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2章 11話 霧中で討て

「っと」


 鞭のようにしなる枝。

 景一郎が跳べば、一瞬遅れて枝が地面を叩き据える。


「手数が多いな」


 景一郎はボス――フォグトレントへと視線を向ける。

 

 細身の幹に反し、その高さは100メートル近い。

 そして何十もの枝が触手のように振るわれている。

 その攻撃は高密度で、敵の接近を許さない。


「しかも枝が白っぽいせいで接近に気付くのが遅れてるな」


 戦場は濃霧。

 白く細いフォグトレントの枝は霧に紛れて見えづらい。

 そのせいで回避に意識を割かなければならず、どうにも攻撃に転じられない。

 

「ある程度、先に枝を落とすか」


 ここはキッカケが必要だ。

 フォグトレントにとって枝は武器であり防具。

 乱暴に振り回すだけの枝は攻防一体。


 しかし、言い換えれば武器を潰されることと盾を失うことが同義であるということ。

 枝を失ってしまえば、攻撃手段も防御手段も同時に失うということ。



「全員! 戦術B!」



 ゆえに景一郎は号令をかける。


 短時間に集中してフォグトレントの枝を刈り取る。

 そのために。


「「「「【隠密】」」」」


 明乃を除く全員の姿が消える。

 そうすれば枝が景一郎たちを狙うことはない。


 これまで回避に注いでいた力もフォグトレントの枝を落とすことへと向ける。

 しかし――


「っ……これは……!」


 景一郎の表情が険しくなる。

 たった一つの誤算。

 それは――


「っく……!」


 明乃の苦しげな声。


 彼女は指示に従い【エリアシールド】を展開している。

 だが生み出されたドーム状の結界が――たわんでいた。


 フォグトレントの枝が【エリアシールド】を締め上げる。

 それにともない結界は変形し、ひょうたんのようにくびれている。


「普通のモンスターとボスモンスターでここまで火力が違うのか……!」


 10を越えるトレントにも対応できたのだ。

 敵がボスとはいえ1人でも問題ないと判断していた。


 だがフォグトレントの驚異的な手数が1人に集中するということへの意味を軽視してしまっていた。


「ガードが……破られますわっ……!」


 そしてついに――限界を超えた【エリアフィールド】が破砕した。


「トレントが植物系のモンスターだというのなら――」


 だが明乃の反応は早い。

 ガードしきれない。

 そう判断した彼女は――攻撃に転じる。


「炎で薙ぎ払うだけですわっ。【レーヴァテイン】っ!」


 彼女の手中で炎が伸びる。

 そのまま豪炎は剣となり、迫る枝に振り下ろされる。


「そん……な……!」


 明乃は驚きに目を見開く。


 振り下ろされた炎剣。

 植物系のモンスターに対して相性が良いはずの一撃が――効いていない。


 刃は枝に食い込んでいる。

 だがそれだけ。

 デスマンティスの戦いではあれほどの威力を発揮した一撃が今、枝を断ち切ることさえできないでいた。


「相性が悪いはずの火属性……それもあの威力を受けてもダメージがないのか……? まさか――」


 景一郎は目の前の現象の意味を悟る。


 このダンジョンは濃霧に包まれている。

 濃霧。

 それはつまり、そこら中に水があるということ。


 ボス部屋はボスのための世界。

 そしてフォグトレントの弱点は炎。


「明乃! この部屋は、火属性の攻撃が力を発揮しないギミックになっているんだ!」


 景一郎は叫んだ。


 炎属性の攻撃の威力が大きく削がれる空間。

 ここはそういうルールになっているのだ。


 フォグトレントの弱点を突いたはずの攻撃は、まんまとこの部屋の仕組みの前に無効化されてしまったというわけだ。


「ダンジョンというのは本当に面倒ですわねっ……!」


 明乃は歯噛みする。

 

 ガードは破られ、反撃も意味をなさなかった。

 残るのは、枝に囲まれているという事実だけ。


「くっ――!」

「明乃!」


 一気に収束する枝が明乃の体を捕えた。

 枝は幾重にも明乃の体に巻き付き、彼女から体の自由を奪い取る。


「んんっ……動けませんわ……!」


 明乃は身をよじるが、1本や2本の枝ならばともかく、これほど多くの枝を引き千切ることなどできない。


(盾役を押さえられたか……)


 盾役である明乃が機能しなくなったことで、フォグトレントの攻撃を受け持つ者がいなくなった。

 戦闘が始まった直後よりも激化する攻撃。


 このまま明乃を放置するわけにはいかない。

 早急に手を打つ必要がある。



「――俺がサブタンクとしてヘルプに入る!」



 景一郎は作戦変更を宣言する。

 同時に【空中展開】で空中に矢印を浮かべ、蹴りつけた。


 景一郎は勢いのまま明乃のもとへと飛び込む。


「っ……!」


 景一郎は身をひるがえす勢いで短剣を振る。

 双剣の斬撃は、明乃を空中に縫いつけていた枝を斬り落とした。


 拘束から解かれ地面へと落ちてゆく明乃。

 景一郎は彼女の体を受け止める。


「大丈夫か? 明乃」

「助かりましたわ」


 礼を言いつつも明乃は盾を構える。

 戦意はまだ途絶えていないようだ。


「明乃はこれまで通りメインタンクとして動いてくれ。俺は攻撃をしつつ、必要に応じてガードに回る」

「お願いいたしますわ」


 今回の敵は手数が多く、集中砲火を受ければ一瞬でガードが崩れてしまう。

 なら、分け合うしかない。

 負担を分担し、確実に攻撃を受け止めるしかない。


「詞! ナツメさん! 2人は本体を狙わず、枝を落とすのに集中してくれ!」

「はぁい」「了解しました」

「碓氷は【隠密】を保ったまま俺の背後で待機!」

「ん……」


 ジャリ……。

 景一郎の背後で砂を踏む音がした。

 姿は見えないが、透流が位置についたようだ。


「碓氷。お前にはトドメを任せる。一発で決めてくれ」


 彼女の存在を認識したタイミングで、景一郎は透流に声をかけた。


「……私の魔法では、威力が足りない」


 しかし透流の声は難色を示していた。


 それも仕方がないことだろう。

 透流の持ち味はピンポイントの狙撃。

 相手が巨大な場合、致命打を与えにくい魔法なのだ。


「安心しろ。それは俺が補う」


 無論、それは景一郎も理解している。

 理解したうえで、彼女にトドメを任せるのだ。


「ん……お願いします」


 そう言うと、再び透流の気配が薄れてゆく。

 ――狙撃体勢に入ったのだろう。


「【エリアシールド】!」


 景一郎と透流がやり取りをしている間に、フォグトレントは枝をこちらに向けて伸ばしてきていた。

 迫る枝の津波。

 明乃はそれを1人で受け止める。


 彼女は地面を踏みしめ、わずかに地面を抉りながらも後退を許さない。

 しかしそんな彼女の防御を崩すため、枝は明乃の背後から迫る。


「景一郎様!」

「ああ――【矢印】【空中展開】」


 明乃は景一郎を呼ぶ。

 このまま多方向から攻撃されては彼女のガードは破られる。

 

 ゆえに景一郎の役目は、明乃に向けられる攻撃を正面からのものだけへと限定すること。


「落ちろ」


 明乃の背中を狙う枝。

 その軌道上に矢印が現れた。

 矢印が向いているのは――下。


 矢印に触れる枝。

 すると強制的に攻撃の方向が変更され、枝は地面に刺さり込んだ。


「とぉぉりゃぁぁぁぁぁ!」

「【皮剥ぎ・実践】」


 詞とナツメ。

 2人のスピードアタッカーがフォグトレントの枝を削ぎ落とす。


「お兄ちゃん! 斬ってもすぐに戻っちゃうよッ!」


 フォグトレントの枝には再生機能がある。

 それこそが、このボスのガードを崩せない要因。


「ああ、問題ない。一時的にでもガードをこじ開けられたらな」


 だが、構わない。

 たった一撃。

 研ぎ澄ませた一撃を叩き込むだけの時間さえ確保できたのなら。


「【矢印】――【空中展開】――縦列」


 景一郎は腕を薙ぐ。

 すると空中に複数の矢印が展開された。


 直線状に並ぶ矢印。

 それらすべてはフォグトレントへと向かっている。


「任せた碓氷」


 景一郎は笑う。

 ――きっと彼女なら、この矢印の意味を理解しているだろう。




「絶対に撃ち抜ける――この弾丸は、私一人のものじゃないから」




 静かな声が聞こえた。

 たった一瞬の隙を突き、その命を撃ち抜く。

 狙撃手の声が聞こえた。


「ファイア」


 虚空から氷の魔弾が放たれる。

 それは――空中の矢印に触れた。


 矢印に乗って加速する魔弾。

 そしてさらに次の矢印に触れる。

 1つ。2つ。3つ。

 矢印に触れるたび、魔弾はさらに加速してゆく。


「終わりだ」


 初速とは桁違いの弾速で着弾する魔弾。

 それはもはや貫通などという生易しい結果を許さない。


「ギオオオオオオオッ!」


 悲痛な声が響く。


 透流の氷弾が、フォグトレントの幹を半分以上抉り飛ばしたのだ。

 木片が周囲に散らばる。


 フォグトレントがメキメキと軋む。

 そして、そのまま抉れた幹が――自重で折れた。


「……すさまじい威力ですわね」


 光の粒子となり消えてゆくフォグトレントを見送り、明乃はそう呟いた。


「半分は思いつきだったけど、外付けの加速装置があるとここまで威力が上がるのか」


 景一郎が用意したのは、いわばカタパルトだ。

 透流の魔弾の速度を底上げし、威力を向上させるための補助装置。

 とっさの考えだったが、実践でも使える技術だった。


「ボス戦、しょーりだねっ」

「ああ」


 駆け寄ってくる詞。

 景一郎は彼と手を叩き合わせる。

 そのまま詞は他のメンバーの場所をめぐり、ハイタッチを交わし合っていた。


「――ドロップが見つかりました」


 そんな様子を眺めていると、ナツメが歩み寄ってきた。

 どうやらドロップ品の回収をしてくれていたらしい。


「それは……」


 ナツメが手にしていたのは瓶だった。

 ガラスのように透き通った瓶に入っているのは透明な液体。

 液体には変わった形の葉が浮かんでいた。


 この見た目は確か――



「Aランクの秘薬です」



「っ!」


 ナツメの言葉にもっとも反応したのは透流だった。

 無表情こそ崩れていないが、明らかに彼女の体が跳ねた。


「あらあら」

「おー」


 奇妙な偶然に明乃と詞もそれぞれ声を上げる。


 ――可能性として考慮はしていた偶然。

 だが、本当に実現するとは運が良い。

 それとも、ここは透流の普段の行いが良かったと考えるべきか。


「……なあ明乃。詞」


 景一郎は口を開く。

 だが、すでに他のメンバーはすべてを悟っている様子だった。

 それでもあえて、彼は口にする。



「やっぱこういうのはさ、ボス攻略に一番貢献したやつが美味しい思いをするべきだよな?」



 基本的に【面影】は報酬を平等に分け合う。

 そして1度決めたルールを安易に変えることはパーティの不和を起こす原因となりうると言われることもある。


 だが、そんな野暮な指摘をする者はここにいなかった。


「組織に貢献した者にこそより大きな報酬を。道理ですわね」

「うんうん。頑張った子にはご褒美がないとねぇ」


 明乃と詞は同意を示す。

 ナツメに至っては、パーティの正式なメンバーでないためか口をはさむつもりはないようだった。

 ――これは満場一致と考えていいだろう。


「そういうわけで――今回のドロップ品を手に入れる権利は、ボスを討伐した碓氷にあると思う」


 そう言って、景一郎は透流へと秘薬を差し出す。


 確かに、明乃は秘薬を確保すると約束した。

 だがそれもすぐに実現できるものではなかった。


 いくら取り扱いがあるとは言っても、常に在庫があるわけではない。

 あったとして、すぐに買い手がついてしまう代物だ。

 見立てでは、実物が透流の手に渡るのは1か月以上先のことにあるとのことだった。


 そんな秘薬が今、透流の眼前にある。


「ん……! ん……!」


 声にならない声を上げる透流。

 顔こそ無表情だが、目は面白いほどに動揺していた。


「なんだ? いらないのか?」


 景一郎はついそんな意地悪を口にした。


「んぅっ…………!」


 無言で首を横に振る透流。

 その仕草は、Bランクの冒険者として力を振るう少女とは思えないほど可愛らしいものだ。


「それじゃ……これ。お母さん、すぐに治してやろうぜ」


 とはいえ、いつまでも意地悪をするわけにはいかない。

 景一郎は透流の手に秘薬を渡した。


 彼女は信じられない様子で手中の秘薬を見つめる。


「あり…がとう……ございますっ」


 透流は声を絞り出すと、深々と頭を下げた。

 何度も、何度も。

 彼女は頭を下げ続ける。


 それだけ、あの秘薬は彼女にとって大きな意味を持つのだ。


「わたくしとしたことが商機を逃してしまいましたわね」


 景一郎の背後で、明乃はそんなことを漏らした。


 ――透流がパーティに加入したのは、秘薬を融通するという契約の対価だ。

 それは売買契約であり、相応の金銭を払わねばならないという前提があったから。


 しかし今回はボスドロップ。

 冒険者が受け取る当然の権利として、透流は秘薬を手に入れた。


 当然、金銭を払う義務はない。

 あれは彼女が、自分の実力で勝ち取ったものなのだから。


 だからもう、透流には【面影】で活動する義務はない。

 そもそも彼女が冒険者を始めた理由が、秘薬で母の病気を治すことなのだ。

 彼女が冒険者を続けることはもうないかもしれない。


 命の危機がある世界なのだ。

 家族の病気が治ったのなら、普通の少女としての暮らしに戻りたいと思うのは自然なことだろう。


「そのわりには、嬉しそうに見えるけど」


 景一郎は明乃を見て笑う。


 確かに、今回の明乃は想定されていた利益を逃したといえる。

 将来を見込んでいた透流とのつながりはここで終わり、そもそも彼女が冒険者を続けるのかさえ怪しい。

 ビジネスという観点でいうのなら、これはきっと失敗なのだろう。


 それでも明乃に悔し気な様子は微塵もない。

 むしろ嬉しそうに見えた。


「あら。景一郎様は、お金絡みじゃないと喜ばない女だとお思いでしたの?」

「……まさか」


 そんな損得勘定だけで動く人間が、景一郎に無償でスポンサー契約など持ち掛けるわけがないだろう。

 不確実な将来へと挑む男に投資などしないだろう。


「あんなに優秀な冒険者をつなぎとめる手段がなくなったのは、少し残念ですけれど。それよりも嬉しいことがあったので良しといたしますわ」


 2章もあと数話で終了する予定です。



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