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紅章 10話 運命~開眼~

「紅音……ちゃん?」


 鹿目は茫然としたまま座り込んでいた。


 血だまりが広がってゆく。


 誰だ。

  

 誰の血だ。


 これは――



「ぎりぎりせーふ、ってね」



 影浦紅音が――自分を庇って流した血だ。


「っぷ……」


 ごぽりと紅音の口から血がこぼれた。


 触手が腹部を貫いている。

 どう考えても重傷。

 内臓が損傷しているのは明らかだった。


「紅音ちゃん!」


 ふらついて膝をつく紅音。

 鹿目は彼女の体を受け止めた。

 その体は――軽い。


「……ごめんね。鹿目ちゃん」


 耳元で紅音の声がする。


 その声は掠れ、震えている。

 

「鹿目ちゃんと一緒に冒険していると楽しくて、ずっと一緒にいたいと思ってたんだけど」


 それは痛みのせいか。

 いや、違う。



「――危険な目に会わせるつもりじゃ、なかったんだよ……?」



 紅音は泣いていた。

 血の混じったしゃっくりを漏らしながら。


「本当に……ごめんね……ごめん、なさい」


 腹から噴き上がる苦痛にではない。

 その涙に込められている想いは――


 

「私……鹿目ちゃんを……守れそうにないかも……」



 後悔。


 結果論とはいえ、鹿目を死地に連れて行ってしまったこと。

 そして、守るという約束を果たせそうにないこと。


 紅音が気にかけるのは徹頭徹尾――鹿目のことだった。


 だからだろうか。


「なんで……! そんなこと言うんですか……!」


 思わず鹿目は掴みかかっていた。


 紅音の胸にあるそれは優しさだと思う。

 自分よりも誰かを想う心だと思う。


「ごめんなさ――」


 だけど、


「私は! 友達じゃなかったんですか!? 仲間じゃなかったんですか!? まるで護衛対象みたいに言わないでください!」



 だけどそれは――共に戦う仲間へと向ける言葉じゃない。



「え…………」


 呆けた顔をみせる紅音。


「紅音ちゃんは私と一緒に冒険したいって思ってくれていたんじゃないんですか……!?」


 だって、そうじゃないのか。


 一緒にダンジョンに潜ったとして。

 ただただ守られるだけの存在は仲間なのか。

 守るだけの存在として認識していることは、仲間として扱っていると言えるのか。


 そう。

 紅音と鹿目は――仲間ではない。


 今はまだ。


 もしこの関係が変わる時が来るとしたのなら――


「見ていてください紅音ちゃん」


 ――傷ついた仲間を守るため、鹿目が立ち上がった瞬間だ。


「鹿目ちゃん……?」


 歩いてゆく鹿目。

 そんな背中を紅音は見つめていた。


 可愛らしい顔を涙で濡らして。

 痛々しい傷口から血を流しながら。


「ダメだよ鹿目ちゃん……危ないよ」


 紅音が手を伸ばす。

 鹿目を引き止めるように。


 勝てないと分かっていても。

 鹿目を最後まで守ろうとしている。


「却下です」


 しかし鹿目はそれを拒絶した。


「紅音ちゃんはただ、見ていてください」


 鹿目は右目に手を添えた。

 前髪をかき上げ、役目を失った瞼を掌で押さえる。

 その手に――青緑の光が宿る。


「ごめんなさい来見(くるみ)お姉様」


 口にするのは謝罪の言葉。


 ――その眼は、運命を簡単に曲げてしまう。


 あの人はそう言っていた。

 分かる。

 一時とはいえ、同じ景色を見ていたのだから。


 ――だから、その眼の持ち主に感情はいらない。あってはならないんだ。


 そう語っていた。


 ――人は肉の塊、生と死は数の増減。

 ――誰かを守るためじゃなくて、人類を守るために。

 ――国境、人種、思想。そんなもので救う人間を選別してはいけない。


 一人の人間としてではなく。

 システムとして生きる覚悟。

 この眼は、それを持ち主に強いる。


 ――まして、自分と仲が良いから救うなんてもってのほかだよ。

 ――じゃないと、見捨てられてしまった側の命。それを大切に想う人はどうなるんだい?

 ――君と親しかったかどうかで命の価値が変わってしまうのかい?

 ――それは傲慢だ。ある意味、神様らしくていいかもしれないけどね?


 あの人はそう笑っていた。

 今も、あの部屋で笑っているのだろう。

 和室に腰かけ、運命を操り続けているのだ。


 ――ともかく、この眼がもたらす救いは、客観的で平等なものじゃないとならないんだ。



 ――だって私たちの眼は『人』の眼ではなくて『天』の眼なんだから。



(分かってます。来見お姉さま)


 分かっている。

 分かってはいるのだ。

 納得がいかなかっただけで。


(だから私は、この眼が嫌いだった)


 手を包む青緑の光。

 これは【回復魔法】だ。


(あらゆる行動に責任が伴うこの眼が)


 傷が治ってゆく。


(すべての命の価値を平等にして――大切な人を大切だと言ってはいけないこの眼が)


 瞼の奥。

 その向こう側で光を失っていたはずの眼が。


(私には今も、運命を選べるこの眼を背負う覚悟はありません)


 ――光を取り戻す。


(だけど、ごめんなさい)


 ゆっくりと持ち上がる瞼。

 そこから覗く瞳。


(大切な人を理不尽に助けるため――私はこの力を頼ります)


 その眼には幾何学模様が刻まれていた。

 その網膜は――未来を映していた。



「生天目……いえ、天眼鹿目(てんがんかなめ)――参ります」


 鹿目は()()でファントムスライムを見据えた。


 生「天目」鹿目→天眼鹿目。


 プロローグのタイトルが「restart」だったのは、この物語は「影浦」と「天眼」の名前を持つ二人が出会う物語でもあるからです。

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