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3章 13話 リーダーとエース

「っ~~~~~~~~~~~~~!」

 

 【大幻想陣】による戦場から戻ってきた景一郎たち。

 偶然にも同じタイミングで部屋を出た2人は、扉を開いた直後に顔を合わせることとなる。


 それは以前の展開を思い起こさせる光景だった。

 強いて違いを言うのなら、香子が殴りかかることなく逃げ出したことくらいか。

 ――とはいえ、このまま逃げられては少々困るのだ。


「ちょい待て」


 景一郎は手を伸ばし、離れる香子の手を掴んだ。


「きゃっ……!?」


 少し強く掴んでしまったのだろうか。

 香子の体が景一郎へと引き寄せられる。


 とっさのことだったからか香子は足をもつれさせる。

 そのまま彼女は倒れ込むようにして――景一郎の懐におさまった。

 まるで景一郎が彼女を抱きとめているかのように見える光景だった。


「……すまん」


 殴られるかもしれない。

 そう思いつつも謝罪する。


「うっさい……ロリコン、ゲイ、オッサン」


 返ってきたのは暴言。

 しかし意外にも、拳が飛んでくることはなかった。


「………………」


 微妙な沈黙が漂う。

 香子は暴れ出すこともなく、彼の胸板に体を預けたままだった。

 彼女の顔は赤く、脱力していた。


 ――不覚にも、彼女が少し可愛く見えてしまう。

 まさか彼女に庇護欲のような何かを感じさせられようとは。


 いっそ突き飛ばされたほうが楽だったかもしれない。


「お……オッサン以外は大なり小なり疑われる要素があるのが悔しいな」


 少し言葉に詰まりつつ、景一郎は香子を引きはがす。


「――なあ花咲里」


 景一郎は彼女の両肩を掴んだまま話しかける。

 そもそも彼女を引き留めたのには理由があるのだ。


「今日はそっちの要求に従ってここまで来たわけだろ? だから、こっちからも1つ頼みごとをしていいか?」


 景一郎はそう切り出した。


「は、はぁ……? どんなこと、させようってのよ……」


 そう眉を寄せる香子。

 しかしその語気は弱い。


「別に変なことじゃない。それに話を聞いて欲しいだけだ。断ってもらっても構わない」

「?」


 景一郎の言葉に香子が首を傾ける。

 

「花咲里香子」


 あえて策は弄さない。


 残念ながら、影浦景一郎には冷泉明乃のような弁舌の才はない。

 だから直球勝負。



「――――お前が欲しい」



 そう告げた。

 それこそが、彼の率直な想いだから。


「…………………………」


 ――香子の目が左右に泳ぐ。

 そこに表情はない。

 そして数秒後――彼女の顔が沸騰した。


「は、はあぁぁぁぁ!? 変なこと要求してるじゃないのよ! それともなんなの!? アンタの中ではこれが平常運転なわけ!?」

「ちょ、勘違いするな」


 すさまじい勢いで身を乗り出す香子。

 景一郎は身を引きつつそれを手で制した。

 

 確かに率直な想いを口にした。

 しかし相手に理解を求めるには言葉が足りなかったらしい。


 景一郎はその場で咳払い。

 そして再び、今度は誤解のないように言いなおす。



「――お前には【面影】のエースアタッカーになって欲しい」



「は……?」


 香子の動きが止まった。


「【面影】って……確か」

「俺たちのパーティだ」


 【面影】へのスカウト。

 それこそが景一郎の目的だった。

 勧誘するだけの価値が、彼女にはあると確信していた。


「つまり、アンタがリーダーなのよね」

「ああ」

「なのにアタシをエースに据えるっての?」


そう問いただす香子。

 そんな彼女の姿に、景一郎は小さく笑みを浮かべた。


「別におかしなことじゃないだろ。リーダーが必ずしもエースである必要はない」


 多くの場合、パーティにおいてエースとはアタッカーだ。


 経験値はモンスターへと与えたダメージによって配分率が決まる。

 そのため、アタッカーが一番高レベルであることが多いからだ。


 そもそも、盾役や援護役もすべてアタッカーの力を生かすようにと立ち回るのがパーティの基本動作。

 ゆえにアタッカーは戦術を組み立てるうえで中心的存在となる。

 戦術の中心が、パーティの中心――つまりエースとなるのは必然かもしれない。


 とはいえリーダーとエースは別物。

 最高レベルである必要もないし、アタッカーでなければならないわけでもない。

 むしろリーダーとエース、両方の役割を果たすのは重荷となることも多い。


「これまで俺はアタッカーとしてやってきたけど、最近はサポーターに転向しようかとも思っていてな」


 サポーター。

 それは名前の通り、パーティの動きを支援する役割。

 多くの場合は、アタッカーを援護することでパーティ全体の火力を安定させるポジションだ。


 トラップ【矢印】によって戦闘手段は得た。

 しかし最近、感じることも多い。



 ――このスキルは援護でこそ輝くと。



 結局、どこまでいっても彼は【罠士】だ。

 同じように矢印を使って加速させるにしても、元々の身体能力が高い味方を加速させたほうが強力だ。

 

 矢印を利用したガードだって、自分だけのためではなく、もっと広い視野でパーティ全体のために使えたのなら。

 パーティへの貢献度を考えたとき、景一郎に向いているのはサポーターだ。


 なにより――【聖剣】は全員がアタッカーをこなせる火力型のパーティだ。


 彼女たちとともに戦うことを思うのなら、アタッカーとしてよりもサポーターとして合流したほうがパーティのバランスも良い。

 そういった理由から、ポジションの転向を考えていたのだ。


「敵として2回。仲間として1回。一緒に戦って確信した」


 そんなときに現れたのが香子だった。

 即戦力のアタッカー。

 そして何より、成長の底が見えない。

 まだまだ伸びていく少女。

 そんな彼女だから、任せたいと思った。


「花咲里の存在は、俺たちにとって必ずプラスになる」


 ――彼女なら、景一郎がアタッカーをしなくともパーティの火力を維持してくれるはずだ。

 そう安心して任せられるだけの人材だった。


「と、ここまでが俺の要求だ。返事はイエスでもノーでも保留でもいい」


 そもそも、香子の勧誘は一目惚れによるものだ。

 彼女の事情を汲み取ったものではない。

 もしかすると所属しているパーティがあるかもしれない。

 だから強制するわけにはいかない。


「…………るわよ」

「?」


 香子がぼそりと呟いた。

 しかしその声は小さく、聞こえなかった。

 景一郎が反応できずにいると――


「入ってやるって言ってんのよっ!」


 噛みつきそうな勢いで香子がそう言った。


「勘違いするんじゃないわよ! 入ってみて、全然ダメなパーティだったら即行で抜けてやるんだから!」

「ああ。それでいい」


 ――失望させないように努力するだけだ。


「それじゃあ、よろしくな。香子」

「は、はぁ!? 下の名前で呼んでいいとか言ってないんだけど!?」

「じゃあニックネームか……(かおる)とか?」

「ババアとかぶってるとか絶対嫌なんだけど!?」


 こうして、花咲里香子が【面影】へと加入した。



「ん……?」

「どうしたんすか大吾さーん」


 朝方の街。

 そこには冒険者の男性が2人いた。


 青年と中年男性。

 後輩と先輩。

 2人とも普段は魔都で活動している冒険者だ。

 今日は冒険者ライセンスの更新のため、ここを訪れたのだ。


「いや……懐かしい顔を見かけてな」


 先輩冒険者は街道に目を向ける。


 後輩も追従して視線を動かした。

 朝方ということもあり、そこにある人影は1つだけ。


「懐かしい……? もしかしてあのメイドさんすか?」


 そこにいたのはメイド服の女性だった。

 肩のあたりでまっすぐに切り揃えられた黒髪。

 背中しか見えないため顔は分からない。

 ただ綺麗な姿勢や所作から、彼女が美人であることへの疑いはなかった。


「……まあな」

「あのメイドさんって……昼のっすか? 夜のっすか?」


 メイド喫茶や、はたまた怪しいお店か。

 茶化すように後輩冒険者は問う。


「…………24時間営業のほうだ」

「ガチのほうっすか」


 どうやら職業:メイドだったらしい。

 

「もしかして昔の女とか?」


 綺麗なメイドさんと、目の前のオッサンが交友を持つ可能性。

 このオッサン、魔都で活動しているだけあって預金は潤沢だ。

 若い女性とお付き合いすることも不可能ではないはず。

 そう思っての発言だったが――



「おい……悪いことは言わねぇから訂正しとけ」



 先輩冒険者の表情は真剣そのものだった。

 鬼気迫るといってもいい。


「い、いやだなぁ。なにマジな顔してんすか? キレないでくださいよ~」


 冗談にしても加減を誤ったか。

 そう思い、後輩はへらりと返すが――



「俺はどうでもいい。でも――聞こえてんぞ」



 聞こえている。

 ――あのメイドに、という意味だろう。


 しかしあのメイドは200メートル以上離れた場所にいる。

 その背中は米粒くらいの大きさにしか見えない。

 大声で叫んでいるならともかく、普通の会話が聞こえる距離ではない。


「へ? あんな豆粒みたいな距離ですよ? ここの会話なんて――ひぃっ」


 ――と思っていた。


 破砕音。

 それは黒光りするものが後輩冒険者の足元に着弾した音だった。


 ――それは斧だ。

 柄の長さが2メートルほどある大斧。

 だが問題は刃だろう。

 重心のバランスなんて考えてもいなさそうな巨大な刃。

 それは見ているだけで冷や汗が出る逸品だった。


 ――ちなみに、斧からは鎖が伸びている。

 それが誰に続いていたのかは――言うまでもない。


「良かったな。威嚇用のおもちゃで」

「おもちゃじゃないでしょ。当たったら死にますって」


 とはいえ、内心では分かっていた。

 あの距離で、あの重量武器をギリギリの場所に落とす。

 それはほんの少しのミスさえありえないほどの技量がなければ実現不能なのだと。


「なんなんすか? あのおっかないメイド」

「まあ……あいつが現役でやってたのは10年前だからな。お前たちの世代じゃ知らないのも仕方がないのか」

「?」


 懐かしむような様子の先輩冒険者。

 その意味が分からず、後輩冒険者は首をひねる。


「今、最強のアサシンといえば【聖剣】の忍足雪子だけどよ。俺たちの世代で最強のアサシンといえば、あいつなんだよ」

「アサシンってあんなデカい斧振るんすか?」

「だから、威嚇用のおもちゃって言っただろうが」


 本気で振るう武器は他にあるらしい。



「――――【解体屋(こわしや)(とが)ナツメ」



「生物を解体することに特化した――()()()()()()()()()


 冒険者の戦場はダンジョン。

 だが実は、少し毛色の違う仕事も存在する。

 


 それは冒険者としての才能を持つ犯罪者を対象とした狩り。



 冒険者は兵器に匹敵するほど強力でありながら、兵器とは比べ物にならないほどフットワークが軽い。

 そのため、優秀な冒険者をスパイとして送り込む国も多いのだ。

 

 そんな冒険者には、こちらも冒険者を。


 そういった、ある種アンダーグラウンドな色を持つ仕事。

 一般には知られていないが、魔都入りするような冒険者なら、そういう仕事が存在することくらいは耳にする。


 先輩冒険者の言葉から察するに、あのメイドはそういう汚れ仕事を生業にしてきた冒険者なのだろう。



「それにしてもあんなに殺気を漲らせて――誰を殺しに行くつもりなんだ?」


 ちなみに、棘ナツメを漢字にすると『棘棗』となります。

 棘を『とが(咎)』と読むのも、彼女がダークサイド側で活動していた時期のある冒険者だからだったり。



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