3章 2話 【大幻想陣】
冒険者協会の建物は巨大だ。
それだけ冒険者の存在を重要視している。
国内唯一の施設だから。
冒険者の身体能力に合わせて、廊下なども全体的に広めに設計されているから。
理由はいくつもある。
だが、最大の理由といえば、この施設にあるとある設備だ。
【大幻想陣】と呼ばれる――いわば戦闘シミュレーターだ。
冒険者の間では『訓練室』と呼ばれるそれは、一部の先進国しか所有していない最先端技術だ。
冒険者カードにある情報を基準にして、本人の性能を完全に再現したアバターを作成。
そして、戦場を設定し、対戦相手とマッチングする。
そうやって死の危険なく冒険者同士で戦えるのだ。
冒険者同士で戦うことで研鑽しあい、時にパーティメンバーをスカウトしたりする。
冒険者協会の中心に存在する【大幻想陣】は訓練場であり、冒険者同士の交流の場でもあるのだ。
「初めて……見た」
四方の壁に巨大なスクリーンが設置された広大な部屋。
スクリーンには、冒険者同士が必死に対決する姿が映されている。
圧巻の景色を前に、透流はわずかに目を見開いていた。
「俺も初めてここに来たときはそんな反応だったな……って、使ったことはないんだけど」
景一郎は小さく笑う。
ここは技術を磨く場であり、実力をアピールする場。
残念ながら【罠士】である彼には縁のない場所だったのだ。
「すごい……でも、Aランクに昇格するための条件を満たすって聞いた」
透流は首をかしげている。
確かに、景一郎はBランクに昇格したら、すぐにAランクへの昇格を目指すと語っていた。
なのに訓練場に向かったものだから意図を読めずにいるのだろう。
「4つスクリーンがあるだろ? 画面の下にレートAとか書かれてるのが見えるか?」
「ん」
「ここのレートAで3連勝するのがAランクに昇格する条件なんだよ」
訓練場にはD~Aのレートが存在する。
区分の基準は――等級だ。
たとえばレートAにはAランク未満の冒険者は参加できない。
レートDには、Cランク以上の冒険者は参加できない。
そうすることで、対決する冒険者の実力が拮抗するようにしているのだ。
「レートAってのはAランク以上の冒険者が集まる――けど、一定以上の活動をしてきたBランク冒険者にも例外的に参加権が与えられる」
ダンジョンや素材の納品。
そういった活動が評価されたBランク冒険者は、レートAの訓練に参加することが許可されるのだ。
「で、レートAの参加者……つまり、現役のAランク冒険者に3連勝することで昇格できるってわけだ」
Aランク冒険者に勝てるのだからAランクを名乗るにふさわしい。
シンプルな理屈だ。
「レートAの人たち……明らかに動きが違う」
透流はそう漏らす。
「だな。Aランクとそれ以下のランクでは次元が1つ違う。動きの洗練され具合が別物だな」
もちろん画面の向こうでは誰もが真剣に戦っている。
だがレートB以下の戦いとレートAでの戦いではそのシビアさが違う。
レートBで数センチを争う戦いが行われているのなら、レートAでは当然のようにミリ単位で争う戦いをしている。
放たれる攻撃の鋭さにも差があった。
「でも、俺たちはあれに並ばないといけないんだ」
「ん……」
景一郎の言葉に透流は頷く。
「じゃあ俺は対戦相手を探してくるけど、透流は他の冒険者の戦いを見て勉強するか?」
「ん……私もとりあえずレートBに挑戦してみる」
「それも良いかもな」
対人戦は、対モンスターよりも高次元の読み合いが発生する。
その経験は間違いなくプラスになるだろう。
「レートAは参加者が少ないからな。何戦できるかは分からないけど、やれるだけやってみるか――」
そもそもAランク以上に限定されているのだ。
参加権を持つ冒険者自体がこの部屋に数人しかいない。
それに、知り合いとしか戦わないという主義の冒険者も多い。
そうなれば実際に戦える相手が3人以上存在するかも怪しい。
同じ相手に3連勝してもAランクへの昇格は許されない。
つまり、試合を受けてくれるAランク冒険者が最低でも3人いなければ、景一郎は物理的に昇格不可能となってしまうわけだ。
そうなれば後日また訪れるしかない。
「さて……Aランクの空気を感じてみるとしようか」
景一郎は訓練室を目指した。
☆
「お前――強い、な……!」
男は苦々しそうにそう漏らした。
彼の胸には、景一郎の短剣が深々と刺さっていた。
「そっちこそ。相性差が出ただけだ」
景一郎もそう男の健闘を称える。
彼は【ウィザード】だった。
スピードアタッカーである景一郎が有利であったのは確実。
それでも詰みに追い込むまで、それなりの手数が必要だった。
やはり彼もAランクにふさわしい冒険者なのだろう。
「こりゃあ、すぐにランクも並ばれそうだな」
景一郎が短剣を引き抜くと、男はよろめく。
彼の胸板にある傷口から魔力が漏れだす。
【大幻想陣】での戦いは、魔力で作ったアバターで行う。
サンプルとなった冒険者の姿を再現した外殻が壊れてしまえば、中を満たしていた魔力が抜けてしまう。
そうなれば――
「この調子であと2人倒せると良いな? ま、応援しとくよ」
男の体が――破裂した。
彼の肉体が消滅し、霧のような魔力が拡散する。
「――戦闘終了」
景一郎がそう口にすると、彼の体が足元から霧散してゆく。
戦闘が終了したことで、アバターが消去されているのだ。
レートAでの初戦は、景一郎の勝利で終わった。
☆
「思っていたよりすごい技術だったな」
気が付くと景一郎は椅子に座っていた。
先程の男と戦った際に受けた傷も残っていない。
それも当然のことだ。
景一郎自身は椅子に座ったまま幻影を見ていただけなのだから。
冒険者の意識だけを憑依させた魔力の人形。
その人形を幻術空間に入れ、周囲には決して被害の及ばない戦場で戦う。
命の危険はなく、周囲のことも考えず全力を振るえる。
良いことずくめのように思えるが、この施設を建設・維持するには莫大な試験が必要なのだという。
それこそ先進国でさえ、国内に1つ作るのが限界なくらいには。
「――対戦申し込みが来たな」
壮大な技術に思いをはせていると、耳元で通知音が鳴った。
現在、景一郎は自分を幻術にかけるための装置を頭にはめている。
これを使用して、景一郎たちはスムーズに【大幻想陣】が用意した戦場へと赴くのだ。
「――花咲里……香子」
装置が、次の対戦相手の名前を空中に映し出す。
その下には『はい』『いいえ』の文言が浮かんでおり、景一郎に戦闘の意思があるのかを問いかけてくる。
もちろん、景一郎としては断る理由もない。
彼はためらいなく『はい』を指で押し――呟く。
「………………………………どう読むんだ?」
ちなみに花咲里は『かざり』と呼びます。
次回はついにヒロイン登場です。