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紅章 14話 晴天

「さっそく冒険おー」


 気の抜けるような声がホテルの一室に響く。


 鹿目が視線を向ければ、そこには紅音がいた。

 彼女は腕を掲げ、仁王立ちで部屋の中心を陣取っている。


「えっと……もうダンジョンに行くんですか?」

「……駄目かなぁ?」


 しゅんとした様子の紅音。

 気落ちしているその姿は犬っぽいというか、普段とはまた違う可愛らしさがあった。


「紅音ちゃんは結構重傷でしたし、もう少し休んだほうがいいんじゃないかと……」


 とはいえ、紅音は半日前に死にかけるような傷を負ったばかり。

 そんな彼女がダンジョンに挑むというのは止めねばならないだろう。


 鹿目は目を逸らしながらも紅音を制する。


「んー」


 少し不満そうに紅音は考え込む。


「確かに、今回の件で油断は禁物だって分かったからねぇ」


 そして彼女は肩をすくめた。


 心から同意というわけではないだろう。

 それでも理屈で考えて、ここは従うべきと判断してくれたらしい。


「うん、鹿目ちゃんの言う通り完全に調子を取り戻してから冒険再開としようかなっ」


 鹿目は紅音の賛同を得られたことに安堵する。


 出会いもダンジョン。

 そこからすぐにまたダンジョンへと挑んだ。


 今のところ、鹿目と紅音の関係はほとんどダンジョン関連のものだ。

 療養というのも良い機会だ。

 世情に疎そうな紅音と共にダンジョン以外の場所を回るのも楽しいだろう。

 そんなことを考えていると――

 

「じゃあ……」


 紅音の口角が吊り上がる。

 彼女の視線が向いているのは自身の掌。


 意図は分からない。

 しかしなぜかその手は開いては閉じてを繰り返している。


「紅音ちゃん……?」


 鹿目は一歩後ずさる。

 

 穿った見方をしすぎているのかもしれない。

 だがまるで彼女の手の動きは何かを揉みしだいているように思えて――


「今日は柔らかい鹿目ちゃんの胸で指のリハビリをしたいかなぁって」


 ――どうやら直感というのも捨てたものではないようだ。


 眼を光らせながらゾンビのように迫ってくる紅音。

 ある意味、モンスターよりも身の危険を感じてしまった。

 もっとも、命の危険はないだろうけれども。

 命の危険だけは。


「ずずずずっと部屋に閉じこもるのも不健康かもしれませんね!? リハビリなら外に出るのが一番だと思うんですよね!?」


 鹿目は壁に背中を押し付けながら両手を突き出す。

 

 ここは密室。

 そして【罠士】である鹿目は、紅音が本気になった途端に容易く組み伏せられてしまうことだろう。


 だからこの抵抗に意味などないのだが――

 

「鹿目ちゃん」


 なぜか紅音が止まった。


 いや、普通に考えれば仲間を襲うということ自体が異常である。


 だからこの『止まった』というのは冗談だったからだとか、怯える鹿目の姿に正気を取り戻しただとかいう常識的な意味ではない。


 例えるなら、情報過多でフリーズしてしまったような。

 そんな雰囲気の挙動だった。


 とはいえ、そんな衝撃的な情報を突きつけた覚えはない。

 鹿目も事態を飲み込めず紅音を見つめ返していると――



「ひょっとして青姦がええのんか?」



「なんの話ですか!?」


 衝撃的だったのは紅音の解釈のほうだったらしい。



 昼時の街並み。

 このあたりはそれなりに都会ということもあり、すれ違う人々の姿も多い。


 そんな喧騒の中を鹿目たちは歩いていた。


「いやはや、ちょっとばかし驚いちゃったよ」


 そう言って紅音が肩を揺らす。


「てっきり鹿目ちゃんは見られながらのほうが嬉しいタイプなのかと思っちゃった。まさか単純に外を歩きたいだけだったとはねぇ」

「……なんでそんな発想に至ったんですか」


 思わず鹿目の口からため息が漏れた。


 単純に外の景色を楽しみたかっただけなのに。

 どうしたらあんなエキセントリックな誤解が生まれてしまうのか。


「え、聞きたい聞きたい?」

「全然聞きたくないですっ」


 とんでもない地雷を踏みそうで怖かった。


 案外、紅音にはトラップ使いとしての適性もあるのだろうか。

 そんな馬鹿らしい現実逃避をしてしまう。


「でも、どこに行くの? 女の子らしくショッピングも良いけど、はっきりいって私のセンスはわりと終わってるらしいよ?」


 紅音はそう口にした。


 鹿目も最低限の活動しかしていないとはいえ冒険者の端くれ。

 女子2人が1日ショッピングするくらいの金銭は持ち合わせている。


 着流ししか持っていない紅音のため、衣服を見繕う必要があるだろう。

 そう思っていたのだが。


「終わってるって……どんな状況なんですか?」


 鹿目は紅音へと目を向ける。


 影浦紅音という存在が持って生まれた素材の良さは絶大な加点要素だ。

 しかし髪の手入れや、装備の着こなしも特別センスが悪いとは感じない。

 むしろ鹿目のほうが地味というか、洗練されていない印象があるくらいだ。


「さあ? みんなが言うには『センスを磨くより、代わりに選んでくれる友達を探す方向にシフトしろ』ってレベル」

「……それは、確かに終わってるような気も」


 察した。


 きっと彼女の今の姿は、周りにいる人物がコーディネートをした結果だ。

 紅音はおそらく、言われたままにそれを再現しているだけなのだろう。


 なので一歩でも自分の意志で踏み出せば一瞬で事故現場。

 そんな感じなのだろう。


「ちなみに鹿目ちゃんはショッピングとかするの?」

「いえ……あまりそういうのには興味がなくて」


 となると困るのは鹿目だ。


 紅音と一緒だから楽しみというだけで、別にショッピングそのものが好きなわけではない。


 自分は華のある容姿ではない。

 そう自覚しているからこそ、化粧どころか服装へのこだわりも強くない。

 精々、身の丈に合った格好なのかを気にするくらいだ。


 しかし、さすがに普段着が一着もないという紅音の現状が良くないのは分かる。

 いっそここは店員に丸投げ作戦でも敢行するべきだろうか。


 紅音はかなりの美少女だ。

 それも磨けば磨くほど美しさを増すタイプの。


 鹿目がいつも着ているような地味なものを選ぶより、他人任せのほうが上手くいくだろう。


「そっかー、私たちお揃いだねぇ」

「……さっきのエピソードを聞いた後だと一括りにされるのが……ちょっと嫌です」

「そんなぁ!?」


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