4章 1話 見慣れた場所、変わった景色
景一郎たちは魔都を歩く。
彼の傍らでは明乃が道を示す。
――どうやら、最初に向かいたい場所があるそうなのだ。
「おい……あれ」
声が聞こえる。
知り合いの声ではない。
だが、聞き慣れた言葉だった。
「あいつ……お荷物係じゃねぇか?」
「【聖剣】を除籍されたんじゃなかったのか?」
それは噂話。
遠巻きに景一郎を眺め、猜疑や嘲笑を込めた言葉たち。
――以前も、ずっと景一郎へと向けられてきた感情ばかりだ。
「一緒にいる女たちはパーティか?」
「あいつを拾うゲテモノパーティなんてあるわけないだろ」
以前は【聖剣】と共にいた景一郎。
だが今の彼の周りにいるのは【面影】のメンバーだ。
そうなれば当然、周囲にいる冒険者たちの目は彼女たちにも向けられる。
【聖剣】のように圧倒的な実力と看板を兼ね備えたパーティではない。
ゆえに、向けられる視線は以前よりも無遠慮なものだった。
「よく見たら【千変万化】の花咲里香子じゃねぇか。あの女は臨時パーティも組まない。ありゃパーティじゃねぇよ」
話題に香子が挙げられた。
彼女は魔都でも活動している冒険者だ。
彼女のことを知っている者は多いのだろう。
「それに他の女も、それなりに実力があるみたいだからな。【罠士】と一緒にダンジョン攻略をするような物好きはいないだろ」
そんな声が漏れ聞こえてくる。
――ここにいるのは全員が一流の冒険者。
新参だから。
そんな色眼鏡で実力を見誤ることはない。
「…………なんか、嫌な感じぃ」
詞が渋い顔を浮かべる。
噂の的にされているのだ。
あまり良い気分にはならないだろう。
「みんな、景一郎さんを見てる」
少し委縮した様子で透流は周囲をうかがっていた。
ここまで注目されることは珍しい。
それも好意ではなく好奇の視線。
彼女が気後れしてしまうのは仕方のないことだろう。
「ここじゃ、俺は有名だからな……悪い意味で」
景一郎は嘆息する。
慣れている状況。
しかしそれに仲間を巻き込んでしまうのは不本意だった。
「あの『お荷物係』ってアンタのことだったんだ」
「俺がいなくなってからも武勇伝は残ってたのか」
「悪い意味で、だけど」
「だろうな」
香子の言葉に苦笑する。
景一郎が去っても、お荷物係の名前だけは残っていたらしい。
――詳細は知りたくなかった。
「これは良くない、良くないよぉ」
そう口にしたのは詞だった。
「お兄ちゃんはボクたちのリーダーなんだよ? だから、お兄ちゃんが馬鹿にされてばっかりなのはパーティの沽券に関わってくるよね」
彼の言うことはもっともだ。
パーティーリーダーは、パーティの顔だ。
その顔が周囲に見下されているようでは、パーティの格にも響く。
「…………悪い」
覚悟はしていた。
だが自分の評判が、他の仲間の評価にまで影響を与えようとしている。
申し訳なさから景一郎は謝罪の言葉を口にするが――
「そうじゃなくてぇ」
それを詞は拒絶する。
そのまま彼はいたずらっ子のような笑みを浮かべて――
「ぎゅぅぅぅぅっと!」
景一郎の腕に抱き着いた。
「お兄ちゃんだいしゅきぃぃぃ」
甘ったるい声を上げ、詞は景一郎の腕に頬ずりをする。
仲間というより、バカップルのような格好だ。
「ほらっ。透流ちゃんもっ! お兄ちゃんの魅力を発信しなきゃ!」
「え、え……!?」
詞に促され、透流は戸惑う。
突然のパスに、彼女の無表情が崩れた。
透流はあたふたと混乱している。
「け、景一郎さんっ……!」
やがて決意を固めたのか、透流は声を張り上げる。
彼女は顔を赤くして――
「は、初めて一緒になった人が景一郎さんで……良かった、です……!」
透流は叫ぶ。
その声は、景一郎を標的にしていた冒険者たちにも充分に届いた。
――おそらく、かなりの誤解を含んで。
「初めて一緒になった人……だと?」
誰かが呟いた。
「ありゃ、中学生だろ?」
「よく見たらあの子、忍足雪子に似てないか?」
「マジかよ……【聖剣】を除籍されたからって、似た女で代用したってのかよ。お荷物係以前の問題で引くぜ……」
聞こえてくる噂話の方向性が変わってゆく。
――景一郎が忍足雪子の代わりとして、女子中学生を手籠めにしているという方向へ。
「なあ、俺の沽券が超スピードで死んでいってないか?」
景一郎へのダメージは、今の噂によるもののほうが大きかった。
それに気づいたのか、詞は新たな助っ人へと視線を向ける。
「明乃ちゃん!」
「わたくし、負けると分かっている投資はしない主義ですの」
「見限られた!」
明乃は現実主義だった。
もっとも、ここから逆転する術などないに等しいのだけれど。
無意味な爆死はしない主義だった
「それじゃあ香子ちゃん! お兄ちゃんに熱い告白いっちゃって――!」
明乃は戦闘放棄。
次の標的になったのは香子だった。
「は、はぁ!? そんなの――!」
噛みつく香子。
しかし――その語気が急に弱々しいものへと変わる。
「そんなの……冗談みたいに…………ぃ、言いたくないし」
しかもなぜか香子の顔が赤くなっていた。
「乙女ぇぇぇぇ! ガチ恋勢だぁぁぁぁ!」
詞、大歓喜である。
彼好みの反応だったらしい。
「はぁぁ!? そんなんじゃないしッ!」
そして、香子にとっては不本意な展開であることも確かだった。
結局、景一郎を無視して盛り上がってゆく詞たち。
そんな彼女たちの姿を一歩引いた場所から眺めていると、景一郎へと歩み寄ってくる男がいた。
「オイ。お荷物係」
ケンカ腰の第一声。
彼が景一郎に向ける感情がどのようなものか。
それを考える必要はなさそうだった。
「――――――」
景一郎は振り返る。
そこにいる男は知り合いではない。
もっとも――なんの因縁もないとはいえないのだが。
「ちょっと見なくなったと思ったら、ずいぶん調子に乗って戻ってきてくれてんじゃねぇか」
その男はかつて、除籍されたばかりの景一郎に絡んできた冒険者だった。
☆
嫌な記憶だ。
景一郎が【聖剣】を除籍されたあの日。
拠点としていたホテルから退去しようとした彼を引き留め、貶めた男。
いや。景一郎だけではない。
彼は【聖剣】の皆を侮辱した。
景一郎にとって目の前の男は、忌まわしい存在でしかなかった。
「ろくにダンジョンも攻略できないくせに、女の攻略は得意ってか? 今度から【恋の罠士】でも名乗ってみたらどうだ?」
「それ流行ってるのか? 3人目だぞ」
景一郎は少し棘のある声音でそう言い返す。
以前では考えられなかった反抗的な態度。
それは――男の怒りに火をつけた。
「ッ――――!」
男はその場で地面を強く踏み込む。
わずかに地面が揺れた。
彼が足を上げると、コンクリートの地面に足跡が残っている。
――これは威嚇だ。
己のパワーをひけらかすことで、景一郎を抑えつけようというのだ。
「時は人を変えちまうっていうよなぁ」
男は肩をすくめ、首を横に振る。
「悲しいぜ俺はぁ。昔はもっと謙虚な奴だったのに、今となっては女の前で粋がるような野郎になっちまったのか」
彼は憂う。
旧友と再会し、変わってしまった友人の現在を悲しむように。
とはいえ、彼が景一郎に友情を感じている可能性は万に一つもないのだろうけれど。
「悲しい、悲しいぜこりゃ――――」
事実、彼の口元は――嗤っていた。
「悲しくて腕が滑りそうだッ!」
喋り終わる直前。
男は不意打ち気味に腕を振るった。
景一郎の見立てが正しければ、彼はBランク冒険者。
力任せの剛腕は、以前の景一郎にとっては重すぎる一撃だったことだろう。
――今では、なんの脅威も感じない一撃だけれど。
「……避けた?」
男が目を見開く。
彼の腕は景一郎を薙ぎ払うことなく、虚空へと振り抜いただけだった。
予想と違う展開に、男は戸惑いを見せる。
「……正気か? 口喧嘩はともかく、乱闘はここでも犯罪だぞ」
景一郎は問う。
――ダンジョンはある種の無法地帯。
しかしここはダンジョンの外。
そうなれば当然、ここには法がある。
「さすがに俺も、戻った初日で監督官沙汰になりたくはないんだ。お互い、前のことには触れないっていうのはダメか?」
ここには高ランク冒険者だった監督官が警察の代わりに治安を保っている。
監督官に目をつけられてもメリットはない。
むしろここでの活動が難しくなる。
景一郎は目の前の男が嫌いだ。
それでも、だからこそ下らない揉め事をしたくはなかった。
こんな男に、せっかくの門出を邪魔されたくない。
「うるせぇんだよッ!」
しかし男は退かない。
むしろ景一郎の言葉を起爆剤として、さらに男は怒りを噴出させる。
男は拳を振りかぶった。
さっきのような不意打ちではない。
威力を込めた、大振りのパンチだ。
「そっちがその気なら言わせてもらうけど――」
威力重視のモーションが大きな一撃。
それは、隙が多いことを意味する。
景一郎ごときにそんな隙を突くことはできない。
そんな傲慢が生み出した慢心だった。
「――お前、最後に会ったときアイツらのこと馬鹿にしただろ」
――向こうがその気なら、それなりの対応をさせてもらう。
「勘違いするなよ」
景一郎は掌に【矢印】を貼り付けた。
「俺は身を護るために仕方なく、だからな」
そしてそのまま、男の拳を受け止める。
掌に貼り付けた矢印は横向き。
男の拳は矢印に沿った動きを強制され――
「ぐぶほッ!?」
――自分自身を殴りつける。
男の顔面で炸裂したダメージ。
それは男が景一郎へと向けたそのままの威力。
ゆえに景一郎は同情しない。
たとえ鼻が折れるような一撃だったとしても。
「ようやく俺は……友達を馬鹿にした奴を殴れるような男になったってわけか」
景一郎の前で、男は無様に失神していた。
懐かしい人物の登場。しかし今後登場することはないでしょう。
そして4章前半ではSランクダンジョンを書きたいなぁだなんて思ったり。




