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3章 14話 最後の一戦

 花咲里香子の【面影】入りが決定して1時間。

 すでに彼女は旅館へと帰っていた。


 一方で、景一郎は【大幻想陣】で待ち続けている。


「さすがに1日待って誰も来ないってことはないだろ」


 すでに景一郎はレートAで2連勝している。

 同じ相手との2戦目はカウントされないため、まだAランクへと昇格するためには1勝足りていない。

 

 あと1勝。

 今日のうちに昇格するという覚悟を持って景一郎はここにいた。


(【面影】は5人パーティで、俺がAランクに上がれば5人中2人がAランク)


 第1次オリジンゲート攻略戦。

 そのレイドメンバーに参加するには、最低でもAランクパーティであることが必須。


(Aランクパーティを名乗るには、半分以上がAランク以上でないとならない)


 全員がBランク以上。

 過半数がAランク。

 それがAランクパーティの条件だ。


(明乃は時間も取れないだろうし、そもそもタンクはこの昇格条件を達成するのに不向き。冒険者歴の浅い透流は、まだレートAに参加できる実績を積めていないだろうな)


 思考を巡らせる。


「1番手っ取り早いのは詞か」


 優秀なアタッカーであり、ダンジョンの探索経験も充分。

 彼ならすぐにでもレートAでの戦いに参加できるだろう。

 ――あとで頼んでみることにしようか。


「とはいえ、まずは俺がAランクにならないことには示しがつかないな。長丁場は覚悟して待つと――」


 ピロン。

 

 そんな通知音が聞こえた。

 それは対戦申込者が現れたという知らせだ。


「……運が良いな」


 正直、何時間も待たされる可能性も考慮していた。

 1時間やそこらで相手が現れてくれたのは幸運。


「――かぶっててくれるなよ」


 問題は、これまで戦った相手でないかどうか。

 同じ相手だったのなら、残念ながら戦うメリットはない。

 そんなことを考えて、対戦相手の名前を確認する。


「………………って」



「――――棘ナツメ?」



 見慣れた名前。

 だが、ここで見ることになるとは思っていなかった名前。

 思わず景一郎の動きが止まる。


「なんで――」



「おはようございます。影浦様」

「どうしてここに……?」


 人違い、ではなかった。

 無機質な立方体の戦場。

 障害物も何もないフラットな戦場。

 そこにいたのは、見覚えのあるメイド服の女性だった。


「休暇です。気晴らしにスポーツをと思いまして」


 メイド――棘ナツメは涼し気にそう言った。


「……確かに、あの実力ならAランクでもおかしくないか」


 初めて彼女の実力を見たのは、詞とともに潜ったダンジョン。

 あそこで見た【隠密】は見事なものだった。

 彼女がAランク冒険者であったとしても、納得できるくらいには。


「明乃の指示ですか?」


 とはいえ、ここにナツメが現れた理由が見えない。

 正面から問いかけるも――


「いえ。別枠です」


 ――違うらしい。


 だが、彼女は『別枠』と言った。

 偶然でも、気まぐれでもなく。

 ――別の誰かに頼まれたと言ったのだ。


「別枠……?」

「弟子に。……雪子に頼まれたので」


 雪子。

 忍足雪子。

 それは忘れるはずもない言葉だった。


「なるほど……。どうりで、あいつが俺の動向に詳しいわけだ」


 どうやら、雪子に情報を提供していたのはナツメだったらしい。

 しかし言われてしまえば得心が行く部分も多い。

 あの2人は――少し似ているから。


「雪子に何を頼まれたんですか?」

(接待で昇格させてくれる……なんてことはないよな)


 あまり褒められた方法ではないが、知り合いのAランク冒険者に協力してもらうことで昇格するという方法もある。

 もっとも、分不相応な実力で昇格してしまえば、苦労するのは本人なのだが。


 そういうルールの抜け穴を突くようなやり方。

 それを雪子が提案することはないだろう。

 むしろ――



「もちろん、貴方の夢を砕くためです」



「…………ですよね」


 彼女なら、より厳しい審査を要求するはず。

 実力の伴わない昇格を、雪子が無責任に勧めるわけがない。


「影浦様は、オリジンゲート攻略戦に臨まれるのですよね」

「そのつもりです」


 ナツメの問いに景一郎は即答する。

 彼女は審査する者。

 景一郎の昇格を阻む最後の番人であり、彼女の下した評価はそのまま雪子へと伝えられると考えるべきだ。

 だから、迷う姿は見せられない。


「でしたら、手加減は必要ありませんね」


 ナツメが2本のナイフを取り出した。

 ――そのナイフは、ノコギリのように細かな刃が並んでいた。

 敵に刃が触れたとき――上手く()()()()()構造となっている。

 あれは切断より、抉ることを目的とした武器。

 深く斬ることより、人体の中にあるものを効率よく引き千切ることを目的とした武器だ。


 腹を刺されたのなら内臓を引きずり出され。

 掠めただけでも多くの血管を引き裂かれる。

 そんな凶悪な武器だ。


「露払いとはいえ、挑むのは世界最高難度のダンジョン」


 ナツメは両手を広げる。

 まるで誰かを抱き締めようとするような仕草。

 しかし、そこに飛び込んでも待つのは死だけだ。



「無力なままのたれ死んで、あの子の心の傷になるくらいなら――」



「――ここで私が潰します」



 きっとナツメにとって、雪子は大事な存在なのだろう。

 だからこそ、彼女は全力で景一郎を打倒する。

 生半可な実力で雪子と並び立てば、彼女に消えない傷を残すことになるかもしれないから。


 なら、景一郎はどうするべきなのだろうか。

 答えは……1つしかない。


「潰れないってことを、ここで証明しますよ」


 実力を――証明するしかないのだ。


「そういえば影浦様」

「?」


 ナツメはいきなり普段の調子で話し始めた。

 

 戦いへと意識が変わる直前のタイミング。

 振り切ろうとしていた戦意のメーターが一気に落ちてゆく。


「先日、スタンピードダンジョンをクリアなさったのですよね?」

「……そうだけど」


 若干ながら気勢が削がれたのを自覚しつつ、景一郎は答える。


「現在のレベルはいかほどでいらっしゃいますか?」

「…………134」


 嘘を吐く理由もなく、景一郎は正直に答えた。


 トラップ【ダンジョン】を習得してから、以前よりもはるかに効率よくレベリングができている。

 ダンジョンに潜り、休憩を挟んでまた潜る。

 そうしているうちに、彼のレベルはかなり上がっていた。


「なるほど。本来ならAランク相応の戦力はあるようですね」


 ナツメはそう口にした。

 どうやら及第点はもらえたらしい。


 Aランクを目指すレベルの目安は110レベルと言われている。

 それを考えると、景一郎はAランクを目指すことが許される立ち位置にいるといえる。


「でも、貴方の場合はその程度では許されません」


 及第点であれど、納得には程遠い。

 それがナツメの答えだった。


「オリジンゲート攻略という大義。露払いのAランクなんて何人か死んだところで必要経費」


 露払いとはいえ、オリジンゲート。

 Aランクの冒険者でも死ぬ可能性はある。



「でも、貴方だけは絶対に死なせるわけにはいかない。死ぬような実力で送り出すわけにはいかない」



 それでは駄目なのだと。

 死ぬ可能性など微塵もないのだと。

 そう言えるほど強くなければ、合格を言い渡すわけにいかないのだと。

 ナツメはそう言っているのだ。


「それでは、レベルをお聞きしたわけですので……参考までに私のレベルも開示いたします」


 ナツメの口元が三日月を描く。

 襲ってくる寒気。

 それは――強者を前にした時の感覚だ。



「私は――――――――()()()()()()()()


 ナツメ「私のレベルは180です。もちろんフルパワーで戦うつもりなのでご冥福を」



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