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3章  9話 マリオネットアリス

 景一郎はマッドドールの隣をすり抜ける。

 しかし、モンスターたちは彼の姿に気が付かない。


 宵闇の短剣。

 宵闇の外套。

 通称『宵闇シリーズ』と呼ばれる装備を纏う景一郎は【隠密】のスキルを使用することができる。


 このダンジョンは【隠密】への対抗策を持つモンスターはいないようで、スムーズに進めていた。

 もっとも、大きな音を立ててしまえば察知されてしまうのだろうけれど。


 香子はおそらくスピード寄りの戦士系――【フェンサー】の職業。

 そして【フェンサー】は基本的に【隠密】を習得できない。

 そう考えれば、ダンジョンを進む速度は景一郎が上。

 半刻近く出遅れてしまっているのは痛いが、間に合う可能性は十分にある。


 だが、景一郎の中には焦燥があった。



「これは本格的に……嗜虐人形のドールハウスかもしれないな」



 景一郎はそう漏らす。


「マリオネットアリスが相手となれば、少数での攻略は困難になる」


 嗜虐人形。

 それはマリオネットアリスというモンスターにつけられた異名だ。


 デスマンティスが執行者と呼ばれるように、なんらかの逸話を持つモンスターには異名が付けられることがある。

 それは警告。そして戒め。

 後続の冒険者たちへとそのモンスターの恐ろしさを伝えていくためのものだ。



「もしあいつがもうボス部屋に着いていたら……手遅れかもしれない」



 嫌な予感が増してゆく。

 もしもボスが他のモンスターであったのなら。

 場合によっては香子にも勝ち目があるかもしれない。

 少なくとも、生き延びる術はあるかもしれない。


「もしマリオネットアリスが相手なら、事前予測よりも戦力が必要になる」


 だが、マリオネットアリスが相手なら香子は絶対に勝てない。

 景一郎が辿り着いたとして、それまで生きている保証はない。

 ――時間稼ぎさえ許されないだろう。


「頼むから、ボス部屋に着いていてくれるなよ……」


 景一郎は祈る。


 おそらくダンジョンは7割ほど踏破した。

 あと10分もあればボス部屋を見つけられる。

 だがすでに香子がボス部屋を見つけてしまっていたら――詰みだ。



「嗜虐人形との一騎打ちは――Sランクでも食われかねないぞ」



 マリオネットアリスが嗜虐人形と呼ばれ、恐れられる理由。

 それは一騎打ちにおける異様な強さ。



 マリオネットアリスが、一騎打ちでSランク冒険者を殺したこともあるモンスターだからだ。




「やっと着いたわね」


 香子は巨大な扉を見据えた。

 普段の重厚な扉とは似ても似つかないおもちゃの扉。

 しかしそれは間違いなく、ボス部屋へと続く扉だった。


「時間は――って」


 舌打ち。


「時計持ってきてないじゃない。面倒臭いわね」


 香子は苛立ちを漏らす。


 冒険者としての装備は身に着けてきた。

 だが時計は忘れてしまったようだ。

 おかげでタイムリミットも分からない。

 体感的に、まだ30分以上は残っていると思うのだが――


「いいわよ。どうせ、早いに越したことはないんだから」


 香子は掌を扉に当てる。

 特に体力を消耗しているわけでも、傷を負っているわけでもない。

 扉を前にしてするべき準備などない。


 香子は躊躇なく――扉を押した。


「ここが――」


 扉が開き、ボスが待つ部屋が見えてくる。

 そこに広がっていたのは――


「本当、まるでおもちゃの城ね」


 そこにあったのは巨大なホールだった。

 大きな舞台。そして客席。

 オペラやミュージカルが催されそうな拡張高い雰囲気。

 もし妙な点を挙げるとしたら――


 ――客席に座っているのがすべてドール系のモンスターというくらいだ。

 

「あれは……女の子?」


 モンスターたちが見守る舞台。

 その中心には少女がいた。

 彼女はただ一人で舞台に立ち、一身にスポットライトを受けている。

 照明の光を弾き、彼女の金髪は輝いていた。


「…………人形ね」


 少女を観察して、香子はそう断定した。

 一見、華奢な幼女に見える。

 しかし、その関節は人形のような構造になっている。

 間違いなく、あれはモンスターだ。


「さっさと終わらせるわ」


 香子は駆ける。

 そして、客席の背もたれに足をかけた。


 客席に座っていたモンスターたちが香子の姿を捉える。

 だが、遅い。

 すでに彼女は席を蹴り、舞台へと向けて加速している。


「ッ――!」


 香子は左手に握った拳銃を少女人形――マリオネットアリスに向けた。

 そして発砲。

 

「きひはひはははははは!」

「っ! すばしっこいわね……!」


 マリオネットアリスはサイドステップで魔弾を躱す。


「これならっ!」


 だが、魔弾で足止めしている間に香子は間合いを詰めている。

 ここからは剣が届く間合いだ。


 魔弾でマリオネットアリスの逃げ場を潰す。

 そして剣で命を狙う。

 

 マリオネットアリスは見た目から考えるに近接戦を得意としないモンスターだ。

 攻撃手段は分からないが、だからこそ相手に攻撃の隙を与えない。

 相手の出方が分からないのなら、徹底的に封じてしまえばいい。

 何一つとして手を打たせない。

 

 香子は床を強く踏みしめ、両者の間にある距離を踏み潰す。

 マリオネットアリスの回避速度。

 そして自分の攻撃速度。

 それらを加味して――この攻撃は当たると確信した。


「これで終わ――」


 ――はずだった。


「っ!?」


 香子の体を襲う異変。

 想定外の事態に、彼女は目を見開く。




「なんで――体が動かないのよ……?」




 体が動かないのだ。

 かろうじて発声することはできる。

 しかし首から下は、指先さえ動かない。


「!」

(やば――体が動かないせいで避けらんない……!)


 完全に動きを止めた香子。

 彼女の周囲には、客席から追いかけてきたモンスターが迫っていた。


「ぁぐ……!?」


 熊のぬいぐるみ――ベアドールが振るった腕が鳩尾に食い込む。

 踏ん張ることもできず彼女の体が吹っ飛んだ。

 体が動かないのでは受け身もとれない。

 そのまま彼女は思い切り舞台に叩きつけられる。

 胸を床に打ちつけたことで息が詰まり、彼女は咳込んだ。

 

「けほ……ごほっ」


 だがそれでは終わらない。

 追撃のために飛びかかってくるモンスターたち。

 今度はブリキ人形のようなモンスター。

 香子の体よりも大きなモンスターが、彼女の上に着地した。


「ぁぁっ……! ぅぐ……! ぃぎッ…………!?」


 踏み潰され、香子の体が舞台にめり込む。

 モンスターが身をよじるたび、体を擦り潰されるような痛みが走る。


 やっと解放されたかと思えば、他のモンスターに髪を掴んで持ち上げられる。

 そのまま香子は軽々と投げ飛ばされた。


「や……ば……」

(体……全然動かない)


 どんなスキルなのかは分からない。

 だが異常な事態が彼女の身に起きているのは明らかだった。


「ぇ――」


 しかし、異常は終わりではない。


「何よ……今度は体が勝手に……?」


 完全に自由を奪われた体が――動き出す。

 しかし、その動作に彼女の意思は介在しない。


 戸惑う香子を嘲笑うように彼女の手は勝手に動き出し――


「ひゃぁぁっ!?」


 彼女の胸を掴んだ。

 乱暴に揉みしだかれる乳房から感じる感覚は快楽というよりも痛みに近い。


「ゃ、やめ……なさい……よ……!」

「きひひひひは!」


 依然として体の自由は失われている。


 這いつくばったまま睨みつけてくる香子の姿が滑稽なのか、マリオネットアリスは体を揺らして嗤う。

 その姿は、上手く動かせていない操り人形のようで――



「これ……糸? アタシの体から――」



 そのとき、香子の視界に光が走った。

 それは糸のようなものが舞台の照明で照らされて生じたものだった。


(ってことは、こいつのスキルは『相手を操り人形にするスキル』……?)


 人形型のモンスターという点から、敵のスキルを逆算した。

 しかし至ったのは、救いようのない答え。


(操られたら最後、指1本動かせない)


 今の香子は操り人形だ。

 全身に糸を括りつけられ、指先さえ自由を許されない。

 それどころかマリオネットアリスの気分一つで、香子を殺すも凌辱するも自在なのだ


(あの糸を切れたら支配からも逃れられるかもしれないけど――)


 操り人形は、操る者とつながっていてこそ。

 香子とマリオネットアリスを結ぶ糸を断ち切ったのなら、支配も消えると考えるのが妥当。




「……それってつまり、もうどうにもならないってことじゃないのよ」




 しかし、それがどうしたというのだ。

 動けないのだから、糸を斬れるはずもない。


 どうしようもなく、香子は詰んでいた。


 生殺与奪は、すでに眼前の人形へと委ねられていたのだ。


「んぅぅっ…………!?」


 香子の体がびくりと跳ねる。

 彼女の心が絶望に染まってゆく間にも、彼女自身の手が彼女を辱めてゆく。


(このまま、こいつに嬲り殺しにされるなんて……)


 ステージの中心。

 スポットライトに照らされ、敵の手によって弄ばれる。

 それはこの上ない屈辱だった。


「誰かぁ…………」


 それ以上に香子を襲うのは――恐怖。

 ゆっくりと、避けようのない死が近づいてくる。


 いっそ訳も分からないまま殺されたほうが幸せだっただろう。

 これから香子は時間をかけ、少しずつ殺されてゆくのだ。

 誰の目にも触れることなく、嘲笑されながら。

 それが恐ろしくないわけがない。


「誰か………………助けてよぉ」


 涙があふれてくる。

 命乞いのように泣きわめく。

 それだけが香子に許された権利だった。


 ――だが、きっとその声は誰にも届かないのだろう。



「ああ、もちろんだ」



 ――そう、思っていた。



「……アンタ」


 それは黒い影だった。

 黒い人影が照明に照らし出される。


 彼は香子の前に立ち、彼女へと向けられていたすべての嘲笑を遮った。


 同時に、香子の捕えていた糸が切断されてゆく。

 彼女を操っていた糸が切れ――香子はその場に座り込んだ。

 自覚がなかっただけで、腰が抜けていたようだ。

 最初は恐怖で。

 そして今はおそらく――安堵で。


 目の前にいる男性――影浦景一郎は、香子へと振り返った。



「ギリギリ、間に合ったみたいだな」


 次回、VSマリオネットアリス。



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