紅章 17話 予報
「どこ!」
紅音は鹿目に問い詰める。
もしスタンピードダンジョンが暴走し、Aランクモンスターが跋扈しているのなら。
犠牲者は100人なんかで終わらない。
Aランクモンスターとなれば冒険者でさえ半数以上が敗北するくらいの戦力だ。
Cランクモンスターの群れとは被害規模が大きく変わってくる。
下手な冒険者では一般人と変わらない。
――虐殺だ。
「どこに行けば止められるの!?」
「待ってください……! 協会から端末に――」
鹿目は震える指でカードを操作し――やめる。
「いえ、待ってられません……!」
鹿目は右手を――右目へとかざした。
青緑に淡く輝く右手。
あれは回復魔法だ。
生天目鹿目の右眼は天眼と呼ばれ、未来を予知することができる。
しかし彼女の一族では『天眼を持つことができるのは1世代に1人だけ』と決まっているらしく、鹿目の右眼は潰されている。
彼女はその天眼を復元しようとしているのだ。
「――【天眼】」
再生した右眼。
その瞳は幾何学に輝いていた。
「――天眼は過去を視ることはできません」
鹿目は語る。
天眼が視るのは未来。
しかしもう、この世界にスタンピードダンジョンはない。
発生時点は過去。
未来を見透かす目でも、それは暴くことは叶わない。
「でも――未来の私が過去を調べている光景は見ることができる」
鹿目がノートのようなものを取り出した。
「それって……」
「日記です」
風にあおられ、ノートのページが進んでゆく。
そこに描かれているのは情報だ。
体験や報道などを参考に彼女が独自に整理した大量の情報だ。
「天眼家の人間は日記を必ずつけます」
進んでゆく日記帳。
鹿目の目はせわしなく動いていて、必要な情報を探っている。
「趣味でも過去を振り返るためでもなく――過去の誰かが天眼を使ったとき、すぐに知りたい情報を参照できるように」
彼女の眼は未来を視る。
だからこそ、それを前提にして生きる。
未来を視る過去の誰かのため、必要な情報をまとめているのだ。
「死者……一般人269人……冒険者18人……ダンジョンの推定発生時刻11時30分……発生場所は……」
鹿目は今日の事件が書かれたページを見つけたようだ。
紅音の目には白紙にしか映らないけれど。
読み上げられていく情報は凄惨そのもの。
だが彼女の言葉に淀みはない。
本当に知るべき情報を彼女は理解しているからだ。
「分かりました……!」
鹿目の眼が紅音へと向けられた。
「場所は――」
「聞いても分かんないから案内よろしくっ」
「ひゃっ!?」
紅音は鹿目を抱え上げると、お姫様抱っこの姿勢となる。
どうせ紅音は住所なんて覚えていない。
いくら鹿目に教えてもらったところで、出現位置へと急行することは難しい。
だから彼女をナビゲート役として担いだまま移動することにしたのだ。
「行くよッ――方向は!」
「あ、あ、あっちですっ!」
慌てながらも鹿目はなんとか北を指で示した。
「りょーかいっ!」
逡巡の時間さえ惜しい。
紅音は腰を落とすと、弾丸のようなスタートダッシュで現場を目指した。
本編ではスタンピードダンジョンを暴走前に攻略できましたが、今回はそうならず。
大量のモンスターが跋扈する町での戦いとなります。




