3章 12話 再戦
「朝一で協会に来いって――どうしたんだ?」
レッドゲートの攻略を終えた次の日。
朝霧が晴れたばかりの早朝。
影浦景一郎は冒険者協会にいた。
呼び出したのは花咲里香子。
昨日、電話でここに来るようにと言われていたのだ。
――ほぼ一方的に。
「ていうか朝一っていうけど、同じ場所から向かったらさ――」
景一郎と香子は同じ旅館にいた。
そして、最初のバスに乗る。
そうなれば――
「ぶっちゃけバスで一緒だったよな?」
協会に行く前に、がっつりと顔を合わせることとなる。
そもそも旅館のロビーですでに出会っていた。
「~~~~~~~~~~~~~~!」
彼の指摘に香子は顔を赤くする。
どうやら彼女は、そこまで頭が回らないままに例の提案をしていたらしい。
「あの時間のバスなんて席も空いてるし。話があったなら、あそこで話してもよかったんじゃないか?」
旅館では知り合いに聞かれるリスクがある。
しかしバス――そもそもバス停でも充分だったのではないだろうか。
そう思わずにはいられなかった。
「うっさいわね……!」
香子の怒りが殺気に変わった。
「というか、なんで俺の連絡先が分かったんだ?」
景一郎は疑問の声を漏らす。
突然かかってきた電話。
しかし連絡先を教えた記憶はなかった。
「チェックインの時、連絡先を書いたの忘れたわけ?」
「客の情報を私的に使うなって教わらなかったのか?」
「は、はぁ!? なんでババアの話になるわけ!?」
どうやら宿泊者リストを勝手に見たらしい。
――大丈夫なのだろうか。
「…………まあいいや」
とはいえそれを責める気はない。
「それで、結局のところ要件は何なんだ?」
景一郎は頭を掻き、話の続きを促す。
深夜に眠り、起きたのは早朝。
睡眠時間は3時間を下回っている。
話がすぐに終わればもう一度寝なおすことも視野に――
「――なさい」
「?」
「アタシともう一度戦いなさいって言ってんのよ!」
――とはいかないようだった。
☆
『戦場設定はデフォルト。試合映像は非公開。これで良いでしょ?』
マイクから香子の声が聞こえる。
景一郎はすでに【大幻想陣】に接続された椅子に腰かけていた
「……ああ」
こんな時間に観戦者はいないだろう。
だが、あまり試合映像を公開したくないのも事実。
ゆえに彼は同意した。
『わざわざ非公開にしてあげたんだから――』
それにおそらく今回の戦いは――
『あの変なスキル、最初から使いなさいよね』
――ユニークスキルの使用を強要されることになるはずだから。
「……………………」
正直なところ、景一郎はこの戦いに乗り気ではない。
激戦からまだ半日も経っていないのだ。
そういう気分にならないのは仕方のないことだろう。
だが、断ろうとまでは思わなかった。
『アンタの全力……叩き伏せてやるんだから』
この戦いは、きっと彼女にとって大きな意味を持つのだと分かっていたから。
☆
「――――――――」
気が付けば、景一郎と香子は戦場で対峙していた。
戦場は荒野。
――初めて2人が戦った時と同じだった。
10メートルの間合いで向かい合う。
前回と違い、2人とも相手の戦術を多少ながら知っている。
そうなれば――
「ッ――!」
手がブレて見えそうなほどの早業。
香子が太腿のホルスターに手を伸ばす。
そして彼女の指先がホルスターに潜ると同時に――腕を振り上げた。
すると彼女の指先に引っかかっていた円状の武器が投げ放たれる。
(チャクラムか……!)
チャクラム。あるいは円月輪と呼ばれる投擲武器。
香子の初手は、チャクラムの早撃ち。
回転する刃が景一郎に飛来する。
その着弾まで1秒の猶予もない。
「【矢印】」
――だからといって、対抗できないわけではないのだが。
景一郎の前方に出現した矢印がチャクラムを受け止める。
そのままチャクラムの軌道は歪曲し、大きく逸らされた。
「……!」
「悪いけど。飛び道具は俺に当たらない」
景一郎は涼しい顔で香子と向かい合う。
攻撃から当たるまでにタイムラグがある遠距離攻撃は、もはや景一郎に通じない。
すべて矢印によって弾道を変えられ、意味のない方向へと散らばってゆくのだ。
「これなら――どうなのよッ!」
香子は眉を寄せ、ホルスターから武器を取り出す。
彼女が選んだのは2つの武器。
1つはマリオネットアリスとの戦いで見た武器――鎖鎌。
そしてもう1つは――まるで背骨だった。
青白い背骨のような刃節が連なってできた武器。
いわゆる蛇腹剣などと呼ばれるものだ。
「鎖鎌と蛇腹剣の二刀流……。片方でも扱いにくい武器だってのに――」
どちらも熟練の技術と、高い集中力を要する。
それを二刀流で扱おうなど狂気の沙汰でしかない。
「ッ……!」
香子が腕を振るう。
それに伴い、蛇腹剣が景一郎へと襲いかかった。
その狙いは――正確。
「【矢印】……!」
とはいえ、彼女の技術など最初から疑っていない。
景一郎は油断なく矢印を展開した。
しかし――
「行きな……さいよッ!」
香子が手首を返す。
その振動は伸びた剣を伝播する。
やがてそれは刃先にまで伝わり――
――蛇腹剣が矢印を回避した。
「ッ!?」
想定を外れた斬撃の軌道。
矢印の壁を突破した刃が景一郎を狙う。
「ちっ……!」
後ろに跳んだ景一郎。
しかしあの距離からでは回避は間に合わない。
蛇腹剣は彼の肩を抉った。
「どう、よッ……!」
ファーストヒット。
だが香子には安堵も歓喜もない。
ただ貪欲に攻め立てる。
「アタシはアンタに負けてなんか……ないのよッ!」
蛇腹剣と鎖鎌。
2つの武器はムチのように景一郎に迫る。
その動きは変幻自在。
軌道に合わせて矢印を置くだけでも一苦労だ。
「ッ……!」
「はは……!」
今度は鎌が足を掠めた。
思わず景一郎の口から笑みが漏れる。
「このままじゃ……負けるな」
自分の立場が不利だと認識。
そのうえで、笑う。
実のところ、彼女との戦いが楽しくなりつつあった。
「俺の全力を叩き伏せる――だったよな」
ゆえに景一郎は笑みを深める。
彼のテンションは天井なしに上がってゆく。
一晩明けたことで落ち着きつつあった血が沸騰し始める。
先日会ったばかりの少女。
そんな彼女に――
「【操影・異形】」
――昨日習得したばかりのユニークスキルを見せてしまうくらいには。
☆
「なによ……それ」
わずかに香子が後ずさる。
そんな彼女の足元には影が落ちていた。
「影の……化物……?」
――全長数十メートルの巨大な化物によって生じた影が。
「へぇ。こんなスキルだったのか」
景一郎は初めて使うスキルを前にして感心の声を漏らす。
【操影】というスキルそのものは一般的に認知されているものだ。
それは、自分の影を自在に操るというもの。
攻撃によし、足場によし、拘束によし。
攻撃とサポートの両面で優れたスキルといわれている。
だから【操影・異形】もその派生にあたるスキルだと予測していたのだが。
まさかこんな異形の化物を召喚するスキルだったとは。
生物で似た形状のものを挙げるのなら、サンショウウオあるいはウーパールーパーあたりだろうか。
「――――行け」
ともあれ、ここは【大幻想陣】の戦場。
敵を殺す心配はない。
ゆえに景一郎は躊躇いなく、化物に命じた。
「ギグガァァァァァァァァァァァァッ!」
大気を震わせる咆哮。
直感で分かる。
あの化物は、Aランク上位相当のモンスターだ。
影の異形は自らの体を伸ばす。
伸びた影は刃となり香子へと襲いかかった。
「ちっ……!」
香子は横に跳んで影を躱す。
――影が伸縮自在であることは【操影】と変わらないらしい。
迫る影を回避した香子。
しかし影の化物はすぐに次の行動に移る。
大口を開ける異形。
そこにあるのは影と正反対の白い牙。
鋸のように並んだそれは、人間の胴体など一瞬で食い千切るだろう。
「ッ!」
動き出す異形。
それは巨体からは想像もできないスピードで地面に食らいついた。
ほとんど地面に頭突きするような勢いでの攻撃。
異形を中心として地割れが広がり、砂煙が上がる。
「速い……わね!」
さすがというべきか。
それでも香子は回避を間に合わせていた。
彼女は大きく跳び上がり、異形を見下ろして唇を噛む。
そのまま距離を取って着地しようとするも――
「良いのか? 俺が【罠士】だって忘れてないか?」
彼女はあまりに――異形に気を取られすぎていた。
「トラップ・セット――――【重力】」
ゆえに景一郎が仕掛けたトラップに嵌まってしまう。
「しまッ――!」
香子の足元を中心に黒い陣が展開される。
直後、彼女は地面へと叩きつけられるようにして尻餅をついた。
トラップ【重力】――。
それもまた【操影・異形】と同時に覚えていたスキルだ。
こちらは汎用スキルだが、【罠士】が覚えるスキルの中でも特に強力なものといわれるトラップだ。
「んん……んんぅっ……!」
唸るような声を上げる香子。
彼女は全身の力を込めて立ち上がろうと試みる。
少しだけ腰が持ち上がるが、ただそれだけ。
両手両足を着いて初めて体が持ち上がる。
香子は動くために少しだけ片手を地面から離すが、体重を支えきれずにその場で崩れ落ちた。
一度体勢が崩れてしまえばもう取り返しがつかない。
彼女の体は膨れ上がった重力によって地面に縫いつけられる。
その姿は磔にされ、処刑の時を待つだけの咎人。
そんな彼女に、影の異形が迫る。
「こん……なのぉッ」
抵抗を続ける香子。
しかし彼女はスピードアタッカー。
パワータイプの職業であれば重力空間にも打つ手はあったかもしれない。
だが、スピードタイプである彼女は重力陣に捕らわれた時点で詰みだ。
抵抗が意味をなすことはなく、影の異形は大地ごと香子の体を貪った。
最近増えてきたので景一郎のスキルまとめ
汎用:トラップ(斬、縛、炎、重力)
ユニーク:トラップ(矢印、ダンジョン)、空中展開、操影・異形
装備効果:隠密




