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紅章 11話 運命~デウス・エクス・マキナ~

「天眼鹿目――参りますっ」


 向き合うはファントムスライム。

 そのランクはA。

 はるかな格上。

 下剋上など起こらないほどの戦力差。


 しかし鹿目は躊躇うことなく駆け出した。


 迎撃態勢に入るファントムスライム。

 他の同ランクのモンスターに比べれば緩慢なはずの動作。

 それも鹿目と比較してしまえばはるかに速い。

 

「はぁぁ!」


 迫る触手の雨。


 だが視える。

 その攻撃のすべての着弾地点が。

 残されたわずかな生存圏が。


 触手が髪を掠め、数本の髪が宙を舞う。

 服がわずかに裂ける。


 ほんの数ミリ外れてしまえば即死の戦い。

 しかし不安はない。


 当たらないことを、鹿目は知っているから。


「良いんですか?」


 鹿目を掠めながら直進した触手は地面に突き刺さり、派手に岩を抉り飛ばす。

 

「そこ、さっき罠を仕掛けてしまっていますけど」

 

 そこにトラップがあることも知らずに。


 戦いが始まってから初めて、ファントムスライムは苦悶の声を上げた。

 噴き上がる斬撃が触手を刈り取ったのだ。


 ――効いている。


 ファントムスライムは魔法に対して致命的に弱い。

 だからこそこのレベル差でも有効打となっているのだ。


「【罠士】は能動的な攻撃手段に乏しく、だからこそ最弱の職業と呼ばれています」


 鹿目はそう語る。


 【罠士】が大成しない理由。

 それは敵を積極的に倒すことが難しいこと。


 いちいちトラップにかかるまで待つ必要のある【罠士】。

 彼らは直接殴り、魔法を撃ってモンスターを倒す他の職業と同じペースでレベルアップなんてできない。

 だから時間が経てば経つほど、他の職業とのレベル差が隔たっていく。


 レベル差はつまり火力差。

 それにより討伐効率はさらに落ち、いつか致命的な実力差となる。


 だから【罠士】は強くなれない。


「ですが天眼があれば話が変わる」


 だが、未来が視えるのなら――


「私は未来を視て、あなたが触れる場所すべてにトラップを置いておけばいい」

 

 トラップに嵌まるまで待つ。

 そんな悠長なことをする必要はない。


 敵の動きを読み、ピンポイントで罠を仕掛けておくだけだ。


「これから先の一挙手一投足。すべてがトラップの上だと理解してください」


 もう敵の未来は掌握した。

 ここからは狩りの時間だ。


「――――――ッッッ!」


 ファントムスライムが雄叫びを上げる。

 振るわれる触手。


 しかし軌道がこれまでと違う。

 横薙ぎ。

 それはつまり地面に触れない――トラップに触れない攻撃だ。


「地面に触れなければいい。ですか」


 トラップは基本的に地面、壁、天井にしか設置できない。

 自分は動かず、トラップの設置されている可能性がある場所には一切触れない。

 それを徹底したのなら、いくら未来を視ていても嵌めようがない。


「さすがに高ランクモンスターは賢いですね」

 

 鹿目は姿勢を低くして触手を回避。

 攻撃の風圧だけで吹っ飛びそうになる。


 それで彼女は地面を掴み踏みとどまった。


「ですが既に――」


 そしてついに、



「――QED(未来確定)



 ――勝利の方程式が解かれた。


 最初の起爆剤はダンジョンの崩落。

 いくつかの岩が、戦いの余波で崩れて落ちてきた。


 それは重力のままに地面へと落ち――トラップを起動させる。


「トラップ【風】」


 噴き上がる烈風。

 それは鹿目の体を容易く巻き上げた。


 風の補助を受け、【罠士】では到底届かない高度までジャンプした鹿目。


「トラップ・セット――」


 その手には、岩の破片が握られていた。


 当然、ただの石ではない。

 事前にトラップを仕掛けておいたものだ。


「――【炎】!」


 鹿目は空中で振りかぶり、ファントムスライムへと石を投げる。


 トラップを刻まれた石はファントムスライムに着弾し、内部へと飲み込まれてゆく。


 ――あの石はまだ物理的な存在だ。

 だからまだファントムスライムにとって透過の対象。


 ゆえに投石は抵抗なく内部に侵入することを許され――起爆した。


 攻撃の直前まで物理的な干渉であるがゆえに体内の深くまで入り込み。

 魔法攻撃だからこそ派手に体を吹っ飛ばす。

 

「これで終わりです」


 内部からの炎に弾かれ、ファントムスライムの体が爆散した。


 鹿目は爆風に煽られつつ地面へと降りる。

 身体能力のせいもあって、あまり華麗とは言い難い着地だったが仕方がないだろう。


 擦りむいた膝を手で払いながら鹿目は立ち上がった。


「鹿目ちゃん!」


 その時、紅音が警告を飛ばす。


 原因は鹿目の背後。

 四散したはずのファントムスライムが集結し攻撃を構えていた。


 万全とは程遠い。

 もはや致命傷を受け、肉体の大半を失っている。


 自分は死ぬだろう。

 それでも、お前だけは。

 そんな意志を込めた攻撃が鹿目へと向けられていた。


 迫る触手の一本鎗。


 しかし鹿目は一瞥さえしない。

 なぜなら――



「未来を視る私が『終わり』だと言ったんです」



 躱すこともなく。

 まして怯えることなどない。


 ただただ、鹿目は宣言する。

 



「だったら、絶対に終わりなんです」




 攻撃が着弾する直前。

 触手の先端から力が抜けてゆく。

 そうしてついに直進することすら困難になり、触手は鹿目の足元を抉り飛ばすだけで力尽きた。


 最後に鹿目が振り返った時。


 すでにファントムスライムは消滅していた。


 あと1話で紅章前篇は終わりの予定。

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