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2章  7話 帰還

 誰も喋らなかった。


 ボスを倒しても、ボスの死体が消滅しても。

 淡々と己の務めを果たしていた。


 ボスを倒せば、元の世界に戻るためのゲートが出現する。


 景一郎たちは声を掛け合うこともなく、順々にゲートをくぐってゆく。


 広がるのは草原。

 とある山のふもとで、景一郎が侵入したゲートがあった場所だ。


「………………」


 彼が振り返ると、そこにはもうゲートはない。




「う、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」




 誰かが叫んだ。

 それに伴い、また誰かが声を上げる。


 これは歓喜の叫びだ。


 絶望的な戦いを潜り抜け、生の歓びを再確認した者たちの雄叫びだった。


 パーティ同士で。

 あるいは、今回初めて出会った者同士で。


 冒険者たちは感動を分かち合っている。


「帰って来られたな」

「ああ」


 景一郎も歩み寄ってきた兵藤と拳をぶつけ合う。


「今回のレイド。あんたがいてくれて良かった」

「お互い様だ。指揮をとってくれる奴がいなかったら、あそこまで上手く戦いを終わらせられなかった」


 景一郎の言葉に偽りはない。


 確かに兵藤たちは、デスマンティスの脅威を前にして尻込みしてしまったかもしれない。

 それでも彼らは自分の意志で立ち上がった。

 そして、彼が指揮をとらなければ、戦いはもっと泥沼化していたことだろう。


「そう言ってくれると、少しだけ救われる」


 照れ臭そうに兵頭は微笑む。

 しかしすぐに彼は真剣な表情となり――


「2人……死んでしまったな」


 そう口にした。


「そうだな……」


 景一郎はただ頷く。

 

 助けられたはずの命だった、とは言えない。

 神様ではない景一郎たちでは、あそこで最善の行動をとることは難しかった。


 救えない命だった、とは言えない。

 そんな風には――割り切れない。


「でも、ちゃんと死体を持ち帰ることもできた」

「…………」

「それはきっと、俺たち冒険者にとって最後の幸せだ」


 兵藤は空を仰ぐ。

 気が付けば、すでに空は暗くなり星が輝いていた。

 

 死体を持ち帰る。

 それさえ叶わない冒険者は多い。


 メンバーの死はパーティの崩壊を意味する。

 死体を持ち帰るだけの余裕がないことなど珍しくもない。

 そうやって冒険者の死体はダンジョンと共に消えてゆくのだ。


「死んでしまった者たちも、家に帰ることができる。あんたがいなかったら、それは無理だった」


 ――むしろ、俺たちも一緒にダンジョンで眠るところだったな。


 冗談めかして兵藤は笑う。


「おいお前ッ!」


 冒険者の一部が景一郎に向かって叫ぶ。

 彼らは列をなして歩み寄ってくると、景一郎を取り囲んだ。



 そして――全員が笑顔を浮かべる。



「すげぇじゃねぇかッ! ほんとにCランクかぁ!?」

「すぐにB……いや、Aランクに上がるだろうな」

「なんならSランクになっちまうんじゃねぇか!?」

「なら、今のうちにサインもらっとくかっ!?」


 彼らは景一郎の肩に腕を回す。

 乱暴なスキンシップ。

 彼の言葉を待たず、冒険者たちは勝手に盛り上がってゆく。


「Sランクって……俺は【罠士】だぞ?」


 思わず、景一郎はそう尋ねた。


 静寂。

 気が付くと、男たちはぽかんとした表情で景一郎を見つめていた。


「? 何言ってんだ?」


 心底意味が分からない。

 そんな風に男は言う。


「そんだけ強けりゃ、【罠士】がどうかなんて関係ないだろ」

「だな。俺たちは【罠士】がどこまで行けるかじゃなくて、()()()どこまで行けるかの話をしてるんだからよ」


 そう言って彼らは笑う。


 彼らは景一郎を【罠士】として見ていない。

 そんな職業ではなく、景一郎自身を見て、評価してくれた。


 それはきっと、景一郎がずっと望んでいたことで――


「っ――――」


 だから景一郎は――後ろを向いた。

 そして、静かに空を見上げる。




「……あれ? ひょっとしてお兄ちゃん泣いて――」

「それは野暮でしてよ」

「……そーだね。男の子は、夢を叶えるまで泣かないもんね」



 すでに外の世界は夜。

 ダンジョン攻略を終えたレイドチームは現地解散となった。


 そのまま帰る者。

 仲間たちと夜の街へ向かう者。


「なあ」

「ん…………」


 そんな中、景一郎は一人の少女に声をかけた。


 碓氷透流。

 ともに戦った仲間であり、戦況を覆すのに一役買った少女だ。


「帰るのか?」

「ん」

「今日は助かった」


 透流は冒険者とはいえ、まだ子供だ。

 あまり夜遊びをさせるものではないだろう。

 ゆえに景一郎は手短に感謝を伝えた。


「……こちらこそ。影浦さんがいたから、戦おうと思えた。1人だったら……無理だったかも」

「今日は、ずいぶんと照れ臭いことを言われる日だな……」


 礼を言ったつもりが、透流の返答に照れる羽目になった。


「そういえば碓氷はソロだったよな?」

「ん」

「連絡先交換しないか? 互いに、助け合えるかもしれないし」


 景一郎はケータイを取り出す。


 透流は特定の仲間を持たない。

 それゆえの不自由もあるだろう。


 これでも景一郎は冒険者としてそれなりに先輩だ。

 彼女にとっても無益とはならないはずである。


「ん……」

「冒険者同士のツテってのも、結構役に立つぞ?」

「……了承」


 景一郎の言葉が最後の一押しになったのか、透流は首を縦に振る。


 変わらずの無表情。

 しかし、嫌がっているようには見えなかった。


「……ところで影浦さん。さっそく聞いても……大丈夫?」

「ああ。なんだ?」


 端末を操作しつつ、透流は口を開いた。

 ――連絡先の交換が終わった。



「Aランクの秘薬……心当たりがあれば教えて欲しい」



 透流が口にした言葉に、景一郎は考え込む。


 秘薬。

 それはダンジョンで手に入るものの1つだ。

 怪我や病気に効く――そんな効能のあるアイテムだ。


 ある意味で、ダンジョン産の物品の中でもっとも一般人に利益をもたらしたものといってもいいかもしれない。


 ――秘薬にはE~Sの等級がある。

 それは同時に、その秘薬を手に入れることのできるダンジョンのランクでもある。


 つまりAランクの秘薬は、Aランクダンジョン。あるいは、Bランクダンジョンのボスからしか手に入らないということ。


「秘薬か……俺は持ってないけど――心当たりをあたってみる」

「……感謝」


 頭を下げる透流。


 ――実をいうと、魔都出身の冒険者は秘薬と縁がない。

 

 チームバランスから考えて、大概の場合はパーティ内にヒーラーを入れている。

 そうでなくとも、安く治療を請け負ってくれるようなヒーラーの知り合いがいるものだ。


 ゆえに道具に頼った治療というものがあまり必要ないのだ。

 そのため秘薬を見つけたとしても、使わずに売ってしまうことが多い。

 景一郎も例に漏れず、秘薬の手持ちはなかった。


「Aランクとなれば……正攻法で買おうとすると10億は必要だな」


 Aランクの秘薬となれば、その大部分が魔都のダンジョン産となる。

 そのため希少であり、金額も吊り上がる。


 そもそもとして怪我にも病気にも効く万能薬なのだ。

 欲しがる金持ちなど腐るほどいる。

 そんな中で秘薬を手に入れるために、かなりの金が必要なのは必然だった。


「ん……手が届かない」

 

 透流は肩を落とす。

 それほどに遠い金額であった。


「なんとかツテで譲ってもらうしかないかもしれないな。10億なんて、Aランクの冒険者でもすぐには用意できないぞ」

(まあ……【聖剣】ならなんとかなるだろうけど)


 景一郎はかつての仲間を思い出す。

 無表情で、景一郎たちにも知らされていないような情報網を駆使する少女を。


 雪子あたりなら、融通してくれる知り合いもいるだろう。

 少し連絡をするのに気まずさもあるが、景一郎の知る限りもっとも高確率で秘薬を手に入れられるルートだった。


「それにしてもなんで――」

「お母さん。もう……長くない」

「……そうか」

(Aランクの秘薬が必要ってことは、医学ではどうにもならない状態か)


 なぜ秘薬が必要なのか。

 その問いへの答えに、景一郎は沈黙した。


 Aランクの秘薬なら、手足や内臓の欠損であろうと回復させられる。

 逆に言えば、それほどの品が必要なほどに状況が悪いのだろう。


「頑張ってお金を貯めてる。でも、間に合いそうにない」


 冒険者は稼ぎの良い仕事だ。

 とはいえ、10億は容易い金額ではない。

 

 高ランクのダンジョンで戦うには、高額な装備が必要となる。

 報酬も出費も大きいのが冒険者だ。


 一流とされるBランクにとっても、1年やそこらで稼げる金額ではなかった。


「それでAランクのボスのドロップに期待したけど……危うく死ぬところだった」


 レイドという性質ゆえの破格の報酬。

 そして、もしかしたらAランクのボスが秘薬を落とすかもしれない。

 そんな期待感が、彼女をこの依頼に呼び込んだというわけだ。


 だが秘薬は手に入らなかった。

 報酬は手にしたものの、同じような無茶を繰り返すわけにもいかない。


「もう……無理なのかも――」


 透流が弱音を口にした時だった。



「あら。秘薬でしたらこちらで用意しても構いませんわよ?」



 ――明乃が口を挟んだのは。


「本当か?」

「この状況で嘘を吐いていたら鬼畜ですわ」

「まあな」


 彼女がそんな悪意まみれの嘘を吐くことはないだろう。

 ――景一郎も詳しくは知らないが、明乃のビジネスは冒険者関連のものだという。

 その関係で秘薬にも心当たりがあったのかもしれない。


「必要ならお譲りいたしますわ」

「本当?」

「ええ。お金はいただきますけれど」

「ぁぅ……」


 しゅんとする透流。

 最後は金。

 そんな結論に帰結してしまったからだ。


 明乃はビジネスに携わるもの。

 無償で助けるほど甘くはない。

 だが――困っている少女に何の融通もしないほど厳しくもない。


「もちろん後払いですわ。まずはお母様を治して、話はそれからですわ」


 本当に透流に返済能力があるのかは分からない。

 もしかしたら、彼女たちが姿を消す可能性だってあるかもしれない。


 それでも躊躇いなく明乃はそう言った。

 透流のことを思っての優しさか。

 あるいは、相手の性格を見誤ることなどないという確信の表れか。


「優秀な冒険者とのつながりを買うと思えば安いもの。代金は好きな時に、好きなように払ってくださいませ。利子は、この出会いということで」


 そう言って、明乃は透流に背を向ける。

 そのまま彼女は立ち去ろうとして――景一郎に耳打ちをした。



「……そういえば景一郎様。わたくし、貴方に貸しがあるのを思い出しましたわ」



 そんな明乃の言葉。

 その意図は察することができた。


「はぁ……ずいぶん強かだな」

「お忘れになって? これでもわたくし、商人ですのよ?」


 景一郎が苦笑すると、明乃は唇に指を当てて微笑んだ。

 その姿は妖艶で――様になる。


「――碓氷」

「ん……」


 景一郎は頭を掻く。

 そのまま彼は明乃の思惑に乗る形で――



「あのさ――――俺たちのパーティに来ないか?」



 碓氷透流をスカウトした。


 どうやら明乃は、透流のことを高く評価したらしい。


 しかし彼女が直接誘ってしまえば、透流は断りづらいだろう。

 なにせ明乃からは秘薬をもらわねばならないのだ。

 そんな彼女からの提案など強制に等しい。


 ゆえに明乃は、景一郎の口から勧誘するよう求めた。


「ソロでずっとやっていくのは大変だろ」

「ん…………借金返済……。体で払うしかない」


 このまま1人で戦い続けても、透流が借金は完済するのは至難の業だろう。

 そもそも彼女の戦闘スタイル――魔導スナイパーは単身でダンジョンをクリアするようなものではない。


 前衛がいるからこそ、研ぎ澄まされた狙撃が意味を持つのだ。


「手伝った分、割引してもらえるように交渉でもするか?」

(まあ、そこまで織り込み済みでの勧誘なんだろうけどな)


 最初から、明乃には秘薬の代金を回収しきるつもりなどないだろう。

 多分、彼女が欲しいのは透流自身だ


 代金関連の話は、透流にパーティ加入を断られたとしてもつながりを残しておくための口実というわけだ。

 その場合もヘルプとして透流を雇うなどの方法で、負担なく借金を完済できる手段を提案していたはずだ。

 

 冷泉明乃は慈善だけで施しを与えるほど甘くはない。

 でも、利益しか考えないような冷たい少女ではないから。


「ん……よろしくお願いします」


 ともあれ、碓氷透流が【面影】に加わることとなった。


 2章後半は、景一郎の新たな能力にまつわるストーリーとなります。



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