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4章  2話 新たな拠点

「今日から、ここを【面影】の拠点とすることを許可いたしますわッ!」


 明乃に案内された建物。

 そこに入ると同時に、声が響いた。


 幼さの残る金髪少女。

 彼女の名は桐生院(きりゅういん)ジェシカ。

 以前にレイドバトルで一緒になった少女であり、今は景一郎のスポンサーをしている少女だ。

 ――もっとも、彼女から支援らしきものを受けた覚えはないのだけれど。


「ここは――」

「桐生院家のオフィスですわっ」


 ジェシカは胸を張ってそう答えた。

 以前、彼女は桐生院家から宿題を渡されたと言っていた。

 その結果で、彼女の才覚を測るのだと。

 良い結果を出せば、明乃がそうであるように自分も支部を任せてもらえると意気込んでいたはずだ。

 だとすると――


「……将来、ここを任されるのか?」

「へぇぁ!?」


 ――妙な反応だった。

 端的に言えば、ジェシカはかなりうろたえていた。


「……なんだその反応……?」


 景一郎は首をかしげる。


 桐生院家は魔都を中心に商売を行っているらしい。

 ならば、優秀な成績を出せばこのあたりを任されたとしても――


「景一郎様。普通、愛娘をこんな危険な地域に送ると思いますの?」

「ぁぁ……」

 

 明乃に耳打ちされ、やっと景一郎は理解した。

 ここは魔都。冒険者の最前線。

 商売相手は最低でもBランク冒険者だ。

 揉め事が起きる可能性を思うと、大切な娘をこんなところに置きたくないというのが親心だろう。


「かかか勘違いしないでくださいます!? わたくしが未熟だから辺境しか任されそうにないという話じゃありませんわよッ……!?」

「いや……本当にそう思ってはいないけどさ。ツンデレ構文で言うと逆に怪しまれるぞ?」


 隠すこともなく明乃にライバル心を燃やすジェシカのことだ。

 親心とはいえ、主要な支部に関われないというのは不本意なのだろう。

 ――不用意な言葉が劣等感を刺激してしまったようで申し訳ない。


「ととと、当然、用意している部屋は魔都にあるどのホテルよりも上質であると断言いたしますわっ」


 ――かなり唐突に話題を変えられた。

 ジェシカとしても、このテーマで話し続けたくはなかったらしい。


「……だからホテルは予約しなくて良いって言ってたのか」

「彼女は景一郎様のスポンサーですわ。気遣いを受け取るのも一つの義務でしてよ」


 そう明乃は微笑んだ。


 ――やっと得心がいく。

 スポンサーになると言いつつも、特に会いに来ることもなかったジェシカ。

 てっきり、あの話は気の迷いだったのかと思い始めていたのだが誤解だったようだ。


 彼女は準備していたのだ。

 景一郎たちが魔都に来ると信じて。

 彼が魔都でスムーズに活動できる場を整えてくれていたのだ。


 ――ここは、景一郎の敵となる人物も多い。

 他の冒険者との接触を避けやすい拠点を用意してもらえたのは、素直にありがたいことだった。


「そういえば、影浦景一郎っ」

「なぜフルネーム」

「貴方。第1次オリジンゲート攻略に参加したいという意思は変わっていませんの?」


 いきなりジェシカはそう問いかけてきた。

 

 確かに、景一郎たちは魔都へと足を踏み入れた。

 だが、そこからどう行動してゆくのか。

 ゆっくりと段階的に地盤を固めてゆくのか。

 それとも、無茶を承知で壮大な夢へと手を伸ばすのか。


 ジェシカの質問には、そんな意味が込められていた。


「――ああ。変わってない」


 だから景一郎は頷く。


 12月に行われるオリジンゲート攻略戦。

 そこに参加する冒険者を選抜するための試験。

 彼は、それに挑戦するのだと。


「そう言うと思っていましたわ」


 そしてそれは、彼女が思っていた通りの返答だったらしい。

 ジェシカは小さく笑う。

 そして、景一郎に指を突きつけた。


「あれから2ヶ月。わたくしなりに情報を仕入れてきましたの」

「……というと」

「――レイドメンバーを選抜する方法が判明いたしましたわ」


 ジェシカが用意していたのは拠点だけではない。

 景一郎にとって最大の関心ごとであろう選抜試験、それについても調べていてくれたのだ。


 そういった情報は、やはり上層部の人間とのつながりが深い人間でないと探ることは難しい。

 景一郎ではどうにも手の回らない部分だ。


「試験の内容は――」


 ジェシカは真剣な表情で口を開く。

 それは――



「――――【聖剣】との()()()()ですわ」



 あまりにも衝撃的な内容だった。


「ッ……!?」

「詳細なルールは決まっていないようですけれど、【聖剣】と直接刃を交えるというのは決定事項のようですわ」

「そうか――」


 景一郎は顔を伏せる。

 その口元は――笑みが浮かんでいた。


(まさか、こんなに早くチャンスが巡ってくるだなんてな……)


 【聖剣】と対等な自分になりたい。

 そう思ってここまで頑張ってきた。

 一緒に戦いたい。背中を任せて欲しい。

 そのための資格を示すには、うってつけの試験だった。


「当然と言えば当然ですわ。今回募集するのはあくまで露払い。それでも魔都クラスの冒険者を選抜するとなれば、審査する側も相応の強者である必要がありますもの」

「そしてそれ以上に――()()()()()()()()()()()()


 ジェシカの言葉を補足したのは明乃だった。


「上下?」

「強者を選抜すると同時に『それでも【聖剣】には勝てなかった』という結論を用意することで、反発を抑えるというわけですわね」


 魔都で活動する冒険者となれば、自分の強さにプライドを持っている。

 それこそが強くなる原動力でもあり、時にチームとなったときに足を引っ張る要因となる。


「冒険者は実力主義の傾向が強い。だからこそ、中核を担う【聖剣】の実力はしっかりと見せつけておくべきということね」

 

 ジェシカはそう言った。


 冒険者が信じるのは強さ。

 なら、示せば良い。

 【聖剣】は彼らを率いるにふさわしい強者であるのだと。


「つまり、今回のレイド主催者――政府の人間は【聖剣】の勝利を疑っていないということですわ。だから、ここまで強気な試験内容にしたのですわ」


 ジェシカはそう締めくくる。

 

 もちろん、選抜試験は優秀なレイドメンバーを選出するためのもの。

 それと同時に、上下関係をはっきりさせるためのデモンストレーションでもある。

 クセの強い冒険者たちを従えるには、それが一番手っ取り早いから。



「殿方なら――これを聞いて燃え上がって欲しいものですわ」



 そうジェシカは鼻を鳴らす。


 下馬評では圧倒的に【聖剣】優位。

 それをひっくり返して見せろと。

 

 【面影】を含むその他のパーティが相手なら【聖剣】の勝利は100%揺らがない。

 そう考えている連中の度肝を抜いてやれと。

 ジェシカの言葉にはそんな感情が隠されていた。


「――悪いな」


 だが、杞憂だ。

 周囲の人間の評価なんて関係がない。

 

 【聖剣】と刃を交える機会が与えられた。

 それだけで充分。


「言われる前から、やる気は満々だ」


 景一郎が奮起するには充分すぎた。



 あれから景一郎たちはさっそく魔都を探索した。

 慣れない土地だろうが、ここのダンジョンには早く馴染んでもらいたい。

 今日のうちに、最低でも1度はダンジョンに潜ろうと考えていた。


「なんかぁ……ゲート大きくなぁい?」


 さすが魔都というべきか。

 歩いていればすぐにゲートが見つかった。


 普通のゲートより一回り大きなダンジョンの入り口。

 それを見上げ、詞は声を漏らす。


「ゲートだけじゃなくて中も広いぞ」

「そーなの?」


 景一郎が答えると、詞は疑問の声を上げた。


「さっきオフィスの人が教えてくれた。ここのダンジョンは、他の地域のダンジョンの3倍くらいの広さ……らしい」


 その疑問に答えたのは透流だった。

 景一郎たちがジェシカと話している間、彼女は職員から魔都のダンジョンについて話を聞いていたらしい。

 

「ほぇー。ボス部屋見つけるの大変そぉ」

「ん……でも私は、広いほうが有利だから」


 透流は詞にそう返す。

 透流は何百メートル先にいるモンスターを攻撃できる。

 狭く、リーチの優位が活かせないダンジョンよりも、今回のように広いダンジョンのほうがスタイルに合っているのだろう。


「ねぇちょっと。監督官の人。ここ何ランク?」


 香子は一人歩き、ゲートの前にいた男性に声をかけた。

 彼はこのダンジョンの監督官。

 ダンジョンに関する情報なら、彼に聞くのが一番早い。


「……Sランクです」

「はぁ? ちょっとアンタ。いきなりSランククリアしようとか思ってるわけ?」


 Sランクダンジョン。

 それを聞いた香子は、景一郎へと責めるような声を上げた。

 いきなりのSランクは無茶だと言いたいのだろう。


「まさか。今回は様子見だ」


 もちろん、それは景一郎も分かっている。

 だから今回は、あくまで『慣らし』だ。


「さすがに、いきなりSランクボスは厳しいからな。少しハードルを下げて、エリアボスを狙う」


 基本的に、ダンジョンにはボスが1体しかいない。

 しかし魔都のダンジョンは例外。

 ゲートにもよるが、ダンジョン全体のボスの他、一定のエリアを支配しているエリアボスというモンスターが2~3体ほど存在している。


 普通のモンスターより強いが、エリアボスはダンジョンボスに比べると弱い。

 今の【面影】でも大丈夫なはずだ。



「とはいえエリアボスもSランクなのは間違いない。油断はなしだ」


 ――【面影】は初のSランクダンジョンへと踏み込んだ。



 とあるダンジョン内。

 そこには2人の女性がいた。


 もっとも、片方の女性が母性的なグラマラスボディを有しているのに対し、もう一人は中学生と見間違えそうな容姿だったけれど。


 巫女服を纏う冒険者――糸見(いとみ)菊理(くくり)

 マントと黒一色のボディースーツを着用した冒険者――忍足(おしたり)雪子(ゆきこ)

 2人は国内最強のパーティ【聖剣】の一員だ。

 そんな2人が話しているのは、ある人物について。


「え…………本当なんですか?」

「ん。景一郎君が、昨日魔都入りしたっぽい」


 雪子からの報告に菊理は目を丸くする。

 影浦景一郎。

 かつて【聖剣】の一員であった冒険者。

 そして、大切な幼馴染。

 彼が再びここを訪れたというのだ。


「ですが景一郎さんは……」


 菊理は不安を漏らす。

 

 ここの冒険者は、景一郎に悪意的だ。

 以前なら、【聖剣】として菊理たちが守ることもできた。

 だが今は、彼を守ってくれる人はいないはず。


 何も起こらなければいいのだが。




「問題なし――――今の景一郎君は、魔都でも通用する」




 そんな不安を薙ぎ払うように、雪子はそう言った。

 通用する。

 自分の身を自分で守れるくらい、今の景一郎は強いと。


「…………いつの間にそんなことに?」


 菊理が知る景一郎はCランク冒険者にも勝てなかった。

 なのに、なぜ彼は魔都でも戦えるくらいの実力を得たのか。

 あまりにも突飛な話に、菊理は半信半疑だった。


「半年くらい前から」

「……………………」


 ――どうやら雪子は、景一郎の動向を随分と前から観察していたらしい。

 菊理は急速に心が冷えるのを感じた。

 半ば無意識で、手元に札を顕現させる。

 そのまま式神を召喚し――左右から雪子のこめかみをえぐった。


「うににににぃ…………。そんな激しくされたら雪子壊れちゃうのほぉー」


 震えつつも、甘んじて折檻を受け続ける雪子。

 彼女なりに、黙っていたことに責任を感じていたのかもしれない。


 ちなみに、ふざける余裕さえ持っている雪子だが、同じ攻撃を並みの冒険者が受けたのなら2秒で頭が破裂する。


「一応Sランクダンジョンの中ですし、とりあえずお仕置きはこのあたりで中断しておきますね」

「中断だった」


 あまりふざけ続けるのもよくない。

 難易度的には、それほど脅威を感じないダンジョン。

 それでもダンジョンに絶対はないから。


「しかしそうなると、どこかでバッタリ出くわすこともあるのかもしれませんね」


 菊理は幼馴染に思いをはせる。


 正直、負い目はある。

 身の安全のためとはいえ、彼の心を傷つけてしまったのは紛れもない事実だから。

 それでも、

 それでも、彼の顔を見たいという気持ちが湧き上がるのを止めることはできなかった。


「ん」


 同意見なのか、雪子は頷く。



「でも、ここはSランクダンジョン。景一郎君に会う可能性は完全無欠のゼロ%。きりっ」



「……雪子さんがそう言って、本当にそうなった記憶はないのですけれど」


 菊理はため息を吐き出した。


 雪子がああいう言動をした時、彼女の言ったようになった試しがない。

 それは【聖剣】の間での共通認識だった。


 【聖剣】との対決は5章となる予定です。

 4章前半は【聖剣】との共闘となるか――?



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