して回るくらいの余裕はあるだろう。


「では――30体ほど式神を残していきましょうか。ある程度、モンスターも抑え込めるはずですから」


 そう言って、菊理は式神を召喚する。

 30体では、無限に増え続けるAランクモンスターを永続的に止めることはできない。

 それでも、こちらが迎撃態勢を整えるまでの準備時間は確保できる。


「残りの式神は探索に回して欲しい。モンスターが密集してるエリアがあったら、そこには私たちが向かうべきだと思う」

「分かっていますよ」


 菊理は残る70体の式神をダンジョン中に飛ばした。

 ダンジョン中を探索し、優先的に助けるべきパーティを選ぶ。

 そうやって、事態を収拾させるための準備を進めてゆく。


「想像より面倒な事態」


 嘆息する雪子。


 探索中の冒険者がある程度は狩っていたとしても、24時間体制でモンスターは増えてゆくのだ。

 軽く見積もって、このダンジョンにはすでに300体近いAモンスターがいるはず。

 他の冒険者と協力しても、結構な負担が2人にのしかかってくるだろう。


 ――考えるだけで気が重かった。


 Sランクダンジョンで起こる異変。

 それに対して【面影】は――



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