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1章  4話 小鬼

「洞窟か……。厄介だな」


 崖に降り立った景一郎は、暗闇を覗き込む。

 洞窟に存在するモンスターは、外部のモンスターと違うことが多い。

 さらにいえば、より強力な個体がいることが多い。


「装備は――こいつで良いか」


 景一郎は黒いコートを揺らしてそう呟いた。

 彼の手には、黒い短剣が二振り握られている。


 宵闇の外套。宵闇の双剣。


 ――これらの装備は宵闇シリーズと呼ばれている。

 シリーズ装備は同時に装備することで追加効果をもたらすものだ。

 宵闇シリーズの効果は【隠密】の習得。

 宵闇シリーズを装備している間に限り、景一郎は【隠密】を使用することができる。


 Sランクダンジョンで手に入れたものということもあり、その性能は折り紙付きだ。

 市場に出回れば10億以上の値が付く逸品。

 最高級に近い装備品である。


「それじゃあ……行くか」


 景一郎は踏み出す。


「トラップ・セット」


 そして、矢印を踏みつける。

 一瞬の浮遊感。

 同時に、彼の体が前方に射出される。

 景一郎は高速で洞窟を移動してゆく。


「トラップ・セット」


 曲がり角が近づいてきた。

 このまま跳び続ければ、彼の体は岩肌に叩きつけられるだろう。

 その前に、彼は岩の壁に矢印を張り付けた。


「っと……」


 景一郎は壁――矢印の上に着地する。

 彼の体は矢印に従って方向転換した。


「こいつは――慣れたら便利そうだ」


 洞窟へと次々に矢印を設置してゆく。

 矢印に誘導され、景一郎は高速で洞穴を駆け抜けた。

 今のところ道は一本だけ。

 ならば、この先に目的地が存在するはずだ。


(――! 開けた場所に出た……!)


 閉塞感のある狭い通路が終わりと告げた。

 景一郎の体が飛び込んだのは広間だ。


 ドーム状の大部屋。

 ここはちょうど通路の交差点のようで、複数の分かれ道が存在していた。


(あれか――)


 しかし景一郎が道に迷うことはなかった。


 分かれ道のうちの一つに、大量のモンスターが殺到していたからだ。


 緑色の体。

 人間のような手足。

 大人の腰あたりまでの背丈。

 雑な形をした棍棒。

 そのモンスターの数は10や20では足りない。


「……ゴブリンの群れか」


 小鬼とも呼ばれることのあるモンスター。

 単体であればDランクに分類されるモンスターだ。


 だが、群れとなれば話が変わる。

 群れたゴブリンは狡猾で、厄介だ。

 ゆえにそのランクがCに引き上がるのだ。


 ――これまでの景一郎なら苦しい相手だろう。


 しかし景一郎は笑みを浮かべた。

 恐怖はない、むしろ――


「楽しみだ」


 彼は一直線にゴブリンの群れへと切り込んだ。



「ん……くっ……!」


 何度目だろうか。

 金属音とともに、腕へと衝撃が走る。


 それは大盾がゴブリンの一撃を防いだ反動だ。

 軽く100は超えたやり取りに女性――冷泉(れいぜい)明乃(あけの)は歯噛みした。

 金糸のような髪は汗で頬に張り付いている。

 深紅のドレスは、繰り返された攻防の中で泥に汚れた。

 彼女は両手で盾を構え、視界を埋め尽くすゴブリンの攻撃に耐えていた。


「お嬢様! 我々のことは捨て置いてくださいませ! お嬢様は、御身を守ることだけを――」

「うるさい……ですわねっ。気が散りますわっ」


 後ろから聞こえるのは仲間の声。

 ――明乃たちは調査のためにこの洞窟を訪れていた。

 調査のための専門家と、護衛のための冒険者で構成されたパーティ。

 専門家たちに戦闘力はなく、冒険者はゴブリンの奇襲によって打撃を受けてしまっている。


 結果として戦えるのは冒険者としての才能を持ち、それでいて周囲から護衛される立場にあった彼女だけだった。


 ――【パラディン】


 幸いにして、明乃が有している職業は守ることに秀でた職業。

 仲間を守る防御力も、戦線を保ち続ける体力もあった。

 だがそれも限界が近い。

 途切れない攻撃は、間違いなく明乃の体を蝕んでいた。

 全身が重く、注意力が散漫になりつつある。

 このままでは――


「っ」


 流れる汗が目に入った。

 反射的に明乃は片目を閉じる。

 それが致命的な隙となった。


「きゃっ……」


 ゴブリンの攻撃に盾が弾かれた。

 衝撃で明乃の体は横に流れ、無防備な状態をさらす。


 待ちかねたように飛びかかってくるゴブリンたち。

 子供くらいの大きさをしたモンスターが明乃の腰に抱き着いた。


「しま――」


 動きが鈍ったタイミングで、ゴブリンがさらに両脚へとしがみついてきた。

 一度崩れた均衡は戻らない。

 次々にゴブリンが明乃に殺到する。


「ぅ――」


 重みに耐えかね、明乃は膝をつく。

 そうなれば今度は頭を押さえつけられる。


(このままでは――)


 明乃は地面に這いつくばったまま敵を睨みつける。


「まだまだ……ですわっ」


 明乃は立ち上がる。

 何体ものゴブリンを背負いあげて。

 膝を折りそうになりながらも立ち上がる。

 自分の後方にいる人たちを狙わせない。

 そのためだけに。


 ――ゴブリンがさらに歩み寄ってくる。

 しかし、明乃は腕を上げることもできない。

 もはや断頭台に縛り付けられ、死を待つに等しい状況。

 それでも明乃の眼光は衰えない。

 だが現実は非情で――


「――――手伝ってもいいか?」


 漆黒の風が吹き抜けた。

 黒い斬撃が幾条も走ってゆく。

 それらは一瞬にして明乃を捕えていたゴブリンを解体した。


「なんですの……!?」


 あまりに不可解な現象。

 明乃は困惑しながら周囲を見回した。


「余計なお世話じゃなければ、手伝わせてもらっても構わないか?」


 男の声が聞こえた。

 彼は夜色のコートを纏い、そこに立っている。


 彼の手にある短剣からは血が滴っていた。

 先程の斬撃は彼の手によるものだったのだ。


「これは――貴方が……?」


 明乃は問いかける。

 最初に目についたのは装備品。

 一目でそれが一級品であると分かった。

 おそらく最前線で戦う冒険者でなければ手に入れることはできないほどランクの高い装備品だ。

 言い換えれば、彼はそんなダンジョンに挑む権利を持つ者ということ。


「ちょうどレベリングの途中でな。よかったら、少し分けてもらいたいんだけど」


 男性はそう言った。

 救援としてではなく、あくまで個人の都合として。

 そんな言い方をするのは、冒険者にはプライドの高い人物が多いからだろう。

 

 助けるなどと口にすれば、意固地になる者も多いと聞く。

 不用意な衝突を避けるため、あえてそんな言い方をしているのだ。

 どうやら彼は冒険者同士のやり取りも手馴れているらしい。


「そんな回りくどい言い方は不要でしてよ」



「……お助けいただけますか?」



 ゆえに明乃は率直に助けを求めた。


「この状況。わたくしだけで切り抜けるのは厳しそうですの」


 明乃は盾を構え、横目で男性を見る。

 すると男性は――笑った。


「……話の分かる人で良かった」



 景一郎は内心で安堵のため息を吐き出した。

 彼の隣にいるのは金髪の女性。

 濁りのない金髪に、真っ赤なドレス。

 凛とした所作から彼女の育ちの良さがうかがえた。

 貴族令嬢を思わせる容姿もあって、気位が高い女性である可能性を警戒していたのだが――


「……話の分かる人で良かった」


 身を挺して仲間を守り、必要ならば助けを求めることさえ厭わない。

 そんなまっすぐな女性だった。


(元々負けるつもりなんてなかったけど、ますます負けられないな)


 景一郎は気合いを入れなおす。

 隣にいる女性を、無事に地上へと帰すために。


「わたくし、冷泉明乃と申しますの。お名前をお伺いしても?」

「……影浦景一郎だ」


 二人は互いの名前を交わした。

 相手を呼ぶための記号は、連携において必須となる。

 だからこそ彼女――明乃は名前を教え合うように促したのだろう。


「敵の数が多いですので――役割分担が必要だと思いますわ」


 明乃はそう言った。


「わたくしは【パラディン】ですわ。できれば攻撃をお任せしたいのですけれど……失礼ですが職業お聞きしてもよろしくて?」

(【パラディン】か……)


 それは戦士系に分類される職業である。

 その特徴は耐久力。

 タンクを務めるには最適とされる職業の一つだ。

 だから彼女はガードに徹し、景一郎に攻撃を任せる。

 そんな即興の連携を考えたのだろう。

 もっとも――


「【罠士】だ」

「ぇ」


 明乃の表情が崩れた。

 ロールしている金髪が跳ねる。


「あの……先程の攻撃もありますし。さすがに嘘にしても現実味が薄すぎると思いますわよ……?」


 そんな彼女の反応に、景一郎は笑みを浮かべる。

 そして、一歩踏み出した。


「あと連携は必要ない」


「こいつらは――俺だけで充分だ」


 景一郎の宣言。

 それが開幕の合図だった。

 ゴブリンが一斉に動き始めた。


「お待ちになってッ……!」


 先陣を切る景一郎に明乃は声を上げる。

 突出すれば狙われる。

 そう言いたいのだろうが――


「トラップ・セット――【矢印】」


 景一郎は腕を振るう。

 掌から射出された矢印が3つ地面へと展開された。


 津波のように襲いかかるゴブリンたち。

 そんな彼らにトラップを躱すような器用な行動ができるわけもなく、先頭を走っていたゴブリンたちが矢印を踏みつける。


「「「ギィィィッ!?」」」


 3体のゴブリンが勢いよく後方へと吹っ飛んだ。

 するとボウリングのようにゴブリンたちがなぎ倒されてゆく。

 そのままゴブリンの群れは広間まで押し出されていった。


「あれは……なんですの……!?」


 そんな光景を前に、明乃は目を丸くしていた。


「……【ウィザード】の方でしたのね」


 明乃が絞り出したのはそんな言葉だった。

 景一郎は魔法系の職業と勘違いしたらしい。


「いや。【罠士】だ」

「【罠士】はあんなこと出来ませんわよっ!?」


 ある意味、彼女の叫びは仕方がないことだったのかもしれない。

 景一郎も、自分のことでなければ信じられなかっただろう。


「! まだ続きが来ますわよ!」


 そう明乃が警告する。

 所詮、ゴブリンは弾き飛ばしただけ。

 すぐに彼らは立ち上がり、通路へと戻り始めていた。


「このままでは退路が――」


 通路が埋まってゆく。

 明乃が焦りを滲ませるが――


「大丈夫だ」


 景一郎は断言した。




(なんとなく――()()()()()()()()()()




 彼の中で、あるアイデアが浮かんでいた。

 これまでのトラップの常識を覆す技術。

 それが可能だと、彼の中の何かがささやいていた。


「トラップ・セット」


 トラップが準備される。

 景一郎の右手には【斬】、左手には【矢印】が。

 それぞれ別のトラップが待機する。


「――――【矢印】+【斬】」


 そして、彼は掌を叩き合わせた。

 拍手のような動作。

 【矢印】と【斬】のトラップが重なり――融合する。

 

 すると、景一郎の前方に斬撃の嵐が発生した。

 

 彼を起点として扇状に、約10メートルの距離までを斬撃が荒れ狂う。

 通路という左右に逃げ場のない空間。

 ゴブリンは斬撃から逃れられず切り刻まれてゆく。

 斬撃の嵐が去ったとき、そこにあるのはゴブリンの残骸だけだった。


「こんなもんか」


 ゴブリンの全滅を確認し、景一郎は笑った。


「大丈夫だったか?」


 景一郎は首だけで明乃へと振り返る。

 そこにいたのは、凍り付いたように硬直した明乃。


「どう見ても【罠士】じゃありませんわよね!?」


 再起動した明乃が叫ぶ。


「モンスターの群れを一撃で殲滅する【罠士】だなんて聞いたことがありませんわっ!」


 困惑する明乃。


「高位の【ウィザード】だと言われたほうがまだ信憑性がありますわ……」

「なんか……やれば出来るもんだな」

「しかも初めてでしたのっ!?」


 トラップの融合という初の試み。

 それは成功した。

 斬撃トラップが矢印トラップによって指向性を与えられ、前方へと射出された。

 感覚頼りの行動だったが、上手くいったのは僥倖だ。


「それじゃあ帰るか」

「え、ええ……助かりましたわ」


 とにかく、ゴブリンの群れは全滅した。

 景一郎たちは洞窟を出ようとするも――


「……やっぱりか」

「どうなさいましたの?」


 景一郎が立ち止まると、明乃が問いかけてくる。

 

「いや……経験上、あの規模の群れとなると――いるんだよなって話だ」


 すでに景一郎はとある気配を察知していた。

 ――足音が聞こえたのはそれから数秒後のこと。

 ここまでくると明乃も事態を理解し始めていた。


「まさか――」

「ああ」


「群れのボスだ」


 ゴブリンは元々群れることが多い種族だ。

 ゆえに小規模な群れは珍しくない。

 しかし、数十体となれば話が変わる。


 そこまでの規模となると――指導者が必要となる。


「当たりか、外れか。これはどう考えるべきなんだろうな」


 大広間に現れる巨大なモンスターを目にして、景一郎は笑う。

 ゴブリンよりも少し深い緑色の肌。

 体長は10メートル以上。

 なによりも全体的に線の細いゴブリンとは違い、その肉体は鋼のような筋肉でおおわれていた。

 それは、ゴブリンが『小さな鬼』とされる所以。


「オーガ様のお出ましだ」


 彼らの前に現れたのは正真正銘の鬼。


 識別名はオーガ。

 その等級は――C+。


 次回は初ボス戦。



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