表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/275

2章 10話 樹林ダンジョン

「結構数が多いよ……!?」

「囲まれていますわね……!」

「ん……まだ増えてる」


 詞、明乃、透流の声が戦場に響く。


 現在、景一郎たちは20近いトレントに囲まれていた。

 最初は数体だったトレント。

 しかし戦闘が長引くにつれ、戦闘音を聞きつけたトレントが【擬態】を解除して参戦してくるのだ。


「リーダーとして、どうなさいますか影浦様?」


 トレントをさばきながらナツメは尋ねてくる。


「そうだな――」


 トレントは火力よりも耐久力に長けたモンスターだ。

 ゆえに処理に時間がかかり、仲間の合流を許してしまう。


 そして数で抑え込まれてしまえば――敗北だ。


 となれば、効率よくトレントを処理してゆく必要がある。


「全員、戦術Bに移行!」


 景一郎は叫ぶ。


 パーティ【面影】として活動するにあたり、景一郎たちはいくつかの戦術を用意していた。

 そしてそれらを素早く実行するため、呼び名を割り振ってある。


 戦術B――それは、



「「「「――――【隠密】」」」」



 景一郎、詞、透流、ナツメ。

 4人の姿が戦場から消えた。


 ――【面影】にはある特徴がある。



 それはタンクである明乃を除き、全員が【隠密】を使えること。



 景一郎は宵闇シリーズの装備による効果だが、【隠密】を疑似的に使用できることに変わりはない。


「それではわたくしは――【エリアシールド】っ」


 明乃が声を上げる、するとドーム状の結界が彼女を包み込む。

 あれは彼女が有する盾役のスキル【エリアシールド】だ。

 彼女自身の防御力には劣るが、死角もカバーできる優れた防御スキルである。


 明乃以外の全員が【隠密】で姿を隠す。

 そして、明乃が1人で全モンスターの攻撃を受ける。


 それによってノーマークとなった景一郎たちアタッカーが敵を殲滅する。


 明乃への負担が大きいため短時間しかできないが、その殲滅力はすさまじい。


「とぉりゃぁぁぁ!」


 虚空から詞の声が響く。

 同時に、黒い斬撃が走る。

 それは次々にトレントへと深い傷跡を刻み込んでいった。


「ファイア」


 離れた場所から、透流の声が聞こえた。

 何もない場所から突然に撃ち出された魔弾。

 鈍重なトレントにそれを躱す術があるわけもなく、透流の魔法はトレントを容易く貫いた。


「それでは――【屠殺・実践】」


 上空から聞こえたのはナツメの声。

 ほんの一瞬、戦場に寒気が走る。

 それは――研ぎ澄まされた殺気。


 直後、5体のトレントが一瞬で細切れになった。

 サイコロのように刻まれたトレント。

 その早業は、景一郎の目から見ても驚くべきものだった。


「トラップ・セット――【空中展開】」


 景一郎は戦場を俯瞰する。

 そして――空中に矢印を展開した。



「撃ち抜け」



 景一郎は大量の武器を放る。

 それらは矢印に乗り――戦場に降り注ぐ。


 射出された刃がトレントを斬りつけ、貫く。

 彼の攻撃は、10ものトレントを撃ち滅ぼした。


「――こんな感じだな」

「このあたりのトレントは全滅したようですわね」


 トレントの全滅を確認すると、明乃は【エリアシールド】を解除する。

 20ものトレントの集中攻撃を受けてなお、彼女の結界にヒビはなかった。

 この防御力は、さすが【パラディン】というべきか。


「ナイスガードだったぞ」

「お褒めにあずかり光栄ですわ」


 そう明乃は笑う。

 この戦術を試すのは今回が初めてだったが、景一郎の想定通りの効果を発揮することができたようだ。

 

 1人でガードを請け負える盾役。

 素早く敵を処理できるスピードアタッカー。

 それらがそろっているからこその成功だ。


「――戦ったら余計に熱くなってしまいましたわ」


 明乃が手で顔を扇ぐ。

 1人ですべての敵の攻撃を防御していたのだ。

 短時間とはいえ疲労は大きかったのだろう。


「お嬢様。おっぱいが汗でテカテカしています。お拭きしてもよろしいですか?」

「……変なことを言わないでくださいませ」


 ナツメの言葉に明乃は目を細める。


 少し視線を下げると、ドレスから覗く胸元は汗に濡れ、照り輝いていた。

 ――あまり長く見てはいけないものだった。


「お嬢様。谷間に汗が溜まっています。お拭きしてもよろしいですか?」

「ええ、お願いいたしますわッ……!」


 ナツメを止めることは諦めたのか、半ば投げやりに明乃はそう言っていた。

 どうにもあのメイドは、主の手に負えないらしい。


「すでにハンカチがぐしょぐしょ……」


 一方で、透流は体を拭いていたハンカチを摘み上げる。

 すでに布は余すことなく汗を吸っており、見ただけで重量感がある。


「ボクの貸すよ? 使ってないやつ」

「ん……ありがとう」


 そんな彼女に詞がハンカチを手渡す。

 ――レース生地の可愛らしいハンカチだった。


 ともあれ、透流は特に気にした様子もなく首筋を拭う。

 詞はその様子を興味深げに見ていた。


「んー。前に見たときと違うなぁと思ってたんだけどぉ。なんで透流ちゃんはサラシを巻いてるの? ちゃんとしたブラをつけないと形が崩れるって言うし、ボクはわりと反対論者なんだけど」


 詞はそう尋ねる。

 透流が胸元を軽く拭いたとき、胸元に巻かれた白い布が見えたからだ。


 それはともかく――


「……わりとナチュラルにセクハラ発言だろ」


 景一郎は嘆息する。


 ――前に見たときというのは、おそらく例の温泉での事件のことだろう。

 詞はあのときに見た透流の乳房に比べ、服越しに見える膨らみが小さいと言っているのだ。

 

 逆ならば詰め物だろうと納得するのだが、本来よりも小さく見えるというのは不自然といえるだろう。


 とはいえ透流はそういう意味合いが込められていたことに気付かなかったようで、特に気にした様子もなく自身の胸元に視線を落とす。


「普通のだと……目立つ」

「ああ……中学生でそのサイズ感はなかなかだもんねぇ」

「あまり……見られたくない」


 納得がいったのか、詞は頷く。

 まるで女子中学生同士の談笑のようだが――片方は男だ。


「それに――忍足さんはこんなに大きくない」

「本人に言ったら秒で殺されるぞ今の」


 まるで地雷に頭突きするかのような暴挙だった。


 おそらく忍足雪子という女性を怒らせる方法としてトップ3に入る発言だ。


「――影浦様」

「?」


 詞と透流のやり取りを遠めに見ていると、ふとナツメが声をかけてきた。

 彼女は澄ました様子で景一郎の隣にいた。


「ボス部屋を見つけました。影浦様がおっぱいに夢中になっている間に」


 そうナツメは言った。

 

 ――明らかに不自然なほど激しい動きで明乃の胸を拭きながら。

 むしろあれは揉みしだいているようにしか見えない。


「ん……ぁっ……ひゃっ……ナツ、ナツメ……!? もう拭き終わりましたわよね……!?」


 明乃も体を震わせながらも抵抗しているようだが、上手いことナツメに抑え込まれているのか胸元を一方的に蹂躙され続けていた。

 そもそも、ナツメはすでに布を手に持っていない。

 単純に乳房を弄り回しているだけだった。


 本来、パワー寄りの職業である【パラディン】を【アサシン】が押さえ込めるとは考えにくい。

 実現にはそれなりのレベル差が必要なはずで、80レベルの【アサシン】ではパワー不足のはず。

 だとすると余程の手練れか――レベルの申告に偽りがあることになるのだが。

 

「人聞きの悪いこと言わないでください」


 とはいえ、そんなことを気にしているタイミングではない。

 景一郎は肩をすくめながら誤解を解く。


「では、女子大生と女子中学生のおっぱいを無視してまで、女装している男子中学生を注視していた間に」

「やばいなそいつ。犯罪者じゃないですか?」


 残念ながらその男は、景一郎とは相容れない性質の持ち主だろう。


「ええ。今のうちに、貧乳派へと改宗しておくことを勧めます。特に大人ロリなんかはどうでしょうか」

「――――」


 なぜか胸の話が終わらなかった。


 景一郎がどう反応したものかと思っていると、ナツメは半眼で彼を見つめ返してくる。


「……確かに、私も大別上は貧乳に分類されるかもしれませんが見ないでいただけますか。これでもBランクです」


 汚いものを見るような目で見られた。


 軽蔑しきった視線は妙に様になっており、その道の人間ならば喜んでいたことだろう。

 景一郎には関係のない話だが。


「別に胸を見ていたわけじゃないんだけど」

「顔でしたら自信があるのでいつでも見てください」

「……調子狂うな」


 景一郎は頭を掻く。


「正直、その気ままな喋りなんか特に……ぶっちゃけ碓氷よりゆっこコピーのクオリティが高い気がしてくる」


 なんとなくだが、ナツメは忍足雪子と似ている気がする。

 容姿など、表面的な話ではない。


 思考など、彼女独特のペースが似ているのだ。

 ――なんとなく程度ではあるのだが。


「パクリ呼ばわりされました。私がオリジナルです」

「いや、本当に真似してるとは思ってないですけど」


 日頃から言動を模倣するようなヘヴィーなファンは透流くらいだろう。

 ――多分。


「そんなことより、ボス部屋に向かってはいかがでしょうか。あまりここに長居したくはありませんわ……」


 ようやくナツメの手から解放された明乃がそう言った。

 彼女が疲弊しているのはダンジョンのせいか、身内の犯行によるものか。

 それは分からなかった。


「私も……サラシが濡れて気持ち悪い」

「ボクも汗だくだよぉ」


 とはいえ、早く帰りたいのは明乃だけではない。

 他のメンバーも攻略を終わらせるのに賛成らしい。


「そうだな。さっさと行くか」


 景一郎もこんな不快指数の高い空間に長居したくはない。

 彼らはボス部屋に続く扉へと向かった。


(運が良ければっていうのもあるしな)


 ――実をいうと、景一郎はこの時点である可能性を考えていた。


「碓氷」

「ん……?」


 景一郎が声をかけると、透流は首をかしげる。

 無表情な瞳。

 そこに――


「あーいや。頑張ろうな」

「ん」


 ――景一郎な、かけようと思っていた言葉を飲み込んだ。


(まだ言わないほうが良いか)


 それはまだ言うには早いと感じたから。

 まだ確率の話でしかないから。


(ここは植物系のモンスターが出るダンジョン。おそらくボスも植物系)


 ここに来るまでトレントにしか出会っていない。

 そうなれば、ボスも植物系となるはず。


(そして植物系のモンスターは――)


 冒険者として、景一郎は多くのことを勉強してきた。

 一般に知られていることはもちろん、ベテランが経験則で見つけたような知識まで広く集めていた。


 その知識によれば――




(――もっとも【秘薬】をドロップする可能性が高いモンスターだ)




 ここはBランクダンジョン。

 ボスはおそらくAランク。



 それはつまり、Aランクの秘薬を手に入れるチャンスということ。



 一応、明乃が手配しているとはいえ秘薬をすぐには用意できない。

 だがここのダンジョンなら、目的のものが手に入るかもしれない。


 そう言いかけたが――ぬか喜びになるかもしれない言葉をかけるのは躊躇われた。



「あ――今回はど真ん中にいる」



 詞がそう言った。


 すでに彼らはボス部屋の中へと侵入していた。


 ――ボス部屋は、これまでのダンジョンの光景をほとんど変わらなかった。

 

 霧がかかり、樹木に囲まれ、息苦しい熱気に包まれた世界だ。

 あえて違うとするのなら、先程までよりもさらに霧が濃い。

 そして――入り口から正面100メートルくらいの場所に――他の樹木とは比べ物にならない大きさの木があった。


「毎回不意打ちをされていたら心臓がもちませんわ」


 明乃は髪を手で払う。


 十中八九、あの木は【擬態】によるものだ。

 そんな景一郎の予想は――正しかった。


「霧。トレント系。妥当なボスですね」


 ナツメはそう呟いた。

 彼女も予想していたのだろう。

 今回のボスモンスターを。


「ですね」


 そして、景一郎も今回の予想が正しかったことを確信する。


 ――大樹が動き出す。


 白く、トレントがそのまま巨大化したような姿。


 その名は――フォグトレント。


 人工ダンジョンのボスが登場しました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ