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紅章 19話 迅雷

「鬼ごっこの始まりだ!」


 紅音が獰猛な笑みを浮かべる。


 見えるのは2つの背中。

 袋を背負った鬼と、輪状に並ぶ太鼓を背負う鬼。

 風神・雷神――Sランクに分類されるモンスターの姿がそこにあった。


「「――――」」


 紅音の声により敵対者の存在を察知したのだろう。

 高速で飛行していた2体が停止する。


 そして振り返りざまに――雷撃が放たれた。


「雷は武器で受けないでください!」


 雷神の攻撃は接近戦主体の冒険者にとって厄介だ。


 ――本来、冒険者の装備は電気を通さない。

 だが雷神のような高ランクモンスターが放つ雷撃となれば話が変わる。

 武器で受けたところで、得物を伝播して持ち主を殺す。

 ゆえにガードに回るのは危険なのだ。


「りょーかいっ」


 しかし紅音に動揺はない。

 彼女は自由落下しながら近くのビルの壁面へと刀を突き立てた。

 

 強力なブレーキで止まる紅音たち。

 そうすることで、落下のペースを計算に入れて放たれた雷撃の軌道から逃れたのだ。


 だがそこに意味はない。


 雷とは必ずしも直進するものではない。

 そんな性質が反映されているのだろうか。

 魔力のこもった雷撃は――わずかだが追尾機能を内包している。


 雷撃は軌道を捻じ曲げ、紅音へと食らいつこうとしていた。

 

「畳返しだぁ!」


 紅音が刀を全力でスイングした。

 ――ビルに刺したまま。


 彼女の膂力はコンクリートを砕き、壁面を抉り、剥がす。

 長方形にめくれあがった壁は盾となって雷撃を防いだ。

 それこそ、彼女が言うところの畳返しのように。


「ビっ……ビルでも受けないでくださいぃっ!」

「やっちゃったもんは……仕方ないよねっ」


 雷撃の衝撃で砕けたコンクリートの破片。

 それを足場にして紅音は駆ける。

 目指すのは当然、前方で構えた2体のモンスターだ。

 

「まずは数を減らさないとねっ」


 紅音が先に撃破する対象として選んだのは雷神だった。

 雷撃は速く、視界の外から撃たれると面倒だ。

 そんな雷神を先に倒すのは妥当な判断だろう。


 だが雷神も黙ってやられはしない。

 すでに太鼓は帯電しており、紅音を迎撃する準備は整っていた。


 このまま直進しても雷撃が放たれるのが先だ。


「させません!」



 鹿目は肩に担がれたままの体勢で腕を伸ばす。

 目指しているのは紅音の足元だ。


 幸か不幸か2人にはかなりの体格差がある。

 担がれている状態でも、鹿目の手は紅音の足に届く。


 ――鹿目の指先が紅音の靴裏に触れた。


「トラップ・セット!」


 紅音の靴裏をノックする。

 その衝撃でトラップが浮き上がり――起動した。


 トラップ【岩】。

 

 本来なら踏んだ敵の周囲に岩が出現し、押し潰す。

 そんなトラップだ。


 しかしこのタイミングなら――


「ナイス鹿目ちゃんっ」


 ――紅音のための足場として活用できる。


 紅音は器用に岩を飛び移ることで雷撃をすべて躱した。

 むしろ雷神との距離を詰めてゆく。


「ッ! 風神です!」


 だが敵は雷神だけではない。

 鹿目の視界の端で、手元に竜巻を作る風神の姿が映った。


「ははっ! いつまで静観するつもりかと思っちゃってたよっ!」


 しかしさすがのバトルセンスというべきか。


 視界の外でありながら、紅音はすでに風神の動きを察知していたらしい。


 彼女は雷神の肩を踏み、一旦距離を取る。


 そこへと風神が作った竜巻が迫ってきた。

 ただの風ではない。

 これまでの戦いで散乱していたガラスや石を巻き込んだ風だ。


 いくら魔力の通っていない攻撃とはいえ、さすがに目に直撃してしまえば無事で済まない。

 紅音たちは腕で目元を守りながら風に飲み込まれた。

 

「目くらましには上出来だねっ」


 風が通り過ぎたのは一瞬。

 だが戦場を仕切り直すには充分な時間だ。

 それこそ――相手が速力に長けた風神雷神ならばなおさらのこと。


 風が吹き抜けた後、すでに風神と雷神は紅音を挟み撃ちにしていた。


 空中で動けない。

 左手は鹿目を抱えている。

 刀を持っている右手は目元を守るために使ってしまった。


 自由を奪われた紅音。

 そんな彼女を左右から強烈な一撃が襲う。



「視えていましたよ」



 ――はずだった。

 本来の未来なら。



「天眼使いに――不意打ちは通じません」



 だが、実現するわけがない。

 この戦場の未来を握っているのは――他ならぬ鹿目なのだから。


 いくら『今』目くらましをしても『未来』で何をされるのかを知っているのだ。

 不意打ちなどできるはずがない。


「【炎】!」


 鹿目が手を叩く。

 拍手の衝撃で手元に展開していたトラップが起動した。


 巻き起こる爆炎。

 それは鹿目の手を巻き込みながら2人の体を風圧で吹っ飛ばす。


 風と雷はただ、すでに2人がいなくなった虚空で衝突するだけだ。


 自傷覚悟の逃亡となったが、支払ったリスクは【罠士】の両手という低コスト。

 被害は最小限と言っていい。


「おっとっと……」


 爆風にあおられながらも紅音は近くのビルに着地する。


 風神雷神からの追撃はない。

 ただこちらの様子をうかがっているだけ。

 先程のトラップが良い具合に仕切り直しのキッカケとなったようだ。

 

「紅音ちゃん、下ろしてください」

「そうだね。先に軽くでも治しておいたほうがいいかも」


 紅音は鹿目を足元に下ろす。


 確かに爆炎に巻き込まれたことで鹿目の両手は黒く焼けている。

 後のことを思えば応急処置だけでもしておくべきだろう。

 だが、


「いえ――治療は後です」


 鹿目は一瞬さえ目を離さずに敵を見据える。



「ここからが――正念場ですから」



 ビルの隙間から風が吹きあがる。

 風はそのまま渦を巻き、風神たちの周囲でとどまってゆく。


 緑風は球体となり、巻き上げた物体を捕えて離さない。


「あれは……」

「人質というわけですね」


 風の牢屋。

 そこに捕えられていたのは――()()()()()()だった。


 ダンジョン外での戦いだからこそ、一般人も戦いに巻き込まれます。

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