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3章  3話 花咲里香子

 景一郎は目を開いた。

 そこに広がるのは荒野。

 明らかにこの施設よりも広い空間で、地平線が見えている。

 実際の敷地の広さに左右されないのは幻術ならではというわけだ。


「………………」


 景一郎の前方10メートル。

 そこに1つの人影が出現した。


 現れたのは、赤髪を肩甲骨あたりまで伸ばした少女だった。

 年齢的には高校生くらいだろうか。

 

 軽いが質のいい布製の装備。

 ショートパンツから覗く太腿にはホルスターが付けられている。

 あれはおそらくアイテムバッグだろう。


「それじゃあ……よろしく頼む………………香子?」


 戦いを始める前に、景一郎はそう言った。

 すると少女は眉を寄せ、あからさまに不愉快そうな表情となる。


「は、はぁ? なんで馴れ馴れしく下の名前で呼んでくるわけ? 気持ち悪いんだけどオッサン」

「オ…………?」


 景一郎は絶句した。

 オッサン。

 そう呼ばれたのは初めてのことだった。


 景一郎の年齢は22。

 高校生である彼女にとっては年の離れた男なのだろうが――


「いや……すまん。名字が読めなかった」


 胸の痛みに耐えながら、景一郎はそう絞り出した。


花咲里(かざり)。ってか、名字も呼ばなくていいし」


 すると少女――花咲里(かざり)香子(きょうこ)は吐き捨てるようにそう言った。

 そして香子は腰から細身の剣を抜く。


 布製の軽い装備。

 細く、軽量な剣。

 おそらく彼女はスピードアタッカーなのだろう。


「今度、下の名前で読んだら――追加で5回は股座斬ってやるから」


 香子が地を蹴った。

 地面が弾けるようなロケットスタート。

 10メートルの距離などなんの猶予にもならない。


「追加って……すでに何回かは斬るつもりなのかよ……!」


 景一郎は後ろへと跳ぶ。

 スピードは香子に軍配が上がる。

 だから、ただ逃げるだけでは意味がない。


「! トラップ……?」


 香子が着地したとき、地面に陣が浮かび上がった。

 斬撃のトラップ。

 景一郎が後退する際に置き土産として設置しておいたものだ。


(――これで脚1本はもらった)


 不意打ち。そしてトラップはすでに起動している。


「当たるか――ってのよッ」


 香子が舌打ちを漏らす。

 そして――横に跳んだ。


 トラップの斬撃が誰もいない虚空を切り裂いた。



「……トラップを踏んでからでも回避が間に合うのか」



 思わず景一郎の口元が引きつる。

 【罠士】の欠点はトラップを上手く踏ませなければならないという点。

 逆に言えば、踏ませることさえできたのならダメージを与えることはできる。

 だというのに――トラップを踏んでから躱されたのでは立つ瀬がない。


(こいつ……ただのAランクじゃないな)


 予想通り、香子はスピードアタッカーだ。

 だが、彼女の速さは加速や最高速だけではない。

 反射速度、判断速度までもかなりのレベルに到達している。


 あそこで横に跳んで躱したのも妙手といえる。

 走る勢いのせいで、そこから後方に跳んでいては間に合わない。

 走る勢いを殺さず前に跳んでしまえば、待ち構えている景一郎に隙をさらすことになる。


 彼女が無傷で助かるには横に逃げるしかなかった。


 計算か直感か。それは分からない。

 それでも香子は最善手を選び出した。


「今のを見る感じ、マジックアタッカーってわけね」


 香子は景一郎を見据えてそう言った。

 2人の間合いは10メートル。

 戦闘が始まった時点から何も変わらない。

 

 強いていうのなら、景一郎の手札を少し見せてしまったという違いか。


「ッ!」


 再び接近してくる香子。

 彼女が振るう剣を、景一郎は短剣で受ける。


(こいつは俺が遠距離専門だと勘違いしてる。ならギリギリでガードをし続けて――)


 景一郎のスキルを見たことで、彼女は彼を魔法で戦う職業だと予想している。

 魔法を使う職業は力も弱く、スピードも遅い。

 近接戦に持ち込めば勝てる。

 そう判断するだろう。



(絶好のタイミングであえてガードを崩される……!)



 だからそれを逆手に取る。


「ッ」


 香子が放った斬り上げ。

 それに弾かれるようにして景一郎の両手が持ち上がる。

 そうして胴体のガードが空いてしまった。


 ――彼の狙い通りに。



「トラップ・セット【矢印】」



 景一郎は空中――手元のすぐ近くに矢印を展開した。

 香子やスクリーンで戦闘を見ている冒険者には見えないよう――手の陰に隠して。


 そして、弾き上げられた彼の両腕が矢印に触れた。



 矢印に従い、景一郎の両手が振り下ろされる。



「ッ……!?」


 景一郎の命に手を伸ばしていた香子が硬直する。

 すぐ頭上へと迫った双刃。

 それを前にして彼女は――



「【空中歩行】……!」



 ――空気を蹴りつけた。

 何もないはずの空間を蹴りつけ、香子は横に跳ぶ。

 またしても、景一郎の攻撃は空振りに終わった。


 【空中歩行】スキル。

 それはその名前の通り、空中を歩けるスキルだ。

 空中での多段ジャンプ。

 足場がない場所での方向転換。

 熟練者が駆使すれば厄介なスキルだ。


「あのタイミングで躱すのか……!」


 思わず景一郎はそう漏らしていた。


 絶好のはずだったタイミングで攻撃を外した。

 あのタイミングで、あのスキルを選ぶハイセンス。

 それは称賛に値するだろう。



「何よそれ。アンタ……さっき気持ち悪い加速の仕方したわよね」



 香子は眉を寄せて景一郎を睨みつけた。

 彼女は目を細め、彼の能力を見定めようとしている。


(挙動の不自然さだけで【矢印】の存在に勘づいたのか)


 景一郎は舌を巻く思いだった。


 確かに、先程の攻撃は【矢印】の強制移動を利用して攻撃した。

 つまり肉体の構造上は考えられない動作で攻撃している。

 それを見抜けるだけでも一流。

 しかし何より――



 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 つまり香子は、景一郎が反撃を繰り出すまでのタイムラグだけで不自然さを察知したのだ。


(この子は――まだまだ伸びるな)


 才能だけでは上に行けない。

 でも、才能がなければ登れない頂がある。

 そして香子は――それを持っていた。



(多分、彼女の才能は――紅たちに匹敵する)



 そう評すべき才能だった。


(もし俺たちと同世代だったら、あいつに並ぶアタッカーになりえる逸材か)


 そう思えば、自然と笑みがこぼれた。


「これは――思いがけない出会いだったな」

「――――!」


 景一郎が笑うと、香子が後ろに跳んだ。

 距離を取った。

 それはつまり、警戒の裏返し。

 彼女は景一郎のスキルに脅威を感じたのだ。



「このスピード……。戦闘スタイルから考えると【フェンサー】か……?」



 景一郎が指摘すると、香子の眉がわずかに動いた。

 ――苛立ちが見え隠れしている。

 優れた才能。技能。

 ただ、メンタルには未熟さが残っているらしい。


「勝手に考えてればいい――でしょ!」


 接近する香子。

 景一郎は彼女の攻撃を危なげなく止めた。

 2人の戦いは鍔迫り合いへと移行する。

 このまま続けては、【罠士】である景一郎のほうが先に限界を――


「終わりよッ……!」


 香子の左手が下がり、ホルスターへと伸びた。

 彼女がホルスターから取り出したのは――()()


「……! 銃も使うのか……!」


 近接戦専門という思い込み。

 その穴を彼女は利用する。


 驚愕する景一郎。

 彼の眉間に銃口が向けられた。


「っ……!」


 発砲音。


 同時に景一郎は首を傾ける。

 魔力の弾丸が彼の頬を裂いた。


 深手は負っていない。

 だが――あまりに体勢が崩れすぎていた。


「これで終わりだから」


 香子が横薙ぎに剣を振るう。

 その斬撃は景一郎に届かない。

 しかし問題はない。

 彼女が狙ったのは――彼の剣だったのだから。


(まずい……! 武器を弾き飛ばされた……!)


 攻撃を受け止めきれず、双剣は彼の手から離れてしまう。

 空中で回転する双剣。

 間合いは2メートル。

 景一郎の肉体は徒手のまま香子の前にさらされた。


(このタイミングと間合い。間違いなく獲られる――!)


 景一郎の速力では回避が間に合わない。

 素手で止められるような甘い斬撃ではない。


 景一郎の敗北は目前に迫っていた。


(これほどの逸材。渡り合えただけでも僥倖ってわけか)


 そうやって敗北を受け入れるのか。

 答えは――否だ。


(さすがに手の内をここまで人前でさらしたくはなかったけど――)


 全力を隠して、負けを受け入れるわけにはいかない。

 それは目の前の少女に失礼だろう。

 何より――そんな結末は自分が許せない。




「仕方ないか――【空中展開】」




 この戦いはスクリーンで映されている。

 勘付く者もいるかもしれない。

 だがあえて――景一郎は見える形でユニークスキルを使用すると決めた。


「が……はっ……!?」


 香子が動きを止め、体を揺らした。

 彼女の肩甲骨のあたりには――深々と短剣が突き立てられている。


 景一郎は空中に矢印を展開した。

 そして跳ね飛ばされた短剣を操作し――香子を刺したのだ。


 完全な死角。

 存在しない予備動作。

 

 前回はおそらく景一郎の体の動きから、視界を外れている腕の動きを逆算できた。

 しかし今回は完全なノーヒント。

 ゆえに香子も察知しようがなかったのだ。


「なん……なのよ……その意味分かんないスキル……!」


 香子は睨みつけるように景一郎を凝視する。

 それでも、もう彼女には動く余力さえ残されていない。


 心臓を貫かれた彼女の体は――弾けて消えた。


 ちなみにSランクは昇格するための条件が存在せず『国からの認定』によってのみ昇格します。

 そのため『Bランクよりちょっと強いAランク』~『実力はSランク並みのAランク』という風に、Aランクの強さには幅が大きかったりします。

 



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