3章 エピローグ あの地へもう一度
【面影】の訓練場。
そこには【面影】の全員が揃っていた。
理由は――
「はぁい。ボクもAランクー」
詞がライセンスを掲げる。
そこに記されているランクは――A。
「………………マジか」
思わず景一郎はそう漏らした。
死に物狂いで勝ち取ったAランク。
それを詞はちょっとしたサプライズ感覚で掲げているのだから仕方がないことだろう。
――もっとも、ナツメは軽くバグと呼ぶべき障害だったけれど。
さすがに詞も、あのレベルの敵から3連勝をもぎ取ったわけではないだろう。
――ないと思いたい。
「ちゃっかりしてるな」
「お兄ちゃんが頑張ってるんだからね。ボクが足止めしちゃうわけにいかないでしょ?」
そう詞は笑う。
景一郎が、彼にAランクへの昇格を頼んだのが3日前。
詞は何もなかったかのように笑っているが、決して楽な道のりではなかったはずだ。
そんな苦労を表に見せないところも、彼らしさなのだろう。
「これで……Aランクパーティ?」
透流がぽつりと言った。
「ええ。Cランク以下の冒険者はゼロ。過半数がAランク。条件は満たしていますわ」
明乃は彼女の言葉を肯定する。
影浦景一郎、月ヶ瀬詞、花咲里香子。
これで5人中3人がAランクとなった。
晴れて【面影】もAランクパーティというわけだ。
「んで。これから魔都を拠点にして活動するのよね?」
ジュースを飲みながら香子はそう口にした。
【面影】の拠点となっている訓練場は明乃が用意したものだ。
ゆえに設備は最新鋭。
香子が飲んでいるジュースも、そのあたりのスーパーで買えるような代物ではない。
彼女も気にいったようで、あのジュースは2本目だ。
「ん……魔都。どんなところか不安」
「どんなって、まあ……あんたくらいの実力者ならゴロゴロいるわね」
「不安が増した」
経験者の言葉に、透流は肩を落とす。
才能があっても、彼女は経験の浅い冒険者だ。
魔都への挑戦には不安も大きいのだろう。
「香ちゃーん。年下をいじめちゃダメだよぉ」
それを見抜いたのか、詞は香子を茶化す。
「カオル言うなッ! 毎回ババアの顔がちらつくっての! てか、アンタも年下でしょうが!」
「でも、ボク初期メンだも~ん。勘違いしないでよねっ。ボク、大先輩なんだからねっ。ツンデレ風っ」
謎のポーズを決める詞。
彼の行動により、この場で燻りかけていた不安が払拭される。
狙っての行動かどうかは分からないけれど。
「う、うっとうしいわね……!」
香子は苛立ちに口元をひくつかせていたけれど。
とはいえ、彼女たちの相性が悪いようには思えなかった。
むしろ、打ち解けているからこそといえるかもしれない。
「――――景一郎様」
景一郎がそんなことを考えていると、隣に明乃が座った。
「これでまた、少し目標に近づきましたわね」
「ああ」
2人は、じゃれるメンバーたちを遠巻きに見つめる。
月ヶ瀬詞。
碓氷透流。
花咲里香子。
そして冷泉明乃。
【聖剣】を除籍されてから半年も経っていないのに、随分と仲間に恵まれたようだ。
「明乃」
「はい?」
「明乃がいなかったら、俺はここまで強くなれなかった」
景一郎は身を乗り出し、机の上にあったコップを手に取る。
そして水で喉を潤した。
彼は照れ臭さから誰もいない方向を向くと――
「ありがとう」
感謝の言葉を告げた。
「……当然ですわ。仲間、なのですから」
明乃はそう微笑む。
仲間だから。
助けるのにそれ以上の理由はいらない。
そういう、ことなのだろう。
「ついに魔都進出だ」
これまでは前哨戦でしかない。
景一郎は今、夢の舞台に立つ権利を与えられたのだ。
ただ、それだけのこと。
「ここからが、本当の戦いだ」
夢を叶えるのは――これからだ。
☆
「ごめんなさい。雪子」
ナツメは謝罪する。
ケータイの向こう側にいる少女へと向かって。
無表情で報告を聞いているであろう弟子に向かって。
「試練、越えられてしまいました」
聞こえてくるのはわずかな息遣い。
そこに込められた感情は分からない。
不安か喜びか。
そう簡単に割り切れる感情ではないはずだから。
「雪子」
だからせめて、ナツメは言葉を添える。
「貴方の想い人は――強かったですよ」
きっと彼は死なない。
それだけの実力あるはずだと。
そんな思いを込めて。
「ふふ……安心してください。格好良かったとは言いませんから」
ただ、あまり褒めてばかりではきっと彼女も不安だろう。
ナツメが褒めているのは、彼女の想い人なのだから。
「それでは――お役御免というわけですね」
これから景一郎は彼女と同じステージに立つ。
もうナツメの監視は必要がないだろう。
そう思うと、なぜだろうか。
少しだけ残念に思う自分がいた。
「――それでは」
そのあともほんの少しの会話を交わし、ナツメは通話を終えた。
通話を終えると、ナツメの心は暗い私室に引き戻される。
自分しかいない部屋。
誰の声も届かない。
そして、誰にも声は届かない。
だからだろうか――
「格好良かったとは……言わないで、おきますから」
そんな言葉を漏らしてしまったのは。
アナザーエピローグを経て、物語はついに4章『集う強者たち』へ。




