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2章  8話 新たなユニークスキル

「なあ詞」



 レイドを終えた次の日、景一郎は詞に声をかけた。


「んにゃ? どうしたのお兄ちゃん」


 詞は不思議そうな表情を浮かべて振り返る。


 ――2人がいるのは、明乃が用意した鍛錬場だ。

 同じ【面影】のメンバーとして、詞もここを使用することがある。


 もっとも彼の場合は、ここの高価な設備を目当てにして溜まり場として使っていることのほうが多いのだが。


 ここは明乃が用意した場所だ。

 テレビやネットなどの環境は当然として、冷蔵庫に入っている水さえ一般人が想定するものとは違う。

 中学生である詞がこんな高級品と縁があるものとは考えにくく、自由に出入りする権利があるのならば入り浸るのも必然といえるのかもしれないけれど。


 ともあれ、ここに詞がいるのはそう珍しいことではない。

 そしてその事実が、今日の景一郎には好都合だった。




「付き合ってくれないか?」




「ぇ」


 詞の口から変な声が漏れた。

 普段のからかうような態度も見えない。

 彼の目は不自然なほど泳いでいた。


「ぇ……ぁ……はい……」


 そしてなぜか詞は俯いて首を縦に振った。

 彼の手は、ゴスロリ服の裾を強く握りしめていた。

 夜色の髪から覗いた耳は――赤い。


「じゃあ、今から頼む。正直、早くやってみたくてな」


 景一郎は詞の手を取り、歩き出す。

 平静を装っているつもりだが、少し気が急いているのかもしれない。


「そ、そんなすぐに……? し、しかもお外でしちゃうのぉ……!?」


 詞は戸惑いの声を上げつつも、景一郎の後をついてゆく。

 その先にあるのは一面の芝生だ。


「ぁの……ぉ、お兄ちゃんっ。普段はああ言ってるけど、実はボクあんまりこういうの経験なくてぇぇ――」



「うん。知ってた」


 詞はそう口にした。

 その目に宿る感情は――呆れだろうか。


 そんな彼の視線はまっすぐに景一郎へと向けられている。


「どうしたんだ?」

「べーつにぃ?」


 詞は唇を尖らせた。

 あまりに景一郎がはしゃいでいるように見えてしまったのだろうか。


 確かに、おもちゃを貰ったばかりの子供のような景一郎の行動は、少し年長者として問題があったかもしれない。


「で、どうしたの?」


 とはいえそのことを追及するつもりはないようで、詞はいつもの調子で景一郎に問いかけてきた。


「この前のレイドでさ、俺のレベルが100を越えたんだ」

「おー。ついに3桁だねっ」


 詞が拍手で景一郎を称賛する。


 レベル100。

 それは単純に2桁から3桁へと変わっただけではない。


 大体、このあたりからAランク冒険者としての未来が見え始める時期だ。

 Bランクで一流なら、Aランクからの世界は魔境。

 

 上級職への覚醒。

 新たなスキルの獲得。

 

 他の冒険者とは違う次元へと踏み出し始める頃合いだ。


「それでボクを呼んだっていうことは――」

「ああ。新しいスキルを覚えたんだ。それも2つ」

「同時に2つもスキルを覚えるなんて珍しいね」


 習得するスキルの種類やタイミングは完全に本人次第。

 同じ職業でも覚えるスキルは違うし、同じレベルで手に入るわけではない。


 そんな偶然性の強いスキル習得において、同時に2つというのはかなりレアなのだ。


「だからちょっと試したいんだ」

「うん。いいよっ」


 詞も新スキルに興味があるのか、目を輝かせている。


「それでぇ。どんなスキルなの?」


 興味津々といった様子で詞が尋ねてくる。


「正直、片方は使い方がまったく分からないから後にしていいか?」

「もちっ」


 そう言って詞は――後ろに跳んだ。


 本来なら、彼のような【アサシン】は接近戦を得意とする。

 ある程度の距離を取った戦いは、むしろ【罠士】である景一郎の領分。


 そんなことは詞もよく知っているだろう。

 だが、今回はあくまで景一郎のスキル検証が目的。

 ゆえに彼は、景一郎が得意とする間合いを自発的に選んだのだ。


「じゃあ――構えてくれ」


 景一郎は右手を上げる。

 そして掌を詞へと向けて――唱える。



「――【空中展開】」



「うそっ!? もしかしてユニークスキルっ!?」


 詞の表情が驚愕に染まる。


 Bランク冒険者である詞なら、基本的なスキルの名前はほとんど把握しているはず。

 そんな彼が聞いたこともないスキル名。

 ゆえに詞は、景一郎が使ったスキルが世に知られたものではないと一瞬で理解した。


「トラップ・セット」


 景一郎の手元――空中に矢印が出現した。


 これこそが【空中展開】の能力。

 トラップを――()()()()()()()()()()()()()()()()()


 元来、トラップは地面など、何かに貼り付けるようにしてセットしなければならない。

 しかし【空中展開】はその原則を破壊する。


 トラップの呪縛を破り、さらに自由な領域へと押し上げる。


「おっと……!」


 詞が横に跳ぶ。

 さっきまで彼がいた場所を短剣が撃ち抜いた。


 あれは【矢印】を使って景一郎が投擲したものだ。


 多重トラップではないため投擲スピードは普通。

 とはいえ、数メートルの間合いで反応して見せる詞は間違いなく一流だった。


「んー……。正直、いまいち扱いきれてない感じじゃないかなぁ」


 詞の表情が曇る。

 彼の言うことはもっともだ。


 今の使い方は、これまでの景一郎がしていたことと変わらない。


 目新しさも、必然性もない。

 確かにこれでは、扱えているとは言えないだろう。


「問題ない。これは実験だからな」


 だが景一郎も、ここで終わるつもりはない。


 わざわざ詞に相手を頼んでいるのだ、景一郎も事前にスキルの使用法は考えてある。



「今度はちょっと本気でやるから――気を付けてくれ」



 そう忠告して、景一郎は懐に手を入れた。

 彼が手を伸ばしたのはウエストポーチ。


 これは彼が【聖剣】だったころから使用しているアイテムバッグだ。

 中には、彼が普段使っている宵闇の双剣ほどではないが、B~Aランク相当の武器が収納されている。


「トラップ・セット」


 景一郎の一声で、彼の頭上に複数の矢印が展開される。

 空中に固定された矢印はすべて――()()()()()()()()()()()


「ぇ、それ――」


 詞の表情がひきつる。

 彼も、景一郎の行動の意味を悟ったのだろう。



「射出しろ」



 景一郎はアイテムバッグから大量の武器を投げ上げた。

 槍。ナイフ。チャクラム。斧。

 無作為なそれは空中へとばらまかれ――矢印に触れた。


「ぁ、ちょ、きゃぁっ!?」


 迫る10を越える武器。

 詞は慌ててその場を離れた。


 散弾のように詞を襲う凶器。

 それらすべてを避けるのは至難の業。


「ちょっとコレ激しすぎるよぉっ」


 黒い斬撃が閃く。


 詞の両手に握られたナイフが、迫る武器を叩き落したのだ。

 彼はそうして生まれた弾幕の隙間へと体を滑り込ませる。


「確かに今のはすごかったかも……!」


 そう口にして、詞は腰を落とす。

 そして――地を蹴った。


「でもぉ…………とりゃぁッ!」


 地面が抉れ、芝生が舞った。

 詞が選択したのは――接近。

 【アサシン】の速力を活かし、【罠士】が苦手とする間合いでの攻防に持ち込もうというのだ。


 だが――もう遅い。


「トラップ――セット」



 すでに景一郎は――間合いを支配している。



「!?」


 詞が驚愕に目を見開く。

 その理由は簡単だ。

 


 矢印が、()()()()()()()()()()()()()()()()



「ぁぐッ……!」



 下方向を向いた矢印へと自分から突っ込んでしまい、詞は地面に叩きつけられる。

 そのまま彼は――動かなかった。

 詞は立ち上がることなく、手足を地面に投げ出した。


「お兄ちゃん強いよぉ……」


 地面に突っ伏したまま詞はそう漏らした。


「想像以上に応用力の高いスキルだったな」


 景一郎は自身の掌を見つめる。


 空中に罠を仕掛けられる。

 それはつまり、敵の眼前にトラップを作れるということ。


 スピードが乗った、すでに動きのキャンセルができない相手に必中の罠を仕掛けることができる。

 そうでなくとも、周囲に罠を展開しておくだけで多くの敵は接近を躊躇うことだろう。


 戦場を支配するという点において【空中展開】は随一の強さを有していた。


「やっぱりユニークスキルは強いねぇ。びっくりしちゃったよ」


 詞は疲れたのか、その場で寝返りを打つ。

 

「ねぇねぇ。もう1個はどんな感じなの?」


 景一郎が手にしたスキルは2つ。

 その内の片方は先程の【空中展開】だ。


「ああ……こっちは全員が集まってからが良いかもな」


 景一郎は詞から目を逸らす。


 2つ目のスキル。

 実は、こちらこそが本題といっていい。


 少なくとも、彼一人で扱えない可能性のあるスキルだった。


「え。結構危なげ? 大爆発起きちゃったり?」


 景一郎の想像を察したのか、詞が嫌そうな表情を浮かべる。


 どうやら味方も巻き込みかねないスキルだと彼は考えたようだ。

 ――景一郎も、その可能性は危惧しているのだけど。

 ともあれ、危険なのかさえ分からないのが現状だった。


「いや……何が起こるのか、スキル名だけじゃ全く予想がつかない」

「スキル名で分からないってことは――」

「ああ。もう1つもユニークスキルだ」


 そう。

 景一郎が習得した2つのスキル。

 もう1つのスキルもユニークスキルだったのだ。

 

 調べてもスキルの概要が分からない。

 ゆえに危険性の有無さえ確信が持てないのだ。


「お兄ちゃん。ユニークスキルに目覚めすぎじゃないの?」

「否定できないな」


 本来、ユニークスキルは限られた冒険者にしか与えられない。

 与えられたとして、それはたった1つだけ。

 しかも、本人の適性とかけ離れた代物であることも珍しくない。



(もしかして……()()()が仕込んでいるのか?)



 景一郎は思い浮かべる。

 

 オリジンゲートから現れた巨人による事故。

 そこで出会った謎の少女。

 不思議で、不穏な少女を思い出す。


 トラップ【矢印】についても彼女がキッカケのようだった。

 だとしたら、これも必然なのか。


 本来ならありえない3つのユニークスキル。

 そしてそのすべてが、大なり小なり『トラップにかかわるもの』であること。


 それらは、あの少女が仕組んだものなのか。


「それじゃあ、名前だけでも教えてよ。参考になるかもしれないし」

「ん? ああ――」


 詞の言葉で、景一郎の思考は途切れた。


 すでに他のメンバーにも声はかけてある。

 とはいえ、それまで何も教えずに待たせるのも退屈だろう。

 それに、他者の視点から気付くこともあるのかもしれない。


「もう1つのスキルは――」


(もしも俺がこのスキルに目覚めるのが必然だったとして――)




「――――トラップ【()()()()()】だ」




(あいつは、俺に何を求めているんだ……?)


 景一郎が目覚めたユニークスキル。

 そこには【ダンジョン】という言葉が鎮座していた。


 上級職への覚醒条件。

 1、100レベル以上。

 2、それぞれの職業に存在する条件をクリア(詳細不明)。


 ただし100レベル以上の冒険者でも、上級職に覚醒するのは5%以下です。

 ちなみに【聖剣】の3人は全員が上級職となっています。



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