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3章  1話 能力検査

「……本当にすぐだった」

「だろ?」


 すでにライセンスの更新を終えた景一郎たちは廊下を歩いていた。

 

 冒険者協会はかなり広い建物だ。

 スポーツの試合や、人気アイドルのライブが行われるようなドームをいくつも収容できるくらいのサイズだ。

 

 冒険者とはもはや国にとっても重要な財産となっている。

 国同士のパワーバランスとも密接なかかわりもあるためだ。

 憂うべき話ではあるのだが――軍力として数えられることがあるというのも一因だろう。


 つまり冒険者の育成は国家にとっても重要案件。

 だからこそ協会には最新鋭の設備が揃っている。


 それにここを訪れるのは冒険者ばかり。

 数百メートルを十数秒で走り。

 10メートル上にある場所まで簡単に跳躍する。

 そんな相手なのだ。

 協会が大きく、頑強に造られるのは必然といえた。


「景一郎さんは、今から試験を受けに行くの?」

「ああ。Bランクの試験は予約ができるから楽だな」


 景一郎が目指しているのは協会の8階。

 最上階にあたる場所だ。


 事前に聞いた話では、そこでBランクへの昇格試験を行うという。


「……ついて行っても良い?」

「多分大丈夫じゃないか?」


 景一郎は軽くそう返す。


 さすがに同じ部屋に入ることは難しいかもしれない。

 だが別室で試験の光景を見守るくらいは問題ない――はずだ。



 ――結論から言うと、透流は別室で待機となっていた。

  

 ガラス張りの壁――その向こう側に透流が見えた。

 ちなみにこのガラスも対冒険者仕様となっており、並みの冒険者が攻撃を叩き込んだところで傷さえ入らない。

 おそらくダンジョンで手に入れた素材を使っているのだろう。


「受験票はこちらでお預かりいたします」


 試験が行われる部屋。

 その入り口のテーブルにいた女性がそう言った。

 スーツ姿の若い女性――ここの職員だろう。

 彼女は新人職員なのか少し緊張しているように見えた。


「はい」


 景一郎は掌に収まりそうな大きさの紙片を手渡す。

 そこには事前に、彼についての情報を記入してある。

 残る空欄に職員が何を書き込むかで――合否が決まるのだ。


「影浦景一郎様ですね」


 女性は紙片に目を落とす。

 そうして事前に予約されていた名前なのかを確認するのだが――


「えっとご職業は――【罠士】……。あー、はい」


 女性がわずかに言いよどむ。

 口振りからすると、景一郎の職業の欄に目が行ってしまったようだ。


「あの……」


 少し気まずそうに女性は景一郎を見る。


「どうしましたか?」


 景一郎が問いかけると、女性は躊躇いがちに――


「試験は受けるだけでも手数料をいただくことになるのですが……本当によろしいですか?」


 ――記念受験とでも思われたのだろうか。


 ある意味、彼女の懸念は仕方がないのかもしれない。

 【罠士】といえば最弱に近い職業。

 そんな彼がBランクに昇格するというのが信じられなかったのだろう。


「ええ。確か手数料は1万円でよろしかったですよね?」


 景一郎は財布から1万円札を取り出す。


「あっ……はい。それでは会場にご案内いたします」


 そのまま支払いを済ませてしまうと、女性は少し戸惑いながらも景一郎を部屋へと案内する。


「が、頑張ってください……ね?」


 女性は微妙な笑顔と共にエールの言葉を紡ぎ出した。



 景一郎が部屋に入ってから約10分後。

 彼と職員である女性の他、部屋には3人の青年がいた。

 どうやら今日の試験は4人で受けることになるようだ。


「こちらでは魔法系の職業の方の試験を行わせていただきます」


 女性は景一郎たちの前に立ってそう言った。

 どうやら物理攻撃を得意とする冒険者と、魔法攻撃を得意とする冒険者を分けて試験するらしい。


「あちらにターゲットがございますので、お好きな魔法で攻撃してください。威力に応じて100点満点で評価されることとなります」


 女性が手で示した先。

 そこには人間の上半身を模した標的が立っていた。


「こちらのターゲットは魔法耐性の高い素材で作られていますので、思い切り攻撃していただいて結構です」

(だから職業で分けていたのか)


 景一郎は得心が行った。


 いちいち標的が壊れていたのでは試験にならない。

 そのため魔法を使う冒険者の試験には、魔法防御に特化したものを使っているのだ。


「ターゲットは動かないので、落ち着いて狙って――ぁ」


 説明を続けていた女性の言葉が止まる。

 彼女の目は標的と――景一郎の間を動いていた。


 その意味が分からずにいると――



「えっと……【罠士】は……どうしましょう……? 動かないターゲットじゃトラップは発動しないし……えっと……」



 女性は困った様子でそう漏らした。


(…………なるほど。確かに、動かない標的をトラップに嵌めるのは無理だな)


 女性が戸惑っている理由が分かった。

 トラップは敵に踏ませなければ発動しない。

 そして、今回の標的は動かない。


 魔法攻撃を当てるには便利な設定。

 しかし罠に嵌めるのは不可能に近かった。


 試験そのものが成立しない事態。

 女性が対応に困るのは仕方がないだろう。


 景一郎がそんなことを持っていると、隣にいた青年たちが笑いをこぼし始める。

 それは明らかな嘲笑だった。



「はぁ? おいおい。【罠士】が来てんのかよ?」

「弱すぎるから試験官が困ってるだろーが。帰ってやれよ」

「それともターゲットを自分で抱えてトラップに持っていくかぁ? 【罠士】に、あれを持ち上げる腕力があればだけどな!」

「ぁ……いや……その――」



 女性は慌てた様子で何かを言おうとしている。

 だが上手くこの場を治める言葉が見つからなかったのか、女性は口をつぐんでしまった。


 彼女は申し訳なさそうに景一郎に視線を向けている。

 自分の発言が原因で、彼が嘲笑の的になったことを悔いているのだろうか。

 

 景一郎は息を吐いた。



「――お気遣いは不要ですよ」



 そしてそのまま彼は歩き出す。

 彼が目指したのはターゲットの正面。

 床に引かれたラインの手前で立ち止まった。



「ここから――狙えばいいんですよね?」



 景一郎は首だけで女性に振り返ると、そう尋ねた。


「は、はい…………でも、ここから当たるトラップなんて――」


 女性は頷きつつも、ぽかんとした表情で景一郎を見ている。

 そんな彼女に軽く笑いかけると――彼はターゲットと対峙した。


「【矢印】+【炎】」


 周囲の人間にバレないよう、景一郎は自分の体を壁にしてトラップを融合させる。

 こんな場所でユニークスキルを見せびらかすつもりはない。


(ちょっと試してみるか)


 ふと思いついたアイデア。

 景一郎はそれを実行に移す。


 【空中展開】で手元に浮かぶ【矢印】。

 景一郎はそれを――捻じ曲げた。

 彼の意思に従うように矢印が捻じれ、螺旋を描く。


 矢印が螺旋を描いたことで、炎はより収束してゆく。

 これまでの融合トラップを火炎放射と表現するのなら、今回の攻撃はレーザー光線だ。

 炎がより細く集中し、貫通力を増した。



「射出しろ」



 パチン……。


 景一郎はトラップの間近で指を鳴らす。

 それによって生じた空気の振動がトラップを起動させ――

 


 音もなく――炎はターゲットを貫いた。


 

「え……」


 女性の声だけが聞こえた。

 それほどに部屋は静かだった。


 それはつまり拮抗する暇もなくターゲットが撃ち抜かれたということだ。


「ターゲットが……」「焼き切れやがった……」「ありえねぇ……」


 それを見ていた青年たちも一様に大口を開けてターゲットを見つめていた。


「ひゃ……100点です」


 数秒後に再起動した女性は、ターゲットの中にある計測器から届いたであろう結果を読み上げた。


「あの――影浦様」

「はい」


 女性が景一郎の隣に歩いてくる。

 

「申し訳ございませんが……もう一度、冒険者カードを確認してもよろしいですか?」

「? どうしてですか?」

「先程の魔法は……トラップとしてはあまりに異質であったため、ご職業を確認させていただいても……あの……すみません」


 そう言って彼女は目を逸らした。


(確かに、あれを見てトラップとは思いにくいか)


 景一郎が使用したのはユニークスキルだ。

 一般的なトラップとは巻き起こす現象が違いすぎる。

 彼の職業を知っていれば、その異常性は際立つだろう。


「あんなの【罠士】のスキルじゃねぇ!」

「少しでも試験に通りやすいように、わざと弱い職業のフリしてたんだろ!」

「こりゃBランクどころかライセンス剥奪だなッ!」


 声を上げる青年たち。

 景一郎が不正をしている可能性が出てきたからか、彼らの声は一段と大きかった。


「……はぁ。これで良いですか?」

「――すみません」


 とはいえ後ろ暗いことは何もない。

 景一郎は冒険者カードを女性に手渡す。


 冒険者カードは、常に持ち主を【鑑定】し続ける。

 当然、偽造に対する対策も完璧だ。


「ぇ…………」


 女性が驚きの声を漏らす。

 冒険者カードは景一郎が【罠士】であることを証明してくれる。

 科学でも魔法でも偽造できないカードが証明してくれたのだ。



「わ……【罠士】です……間違いありません」



 女性はそう言いつつも、カードを何度も裏返して確認している。


「カードそのものが偽造……じゃないですね。もしかして本当に……?」

「だから、最初から【罠士】だって言ったはずですけど」

「ぇ、えぇぇ…………【罠士】の方が……あれを……ぇぇ?」


 なぜか若干引かれていた。


 一瞬でターゲットを貫くのは少しやりすぎたかもしれない。


「――次は、含有魔力量の測定ですか?」

「ぁ……いえ」


 話を変えようと景一郎がそう言うも、女性は首を横に振った。

 魔法を扱う冒険者の場合、魔法出力と総魔力量が試験の項目だと聞いていたのだが――



「影浦様は先程、測定器の上限を超え――合格基準の約5倍のスコアを出されたため……他の試験は免除となります」



「「「ご、5倍…………!」」」



 青年たちは横一列に並んだまま大口を開けていた。


「――こちらの紙を1階の窓口に提出してください。昇格の手続きをさせていただきます」


 女性はボールペンで手早く数値を記入すると、景一郎に受験票を返却した。


「ありがとうございます」

「ぁ……ぁの」


 景一郎が立ち去ろうとしたとき、女性の声が彼を引き留めた。


「はい?」


 何か伝え損ねていたことがあったのか。

 そう思って景一郎が振り返ると、見えたのは頭を下げる女性の姿だった。


「先程は、疑ってしまい申し訳ございませんでした」

「あー……いや。俺も、疑われて仕方のないようなことをしてるっていう自覚はあるんで……」


 景一郎は頬を掻く。


 自分以外の冒険者が同じことをしていたら、彼も虚偽申告を疑っていただろう。

 事実、明乃にも『あんなの【罠士】じゃありませんわ……』と言われている。

 彼のことをよく知らない女性が疑うのは当然のこと。

 むしろきちんと確認をするあたり、職務に忠実だったというべきだ。


「ちゃんと合格ももらえたわけですし。気にしてませんよ」

「……ありがとうございます」


 ともかくBランクになるためのチケットを手に入れたのだ。

 景一郎はそのまま部屋を出るのであった。



「…………なんだったんだよアイツ」

「もしかして……今日の試験はハードルが低く設定されてるんじゃないか?」

「そ、そうだな……! じゃあ、次は俺がやってやるか!」

「申し訳ございません……。先程の魔法の負荷が大きすぎて計測器がエラーを起こしてしまっていて……。メンテナンスのため1時間ほどお待ちいただけないでしょうか……」

「「「ぇ……」」」



「景一郎さん、すごかった」


 景一郎が部屋を出ると、そこにはすでに透流が待機していた。

 彼女は無表情に彼の試験結果を称えている。


「威力を抑えすぎて試験に落ちたらマズいと思って、ちょっと手加減し損ねたな……。計測器を壊してないと良いけど」


 景一郎は苦笑する。


 おそらく炎トラップの威力をある程度まで拡散させていたとしても、充分に合格ラインを越えることができただろう。

 それでも新しいアイデアが浮かんだせいで、威力を一点集中させた攻撃を撃ってしまった。

 もしかすると魔法の威力を測定する装置が壊れてしまったのではないかと今になって不安が湧いてきた。


「ん……性能の足りない計測器を用意した向こうが悪い……はず。多分。そうあって欲しい。お願いします」

「だと良いけどな……」


 さすがに損害賠償を求められるのはごめんだ。

 景一郎は心の中で計測器の無事を祈る。


 ――ともあれ、景一郎はBランク冒険者となった。


 次回はAランク昇格への条件を満たすための戦いとなります。



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