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2章 エピローグ 新たな目標

 ジェシカとの晩餐を終えた帰り道。

 景一郎たちは手配された車に乗っていた。

 

 さすが富豪というべきか。

 ジェシカが用意したのは絵に描いたような高級車だった。

 細長い車体の中にあるのは小部屋と呼んでも良いくらいの空間だった。

 車内の両端にあるシートは体が沈み込みそうなほど柔らかく、【面影】の全員が乗車していても手狭さを感じない。



「まずは俺自身がAランクにならないといけない」



 景一郎はそう口にした。

 

 彼は拳を握る。

 まだ――足りない。

 それが雪子との再会で痛いほど分かった。

 力をつけたからこそ、より如実に感じられた。


 それに――


「実力だけじゃ駄目だ。ちゃんとランクという形で証明できなければ、俺は選抜試験に参加することさえできない」


 対外的に、景一郎がCランク冒険者であるという事実。


 いくら力をつけたとしても、それを証明する手段を持っていないのだ。

 ランクというのは、すなわち信用だ。

 オリジンゲートの攻略となれば間違いなく国家主導の一大計画。

 信頼のない冒険者では駄目なのだ。


 実力と、評価。

 両方をあと3ヶ月で手に入れなければならない。


「ねぇお兄ちゃーん」

「?」


 彼がそんなことを考えていると、詞が身を寄せてきた。

 肩が触れる距離で彼は景一郎を見上げている。


「何か忘れてなぁい?」


 詞は小さく笑う。

 彼は手を伸ばすと、指先で景一郎の鼻を押さえた。


「その選抜試験ってパーティで受けるものなんでしょ? お兄ちゃんだけじゃなくてさ」

「――そうか」


 詞の言葉で景一郎ははっとさせられた。



(そうだ。詞たちには、魔都に行く理由なんてないんだ)



 強くなって【聖剣】へと返り咲きたい。

 それはあくまで景一郎だけの願い。


「選抜試験を受けたいっていうのは俺のワガママだ……みんなを付き合せられないよな……」


 景一郎は空笑いを漏らす。

 車窓から夜空を見てみるが虚しいだけだった。


 最初から、そういう約束だった。

 景一郎が夢へと踏み出す時。



 ――それは、【面影】を抜ける時だと。



「本当に悪い。俺は……このチャンスを逃すわけにはいかない。だから短い間だったけど【面影】は――」

「はい、すと~っぷ」

「んぐ……」


 詞の指先が景一郎の唇を押さえた。

 

「お兄ちゃん早とちりしすぎだよぉ」

「まったくですわね」


 詞が浮かべるのは呆れたような笑顔。

 彼だけではない。

 明乃も似たような表情だった。



「ボクが言いたいのは、お兄ちゃんだけじゃなくて、みんなで強くならないとねってことっ」


 詞が申し出たのは別離などではなかった。


「………………」

「言ったでしょ。ボクは【面影】がお兄ちゃんのための踏み台で構わないって」


 最初からそうだった。

 詞も、明乃も景一郎の夢を応援してくれていた。



「今から跳ぶぞ~って時に降りられると寂しいよ」



 詞の眉がハの字を描く。

 彼は景一郎の袖を強く掴み――



「みんなで、一緒に強くなろうよ」



 そう言った。

 小さく。それでも強く言い切った。


「………………明乃はそれでも良いのか?」


 景一郎は明乃に顔を向けた。

 詞が同意を示してくれたとして。

 明乃が同意見とは限らない。

 だから、問いかける。


「最初に【面影】の一員となると決めたとき、覚悟は済ませてありますわ」

「……そうか」


 明乃はなんとでもなさそうに答えた。

 優雅に紅茶を飲みながら。


 それこそ彼女の言う通り、すでに覚悟など済んでいるのだろう。


「あの…………」


 そんなとき、か細い声が聞こえた。

 

「えっと……影浦さん」


 声の主は透流だった。

 彼女は気まずそうに声を上げている。


「どうしたんだ碓氷?」

「私は……その……」


 透流は何かを言おうとするも口を閉じてしまう。

 躊躇いがちな様子。

 原因があるとしたのなら――


(そうか――)


(碓氷はそもそも俺や【面影】の事情に詳しくない)


 景一郎が元々【聖剣】に所属していたこと。

 そして、また戻りたいと思っていること。

 【面影】はそれまでのパーティとして結成されたこと。


 透流にはそのあたりの事情を説明していないのだ。



(それに――魔都を目指す意味どころか、秘薬を手に入れた今では冒険者を続ける意味さえない)



 透流の目的は、秘薬を手に入れて母親の治療をすること。

 魔都を目指すことなど望んでいない。

 そもそも秘薬を手に入れた以上、彼女がこれから冒険者を続けていくのかも不鮮明なのだ。


「碓氷。先に言っておくけど、お前までパーティの方針に従う義務はない」


 ゆえに景一郎はそう告げた。

 彼女が義務感で【面影】に残らないように。


「それに……どう言葉を並べても、始まりは俺のワガママなんだ。だから碓氷が今後どうするのかは、自分の意思で決めて欲しい。どんな答えでも、俺たちの関係が変わることはない」


 魔都を目指すとなれば当然のように危険がつきまとう。

 冒険者なんてやめて、普通の学生としてすごすべきなのではないか。

 そう思わずにはいられない。

 

「ん……なら正直に言っても……いいですか?」


 透流はそう切り出した。


「ああ。当たり前だ」


 景一郎は頷く。

 本音の言葉でなくては意味がない。

 その場の流れだけで彼女の人生を決めていいわけがない。


 透流の言葉を待つ景一郎にかけられたのは――



「ちょっと………………イラっとしました」



 ――怒りの言葉だった。

 変わらぬ無表情。

 平坦な目で、透流は景一郎を貫いている。


「え?」

「私はパーティの方針に従わなくても良いって……まるで私がお客様みたいです」

「いや………………」


 慌てて否定しようとする景一郎。

 だが透流は身を乗り出す。


「確かに、私がこのパーティに参加したのは成り行きだったかもしれないけど……。なんだか……私って本当の意味で【面影】の一員として見てもらえてなかったんだなって」

「そんなつもりは――」


 そう言いかけ――やめた。

 彼女の言うことを否定できない自分がいたから。


(いや……否定できないのか)


 景一郎は考える。

 

(正直なところ、俺はまだ碓氷のことを一時期のメンバーとしか見ていなかったんだろう)


 もちろん、他のメンバーと比べて透流を軽視していたわけではない。

 それでも――秘薬を手に入れ、その代金を返済したら切れてしまう関係だと思っていたのだ。

 そんな暫定的な関係だと思っていた。

 その事実を否定できない。


「自分で選べなんて言葉じゃなくて……いっそのこと……『方針に従えないなら【面影】を抜けろ』って言ってもらえたほうが……嬉しいです」


 透流はそう絞り出した。

 気を遣ったような言い方などで喜びはしないのだと。

 仲間だと思うのなら、もっと遠慮のない言葉が欲しいのだと。

 そう彼女は語る。


「そして――私は【面影】を抜けません」


 そう言うと、透流は笑った。

 無表情を忘れて。


「理由は正直……そんなに重くないです」


 透流は目を伏せ、スカートを握る。


「一緒に影浦さんとダンジョンに潜って……。憧れだった忍足さんに直接会えて……。やっぱり……冒険者したいなぁって」


 彼女は言葉を並べてゆく。


「学生でお金を稼ぐための選択肢はこれしかなかったから。……私が冒険者を始めたのは、そんな理由なのかなぁって思ってました」


 透流は顔を上げる。


「でも、それだけじゃなかったって分かりました」


 景一郎と透流。

 2人の視線が交わった。



「私……このパーティで冒険者をやっていきたいみたいなんです」



 彼女の独白。

 それを聞いて、景一郎は目を閉じる。

 目を閉じて、考える。


「碓氷……いや。透流」

「はい……影……景一郎さん」


 景一郎が声をかけると、透流は緊張した面持ちで姿勢を正す。


「今日から俺たち【面影】の目標はAランクパーティになること。そして、魔都で最前線の冒険者たちとの合流だ」


 景一郎は告げる。

 これからの方針を。

 そしてそれらを告げたうえで――問う。



「――――嫌ならパーティを……抜けろ」



 車内を包む沈黙。

 そして――


「――――抜けませんっ」


 透流はそう答えた。

 憂いなど感じさせない曇りのない笑顔で。

 

「……そうか」


 景一郎は座席に身を沈める。

 あんな笑顔で言われてしまって、拒否できるわけがない。


(良い仲間に恵まれてしまったな)


 景一郎は天井を仰いで微笑む。


 一時的なパーティのはずなのに。

 愛着が湧いてしまう。


 だがそれも良いだろう。

 今はこの心地よさに身を委ねよう。




「それじゃあ全員で――強くなろう」

「無論ですわ」「おー」「ん……」




 影浦景一郎の夢が叶う、その日まで。


 1章で【面影】を結成。

 2章で目指すべき場所を認識。

 そして3章は目標のための準備を整えてゆく章となります。


 次回はアナザーエピローグ。

 主役は【聖剣】の一角であり【百鬼夜行】の二つ名を持つ糸見菊理です。



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