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紅章 20話 迅雷風烈

 更新忘れていました。7日の分の更新となります。

 風で巻き上げられた一般人たちはそのまま滞空を続けており、風神たちの周囲を回っている。

 

 ただ殺すためならばそんなもったいぶった行動はいらない。

 だからこれは牽制だ。

 

 2人へと突きつけられた人質なのだ。


「へぇ――人間を盾にするだなんて」


 紅音が笑う。

 だがいつものような無邪気な笑みではない。


 口角が吊り上がり、赤い瞳は獣のごとき眼光を宿す。

 その表情からは明らかに怒気が噴き上がっていた。



「――随分とお利口さんじゃないか」



 高ランクモンスターは高い知能を持つ。

 それこそ、場合によっては一流の冒険者さえ出し抜くほどに。


 そして用意された現実世界というフィールド。


 風神雷神が出した最適解が――これなのだろう。


 一般人を人質として優位に立ちまわる。

 狡猾というほかない。


「確かにここからは……鹿目ちゃんを連れ回すわけにはいかなそうだ」


 紅音の声が凪いだものへと変わる。


 しかし、この場にいて、彼女の姿を見て。

 彼女が怒りを納めたと思う者はいないだろう。


 静かに、だからこそ濃密に。

 彼女は怒気を殺意へと変換していた。


「覚悟しろよお前ら」


 紅音の体に異変が起こってゆく。

 刀を構えた彼女――その肌に紋様が浮かび始めているのだ。


 赤い――縄のような入れ墨が彼女の全身を這っている。

 腕を、足を。蔦が絡むように入れ墨が走ってゆく。


 紅音の態度に変化がないということは、おそらくこれらの変化は彼女自身の意思によるものなのだろう。


「【処刑人】は生物特効――そして厳密に言えば――」


 紅音は冷たく敵を見据える。



「――罪人特効だ」



「敵が罪を犯せば犯すほど私の力が強化されてゆく。それは本来なら、生まれたばかりのモンスターには効果のない力」


 紅音はそう語る。


 モンスターは多くの冒険者を殺してきた。

 だがそれは種族で一括りにした場合の話。

 ダンジョンにいるモンスター個々はすべて生まれたばかりで、冒険者を数人殺したモンスターでさえそこまで多くはない。


 彼女の言うところの『罪』を重ねたモンスターというのはかなり珍しい存在だ。

 それこそ彼女の能力はモンスターよりも、本来なら人間に対して効果を発揮するものだ。


「でも今のお前たちが相手なら――不足なしっ」


 だが今回は違う。


 風神雷神は町を飛び回り、多くの一般人を手にかけた。

 そして今、さらに人々を盾にしているのだから。


「はぁぁ!」


 紅音が消えた。

 彼女が本当に存在していたのかさえ疑ってしまうほどの刹那で。

 そこに彼女がいたという証明は、踏み込みの衝撃で円形に砕けたコンクリートだけだ。


 驚異的な速力で紅音は風神との距離を詰める。

 そのまま切り伏せようとするも――

 

「この――!」


 突如、周囲の風がやんだ。


 無抵抗に死を受け入れたのではない。

 むしろその逆。

 人質を一斉に解放することで――全員を地面に落とそうとしているのだ。


「くっ」


 紅音は風神の脇を通り抜け、ビルを蹴る。

 彼女は風神への攻撃より一般人の救助を優先したのだ。


 彼女は素早く一般人を拾ってゆく。


 だが、それは簡単なことではない。


 ここがビルよりも高い位置とはいえ、人が地面に落ちるまでに要する時間は10秒以下。

 比べて、助けるべき人の数は10を超えている。

 さらに人を助ければ助けるほど、人々の体重は枷となり紅音の動きを鈍らせる。

 なにより――


「ちょ、暴れないでっ……!」


 男性の足が紅音の顔に当たった。

 紅音が声を上げるも、男性は叫びながら暴れている。

 明らかに彼はパニック状態に陥っていた。


 しかし、それも仕方のないことだろう。


 いきなり町にモンスターが現れ。

 目の前で人々が死ぬところを見てしまい。

 今度は、自分がその葬列に並ぼうとしている。

 正気でいられるわけがない。


「んぁっ!?」


 紅音が悲鳴を上げる。


 彼女の背中に雷撃が突き刺さったのだ。

 一般人の救助をしていたとしても、今は戦闘の最中。

 敵が攻撃を緩める道理がない。


 むしろ救助に集中しているおかげで隙だらけ――さらに一般人のいる場所に移動することが見え透いているというおまけつき。

 紅音の実力を持ってしても、すべての攻撃を躱すことは不可能だった。


「しま――」


 雷撃が突き抜け、全身を痙攣させる紅音。

 その拍子に――抱えていた人々が零れ落ちた。


 人々が絶望の表情で落ちてゆく。

 手を伸ばしても届かない。


「ダメぇっ!」


 すぐさま動き出す紅音。

 しかし、さらなる追撃が彼女を襲った。


「いぎぁっ……!」


 風が、雷が。

 文字通り嵐のような一撃が彼女を凌辱する。


 それでも――被弾さえ度外視しても紅音の手が届くことはない。


 助けられない。

 死。

 そんな言葉が浮かぶ光景。

 

 ――だが、そうはさせない。


「トラップ・セット――【縛】」


 光の縄が垂らされ、人々を絡めとった。

 天から伸びる光の縄。

 それはまるで救いの糸だ。


 もっとも、それを握っているのはただの【罠士】だけれど。


「鹿目ちゃん……!」

「大丈夫です!」


 鹿目は声を張り上げる。


 彼女がやったことはシンプルだ。

 複数の瓦礫に【縛】トラップを設置し、少しずつ速度やタイミングをずらして投げ落としたのだ。


 石同士がぶつかり発動する拘束トラップ。

 伸びた光の縄同士が絡み合い、長大なロープとなる。

 そんな拘束トラップの連鎖が鹿目と人々を結び付けたのだ。


 もちろん、このトラップは本来ならそんな運用なんてできない。

 発動のタイミング、向き、そのすべてが完璧かつ同時に揃わなければならないのだから。


「一般人の救助は私に任せてください!」


 だが鹿目は違う。


 未来が視える。

 だから投げる前にどんな角度で投げたら成功するのかが分かる。

 何百何千という失敗の未来を試行し、成功した未来をなぞったのだ。


「鹿目ちゃん……」


 茫然とした様子で紅音は鹿目を見上げている。


 無防備にSランクモンスター2体からの猛攻を受けたのだ。

 彼女の着流しはかなり破れていて、露出した肌も黒く焦げている個所がある。

 普通の冒険者なら間違いなく死んでいるだろう。


「分かった」


 それでも紅音はそう答えた。

 

「なら――処刑は私の仕事だ」


 彼女は少しだけ笑って。

 倒すべき敵を見据えた。


「それにしても、随分と勝手なことをしてくれたね」


 紅音が腰を落とす。

 


「――今のお前らに、一片でも徳が残っていると思うなよ?」



 そして赤い閃光が町を駆け抜けた。

 紅音は鮮血のような眼光だけを残し、ビルを蹴りつけながら飛び回る。

 町に引かれてゆくピンボールのような軌跡。

 それは容易く風神雷神の動体視力を置き去りにして――


「まずは一発」


 紅音の拳が風神の顔面を捉えた。


 殴り飛ばされビルに突き刺さる風神。

 しかし紅音の追撃を拒むかのように雷撃が横合いから彼女を襲う。


「食らわないよ」


 紅音は身を翻し、華麗に雷撃を回避した。

 彼女はそのまま地面へと着地する。


「「ッッッッ!」」


 叫ぶ風神と雷神。

 そこには強烈な怒りが込められていた。

 

 知能があるからこそ紅音の実力を理解し。

 知能があるからこそ見せつけられた事実に屈辱を感じた。

 

 知能のない生物であれば持ち合わせないプライドという存在。

 それが2体を怒り狂わせていた。

 

 響く咆哮。

 2体は紅音を睨みつけ、彼女を排除するために力を振るう。


 風神が腕を掲げれば竜巻が生じ、乗り捨てられていた車を巻き上げる。

 そこに雷神が雷撃を付与する。

 雷を纏う竜巻。

 それだけでも圧巻だが、まだ終わりではない。


 破損した車から漏れたガソリンが竜巻に巻き込まれ、雷に触れたことで発火した。

 竜巻は無限に空気を供給し、生じた炎をさらに膨張させてゆく。


「それが君たちの必殺技ってわけかな」


 気が付けば、風神雷神の間には巨大な炎の竜巻がそびえたっていた。

 その姿はまるで巨大な龍のようにも見える。


 炎の龍はバチバチと弾けるような音を鳴らしながら見下ろす。

 焼き尽くすべき少女を。


 離れていても熱気を感じる炎の渦。

 それと対峙した紅音は――


「なら……いいよ。見せてあげる」


 ――刀を鞘に納めた。



「これは私が唯一、お母さんに一撃を入れることのできた技だよ」



 腰を落とし、抜刀術の構えを取る紅音。

 その目は真剣そのもの。

 刺すような視線で敵を見据えていた。

 殺すべき、処すべき敵の姿を。


「ちょっとフライング気味だけど、地獄の業火を味わってもらおうじゃないか」



「――【秘剣・赤光(しゃっこう)】」


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