紅章 15話 天変
「これは早くもお婆ちゃんになった気分だね」
ショッピングへと挑む前の小休止。
鹿目たちは公園を訪れていた。
昨日、ホテルへの道中で通り過ぎた公園。
夕日に照らされていたあの時とは違い、子供の遊ぶ公園は活気にあふれていた。
きっと、鹿目自身の心情の変化も影響しているのだろうけれど。
「こうやって老後は、静かに一日中ブランコに座って過ごすのさ」
紅音の体が前後に揺られている。
彼女はブランコに腰かけ、空をただ眺めていた。
鹿目の中で紅音はどうにも破天荒で――緩やかな生き方が想像できない人物だった。
そんな彼女が穏やかにブランコで遊んでいる姿は新鮮に思える。
「……それ大丈夫なのかなぁ」
そう言いつつ、鹿目もブランコに乗っていた。
しばらくぶりの体験だが、たまには幼いころの記憶をなぞるのも悪くない。
とはいえ、さすがに一日中となれば不健全だと思う。
ゆらりゆらり。
2人は前後に揺れ、すれ違う。
そのたびに視線が交差した。
「そうだねぇ……確かに、たまには別のことをしないとね。なら半日はブランコの上で過ごして――思い立ったように歩き出し、意味もなく町を徘徊するのはどうかな?」
「ねえどんな老後を想定してるの!? あんまり楽しそうに聞こえないよ!?」
紅音の望みを否定する気はないが、さすがに枯れすぎではないだろうか。
老後にだってもっと張りを求めていいはずだ。
「火のように苛烈に生き、林のように静かな余生を送る。これが私の風林火山」
「風と山がスルーされた……!」
あまりにも強引すぎて2文字しか伏線回収できていなかった。
「山……なるほど。私に巨乳ネタを振ってくるとは怖いもの知らずだね鹿目ちゃん」
「振ってないよ……!? しかも結局、風の伏線が回収できてない……!」
そもそも、本人曰く人生を意味するらしい4文字の中に『胸』を示す字が含まれているのはいかがなものか。
いくらなんでも固執しすぎている。
「ん――」
紅音の言動に振り回される鹿目。
一方で、紅音はすでに鹿目から視線を外していた。
彼女はブランコから飛び降り、空へと視線を向けている。
――気のせいだろうか。
少しだけ、紅音の雰囲気が険しくなったように感じる。
「? どうしたの?」
ダンジョンにいる時よりも真剣な雰囲気。
そうなれば鹿目も看過できない。
ブランコから降り、紅音へと問いかける。
紅音はこちらを向かない。
ただ空を観察していた。
「何かが――来る」
強者ゆえの勘、なのだろうか。
紅音は世界を蝕む何かを察知していた。
☆
枯れ木をかき分けた先。
雑草さえ途絶えたそこには廃墟があった。
学習塾だったのだろうか。
2階建ての建物は壁の塗装が剥げ、コンクリートが露出している。
数年は誰も踏み入っていないであろう誇りかぶった建物。
その最奥――ホワイトボードの前にそれはあった。
赤い波紋。
冒険者の間で『スタンピードダンジョン』と呼ばれるゲートがそこにあった。
誰にも知られることなく。
そしてついに――孵化の時を迎える。
世界を曇天に染めながら。




