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紅章 エピローグ Restart another

 スタンピードダンジョンの暴走から一週間。

 鹿目たちはチェックアウトを済ませ、街を歩いていた。


 戦いの傷跡は浅くない。

 さすがに血痕こそ残っていないが、破壊の後はまだ隠しきれていない


「――本当に帰っちゃうんですか?」


 鹿目は思わずそう口にした。

 こぼれた声は思っていたよりも情けない。


 それほどに紅音との別れは彼女にとって大きな意味を持っていたのだ。


「うん。一旦ね」


 ――あの事件が終わった後、紅音は唐突に帰宅を切り出してきた。

 あっけらかんとした、いつもの調子のままで。


「お土産話もできたし、ちょっと修行でもつけてもらおうかなって」


 前回のファントムスライム。

 今回の風神・雷神。


 その戦いの中で紅音なりに思うところがあったのだろう。


「そうですか……」


 気落ちしつつも鹿目はそう返す。


 引き止めたいという気持ちはある。

 だが、それはエゴであって友情ではないのだろう。

 そう思うからこそ自分の気持ちを伝えきれないのだ。


「まったく、あの島にも困ったものだよ」


 紅音が嘆息する。


「こんな便利なものがあるというのに、あそこじゃ使えないなんてね」


 彼女はスマホを指でつまみ上げると肩をすくめていた。


 どうやら紅音が住んでいた島は電波も届かないそうなのだ。

 本格的に無人島感がすさまじい。


「確かに、もっと簡単に連絡が取り合えたら良いですよね」


 きっとメールや電話ができたのなら、ここまで寂しくはないはずなのに。


 鹿目は精一杯の明るい声で相槌を打った。


「――そういえば」

「?」

「お土産話といえば、お土産は買って帰らなくていいんですか?」

「おや?」


 鹿目の言葉に紅音が首をかしげる。


「いえ……そんなに離れている場所にいらっしゃるのなら、手ぶらで帰るというのも……どうかなって」


 話に聞く限り紅音の住む島はかなり寂れ――秘境のような場所だ。

 彼女の両親たちも簡単にはこちらを訪れられないだろう。

 ならば土産のようなものを持ち帰るというのも悪くない意見のはずだ。


「なるほど。確かに皆にも、世間知らずな娘が成長したところを見せるべきかもしれないね」


 納得したようで、紅音はうんうんと頷いている。


「まだ時間はあるんですよね?」

「うん。電撃帰宅のつもりだからね。決まったタイミングというものはないよ」


 ――良かった。

 内心でそう思う。


 手土産。

 実のところ、そんなもの方便なのだ。


 ただ友達と離れ離れになりたくないだけ。

 別れの時をたった数分でも遅らせたいだけ。

 よく言えば健気、悪く言えば姑息。

 なんとも小さな反抗なのだ。


「それじゃあ――」


 どこかに買い物に行こう。

 そう言いだそうとした。


「でもやっぱり、今から帰ろうかな」


 しかし紅音が口にしたのは、鹿目の想像に反したものだった。


「えっと……お土産は……」

「もう決めたっ」

「は……はぁ」


 思わず鹿目は目を伏せた。


 紅音は自由奔放で。

 一度決めたらまっすぐで。

 自分なんかより決断力がある。


 その事実が今は恨めしい。

 もっと迷ってくれたらいいのに。

 そもそも、もっと別れを惜しむような態度を見せてくれたらいいのに。

 

 そんな気分になってくる。

 少し前まで、自分は端役だと思っていたのに。

 紅音の物語に立つ資格なんてないと思っていたのに。

 気付けば、英雄譚のメインキャラクターでいたいと願ってしまうようになっていた。


 彼女の一番でないと気が済まないなんて。

 これでは面倒臭い恋人じゃないか。


「え――」


 そんなことを考えていたせいだろう。

 鹿目は自分に起きた変化に気付くのが遅れた。


 体を包む浮遊感。


 意識が妄想から戻ってきたとき、鹿目はお姫様抱っこをされていた。

 もちろん下手人は紅音だ。


「それじゃあ、お土産も手に入れたことだし――出発しようじゃないか」

「え? え?」


 事態が呑み込めない。

 鹿目は困惑するばかりだ。


「お土産って……もしかして」


 しかし、しかしだ。

 これでも友人なのだ。

 友人なりに紅音の破天荒さを考慮に入れてみると――



「もちろん鹿目ちゃんだよ?」



 ――想像が当たってしまった。


 どうやら紅音は人間をお土産にすることに決めたらしい。

 残念ながら、彼女のいた島に『お土産』という概念を正しく教えてくれる人はいなかったようだ。


「娘の成長を見せつけるには伴侶を連れて行くのが一番だろうからね」

「え、あの、ちょ――」

「れっつごーっと」


 紅音が飛び上がる。

 

 ふわりと。

 風を感じながら彼女は駆けてゆく。


「ちょ、紅音ちゃん……!?」


 とはいえジェットコースターのように変わる状況に順応できるほど器用ではない。

 動転しながら鹿目は紅音に問いかける。


「いきなり何するんですか!?」


 振り落とされないように鹿目は紅音を抱きしめる。


 とはいえ、紅音も最大限の配慮をしているのだろう。

 走る速度に対し、鹿目に伝わってくる揺れは驚くほどに小さい。


「嫌だった?」


 にやりと笑う紅音。

 悪戯が成功した子供のような無邪気さで彼女は笑う。


 まったく、無茶苦茶だ。

 ここは断固として言うべきだろう。

 常識人代表として。


 だけど恨み言は舌に乗らない。


 だって、仕方がないではないか。


 おとぎ話の世界へと連れ出してくれるような。

 英雄的で主人公的。

 そんな彼女に振り回されるのが鹿目は――



「――嫌じゃありません」



 今でも思う。


 もしあの日、未来が視えていたとして。

 それでも鹿目は、あの日あの場所を訪れていたことだろう。


 あのダンジョンでモンスターの群れに追われ、情けなく必死に逃げ惑うのだ。


 だって――



「それは良かった」



 ――そこには彼女がいるのだから。


 紅章はこれにて終了となります。


 紅音と鹿目の物語は今のところここで終わりになるかと。

 ただ設定が存在していないわけではないので、場合によっては続く可能性もあります。

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