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3章 11話 死の予兆を止めて

「あんた、なんでそんな無茶したの!」



 ダンジョン攻略の知らせが伝えられてから約15分後。

 景一郎たちのもとへと戻ってきた花咲里馨の口から出たのはそんな怒鳴り声だった。


「ババアに関係ないでしょ」


 一方で、香子は眉を寄せて母の言葉に反抗する。


「あんたって子は――――!」

「アタシ、もう寝るから」


 香子は馨の言葉を遮ると、そのまま旅館の中へと入ってしまう。


「ちょっと…………もう」


 取り残された馨は呆れたようにため息を吐き出した。

 しかし、すぐに彼女は景一郎へと向かい――


「影浦様。このたびは、娘を助けて下さって……ありがとうございました」


 そう感謝の言葉を述べた。


 それは娘の命を助けてもらったことへの感謝。

 しかし景一郎は、その言葉を受け取る気持ちはなかった。


「いえ。俺は手伝っただけですよ」


 あくまでそう景一郎は答えた。


「そんな――。私も詳しくはないんですけど、ダンジョンって1人で潜るような場所じゃないんですよね? 貴方がいてくれなかったら、あの子は今頃――」


 悲痛な面持ちになる馨。

 結果的に香子は生き残った。

 それでも、母親として思うところはあるのだろう。

 思わず声を荒げてしまうくらいには。


「ああ……。そのことなんですけど……」


 確かに景一郎は香子を助けた。

 馨の目から見ると、景一郎は娘と旅館を守った英雄のように思えるのだろう。

 

「あんまり、娘さんを怒らないであげて下さい」


 だが、それは間違いだ。


「親として、結果オーライでしかない行動を褒めるわけにはいかないっていうのは……なんとなく分かります」


 冒険者は命がけの職業。

 それは分かっていても――分かっているからこそ無理はしてほしくない。

 そう思うのは親として仕方のないこと。

 生きていたから良かった、だけで済ますわけにいかない。

 命を落とすリスクの高い行動を起こすことそのものが恐怖なのだ。


「でも、俺は最初からあのダンジョンを攻略することは諦めていた。もし彼女が戦おうとしなければ……あの旅館は今頃残っていなかったと思います」


 だけど、それだけは理解してほしかった。


 景一郎は、英雄のような行動などしてはいない。

 どちらかといえば、()()()()()()()()()()()といった役回りだろうか。


 結果論のハッピーエンド。

 だがそのための最初の一歩を踏み出したのは、間違いなく香子だった。



「かけがえのない命と。お金さえあれば取り戻せる建物。そう割り切れないくらいには、あの場所を大切に思っているみたいですから」



 理屈ではない感情論。

 それはあまり賢くはない選択。

 だけどそれを間違いだったと切り捨てることはできない。


「憎まれ口も、どうやら照れ隠しみたいですし。あまり怒らないであげて下さい」

「そう……ですね」


 景一郎がそう言うと、馨は俯いた。

 そこに秘められた感情は――きっと言うまでもないのだろう。



 彼女の口元は――微笑んでいたから。




「大丈夫だったか?」


 あれから景一郎は【面影】のメンバーと再会した。

 それぞれ後処理をしていたので、すぐには集合できなかったのだ。


「観光地ということもあって、あらかじめいくつも避難ルートが練られていたのが幸いでしたわ。おかげで避難中の怪我人もいませんわ」

「ん……出番がなかった」


 明乃と透流はそう言った。


 ここは温泉街――観光地だ。

 あらかじめ客や従業員が避難するためのルートを用意しているのは必然だったのだろう。


 出番がなかったと申し訳なさそうな透流だったが、それはきっと幸運なことだ。

 もしもダンジョンが暴走していれば、間違いなく彼女の仕事は膨れ上がっていたのだから。


「詞は大丈夫か?」

「んー。モンスターは出てきたけど、5体くらいだったからねぇ。問題なかったよぉ」

「そうか――」


 景一郎の目から見ても、詞が負傷しているようには見えない。

 どうやら上手く【隠密】で処理できたようだ。


「そもそも……わたくしたちの中で一番無茶をなさったのは景一郎様でしてよ?」

「だねぇ」

「ん……私も、そう思います」

「それは……違いないな」


 【面影】の全員にそう指摘され、景一郎は息を吐く。


 自分のワガママとはいえ、無茶をしたのはまぎれもない事実だ。

 それこそ、まさしく結果オーライであったが。


「それで、無茶に見合いましたか?」

「――聞く必要あるかそれ?」

「ですわね」


 明乃はくすくすと笑う。

 彼女だけではない、他のメンバーも景一郎の心情を察しているようだった。

 ――上手く隠せているとは最初から思っていなかったけれど。

 

 場合によっては大きな被害が出たであろうスタンピードダンジョン。

 その暴走を未然に防げたのだ。

 嬉しくないわけがない。


「今回の件で、モンスター対策の重要性はより印象付けられたことでしょう。今回の商談は勝利ですわね」


 明乃は口元に手を当ててそう微笑む。

 すでに彼女は冒険者から商人へと姿を変えていた。


「強かだな」

「あら。景一郎様は、手弱女(たおやめ)がお好みでして?」

「俺は、明乃の強かさを頼りにしてる」

「光栄ですわ」


 冷泉明乃は景一郎のスポンサーである。

 そして【面影】における交渉役でもある。

 彼女の弁舌があるからこそ、景一郎たちに面倒事が降りかかることもない。

 パーティという船の進路を決めるのは景一郎だが、そのための手段を練るのは明乃なのだ。


「ねーお兄ちゃん。部屋に入ったら2人でお風呂入ろうよぉ。汗かいちゃった」


 詞がそう提案する。

 

 ダンジョンを攻略していた景一郎や、ダンジョンからあふれたモンスターを狩っていた詞。

 それに一般人の避難に注力していた明乃と透流も疲労している。

 早く汗を流したい気分は満場一致だった。


「確かに、このままでは眠れそうにありませんわね」

「いつもの攻略より緊張した……かも」


 明乃と透流も同意を示す。

 今回は戦闘こそなかったが、避難誘導役は一般人の命の最終防衛ライン。

 自分のミスは一般人の死へと直結する。

 ミスの代償を、目の前で見せられることとなる。

 そこにかかるプレッシャーは並大抵のものではなかっただろう。


「そうだな。しっかり疲れは抜かないとな」


 景一郎がそう締めくくり旅館へと戻ろうとしたとき――


「ん?」


 景一郎の懐で何かが振動した。

 それは彼のケータイだった。


「どうなさいましたの?」


 景一郎が急に立ち止まったため、明乃が彼へと振り返る。


「いや……知らない番号からだと思って」


 景一郎は端末に視線を落としたままそう答える。

 ディスプレイに表示された番号は登録されているものではなく、見覚えがあるものでもない。


「ん……鳴りやまない」


 透流がそう漏らした。


 知らない番号からの電話ということで無視を決め込もうかと思ったのだが、呼び出し音が止まる気配がない。

 時間は深夜。

 怪しいセールスの電話とは考えにくいのだが――


「だな。悪い、ちょっと出てみる。先に戻っておいてくれ」


 面倒だが、こちらが応答するまで諦めない構えのようだ。

 景一郎はとりあえず電話に出てみることに決めた。


「分かりましたわ」「ん」「迷子になっちゃダメだよぉ」


 【面影】の面々はそのまま旅館へと戻ってゆく。

 1人残された景一郎。

 彼は道の端に寄って、電話に出る。



「――――もしもし。影浦ですが」

「………………花咲里だけど」




 魔都のとある高級ホテル。

 その屋上に少女はいた。

 

 夜風がバレッタで束ねられた銀髪を揺らす。

 少女――忍足雪子は屋上の手すりに腰かけ、華奢な両足を揺らす。


 本来であれば宿泊客が立ち入ることのできない場所。

 そこで雪子はとある人物と通話していた。

 

「ナツメ先輩」


 相手は、幼馴染の監視と護衛を任せている女性。

 しかし、今回の電話はいつもの定期連絡ではなかった。


「お願いがある」


 今回の目的は、依頼。



「景一郎君のAランク昇格の話――――潰して欲しい」



 幼馴染の夢を阻んで欲しいという依頼だ。


「ナツメ先輩は……まだAランクのライセンスを持ってるはず」


 雪子はそう言った。


 彼女の先輩にあたる冒険者。

 確かに彼女は10年以上前に引退している。

 それでもライセンスの更新そのものは続けているはずだ。


 ライセンスの期限が切れていないのなら、監督官であろうと、メイドであろうと冒険者として行動する権利を持ち続けていることになる。



「Sランク認定を受けた先輩を連れ出すのは常識的にはレギュレーション違反」



 厳密に言えば、彼女はAランクの冒険者だ。



 なぜなら――彼女は()()()()()()()()()()()()()退()()()()()()()()()



 ゆえに与えられたランクと実力は一致していない。

 その事実を理解したうえで、悪用する。


「でも、それを越えられないような実力なら……来ないで欲しい」


 この世界において、冒険者やダンジョンには等級が割り当てられている。

 それらは一般的にE~Sランク。

 だが、冒険者の中でも一部の実力者しか知らされていないランクが存在する。


 ――Lランク。


 それは伝説(レジェンド)の頭文字を関したランク。

 オリジンゲートのためだけに作られた階級だ。

 

 ダンジョン黎明期。

 とある国が、総力を結集してオリジンゲートの攻略に乗り出したことがあった。

 現在でいうところのSランク冒険者も多く参加した大型レイド。

 その結果は――惨敗。

 それ以降、安易に手出しをしてはいけないダンジョンとしてLランクが作られたのだ。


 世界でたった7つだけ、国家が権利者とされるダンジョン。

 国家の許可を得なければ攻略を許されないダンジョン。

 雪子たち【聖剣】が挑むのはそんな場所なのだ。

 生半可な実力で来ても死ぬだけだ。



「夢を追う景一郎君を応援したい気持ちはある。でも、無責任に景一郎君の背中を押すのは殺人と変わらない」



 忍足雪子は影浦景一郎が好きだ。

 だからこそ、夢を追う彼の背中を押せない。

 

「だから私は……景一郎君の道を阻む」


 夢を叶えさせたいから甘い目で見る。

 それと殺人にどれほどの違いがあるのか。

 好きだと思うからこそ、厳しい試練を課さねばならない。


「うん。手加減なしで」


 絶対に彼なら死なない。

 そう確信できるレベルまで。


「……さすがにバレてた」


 電話の向こうから聞こえた言葉。

 それを耳にした時、わずかに雪子は硬直した。

 

 その時の変化は、彼女を知るものが見ていたら驚いたことだろう。

 なぜなら――


「ナツメ先輩。少し非合理かもしれないけど――」



「少しだけ、この試練を乗り越えて欲しいと思う私がいる」



 ほんの少し、雪子の口元は笑みを浮かべていたから。


 変わらない無表情。

 それがほんの少しでも崩れていたから。


 小学生のころからの親友でさえ何回も見ることのないような光景。

 しかし、彼女の幼馴染はそれを引き起こしてしまう。

 彼が全力で夢を追う姿は、彼女の鉄壁に容易くヒビを入れてしまう。

 それほどに彼のことが好きでたまらないのだ。


「でも……だからこそ、本気で蹴落として欲しい」


 しかしそれは、手を緩める理由にはならない。


 夢を追う幼馴染の姿が愛おしくて、オリジンゲートの攻略について教えてしまった。

 だからこそ、その責任は背負わねばならない。

 それこそ卑怯で――恨まれるかもしれないような手段でも。



「……………………お願い、()()



 ゆえに雪子は――己の師匠にそう頼み込むのだ。


 3章のラスボスがアップを始めました――



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